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勇者が不死身すぎてつらい  作者: kurororon
第1部 勇者が不死身すぎてつらい
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第9話 悪魔の疑念は解消されるのか

 たまには散歩をするのもいい。

 ……いいよね!



 いつもの部屋を飛び出し、俺は春の近づいた魔王城周辺を柄にも無く散歩していた。気温も暖かくなってきたしあの部屋いると変な奴来るし。たまには他の奴で実験しろよ! してるかもしれないけど!

 俺が歩いている道の両側は多少鬱蒼とはしているものの、異世界だの魔王城だのを思わせる奇怪な植物では無く、ごく普通の広葉樹が緑の葉を揺らしていた。花は咲いていないが、桜並木のような風景になったらいよいよこの付近は和風ファンタジーと化していただろう。コタツはあるけどこの世界は洋風ファンタジー世界、洋風ファンタジー世界なんだよ!

 それにしても……

 独りで散歩をしていると邪魔が入らないため、どうも考えてしまう。果たして、魔王は勇者を倒す……正確には勇者の魂を奪うための方法について、何か見当は付いているのだろうか。そして、魔王は勇者を倒す以外に何を企んでいるのだろうか。

 現在、勇者の境遇は落ちぶれたと言っても過言では無い。精神的に疲弊させることで攻略の糸口を掴もうと魔王はしているようだが、その具体的な計画は分からない。そして、もう一方の企みの方は何ひとつ手がかりが無い。俺の知識を利用しようとしている節はあるが、あまりに情報が少なすぎる。

 散歩は落ち着いて考えるには良いが、情報を収集するにはそれほど向いていない。やはり、これらをハッキリさせるために調べてみるべきだろうか。厄介事に巻き込まれる可能性が高い以上、面倒でも構えておく必要はある。さもなければ、良いように利用されるだけだ。

 ホントに、面倒臭い奴と契約しちまったもんだ……




 とりあえず俺は、魔王城内の交易本部に行ってみた。あまり興味が無いので半年前に初めて入って以来だが、交易本部の様子は以前よりも騒がしく感じた。木箱の量も多くなっている気がする。


「調子はどうだ?」


 俺は周囲の魔族に指示を行っていた、恐らくはまとめ役らしき男に声をかけた。適当な人選だと我ながら思う。


「おおっ、悪魔さん! ボチボチデンナー!」

「どこで覚えたんだよそれっ!?」

「地下で悪魔さんが持ってきた本の研究している奴が言ってたんですよ。儲かっている時は『ボチボチデンナー』って言うらしいって」


 間違った知識を覚える異世界の馬鹿集団。


「それはともかく……最近どんな調子だ?」

「コタツが売れるおかげでかなり儲けてますね。その金で地上の良質な食材や布が買えるから、料理長や姫様が喜んでますよ」


 魔王軍の目的は生活向上なのか……?


「いやぁ、自分も以前は地上に良い印象を持ってなかったんですがね、地上のもので作るメシは魔界のよりずっと美味いし、服も上等になったんで、今じゃ地上との商売をどんどん進めたいと思ってるんですよ」

「そうか……何か前と変わったことは?」

「そうですねぇ……コタツに使うせいか、魔導石とか魔術装置に使うような素材は最近出荷していないどころか、地上の連中から買うようにもなりましたね」

「他には?」

「他は……魔導具って言うんですかね、魔法の効果を持った武器やら道具を見つけたらなるべく買うように言われてますね。研究に使うとかどうとか、詳しいことは地下の研究室の奴らに聞いてみた方が良いと思いますが」

「ありがとう。参考になった」

「いやいや」


 男は再び仕事に戻り、周囲に指示を飛ばし始める。俺は交易本部を後にし、地下へと向かった。

 魔王が何かを企んでいるのなら、それに関連した研究も行われているはず。地下の研究室に行けば、その手がかりが掴めるかもしれない。




 まず俺は魔法研究室を訪ねてみる。ろくでもない魔法を研究しているのは予想出来るが、使い方次第で恐ろしい威力になる魔法もありえるので無視は出来ない。こんな奴らに他の世界の魔法書なんて渡すんじゃなかった!

 後悔もほどほどに、研究室のドアを開き中へ入る。


「調子はどうだ?」


 俺は一番近くにいた男性魔族に声をかけた。多分こいつはバカだ。


「おお、悪魔さん! エロい魔法はありませんよ!」


 バカだった。


「お前は俺を何だと思ってるんだ?」

「じゃあ何ですか、他に何か?」

「最近、どんな魔法を研究しているんだ?」

「急にどうしたんです? 今までそんなこと興味無かったのに」

「少し気になることがあってな」

「そうですか……怪しいですね。言っておきますが、エロい魔法は」

「それはいい。マジでどうでもいい」

「いや、絶対それはありえませんよ! ま、まさか悪魔さん女に興味が無くて男」

「殺すぞ」

「冗談ですよ冗談。だけどそれなら悪魔さんって俺たちに秘密でエロい本を」

「話を戻そう。そうすればこっそり他の世界のエロい本を貸すことも考えなくもない」

「今は魔力を吸収する魔法を研究しております」


 一瞬で姿勢を正しハキハキと答えるバカ。誰がお前らにエロ本なんか渡すか。


「勇者から魔力を奪う魔法か?」

「それも研究しておりますが、その延長で魔導石などの魔力を蓄積した物体から吸収する方法も研究しております」


 つまり生物だけでなく魔力を溜めることの出来るもの全てに通用する吸収魔法か。


「魔導石から吸収すると何か利点があるのか?」

「そうですね……魔力を素早く回復する方法としては一般的に薬を使うことが挙げられますが、それよりも回復量、回復速度共に上回ると予想されます。もちろん、吸収するための魔法を使うだけの魔力が残っていなければなりませんが」

「大量かつ高速の魔力回復か。激戦になる場合は有効だな」

「はい。大型の魔導石さえあれば、魔王様の魔力ですら一瞬で満たすことが出来るかも知れません」

「その魔導石に魔力を注入する方法もあるのか?」

「それは既に完成しております。コタツ用の魔導石に魔力を入れるための魔術装置にも使われていますよ」

「いつの間に……」

「魔力を吸収する魔法が完成すれば、事前に魔導石に魔力を貯蔵しておき、必要な時に使用するということが考えられますね」


 確かに魔力注入と魔力吸収の両方が出来れば、使わない時に魔力を魔導石に溜め、使う時にそこから一気に取り出すということが可能になる。それは大量の魔力を使用する事態において非常に有効だろう。


「なるほどね。使い道はありそうだな」

「それでエロい本は……」

「じゃあな」


 俺は研究室のドアを開け足早に部屋を出る。


「ちょっと悪魔さん!? エロい本、エロい本はっ!?」




 続いて魔術研究室に入った俺。中にいた男が駆け寄ってくる。


「悪魔さん、エロい魔術装置はありませんよ」

「だからお前らは俺を何だと思ってんだよっ!!」

「違うんですか?」

「とりあえず、最近何を研究しているか教えろ。さっさと」

「何怒ってるんですか……今は熱の代わりに冷気を出すコタツの研究中ですね。それもそろそろ終わりですが」


 それはコタツとは言わない。


「そろそろ暖かくなってきましたからね。季節に合わせて売る物を変えないと儲かりませんよ」


 いつから魔王軍は家電メーカーになったのだろうか。


「それなら冷蔵庫でも作れよ……」

「レイゾーコ?」

「ああ、食材とかが入った箱の中に冷気を出すことで長期保存する……」


 言ってから「しまった」と思った。この世界に存在しない物のことを言うと再現しちまうんだった、この城の連中は!


「冷気で食材の保存……そういえば聞いたことがありますね、北の地方には日の当たらない洞窟の中に大量の氷を置いて、肉や果物の腐敗を遅らせている人間たちがいるとか……それと同じ原理で、箱の中に冷気を送ることで食べ物が腐らない保存箱を作ることが出来る……」


 あーやっぱりもう冷蔵庫開発しそうな勢いだよ。最初に考えた人たちに謝れよこいつら。


「これは売れますね……しかも腐りにくいということは、遠くの地域の食材を輸送することにも役立つ……素晴らしい、さすが悪魔さん、魔王様が見込んだだけはある」


 買い被りすぎと言うか他の世界じゃ常識なんだよそれ。常識人なんだよ俺は。


「それはさておき、他に研究している物は無いのか?」

「エロいのは無いです」

「それ以外だ、いい加減殺すぞ」

「他にはムラサーマの研究をしてますね」

「……何だって?」

「『ムラサーマ』です。異世界の魔剣で、恐るべき切れ味だとか」


 …………村正のことかーーーーっ!!


「どのような剣なのかは判然としないので、それに近い魔剣を作ることを目標にしてますね。とりあえず地上の魔導具を収集して色々調べています」


 交易本部で聞いた魔導具の収集は、どうやら武器制作のための研究材料を集めるために行っていたようだ。


「それと魔界の方でも魔導鉄の鍛造を研究しているそうで」

「魔導鉄?」

「魔力を溜めることの出来る金属です」

「魔導石と同じ使い方の出来る金属か」

「まだ研究の段階なのですが、魔導石も魔導鉄もその中に含まれる何らかの成分によって魔力を溜めることが出来ると予想されています。その成分を多く含んだ魔導鉄を作ることが出来れば、ムラサーマのような強力な魔剣も再現可能かも知れません」

「そうか……その研究は魔王から指示されたのか?」

「はい。優先して欲しいと言われたのですが、コタツの方が忙しくて」


 やっぱ勇者倒すのよりお金儲けの方が大事なんじゃねぇのか魔王軍!!


「わかった。また何かあったら来る」

「エロい魔術装置は当分作る予定ありませんよ?」


 俺は無視して部屋を出た。




 残るは文書分類室。俺はあることを予想しながら、部屋のドアを開けた。


「邪魔するぞ」

「あっ! 悪魔さん、エロい本が混じって無いんですけど!」

「お前らはエロしか頭に無いのか!」


 呆れながらも、俺はエロ本を探してたらしいその男に近づく。


「最近、何か魔王から注文は?」

「そうですねぇ……悪魔さんの世界の、数字を使う学問の本について研究して欲しいと言われています」

「数学か?」

「多分それと……他にもあるんですけど」

「他に数字を使う学問……化学や物理学辺りか?」

「そうです、そんな名前の学問です。その本を研究しろって言われているんですけど、難しいんで簡単なのを頑張って探しています」

「でも今、エロい本探してなかったか?」

「それを怠ることは男の恥です!」


 胸を張って言い切ったバカ。厄介なバカしかいないなこの城の男はっ!


「しかしそうか……理数系か……」


 これは少し危険な分野に興味を持たれたように思える。もちろん、このファンタジー世界を破滅させるほどの危険な技術について書かれた本など持って来てはいないし、そうでなくとも技術の再現は難しいはずだ。しかし魔法や魔術を使って似たような物を作ることは可能であり、そこに数学や物理学の概念を応用することで効果を高めることは考えられる。

 たとえば魔王たちが大砲を開発したとする。その砲弾の飛距離は大砲の発射角度によって変わり、単純に考えれば地面から45度の角度が最も飛ぶ。しかし実際は相手との距離に合わせて発射角度を変えなければならず、また空気抵抗などの要素も考慮しなければならない。そのための計算が出来るか否かで、大砲の有用性も大きく変わるだろう。

 魔法のある異世界であろうと、根底に流れる物理法則は共通なのだ。それを深く知ることは、物事の可能性を広げることに繋がる。


「可能性、か」

「どうかしましたか?」

「いや、なんでもない。邪魔したな」


 俺は部屋を後にする。後ろから「エロい本」という言葉が聞こえたが気にしない。しない。




 魔王の部下たちから得られた情報。それらを整理した所で魔王の考えを読むことは出来そうに無かった。ただ、魔王があるものを求めている雰囲気は感じ取れた。

 魔王が求めているのは、力。

 勇者を倒すためか、それとも何か別の――

 ……何にしても、大きな戦いに備えている予感はする。恐らく俺も逃げられまい。覚悟を決めておく必要があるだろう。

 だが、何故だろうか。ほんの少しだが、期待している自分がいる。魔王が進む先に見えるであろう、未知の可能性を。今までに訪れたどの異世界でも見られなかった、驚くべき世界が広がることを。

 

 期待してもいいんだろうな、魔王様。

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