第12話 勇者は終わりなのか
終わりとは、不意に訪れるものだったりする。
それがたとえ、今まで積み重ねてきた物事の結果だとしても。
いつもの部屋のいつものタタミの上のいつものテーブルを囲む、いつもの3人。思えば、この生活もいつの間にか1年近い。かと言って、もう慣れたとは思いたくない。というか早く元の世界に帰りたいんだって、俺は。
一方の魔王は姫様の膝枕を堪能している。うつ伏せで。両腿の間に顔を埋めるその行為を人前でやることに疑問を持たないのかこの魔王様は。あと姫様も疑問を持て。1年経ってもやっぱちょっとムカつく!!
『魔王様っ!!!!』
「うおぉいっ!?」
突然の大音量に驚いちゃう俺。
「ふぐぅぅっ!?」
同じく驚いて頭を姫様の身体に思いっきり押し付けてしまう魔王。そしてもの凄く痛そうな表情を浮かべる姫様。
「いけないっ!! マダイ!!」
魔王は回復魔法を即座に使って姫様を治療する。よく考えたら魔王の身体能力で反射的に頭をぶつけられたら、普通の人間はそりゃケガするわな。怖すぎるぞ無意識の怪力発揮。
「大丈夫、姫?」
微笑んで頷く姫様。心が広いというか、もしかして何度かこういうことあったのだろうか。寝ぼけた魔王に蹴飛ばされて重傷とか。やべぇ、今更だがこいつの近く危ねぇや。
『魔王様っ!!』
大音量がまたしても響き渡る。その発生源は、床に放置してあった金属の棒……離れた場所の音を伝える魔術装置、テレフォンだ。
「どうしたの? 声が大きすぎて死ぬかと思ったよ」
死ぬかと思ったのは姫様の方だと思うのだが?
『まだ確定では無いのですが、勇者が教会の審問にかけられるとの噂が……』
教会の審問……?
「そう……分かったよ。こっちはすぐに向かうから、監視部隊と連絡を取り合って勇者の動きをちゃんと把握してね」
『了解しました』
「ところで、声大きすぎない?」
俺もそう思う。
『はい……? これで普通ですが。テレフォンが壊れているのでは?』
「そうなのかな? とにかく、お願いね」
通話が終わると、魔王はテレフォンを持って立ち上がった。
「悪魔さん、出かける支度をするよ! すぐに交易本部に向かって」
「なんで俺も?」
「理由は馬車の中で話すよ。ボクは色々と準備するから、先に行ってて」
「なんだか分からんが、分かった」
「一応、これ持ってて」
魔王からテレフォンを渡される。結局これは壊れているのか、いないのか。
「それじゃあ頼むよ。姫、ちょっと準備手伝ってくれる?」
姫様も立ち上がり、魔王と共に部屋を出る。どうやら火急の事態のようだ。これは、俺も真面目にやらないと後悔するかもしれない。
腰を上げ、俺は靴を履いていつもの部屋を後にする。荷物は全て異次元収納装置に入っているため、準備など必要ない。交易本部に向かうだけだ。
『魔王様!!』
「うるせぇぇぇ!!」
大音量が聞こえたテレフォンを思いっきり廊下の床に叩きつけた。
折れちゃった。
慌ただしく魔王の部下たちが動く交易本部でぼーっとしていると、荷物が入っているらしい大きな布袋を持った魔王が、姫様を伴って現れた。
「準備は大丈夫かな、悪魔さん」
「ああ」
「そういえばテレフォンは?」
「壊れ……てた」
「やっぱり?」
正確には壊れちゃっただけどな! どーしよ。
「予備はあるからいいんだけどね。とにかく、急ごう」
魔王が来たのを確認した部下たちが、交易本部の大扉を開ける。その先は正門と同様の跳ね橋になっており、その先には轍がくっきりと見える道が続いている。そして待機していた馬車が、大扉の前まで移動する。
「それじゃあ行ってくるね、姫」
魔王が姫様の頭を撫でると、姫様はくすぐったそうに目を細めた。撫で終えた魔王に対し、姫様はサンドイッチのように具が挟まれたパンの入ったかごを差し出した。
「ありがとう。お腹が空いたら食べるね」
姫様が微笑み、魔王が背を向けて馬車へと向かう。その背中を目で追う、姫様。
……さっきからなんか姫様ばかり見てるな、俺。他に目の保養ないから可愛い女の子見ちゃうのは仕方ないが。筋肉質の巨人族の男がその辺に何人かいるけどそういうの見たくないし! そんなの見てたら馬車の中で吐くかも知れないし!
「悪魔さん、急いで!」
「ああ、分かってる」
既に馬車に乗りこんでいた魔王が右手を伸ばす。それを掴むと、魔王が馬車の中へと俺を引き上げた。
「それじゃあみんな、姫、留守を頼んだよ!」
部下たちが大声で返事をし、馬車が動き出す。見送る姫様と魔王の部下20名ほど。ただし部下は全員男。こういう時って密かに俺を慕ってくれてる女の子が見送ってくれるパターンじゃないの? ないの?
ないの?
「で……説明を頼む」
「待って、お腹空いたから姫のくれたごはん食べる」
「まだ城を出たばかりだろ!? 遠足に行く小学生かお前は!」
「エンソ……何?」
「何でもいいよもう……俺にも食わせろ」
「うん」
2人でパンを頬張る馬車の中。思えば、この世界で遠出するのは初めてかもしれない。
「前々から兆候はあったんだよね」
「何が」
「勇者が教会の審問を受けることの」
「なんで女神から選ばれた勇者がそんなことになるんだ?」
「ボクに負けすぎたからね」
「……信頼が無くなったということか?」
「うん、そういうこと」
神に選ばれた者が民衆からの支持を得られずに消えていく。それはどの世界でも起こる出来事のようだ。
「まず勇者の魂を肉体に戻す儀式、あれの回数が多すぎたんだ。特に最近の勇者は1つの城下町しか使ってなかったから、そこの王様は教会へ払う儀式の費用に頭を悩ませていたみたい」
「王様にとって勇者は邪魔者になっていたわけか」
「王様だけじゃない、教会にとっても勇者は厄介な存在になって来たんだよ。儀式の費用は王家との関係も考えてある程度は減額していたんだけど、安くし過ぎると儀式をする度に損をするから限界があった。なのに勇者が何度も死ぬから、結局王様からお金を搾り取る結果になったわけだね」
「審問の理由はそれだけか?」
「もちろん違うよ。王様だけじゃなくて街の人々、さらには教会の人たちも疑問に感じ始めたんだ。魔王に敗れ続ける勇者は、本当に女神様に選ばれた存在なのか、って」
「そりゃ、疑問に思って当然だな」
「教会としては反論したい所でもあったけど、勇者は王家との関係悪化の原因になっていたし、何より女神様に選ばれた証拠を改めて示す方法が無い。女神様が奇跡でも起こして証明してくれれば良いんだけど、それも無い。だから否定のしようが無かった」
「かと言って、逆に審問するってのもやりすぎな気もするんだが」
「放っておくと教会の権威が失墜する可能性があるんだよ。勇者を甦らせる儀式のために教会が各国の王家からお金を取っていることは人々に知られていたし、そのせいで国の税が多少上がっていたから、それに怒る人もたくさんいたんだ」
「確かに魔王を倒せない勇者のために税金払うのは腹立つな」
「そういう人たちの怒りは王家より、むしろ教会に向かっていてね。教会は勇者を利用して人々のお金を奪っているのではないか、そんな考えが民衆の間に広がりつつあったんだ。教会は何か手を打たないと、民衆の手で解体される恐れがあるわけだね」
「それで勇者を身代りにするわけだな」
「そういうこと。勇者が王家と教会を騙したことにして、民衆の怒りを勇者に集中させる。もちろんそれだけで民衆の怒りが収まるわけじゃないけど、そもそもの原因である勇者も排除できるわけだから、信頼回復に努める余裕が生まれるよね」
「一石二鳥ってことか」
「イッセ……?」
該当する言葉が無いのかよこの世界。故事とかことわざとかないのー?
「気にするな。何にしても、教会は民衆の不信を勇者に集め、自分たちへの非難を避けるつもりなんだろ」
「そういうことだね。審問を公開して、教会が人々を騙した勇者を断罪する光景を見せれば、多少は教会への信用も戻るかもしれない」
「もし、女神が何かしたら?」
「多分やらないと思うけど……その場合は人々の前で女神の奇跡が起こるわけだから、勇者の名誉が回復するね。そして勇者を助けていた教会の名誉も同時に回復する」
「どっちにしろ教会は損しないな」
「うん。女神様に祈ってるだけじゃなくて、女神様の威光を借りて人々を救うのが教会だからね。損得をしっかり考えてなかったら、こんなに力を持ってないよ」
「そりゃそうだな……」
それにしても、勇者の切り捨てか……
「女神が勇者を助けないという根拠は、どこにある?」
「根拠があるわけじゃないんだけど……助けたとしても、信用は完全には回復されないだろうし、今までと同じように勇者がボクに挑むようなら、またすぐに信用を失っちゃうわけでしょ? それなら勇者には死んでもらって、魂だけを回収する方が女神様にとってもいいのかな、って」
「魂だけを? 何のために?」
「それは悪魔さんの方が詳しいんじゃない?」
「……」
その通りだった。こいつは、どこまで推測しているのか。
「恐らくだけど、魂があれば勇者は別の形で蘇らせることが出来ると思うんだ。ボクが地上への侵攻を開始した時に勇者を甦らせれば、救世主の座にも戻れるね」
「現状は邪魔でも戦いになれば必要か。勝手なものだな」
「人々を守るためには仕方ないよ」
「それで、女神の助けが無いとすると勇者は処刑されるんだろうが……お前は何をするつもりなんだ?」
「何かをするのは、どちらかと言うと悪魔さんかな」
「俺?」
「だってそうでしょ? 勇者が女神様の加護も得られず死ぬ。ということは、その魂は?」
「……そうか、そういうことか」
「分かったみたいだね」
女神の加護を失った勇者の魂。女神の加護がある状態では、勇者の仲間ですら魂を捕えることが出来なかった。
だが、その加護を失ったむき出しの魂ならば――
終わりが、近づいていた。




