第14.7話 魔王は世界の謎が気になるのか
世界には謎がある。宇宙の始まりがどうなっていたのか、数千年前のこの場所には何があったのか、子どもの時に読んだ本のタイトルが何なのか。どうでもいいことから永遠に追い続けなければならないものまで、本当に無数の謎が世界には満ち満ちている。それを解き明かすことは生きる者の性であるのかも知れない。
でも難しい謎は見なかった聞かなかったことにしてもう気にするなっ!!
いつもの部屋のいつものタタミの上でいつも通り読書をしているいつもの俺。たまには携帯型ゲーム機で遊ぼうかとも思ったが、自室でこそこそやってる内に飽きてしまっていたのでやっぱり本を読むことにした。ゲームは楽しいけど飽きる時は本より飽きやすいのが難点だな。異世界でも新作ゲームがやりたいです。
「悪魔さーん、新しい魔法を覚えたよー」
魔王が嬉しそうな顔で部屋に入って来た。魔法じゃなくてゲームをお願いします。
「今回の魔法は凄いよ。その名もカンスペ!」
カンスペってなんだよ。カントリースペシャルの略か? そもそもカントリースペシャルってなんだよ。
「で、効果は?」
「魔法を打ち消すんだって」
「はあ、そうか」
凄いのかどうかイマイチ分からない。コイツはどんな魔法も凄いって言うから当てにならないし。
「とにかく見てみればわかるよ! 打ち消すから、悪魔さん何か魔法使ってみて!」
「……」
これはわざと言っているのだろうか?
「さあ、早く!」
「いや……俺はこの世界じゃ魔法を使っちゃいけないことになってるんで……」
「……ねぇ悪魔さん。前から気になってたんだけど」
魔王が怪訝な顔で言った。うん、多分お前の考えている通りですよ。
「悪魔さんって、もしかして魔法使えない?」
「……いいか、俺はお前に知識を与える。だが、与えるべきで無い知識に関しては要求されても与えることはない」
「うん」
「だから、その質問には答えられない」
「わかったよ。つまり魔法が使えないってことだね!」
嬉しそうに結論を出した魔王。コイツ絶対分かってねぇ。
「気にすることないよ悪魔さん。魔法が使えなくたって、悪魔さんには悪魔さんの良い所がたくさんあるんだから」
魔王がフォローまでし始める。すげぇムカつく。もうホントムカつくんですけどっ!
「で、お前が今回覚えた魔法は大魔王や女神にも通用するのか?」
「なんで不機嫌な顔してるの?」
空気読めねぇのかよお前はっ!?
「えっと、島2日分の魔力があれば打ち消し耐性の無い魔法は全部打ち消せるって書いてあったよ」
なんなんだ島2日分って。島を2つ持っていれば1日で済むのかよ。
「島から魔力なんて取れるのか疑問だったけど、試しに孤島で魔力吸収の儀式をやってみたら本当に取れたよ」
「ふーん」
「それで、少し気になったことがあるんだけど……」
「気になったこと?」
「うん」
そう言ってから、魔王はタタミの上にあるテーブルの前に座った。正面で見るその顔はどこか浮かない様子であった。
「島で集めた魔力を他の魔法にも使ってみたんだけど、いつもより効果が弱かったりしたんだよね……」
「ふむ」
「これって、どういうことなのかな? それともこの質問も答えられない質問?」
「いや、その質問は問題ないな」
「本当!?」
魔王が嬉しげな声を上げた。本来なら魔王自身が考えるべき疑問であるとは思うが、大魔王やら女神を倒すのに役立つ可能性もあるのでさっさと正解を教えてしまおう。
「色々な世界に魔法や魔力ってのは存在するが、どうも魔法を使うためにはその魔法にあった属性に魔力を変化させる必要があるらしいんだ」
「え、そうなの?」
「お前は無意識にやっているんだろうが、たとえば炎の魔法を使う場合は魔力を火の属性に、氷の魔法を使う場合は魔力を水の属性に変化させているわけだ」
「知らなかったよ……」
仕組みを知らなくても使えちゃう魔法。この世界では誰も仕組みを解明しようと思わなかったのだろうか……
「それでお前が島で集めた魔力だが、恐らくその島の周辺にいる魔物が使った魔法から散乱した魔力だろう」
「散乱って?」
「魔法を使う時、消費した魔力の全てが魔法に使われるんじゃなくて、その一部は空間に散乱する場合がほとんどなんだよ。それに魔法に使われた分も徐々に散乱して行く」
「そ、そうなんだ……」
本当に魔法の仕組みについて知らないのねコイツ! 魔術装置とか凄いけど魔法の基礎理論はダメダメなんだな。
「それでつまり悪魔さん、島で集めた魔力は魔法に使われた後のもので属性が付いてるから、違う属性の魔法には使いづらいってこと?」
「そういうことだな。島の周囲には海の生物が多いから、集めた魔力は水属性あたりだろう」
「水とか火以外にも属性はあるの?」
「それは世界によって諸説があって、風水火土の4属性があるという説や、木火土金水の5属性であるという説など様々だ。有力な説としては風水火土木金光闇の8属性があるというものだが、これも正しいかどうか分からない」
「金属性ってどういうの?」
「物質の構造を変化させたり反応を起こしたり……まぁ、物質変化の魔法によく使う属性だな」
ごめん、俺もよく分かってない。
「金を生み出したりするんじゃないんだ」
「物質を魔法で生み出すのは不可能に近いな。他の物を変化させて物を作り出すことは出来るが、何も無い所から物質を発生させる魔法は確認されていない」
「大魔王様や女神様も物は生み出せないのかな」
「そうだろうな」
「じゃあ、魔界や地上ってどうやって作ったの?」
「……」
しまった。いらん知識を口走ってしまったようだ。
「も、元からあった物質を変化させて作ったんだろうな……」
「じゃあ、その元からあった物質はどうやって生まれたの?」
「さぁ……俺にも詳しいことは分からない」
「答えられないってこと?」
「まぁ……な」
正確には、まだ完全な解明には至ってないのだが。
「悪魔さんたちが他の世界から持ってきたとか?」
「俺たちじゃない」
「それじゃあ、他の……」
「あーっ! もうこの話やめ! やめよう!」
俺は話を無理矢理中断させる。大魔王や女神との戦いが終わっていないのに、より高い次元に注目などさせるものかっ!
「えー」
「世界の謎は、お前がそれを知るに値した時に好きなだけ語ってやる! だが大魔王や女神を倒せていない今のお前は、世界の謎を知る器では無い!」
割と無茶苦茶な論理だ! だが大事なのは正しさでは無く、納得させることである!
「うーん、気にはなるけど確かに今考えても仕方ないことだよね。悪魔さんも実はそんなに知らないみたいだし」
バレてるし。
「いつか、世界の始まりが分かるようになるといいな。大魔王様から聞いてみようかな、倒した時に」
世界の謎を暴力で知ろうとするヤバイ男がいた。
「何にしても、お前はまだまだ無知だってことだな」
「そうだね。もっと色々勉強しないとね」
どうにか危うい話題も収まったようで、とりあえず一安心だ。
「あ、そうだ悪魔さん」
「ん?」
「大魔王様や女神様が使った魔力って、地上や魔界に残っているのかな?」
「……いや、それはちょっと分からないな」
大魔王や女神が世界を現在の形にするために魔法を使ったとして、それに使われた魔力は空間に散らばったと考えるのが自然だが……
「残っているとしたら……地面の中か」
大地を変化させるのに使用した魔力が土の中に残留している可能性は考えられなくもない。だが所詮、ごく僅かな可能性だ。
「もしその魔力が固まりで見つかったら、使えそうだよね」
「だが大魔王も女神も、自分の力に負けるなんて間抜けでは無いだろう」
「だけど世界を作った時はお互いがお互いの力を封じ合ってなかったから、今より強い魔力を発揮してたはずだよ」
「それは……そうだな」
「だからもし世界を作った時の魔力が固まりで残っていたら、強力な攻撃手段になると思うんだ」
「どうだろうな……見つかってみないと分からないな」
「そうだね。だから、見つけるよ」
不敵な笑みで魔王が言い切った。その自信の根拠はどこから来るんだよ、全く……
この時の俺と魔王は何も知らなかった。
もちろんこの次の日の俺と魔王も何も知らないだろうし、数年後数十年後の俺と魔王も何も知らないだろう。
それが、俺たちなのである。




