第11話 勇者はそれでも戦い続けるのか
この1か月間に、勇者たちの襲撃は7回あった。
1回目。警戒しながら魔王の前に現れた勇者たちは、またしても一瞬で全員が麻痺させられた。魔王の話では最も近い街から魔王城まで辿り着くのには2日ほどかかるらしいが、たった数秒の戦いのために費やす時間としては少し割に合わないと感じた。
2回目。勇者たちは妙なローブのようなものを着ていた。そして魔王によってナイフで心臓や首に致命傷を受け、消えて行った。魔王が言うには魔力を妨害するローブらしく、魔術装置によって麻痺させることが出来なかったようだ。
3回目。僧侶と魔法使いは魔力を防ぐローブ、勇者と剣士は甲冑を着こんでいた。甲冑を着た2人が僧侶と魔法使いの盾になるような陣形で魔王へと向かったが、甲冑の隙間にナイフを突き入れられたらしく、勇者と剣士が金属音を響かせて倒れた。呆然とする僧侶と魔法使いもすぐに、首を裂かれた。モニター越しであっても、あまり気持ちの良い光景では無かった。
4回目。それまでの戦いで床に染み着いた血がまだ残っている大広間、そこに入るなり勇者たちは散開した。お互いに距離を取り、多方面から魔王を狙うつもりだったようだ。攻撃をする前に、死体が4つ転がった。
5回目。大広間に入るなり、突進と魔法攻撃を繰り出す勇者一行。かわされ、死んだ。
6回目。俺はもう見る気も無くなっていた。とにかく、勇者たちは死んだ。
そして、7回目。大広間に現れたのは勇者1人だけだった。魔王からの「仲間はどうした」という問いにも答えず斬りかかり、心臓にナイフを突き立てられて死んだ。
いつもの部屋のいつものタタミの上で、いつものように姫様の膝枕に寝転がりながら、しかし、表情だけはどこか浮かない様子の魔王。
「魔王様」
「ああ、行くよ」
部屋の入口に現れた部下にそう答え、魔王は立ち上がった。
「なあ」
俺はその後ろ姿に声をかける。
「なに?」
「いい加減、戦うのに嫌気がさしてないか?」
その言葉に、魔王が自嘲気味に笑う。
「数日おきにやらされると、思ったより気分が悪いね。でもどうにか、勇者の仲間たちにボクの討伐を諦めさせることが出来たよ」
「確かなのか?」
「まだ街の噂の段階かな。今日も1人なら可能性は高いけど」
「勇者に魔王討伐を諦めさせるためには、あと何回くらい殺せば良いと考えている?」
「……姫の前でそういう話はしたくないなぁ」
俺は姫の顔を見る。多少、居心地悪そうな表情をしていた。
「……そうだな。すまなかった」
「いいだよ悪魔さん。それじゃあ姫、部屋に行っててね」
微笑む魔王に頷き返し、姫は部屋を出て行く。それを見送った後で、魔王がぽつりと呟いた。
「……女神様は残酷だよね」
「ん?」
その意味を問う前に、魔王は部屋を去った。俺はその言葉の意味を考えながらも、モニターの電源を入れる。
魔王の前に現れたのは、やはり勇者1人。もはや仲間は、死を繰り返す日々に背を向けたのか。それとも、別の方法で魔王を倒そうと言うのか。どちらにしろ、今の勇者は孤独に見えた。
目にも止まらぬ勇者の疾走と斬撃。対する魔王の、超高速化魔法。速度の差は、歴然だった。
倒れる勇者から流れ出す血は、物悲しくさえ思えた。何故勇者は、戦い続けるのか。どこにそんな理由があるというのか。
――女神様は残酷だよね。
魔王の言葉はそれを意味していたのだろうか。魔王を倒すための勇者。その運命に囚われた1人の若者は、女神の加護から解放されずに戦い続ける。その戦いは自分の意志か、神の意志か。
勇者の死体が消える。魔王は玉座に座り、血だまりをじっと見つめていた。
自由奔放と言える魔王の目には、勇者の姿が憐れなものとして映っているのだろうか。それとも、愚かしいものとして映っているのか。
ただ、俺は思う。
こんな戦いは、馬鹿らしい。




