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勇者が不死身すぎてつらい  作者: kurororon
第1部 勇者が不死身すぎてつらい
20/153

第10.1話 勇者の仲間は挫けるのか

 諦めるというのは非常につらい。だが、諦めるべき時は確かに存在する。

 無茶、不可能、無謀。どんなに言葉を並べようとも諦めたことによる悔いは後々まで残る。しかし諦めの理由を言葉ではなく実証として示すことが出来れば、少しは納得が行くのかもしれない。論理の道筋が逃げ道として成立していれば、自分の精神の弱さからも逃れられるだろう。

 もっとも、その逃げ道が他人によって用意された可能性もあるわけだが……



 いつもの部屋のいつものタタミの上のいつものテーブルの上で将棋を行う俺と魔王。姫様は家庭菜園の本らしきものを読みながらそれを観戦している。いよいよ農業までやるつもりかこのお嬢さんは。


「うーん……」


 悩む魔王。こいつは俺より頭が良さそうなのになんで将棋が弱いのか。バカなのだろうか。バカなんだな。


「姫様!!」


 突然、部屋の入口に魔王の部下がやって来て大声で――まぁ、いつものアレだな。勇者警報。


「2人とも! 勇者が来たからいつもの位置で待機!!」


 魔王が将棋盤をひっくり返しながら立ち上がった!!


「くそっ! 同じ手は2度通用しませんか!」


 魔王の部下が部屋の入口で悔しがる! その横をスッと姫様が通り過ぎる! ああもう慌ただしいなオイ。


「お前、負けそうだからって盤をひっくり返すなよ……」

「それにしても今回は早いね~」


 無視された気がする。


「何が?」

「勇者が来るの」

「確かにな……」


 前回の襲撃からまだ1週間経過していない。何があったのか、むしろ何も無いのか。


「ちょっとこれは戦略を変えた方が良いかもね……」

「どういうことだ?」

「それは後で。それじゃあ行って来るね~」


 そう言って魔王は戦いに向かう。あいつが負ける可能性は相当低いと思うが、それでも緊張感が無さすぎる気がする。それとも、もはや勇者との戦闘は目的のための作業に過ぎないのだろうか。

 とにかくモニターの電源を入れる。画面には俯瞰した大広間が映り、魔王は玉座の前で仁王立ちしている。金髪の青年が仁王立ちしても全然威圧感無いんだけどそのポーズはミスチョイスじゃありませんかね魔王様。

 そして大広間に足を踏み入れる勇者一行、計4人。慎重に歩を進め、魔王に近づき――勇者が喉首から血を吹きだして倒れる。

 あー、またか。時間を止めるのと同じ効果の魔法ってやっぱズルすぎるわ。

 次の瞬間には、剣士と女魔法使いも床に倒れる。魔王の手にはナイフと敵を麻痺させる魔術装置が握られており、今倒れた2人は血を出していないことから麻痺させられたものと思われる。残った女僧侶は怯えた様子で、杖を握りしめながら後ずさる。


「少し、疑問に思うことがある」


 不意に、魔王が言葉を発した。


「勇者が女神に選ばれたのは間違いが無い。だが、その仲間である君らはどうなんだ?」


 僧侶に語りかけているようだが、首を掻き切られた勇者はともかくとして、麻痺させられただけの剣士と魔法使いにもその言葉は聞こえているだろう。どうやら勇者の仲間に精神的な揺さぶりをかけるために、勇者だけを殺害したようだ。

 小癪な……


「果たして君らに、勇者と並ぶ資質はあるのか」


 そう言った次の瞬間、僧侶も床に崩れ落ちる。


「気になるものだ」


 そして透き通って行く勇者一行の身体。今回も、戦いはあっという間に終わった。勇者たちに魔王の卑劣な魔法に対抗する術は無かったようだ。

 ならば何故、今回はこんなにも早く再挑戦を行ったのか。

 少し、考える必要はあるだろう。




「いや~疲れた疲れた」


 絶対に疲れていない魔王が意気揚々と帰還する。うぜぇ!


「今回は5回も超高速化使っちゃったもんね」

「5回? 3回じゃないのか?」

「ほとんど何もしなかったのが2回分あったんだよ。慎重に行かないとね」


 勇者たちに魔王の超高速化への対策がある可能性を考えれば、フェイントを混ぜるのは正しい判断だろう。余裕を見せていたが細かい所では万全を期しているようで、なんと言うか、いやらしい。


「それで、今回は言葉で動揺させる作戦か」

「まぁね」

「効果はあると思うか?」

「ないかも」

「だろうな」


 勇者と仲間の連帯意識がどれ程かは分からないが、魔王の言葉に惑わされるようではそもそも一緒に戦っている筈はない。無駄な揺さぶりだと言える。


「それでも、彼らの中で同じような疑問はあると思うんだよ」

「自分たちに勇者と共に戦う資質があるかどうか、か」

「うん。だってせっかく新調した装備も役に立ってないし、戦いもボクにまったく歯が立ってない。自分たちが魔王と戦う意味を失いかけていると思うんだよね」

「それは……どうだろうな」


 魔王は以前にも、勇者の仲間が勇者から離反する可能性を述べたことがあった。それが起こり得るということか。


「前回からあんまり間を空けずにやって来たのも、焦っているからだと思うんだ」

「焦る? 何を?」

「たぶん勇者一行の間で意見が食い違い始めているんだと思う。ボクを早く倒したい人と、対策をしっかりと考えたい人で」


 マジか?


「根拠は?」

「戦った感じかな~」


 ねぇってことじゃん。


「勇者が倒れた時、他の仲間の表情が怒りでも恐怖でもなく、諦めの表情だったんだ」

「はぁ」

「勇者はボクを早く倒したいんだけど、他の仲間はボクに勝てないことを思い知っている感じかな。だから勇者と自分たちが違うと思ってしまうようなことを言ったんだ」

「そうか……」

「実際の所はどうなのか、まだ分からないけどね。だけどもし数日以内にまた来るようだったら、焦ってるのは確かだと思うよ。ボクの魔法を打ち破るための作戦や準備を用意するなら、さすがにもっと時間がかかるわけだし。それが無いのに来るようだったら、精神的に問題が生じていると考えていいかもね」


 確かに冷静さを欠いているのであれば、勝算も無しに襲って来ても不思議では無い。それだけ追い詰められていれば、膠着した勇者との戦いに新しい局面が訪れるかもしれない。


「期待するしかないか……」

「そうだね。人間の心はよく分からないから」

「だな……」


 俺はお前の心もよく分からないけどな。

 姫様がお茶と菓子を持って部屋に入ってくる。お茶の時間、休憩の時間だ。とりあえずは、ゆっくりしよう。



 そして、凄惨な日々が始まった。


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