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勇者が不死身すぎてつらい  作者: kurororon
第2部 勇者が不条理すぎてつらい
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第85話 悪魔は何を手に入れたのか

「ヒメ、マナ。ひとまず逃げろ」


 ヒメは俺の言葉に頷き、マナと共に後ろへ下がる。

 勇者の断片、いや、もはや1万の断片が集合した、完全な勇者。

 それはマナという肉体を失いながらも、形の崩れた霊気としてその場に留まっていた。


「魔力急速に増大!! 各員、魔導管および魔法陣の破損に注意してください!!」


 魔王の部下が声を上げ、人の動きがより慌ただしくなる。魔王が超高速化による攻撃を行っているため、勇者は身動きが取れない。だが、マナという楔を失ったことによってその魔力は暴発へと向かっているのかもしれない。


「最大の懸案は解決されたようですが、事態は予断を許さないようですな」


 俺の隣に、高年の男性が立つ。


「爺様……いや、学校長と呼ぶべきか」

「どちらでもお好きなように」

「それでどうした。魔王から何か言われたのか?」

「仰る通りです。魔王様から、念のため悪魔様の近くにいるように言われましてな」

「……言っておくが、知識の提供以上の助力は出来ないからな」

「分かっております。ですが、その知識が必要になる可能性もありますので」


 爺様と話していると、突然、実験場の外縁付近に光の柱が現れた。


「あれは……ビィィィムの魔法か?」

「はい。ビィィィィムホーですな。勇者の魔力をほとんど変換せずに大量消費できる魔術装置です」


 鋼の勇者との戦いではあまり役に立たなかったが、魔力を大量に消費するという目的においては有効活用できるようだ。光の柱はどんどん数を増やして行き、周囲は照明が不要な程に明るくなる。


「この調子なら、勇者の魔力を枯渇できるか?」

「いや……予想以上に、吸収できる魔力の量が多いようですな」

「吸収する魔力の量を減らせないのか?」

「少しお待ちください」


 そう言うと爺様は紙片を取り出し、何やら文章を書く。書き終えたそれを宙に差し出すと、不意に紙片が消失した。


「魔王が受け取ったのか」

「はい。超高速化における情報伝達は、文字で行うほかありませんので」


 いつの間にか、別の紙片が爺様の手に握られていた。爺様はそれを読み、「ふむ」と声を出す。


「何か分かったのか」

「どうやら魔力吸収用結界を利用して、勇者が魔力を送り込んでいるようです」

「ということはあれか、魔力吸収に使っている結界を勇者が攻撃しているってことか?」

「その通りです。魔力吸収用結界が破壊されれば、勇者を止めることは不可能に近くなります。魔王様への魔力供給も行えなくなりますから、超高速化もやがて使用できなくなるでしょう」

「耐えきれるか?」

「結界の損傷が随所に現れていますので、何とも言えませぬな……恐らくは、勇者の魔力には攻撃魔法のような性質が付与されているのだと思われます」

「身動きが取れなくても、魔族への殺意は衰えることが無いってわけか」

「むしろ我々の対策によって、勇者の殺意は増しているのかも知れませぬな」


 勇者。殺戮の機関として働くそれに、果たして人格はあるのだろうか。憎しみ、悲しみ、怒り、そのような感情はあるのだろうが、それを統合し、自己決定を行うための心があるようには、どうしても思えない。

 感情と人格は別物である。創造者どもが感情の乏しい人格であるとするならば、勇者は人格の乏しい感情なのだろう。言葉、行動、装置といったものと大差ない、ある目的の為に産み落とされて暴走する、省みることの無い創造物。

 故に、容赦なく滅ぼすべきなのだ。

 今を生きる者は、過去の残滓に敗れてはいけないから。


「第3ビィィィィムホー、機能停止しました!!」


 光の柱が1本、消え失せる。


「これは……まずいですな」


 魔王が渡したのであろう紙片を見つめながら、爺様が顔をしかめて言った。


「まずいのか?」

「魔導石、ビィィィィムホー、その他の魔術装置と、勇者の魔力を放出する先は充分に用意したつもりでした。ですが、どうやら勇者の魔力が攻撃性を帯びているため、魔術装置の故障が発生しつつあるようです」

「魔王が修理すれば……アイツに出来るのか?」

「構造が複雑すぎて、魔王様では修理不可能でしょう。魔導石も可能な限り集めましたが、このまま魔術装置が破壊され続ければ、やがて魔力の放出先が不十分となります」

「その場合はどうなる?」

「魔力吸収用結界の崩壊だけでなく、暴走した魔力による大規模な魔力爆発も予想されます。それに巻き込まれれば、この周囲にいる人々の命が数多く失われるかも知れません」


 光の柱が、さらに1本消える。勇者の魔力が、徐々に結界の機能を破壊しているのだ。


「何か手は無いのか?」

「魔界から追加の魔術装置を転送門経由で輸送しておりますが、間に合うかどうか」

「…………」


 なるほど、な。

 魔王は恐らく、この状況を予想していた。だから爺様を、俺の所に寄こしたのだ。


「なにか、知恵は無いでしょうか」


 爺様が俺の顔を覗き込みながら言った。

 まったく。

 魔王といい爺様といい、俺に頼りすぎだ。

 

「少し、考えさせてくれ」

「ありがとうございます」


 そう言って、爺様は俺から一歩下がる。後は任せたということか。

 とはいえ、妙案があるわけでは無い。物資を使わずに魔力の放出先を確保するとなれば、魔法陣の追加しか無い。だが、それも既に限界まで行っているのだろう。大量の魔力を、もっと効率よく処理できる何かが必要なのだ。


「……結局、答えは1つってわけだな」


 俺は溜息を吐いてしまう。まぁ、今更俺だけが苦労しないってのも少し気が引けるし、仕方ないことだろう。

 本当に、この世界の奴らは俺を逃がしてくれないんだもんな。


「爺様」

「何でしょうか?」

「勇者から奪った魔力を、俺に流すことは可能か?」

「魔導管などを使えば可能ですが……危険なのでは?」

「俺は魔法を無効化できる。それに、流された魔力の大部分を別の世界に放出することも出来る」


 俺は異次元収納装置を起動し、空中に開いた異次元へのゲートに右手を入れる。

 ゲートの先は、広大な虚空。異次元収納装置の空きスペースであれば、魔力を放出しても何かに影響を及ぼすことは無いだろう。


「それは……知識の提供を超える協力なのではありませぬか?」

「どうだろうな。異世界の人間が、俺に対し勝手に魔力を流した。俺は自己防衛のため、その魔力を安全な場所に逃がした。協力というより、むしろ防衛行為なんじゃないか?」


 これが、俺の権限で行える譲歩だった。


「……本当に、ありがとうございます」


 爺様は深々と頭を下げ、紙片に文字を書く。それが消えた瞬間、俺の周囲に大量の魔導管が出現した。


「容赦無いな、オイ」


 足元を見ると魔法陣が描かれており、そこに魔導管の先端がいくつも突き刺さっていた。どうやら魔王は俺を魔力放出の要とすることに決めたらしい。いや、アイツのことだから元々そのつもりだったんだろうけど。そう思うとやっぱムカつくわー。


「それで、この魔法陣はどんな効果があるんだ?」

「これは魔法を発動するものではなく、魔力を効率良く悪魔様に送るためのものですな。魔法に変換する手もあったと思いますが、その場合には魔法の発動に必要な分しか魔力が消費されないため、効率が著しく落ちてしまうのです」

「制限を無くすための工夫ってわけか」

「それだけ、悪魔様を信頼しているということでしょう」


 爺様が笑う。買い被りだと言いたい気持ちもあったが、他に頼れそうなものが無い以上、後ろ向きな姿勢は避けたい。

 だから、覚悟を決める。


「勇者の魔力を流してくれ」

「分かりました。どうか、ご無事で」

「危なくなったら逃げるからな」

「ええ。ご無理をなさらずに」


 そして、疑似人体の表面近くを大量の魔力が流れていく。

 魔法無効化の機能は攻撃属性を帯びた勇者の魔力を無効化しつつ、右手の先にある異空間へとエネルギーを放出していく。継続的な魔力の流れによって、無効化の反応が半透明の膜として俺の周囲に可視化していた。

 現状の所、問題は無い。このままならば、何時間でも耐えられるだろう。

 そう思っていると、遠くに見えていた光の柱が2本、消えて行った。


「第5、第7ビィィィィムホー、機能停止!」


 俺の足元に繋がる魔導管が、数本増えていた。

 大丈夫、まだ行ける。

 しばらくすると、光の柱がさらに1本、2本と消えて行く。その度に、俺の足元に魔導管が増える。それどころか、魔法陣自体も拡張されていた。

 俺が負うべき魔力は、次第に増えて行っている。全ての魔術装置が壊れたなら、一体どれだけの魔力を処理することになるだろうか。その魔力を、俺の疑似人体は処理し切れるだろうか。

 俺は疑似人体を制御する人工知能に命じ、光の柱がすべて消えた場合に処理すべき1秒あたりの魔力量と、その魔力量を何時間処理し続けることが出来るかについて、計算を行わせる。

 計算結果は、あまり良いものでは無かった。もしかしたら勇者の魔力が尽きる前に、魔法無効化機能のエネルギーが切れてしまうかもしれない。その場合は疑似人体の耐久力に期待するしか無いが、それも長時間は持たないだろう。

 そうなれば、どうなるだろうか。

 疑似人体の機能不全は予想できる。身体の部位が損傷するくらいならまだマシな方で、場合によっては脳機能、記憶にダメージが行く可能性もある。

 この世界で新たに過ごした、1年近い記憶。

 それが、消えてしまうかもしれない。

 それはあまりにも、寂しくて。

 だけど、まぁ。

 それで守れるものがあるのなら。

 別に、良いか。


 

 光の柱が、次々に消えて行く。それに伴って、俺の疑似人体に流れる魔力の量も増えて行く。

 残り何時間、いや、何分持つのだろうか。正確な時間は分からず、多少の不安を覚える。

 残っていた光の柱も全て消え失せ、俺に繋がる魔法陣も大規模なものになっていた。念のため、魔法無効化の機能を少し弱める。これによって多少ではあるが、耐久時間は増えただろう。

 足の裏に、焼けるような痛みが走る。魔法無効化機能を弱めた代わりに、疑似人体への影響がほんの少し現れているのだ。

 大丈夫、我慢できる。

 左手の指先や耳の先、異次元収納装置の中に入れている右手にも痛みが走る。勇者の魔力が尽きるまで、この身体は持つのか。いや、持たなくても良い。時間さえ稼げれば、きっと魔王たちがどうにかしてくれる。

 俺は既に、勝利を目にした。たとえこの疑似人体と記憶が消えてしまっても、その事実は消えない。

 この世界は、俺がいなくても前に進むことが出来るのだ。



「悪魔殿!!」


 

 声がした。

 振り返ると、ヒメが左手で魔導管を握りしめながら、ぼんやりと光る右手の(てのひら)を俺に向けているのが見えた。


「今、傷を治すのじゃ!」


 どうやら魔導管に流れる勇者の魔力を吸収し、その魔力を用いて俺に回復魔法をかけているようだ。

 だが、回復魔法は魂に作用して肉体を修復する魔法である。

 魂の無い俺には、何の効果も無い。


「マリアとメアリも、手伝って欲しいのじゃ!」


 いつの間にか合体を解除していたマリアとメアリが、魔法陣に刺さっていた魔導管を引き抜いて握る。そしてヒメと同じように、俺へ向けて回復魔法を使い始める。


「まったく、仕方ありませんわね。悪魔様は本当に、頼りないのですから!」

「が、頑張ってください、悪魔様!」


 どんなに回復魔法がかけられようと、俺の身体が修復するわけでは無い。


「悪魔さん! 微力ながら私も手伝いますよ!」


 伝令係の通称ぞんざいさん、そして王妃が、魔導管を握りながら俺に回復魔法を放つ。


「手の空いている者は、悪魔様の回復を手伝って下され!」


 爺様が呼び掛けると、魔王城の料理長、バーのヒゲマスター、門番の平和バカ、他にも城内や城下町で見かけたことのある顔が、魔法陣から魔導管を取り、俺に向けて回復魔法を使い出す。

 その人数は、どんどん増えて行く。回復魔法は、俺を癒したりはしないというのに。

 

 だが、決して無意味では無かった。

 

 俺に流されていた勇者の魔力の一部を、彼らが引き受け、無害な回復魔法へと変換してくれている。

 それにより、僅かではあるが疑似人体に余裕が生まれた。

 身体の末端に走っていた痛みも無くなり、俺は魔法無効化の機能を強める。

 不安が、消えて行く。


 ああ、本当にこの世界の連中は、何と言うか。

 俺はこの世界の住人じゃない、ただの悪魔だっていうのに。


 

 やがて、疑似人体を流れる魔力の量が急激に減少していく。

 頃合いだと感じた俺は、異次元収納装置から魂の捕獲器、最大の容量を持つ真鍮色の捕獲器を取り出し、地面に置いた。

 作動までは多少時間がかかる。俺は回復魔法を使い続けているバカな奴らを見回し、勇者の方に向き直った。

 そして、他の連中に見られないようにしながら、クスリと微笑んだ。

 

「みんな! 今、悪魔殿が笑ったのじゃ!!」


 ヒメがいらんことを言う。彼女の言葉によって歓声が沸き、俺に流れる勇者の魔力がちょっとだけ増える。大事な作業をしているんだから、邪魔しないでくれる!?

 などとバカなことをやっている間に、捕獲器の準備が整う。俺は勇者に向け、捕獲器を作動させた。


 霊気で構成された肉体から浮き上がる、透明な球体。だがその内部は今までの魂とは違い、小さな汚れのような物が混じっていた。それは死んでいった勇者たちの怨念か何かなのだろうか。その正体が何であろうと、捕獲するのに変わりは無いのだが。

 勇者の魂は糸状に解け、捕獲器の穴に流れ込んで行く。

 1万もの断片が、不条理が、憎しみが、解けて吸い込まれる。


 そして何事も無く、最後の一筋が捕獲器の中に納まる。

 静寂が、周囲に満ちた。


「やったね、悪魔さん!」


 バカの大将の声。


「ああ」


 喧騒が世界に満ちる。喜びが、世界に満ちる。

 不条理は消え去り、恐れるものも今は無い。

 言うなれば、大団円であった。

 

 俺は異次元収納装置に捕獲器を戻し、念のため勇者カウンターを取り出した。

 その数値を、確認する。


「……やれやれ」


 俺は人がいない方向に向けて、勇者カウンターを思いっきりぶん投げた。


「ざまあみろ、バーカ!!」

「誰に言っているのじゃ、悪魔殿」

「気にするな。言いたくなっただけだ」


 とにもかくにも。

 一応の、終わりだった。



 勇者カウンター、残り0人。

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