第7.5話 魔王はのんびりしてて良いのか
時に、平穏が不安を呼ぶこともある。
……こんなのんびりしてて大丈夫なのか?
いつもの部屋のいつものタタミのいつもの……いつものコタツに加え、いつの間にか増えている暖房器具。それらに囲まれて俺は1人で読書をしているわけだが、どうにも集中できない。
やはり、この城の連中の技術力はおかしい。どうみても電気ストーブだろコレとか。ファンタジー世界に飛ばされた現代っ子の気分を返してくれ。
「悪魔さ~ん、新しいおもちゃが出来たよ~」
魔王が姫様を連れてやってきた。というかおもちゃと来たか。お前さては勇者を倒す気無くなってるな。
「これは面白いよ~、ふふん」
自慢げだが、ろくでもない魔術装置を作ったのは予想がつく。魔王の動きに警戒していると、姫様がコタツに入っている俺のすぐ隣にまでやってきた。
「ん?」
姫様が俺の胸元にブローチのような金属の装飾具を取り付けた。あ、なんか嫌な予感。
「じゃあ、いくよ~」
やめろバカ。
「ちなみに当たると死ぬから、避けてね」
「ちょっと待ていっ!?」
立ち上がって、急いで靴を履く俺。対する魔王は鉄球のようなものを取り出し、それを斜め上に向けて軽く放り投げた。
「何が起こるんだよおい!」
俺は念のため鉄球から距離を取るが、鉄球は俺の方に向かってゆっくりと飛来する。その動きは、明らかに引力の法則を無視している。
「まさか……」
俺が部屋の隅まで逃げると、鉄球も俺を追って飛行の方向を曲げる。俺がさらに部屋の別の隅へと逃げると、やはり鉄球は向きを変えて追いかけてくる。
「追尾弾かよっ!? すげぇなオイ!?」
声に出して感心してしまったが、状況的にはヤバい。当たっても死ぬとは思えないが結構痛い気はする。どうにかして逃げなければ。
「悪魔さん、頑張って逃げて!」
魔王と姫様がにやにやしながら応援している。お前らもよく分からないモノに追いかけられる恐怖を味わえばいいのに!!
「くそ、こういう時は……」
俺は部屋の入口に向かって走る。鉄球の飛行速度はそれほど速くない。ある程度の距離を保つことは容易である。
「これだっ!」
部屋から出て、俺はすぐに入口の横の壁に張り付いた。壁の向こう側で、鉄球の衝突音が断続的に聞こえる。
「さすが悪魔さん、もう攻略法を編み出してる」
鉄球が直線的に自分に向かってくるのであれば、間に障害物を挟めばいい。単純な対策だ。俺は胸のブローチを外し、深呼吸する。
「なあ、魔王様」
俺は顔だけ部屋の入口から出し、魔王に呼びかける。
「なに?」
「ちょっと」
そう言って魔王を呼び、近づいてきた魔王の服の中にブローチを入れた。
「あ」
「がんばれ」
そう言って俺が魔王を蹴り飛ばすと、よろけた魔王の胸元に鉄球が飛んできた。
「ぐほぁ……!」
命中! バカめ!
「ひどいよ悪魔さん……」
こいつは自分がやられたら嫌なことを他人にするなと教育されなかったのか?
「それにしても、自動追尾する魔術装置とは凄いな」
コタツで3人ぬくぬくしながらの雑談。お互い、さっきのことは水に流そうじゃないか。
「飛んでく魔術装置と、それを誘導する魔術装置を組み合わせたおもちゃなんだ。流石に何か工夫しないと武器にはならないけど」
それにしては随分痛そうだったが……
「武器にならないと言ったが……そんなもの作ってどうするんだ?」
「え?」
魔王が首を傾げる。何か変なこと言ったか俺。
「だから、勇者を倒すのに役立つのか、それ?」
「うーん……わからないね」
わからないのかよ。いいのかそれで。
「こういう武器じゃない魔術装置を作るのには、だいたい3つの理由があるんだ」
3つもあるのかよ。
「まず、面白そうだから」
「ああ、ちょっと分かるが遊んでんじゃねぇよお前ら」
「たまには遊び心も大切だよ?」
お前はいつも遊び半分じゃねぇか!!
「それに、何かの役に立つかもしれないから」
「曖昧だな」
「最初から使い道を決めた魔術装置より、色々な使い方が出来そうな魔術装置を応用して武器にした方が強力なこともあるんだよ。戦い以外にも使えれば便利だしね」
「確かに、武器としてしか使えない物は普段使いづらいな。今は勇者を倒すのに新しい武器を使う必要も無いわけだしな」
「そういうことだよ」
だが、少し腑に落ちない。魔王の言葉からは、勇者を倒すのには使わないが武器として使うことは考えている様子が伺える。勇者以外の人間と戦うことも考えているのだろうか?
「それで武器以外の魔術装置を作る最後の理由だけど、売れるからかな」
「……は?」
「売れるの、人間に」
どういうことなのん?
「たとえば、そこの縦置きコタツ」
縦置きコタツ……って電気ストーブのことか。このままだと、この世界の暖房魔術装置はみんなコタツと呼ばれてしまう!
まぁ、いいか。
「それなんか、暖炉が無い小さい部屋でも使えるって、結構売れるんだよね」
「売ってるのかよ。量産してるのかよ」
「今までは人間相手に鉱石とか売ってたけど、これからは魔術装置もどんどん売りたいんだよね。材料をそのまま売るよりずっと高い値段で売れるから、大儲けだよ~」
それ産業革命ってやつじゃね? 勇者を倒す合間に世界経済を征服しかねないぞこの魔王。あたまおかしい。
「武器は売るわけにはいかないけど、どうやっても武器にならないものは売っても大丈夫だからね。売ったお金で新しい魔術装置を作るための材料やおいしい食材、品質の良い布とかを買えば生活が豊かになるね~」
人間の世界がこいつの植民地になる未来がちょこっと見えた。勇者が大魔王を倒さないとどっちにしろ世界はピンチだからどうでもいいことだけどさ。
「ところで、こんなにのんびりしてて良いのか?」
「なにが?」
「早く勇者を倒さないと、大魔王……様から懲罰を受けたりするんじゃないか?」
「ああ、大丈夫だよ。多分だけど大魔王様、ボクが負けると思ってるから」
「……」
そりゃ、中ボスだからな。
「ボクの役目はそもそも、時間稼ぎなんだよね。魔界で大魔王様や他の魔王が勇者と戦う準備を整えるまでの、さ」
淡々と言っているが、姫様はそんなお前を心配そうに見ているぞ。気付いているのか、魔王様。
「大体、ボクの一族は他の魔王に良く思われてないんだよね」
「お前の一族は弱い魔族や人間に魔法を教えたからな」
「あれ? ボクそれ言ったっけ?」
「前に爺様が言ってたんだよ」
「もう爺様……口が軽いんだから」
お前も相当だと思うぞ。
「なんにしても、ボクが負けることを魔界のみんなは予想してると思うんだよね。もちろん、負けるつもりは無いけど」
「勝つために俺を召喚したわけだしな」
「まぁね」
魔王は不敵に笑う。勇者を倒すために俺を呼びだしたのは恐らく真実だろう。だが、やはりそれ以上の狙いがあるように思えてならない。こいつの最終的な目標は、果たして何なのだろうか。
「……悪魔さん?」
「……腹減った」
そう言って誤魔化すと、姫様が立ち上がった。お菓子とお茶でも持ってくるつもりだろう。優しいもんである。
「お茶の時間だね。ショーギしながらクッキーでも食べよう」
まったく、またファンタジー世界を壊すような発言を……
この穏やかな時間が、嵐の前の静けさじゃないことを祈るばかりである。




