第8話 勇者も品位は大切か
品位というものには結構な価値があるのではないか。
たとえば全裸で野外を走り回っている者の言葉など誰も耳を傾けないが、壇上で堂々と発言する者の言葉には意味があるように思える。同じ言葉であっても品位を感じさせる者が語った言葉の方に価値を見出すのであれば、それは言葉の価値では無く品位の価値なのかも知れない。
そして逆に言えば、品位を落とす行為で失われる価値も相当なものなのではないか。信頼の失墜は、その者のあらゆる行為の価値を落とす。見た目が重要、などという言葉と同じように、他者に与える印象には予想以上の意味があるのだろう。
だから王たる者は毅然としていなければならず、他者を新しく覚えた魔法の実験台にしてはいけない。魔術装置の実験台にするのも新発明のネーミングを無茶振りするのも目の前で女の子に膝枕してもらうのも……
いつもの部屋のいつものタタミのいつものコタツに俺は1人で入っていた。そろそろコタツの季節も終了かもしれない。この世界……というよりこの地域にも四季はあるようだ。たまには外を散歩してみるのも一興か。
俺は本のページをめくり、すぐに前のページに戻って文章を確かめる。ページが変わる部分は文章が切断されるようなものなので、その文章を上手く頭に入れることが出来ないことも時折ある。決して俺の頭が悪いわけでは無く誰でもそうに違いない。多分。
それにしても、娯楽が本くらいしか無いのによく数か月もファンタジー世界の生活を続けられたものだと、自分を褒めてやりたい。魔王が変なものをどんどん生み出しているのも要因だとは思うが、やはり本という形をした文字の集合体が暇潰しとして最適なのだろう。本当なら漫画も読みたいところだが魔王に奪われるのは必至であるし、電子機器なんかは壊れるまで帰ってこないだろう。どんな異世界でも違和感無く溶け込めるシンプルさがあるからこそ、多くの悪魔も本によって契約者に知識を与えているのだ。簡単イズ最高。
「お茶の時間だよ~」
バカがお茶とお菓子を持った姫様を連れて部屋に入って来た。魔王イズキングオブ馬鹿インザこの世界。
「今日はまだ新しい魔法を覚えてきたよ!」
「使うなよ」
「その名もDon't move!」
……英語?
「どんと……?」
「Don't move」
発音うめぇなぁ……
「効果は?」
「Don't move!」
俺を指差す魔王の人差し指から、光が螺旋を描きながら放たれる!
「って馬鹿やめろ使うなって!!」
コタツから出て逃げようと、俺は足をうごか……せない!!??
「足が動かないっ!?」
「相手を移動できなくする魔法なんだよ~」
頑張ってみたものの、やはり足が動かない。動かないというか、タタミから離れない。
「凄い魔法でしょ?」
「どこが……いや、でも使い方次第では便利なのか……?」
俺が使い道を考えていると、それを無視して魔王と姫様がお茶とお菓子を並べだす。こいつらは俺を何だと思っているんだ……
「それで、俺はいつ動けるようになるんだ」
「えーと、わからないや」
「今すぐ治せ」
「どうやって?」
「お前確か体力と状態異常が全快する魔法覚えてただろ?」
「あっ! それ忘れてたっ! 凄い便利な魔法なのに使ってないから忘れてたよっ!」
こいつの死因はうっかり死だろう。
「そういえば、最近の勇者だけど」
マダイとかいう回復魔法で動けるようになった俺に、魔王が切り出してきた。
「まずお茶を一口でいいから飲ませろ」
「うん」
ごくり。うまい。
「で、勇者がどうした」
「最近、護衛の仕事しているみたいなんだよね」
「護衛?」
「商人とかの護衛ね。腕はもちろん保証済みだから仕事は今の所あるんだよね」
「せっかく勇者の資金源を断ったのに、また稼がれるな」
魔王は以前、魔物が使用する通貨を人間の貨幣から魔王軍独自の貨幣に変更した。これによって勇者は魔物を倒してお金を得ることを出来なくなり、装備や道具の調達も難しくなった。しかし護衛の仕事で収入が得られてしまっては、魔王の策略も水の泡である。
「うん。だけど悪いことばかりじゃないんだよね~」
「どういうことだ?」
「ふんほね、ほへひは」
「口の中のクッキーを飲みこんでから喋れ」
魔王の無作法を見て姫様が微笑んでいる。お前ら見てると俺もちょっと彼女欲しくなるわ……我慢するけどさ……
「うんとね、護衛は冒険者とかの仕事なのね」
「ああ」
「それを勇者がやるってことは、勇者が冒険者と同じくらいの存在になってるってことなんだよね」
「……」
ちょっと頭を整理する。何言ってんだコイツ。勇者と冒険者が同じ? 勇者が魔王を倒す使命を帯びた特別な存在なのは、護衛の仕事をした所で変わらないはず。やってることが冒険者と同じなだけで、本来の能力はそれより遥かに高いわけだから…………
……それって「俺は本気出せばやれるんだぜ」ってのと同じだな。
「なるほど、ちょっと分かった。勇者としての仕事をしないことが、勇者の信用を落とすことに繋がるのか」
「そんな感じだね。護衛の仕事をするくらいなら魔王を倒しに行けって、みんな思うだろうね」
「王様から金貰えないのか、勇者は」
「それなんだけどね、最近ある情報を手に入れたんだよ?」
「ある情報?」
「勇者って死ぬと教会とか城とかに転送されるけど、肉体と魂が少し離れた状態で転送されるんだって。そこから肉体に魂を戻す儀式をやるんだけど、それが結構お金使うんだって」
「勇者の持ち金の半分くらいだな」
ロールプレイングゲームではお約束なんだけど、あのペナルティ辛かったわ……
「流石にそんなには取らないけど、儀式をする教会や城の司教は勇者からお布施としていくらか貰ってるみたいだね。でもそれじゃあ全然足りないから、王様とかが儀式の費用払っているみたいなんだ」
「それぼったくりなんじゃないか?」
「教会が勇者を利用して王様からお金を搾り取っている可能性はあるね。魔物が人間をあんまり襲わなくなったから、女神様を信仰する教会の力が落ちて、代わりに各地を安全に行き来する商人が力を増してきた。それに対抗するためのお金を手に入れようとするのは、あり得る話だね」
異世界であっても人間の敵は人間のようだ。敵味方を分けるのは種族の違いでは無く、考え方の違いなのだろう。
「どちらにしろ、王様たち国を治める統治者は勇者のために十分なお金を教会に払っている。これ以上勇者につぎ込むお金は無いだろうね」
「教会は勇者に装備や金を渡さないのか?」
「勇者がボクを倒しても教会は得しないからね。魔物の脅威が無い今、勇者が頑張っても人々は感謝しないから、教会にお布施も払わない。それなら勇者には何度も死んでもらった方が、王様からいっぱいお金を貰えて得なんだろうね」
「ひどいな……」
「仕方ないよ。教会の人だってちゃんと祈っているのに、女神様から何も貰えないんだから。もし女神様が祈った人を救ってくれるなら、教会だって勇者を生き返らせるのにお金を取らなかったかも」
この世界の女神は勇者という救い手を人々に授けたが、人々の細かい生活までは面倒を見ていない。その部分の問題が勇者の受難に繋がるというのは、なかなか皮肉めいている。
「なんにしても、今の勇者は人々に尊敬される救世主というよりは利用されるだけの存在ってわけなんだな」
「かわいそうだね」
その原因はだいたいお前だけどなっ!!
「こんな状況が続くと、勇者やその仲間はかなり参っちゃうだろうね。仲間割れとかしちゃうかも。やだね~」
その原因はそもそもお前だからなっ!
「あ、姫、お茶おかわりちょうだい」
「あ、俺も」
姫様は頷き、お茶を注ぎに部屋を出る。今までの話を横で聞いてた姫様は、何を考えていただろうか。あの人、魔王よりも頭良い気がするから名案とかひらめいてたり。それで勇者を倒せたら俺も帰れて万事オッケー!
「姫と悪魔さんも仲良くなったね~」
「そうか?」
「いつまでも悪魔さんにいて欲しいね、ってボクが言ったら、姫も笑って頷いてくれたよ。よかったね」
「…………」
魔王も姫様も俺を元の世界に返すつもりないんじゃねぇか……?




