第12.2話 魔王と悪魔は勇者を待ちわびるのか
「それじゃあ悪魔さん、行こうか」
いつもの部屋のいつものタタミの上。そこからモニター越しに見ていた魔王城の大広間、その玉座の前に俺と魔王は並んで立っていた。
「思えば」
俺は多少、感慨を覚えながら呟いた。
「この世界に来て1年になるが、この大広間に入った回数なんて数えるほどしか無かった気がするな」
「そっか……もう1年も経つんだね」
魔王は言葉の前半だけを拾い、微笑みを浮かべて言った。
「悪魔さんの世界でも、1年は360日くらいなの?」
「俺の世界でもと言うか……まぁ、そうだな」
「案外、この世界も悪魔さんの世界も変わりは無いのかもね」
「そうかも知れないな」
「それなら、ボクもいつか悪魔さんの世界に行ける日が来るかな?」
その言葉に、俺は苦笑した。
不可能なんだよ、それは。
「さあな」
魔王では無く、大広間から外へと繋がる扉を見ながら俺は返答した。
「いつか行ってみたいな、悪魔さんの世界に」
「お前のような危険物が来たら迷惑だろうな」
「どこが?」
本気で自分が危険では無いと思っているのだろうか、間の抜けた表情で魔王が首を傾げた。
「魔法をやたらと使う奴なんて、俺の世界にはいないんだよ」
「そうなんだ。だったら行く時は気を付けるよ」
「そうだな」
それにしても、俺たちは一体何を話しているんだろうか。これから、最後の戦いが始まるというのに。
「勇者が来るまであとどれぐらいだ?」
「長くは無いと思うよ。空中部隊からの報告からすると、そろそろ城からでも見える距離に来ているはずだよ」
「勇者が来たら、俺はしばらく隠れるからな」
「うん。準備が整うまでは退避だね」
「準備か……何も持ってないようだが、大丈夫なのか?」
魔王は勇者との戦いにいつも用いているスタンガンみたいな――どうやらビリビリという名称を俺が付けていたらしいが全く記憶に無い――魔術装置を持っていない。完全に素手である。
「必要な魔術装置や道具は廊下の方に用意させてあるよ。勇者に警戒されないよう、ちゃんと隠しておかないとね」
魔王と勇者の決戦。勇者の目的は魔王を倒すことだが、魔王の目的は勇者の魂を俺に渡すことである。そのために、勇者の肉体から魂を引き剥がす作業を行わなければならない。
「本当に勇者から魂を奪えるんだろうな」
「一番可能性の高い方法を試すけど、奪えるって断言は出来ないかな」
「仕方の無い所か……」
「だけど悪魔さんの協力があるから、別の方法を考える時間もあるかもしれないよ。前向きに行こうよ」
魔王が能天気な表情で笑った。こいつの馬鹿面はムカつくものの、前向きに行こうという意見には同意出来た。失敗したら何を考えてもどうにもならない程に最悪な事態になるわけだしな。俺がこれまでの1年を数十回繰り返すような事態に。
やべぇ、すげぇやだ。
「魔王様! ゆう」
大広間と廊下を隔てる扉を開けて、魔王の部下が顔を出した。
「それじゃあ悪魔さん、一時避難ね」
「はいよ」
「だから最後まで言わせてくださいよっ!!」
魔王の部下が非難の声を上げるのを見ながら、俺は大広間から廊下へと向かう。その足元、大広間の床には円形の巨大な魔法陣らしき文様が一面に描かれている。それは魔王たちの魔術に加え、俺が魂を捕縛するための道具も使って描いた物である。知識では無く物質的な協力をここまで行うのは、きっとこれが最初で最後だろう。
「それじゃあ、頑張れよ」
「頑張れよじゃないよ。一緒に頑張るんだよ」
「そうだな。その通りだ」
俺がそう言うと、魔王は右手を伸ばし、親指を立てた握り拳を見せる。どこで覚えたんだよ、そのサイン。
俺も同じサインで応え、大広間から廊下へと移る。廊下には大きな石やら金属製の物体やらが所狭しと置いてあり、その一角にはモニターがあった。
「悪魔さん、こちらへ!」
モニターの前で魔王の部下が俺を呼んでいたので行ってみると、大広間を俯瞰した映像がそこに映っていた。
「ここで様子を見て、頃合いの良い時を見計らって下さい」
「わかった」
モニター越しの魔王は玉座に座り、勇者が来る方向をじっと見ている。万感の思いで待ちかねているのか、それとも何度も行われた戦いの延長として、今日の決戦もあるだけなのか。魔王の胸中は推し量れない。
だが、どうか俺を裏切るような考えはしないで欲しい。
それだけが、切実な望みであった。
そして、大広間の扉が開く。
最終章の幕が、上がった。




