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勇者が不死身すぎてつらい  作者: kurororon
第2部 勇者が不条理すぎてつらい
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第83話 勇者が不死身すぎてつらいのか

「城下町の被害は?」

「今のところ確認されてないね」


 深夜。たたき起こされた俺は、魔王と共に城の廊下を早歩きで進んでいた。城内は騒がしく、すれ違う者が挨拶をすることも無い。緊急の事態に、各々が自らの職務を全うしようとしているのだ。


「地下室を破壊したのに、城下町への攻撃は行っていないのか」

「うん。ボクのような強い魔力を持つ魔族がいなかったからなのか、別の理由があるのかわからないけどね」

「誰か攻撃を受けた奴はいるか?」

「まだいないみたいだね。やっぱりある程度の距離まで近づかないと、攻撃態勢に入らないのかな」


 約30分前。マナのいる地下室が破壊され、彼女は外へと逃げ出した。勇者の力を抑えられなかったためだろうが、その一方で現在の所は沈静化しているようだ。


「マナは今、どこにいる?」

「大学校の実験場だね」

「どうしてそんな場所に?」

「前からマナさんには、もしも勇者の断片を抑えきれなくなったら実験場に行くよう、伝えてあったんだ。あそこなら周囲に住んでいる人もいないし、拘束もしやすいからね」

「勇者の力を抑えきれなかったのに、お前の言葉に従っているのか」

「もしくは、あの場所にあるものを破壊しに行ったのかもね」

「実験場にあるものって……まさか」

「そうだよ。マナさんを勇者の断片から解放するための魔法陣は、実験場に準備してあるんだ」




 照明を取り付けられた柱によって、実験場は深夜なのに全体を見渡すことが出来た。

 地面に描かれた、巨大な魔法陣。その周囲を何人もの魔族が動き回り、指示する声がそこかしこから聞こえた。

 そして城下町側にある入口から見て、奥の方。倒れている人影がある。それが何者かは、言うまでも無かった。


「彼女の様子はどう?」


 魔王は近くを走っていた男に尋ねる。


「動きはありません。拘束結界と吸収結界は準備が整っているため、彼女が動き出したらすぐに起動できます」

「念のため、ギリギリまで結界の強度を上げといて欲しいな。魔導管を使えば予備の魔力供給路も確保できるはずでしょ」

「分かりました。各員に伝達します」


 男は頭を軽く下げてから、上司らしき者の所へと走って行く。そして魔王は、倒れているマナの姿をじっと観察する。


「本当に動きが無いね」

「まさか、死んでるってことは無いよな」

「それだったら魔力を計測している人たちが報告に来るはずだよ。死んでいないとして、ボクがこの距離にいても襲ってこないということは……」


 魔王はほんの少しだけ、口元を緩めた。


「もしかしたら、希望があるかもしれない」

「どういうことだ?」

「マナさんは自分の意志でここまで来た。結界や魔法陣が壊れていないことから、勇者の断片に動かされて来たわけじゃ無さそうだからね」

「つまり、マナは自分の身体をまだ制御できるってことか」

「そういうことだね。そして、勇者の力を抑えることも出来ている。彼女は今までの勇者とは比べ物にならないくらい、勇者の断片に抗っているんだろうね」

「そうだな……」

「ということは、マナさんの魂と勇者の断片はまったく違う動きをしている可能性があるね」

「もしそうだとしたら……マナの魂と勇者の断片を区別できるかもしれないってことか!」


 魔王は大きく頷いた。そして周囲に指示を飛ばしている者の所へ行き、二言三言、言葉を交わす。


「とりあえず、刺激しないようにやってみるよ」


 魔王はそう言って、超高速化を発動する。そして倒れているマナの位置を移動させ、長い導管の先端を6つ、俺の前まで引っ張って来た。

 超高速化を解除し、魔王は2つの導管を左右それぞれの手で握る。


「今から、魂を分離するための魔法陣を使うね。拘束用の結界と魔力吸収用の結界は、マナさんの動きを見て発動させるから」

「魔力を奪わなくても分離が出来るのか?」

「下手に魔力を奪おうとすると、それに反応して攻撃態勢に移るかもしれない。それよりは今の大人しい状態の方が、魂の分離をしやすい可能性があるよね」

「試せるものは全部試すってわけか」

「そういうこと」


 そして、マナから少し離れた地面の上で魔法陣が仄かな光を放ち始める。マナを取り囲むように描かれたその魔法陣は、恐らく魔王の持つ管、魔導管と繋がっているのだろう。魔王の位置からマナや魔法陣まではそれなりに距離があるが、魔導管を通じて魔力を効率良く送れているのだと推察できた。

 魔王は無言のまま、だが非常に集中した様子で、魔導管を握り締める。魔法陣の中心にいるマナは次第に悶え苦しみ、呻き声を上げ始めた。儀式は上手く行っているのか、どうなのか。魔法や魔力を機器無しでは全く感知できない俺には、何も分からない。知った所で、何が出来るわけでも無い。

 俺はただ、祈ることしか出来なかった。


「これは……まさか」


 魔王がそう口にした瞬間、マナの全身を白い霊気が包み始める。

 鋼の勇者が使っていた、魔力の塊とも言える霊気。それがマナの身体から溢れ、全身を覆い隠していく。


「拘束用結界と吸収用結界!! 急いでっ!!」


 魔王の声に応じ、地面で2つの魔法陣が新たに光り出す。マナの近くでは円形のシンプルな魔法陣が輝き、それを取り巻くように描かれた複雑な魔法陣が、光を脈動させ始めた。

 白い霊気に覆われたマナは、辛うじて人型のシルエットを保ちながら立ち上がり、円形の魔法陣に近づく。すると電撃のようなものがマナへと走り、彼女を魔法陣から弾き飛ばした。


「拘束用の結界が発動しているのか」

「うん……あの結界の本体は地下に埋めてある合金板だから、勇者の力でも壊すことは出来無いと思う」

「拘束はとりあえず成功か……それで、やっぱり魂の分離は失敗か?」

「……感じられなかったんだ」


 今までに見たことが無いくらい、重苦しい表情で魔王が呟いた。


「感じられなかった?」

「マナさんの魂が、感じられなかった。ここまでの行動から、マナさんの意志が勇者の断片を制御しているはずなのに、彼女の魂に触れることが出来なかった」

「それは……どういうことだ」

「推測でしかないんだけど……マナさんの魂は、勇者の断片を内側から引っ張ることで、その動きを弱めているんだと思う。だから、彼女本人の魂は勇者の断片の向こう、一番中心の部分にあるんだと思う」

「勇者の断片に覆われているから、マナの魂に手が届かないってわけか。だったら、勇者の断片の魔力を枯渇させれば良いんじゃないか?」

「それでも……難しいかもしれない。たとえ勇者の断片の力がどれほど弱くなっても、1万もの断片に覆われたマナさんの魂に、ボクの力では届かないと思う」

「……諦めるとでも、言うのか」

「諦めるつもりは無い、無いんだよ。でも、届かないんだ。ボクがどれほど魔導石の力を借りようと、どれほど思いを込めようと、届かない。ボクにはそのための可能性が、無いんだ」


 殴ってやろうか、そう思った。でもそれは無意味であるし、魔王の言うことは間違っていないのだろう。

 魔王は確かに、今まで不可能だと思える難事を乗り越えて来た。しかしそれは魔王個人の力では無く、積み重ねた成果や協力してくれる者の存在があってこその、実現であった。

 可能性に限界は無いのかもしれない。だが1人の存在の、ある瞬間においては、限界は必ず存在する。今の魔王は、その限界に直面しているのだ。


「他の誰かなら、出来るか?」

「心当たりは1人、いる。でも、こんなものを引き受けさせたくは無いよ」

「こんなもの……?」

「……ごめん、吐くね」


 そう言って魔王は俺の背後に移動して屈み、地面へ吐瀉物をまき散らす。


「……何を見た、いや、感じた」

「勇者の断片が、あんな、あんなに恐ろしいものだなんて、ボクは想像もしてなかった。それに耐えているマナさんは、きっと自分のことよりも、みんなの……」


 魔王はゆっくりと呼吸を行い、配下が持ってきた水で口をゆすぎ、吐き出す。そして再び、マナの方を向いた。


「とにかく、魔力を出来るだけ奪ってみるよ。結界の方は爺様たちが維持しているし、今のところ破られる気配は無い。だったらボクは、力を削ぐことに集中した方が良いからね」


 そして魔王は先程とは別の魔導管を両手に握り、集中を始める。マナを飲み込んでいる白い霊気で作られた人型は、結界へと繰り返し衝突し、跳ね返されている。動きは単調そのもので、知性は感じられない。もしかしたら、マナが勇者の力を抑え込んでいるのかもしれない。

 にらみ合いは、しばらくの間続いた。魔王に入って来る報告は魔導石の容量がいっぱいになっただの、魔法陣の一部が損傷しただの、そんなものばかりだった。魔王は時折、マナの魔力が変化しているかどうかを配下に尋ねたが、ほとんど変化が見られないという答えだけが返ってきた。

 膠着しているようで、状況としてはこちらが不利なのだ。何か、打開の一手が必要だった。


「マナ!!」


 不意に、背後から少女の声が聞こえた。


「ヒメ!! 危ないから来ちゃダメだよっ!!」

「でも――」


 その時、霊気の人型に異変が起きた。白い霊気の中に黒い部分が現れ始め、金切声のような咆哮が周囲に響く。そして動きの速度を上げた人型が、結界に向かって凶暴にぶつかっていく。


「魔力増大、吸収結界の出力を高めてくださいっ!!」


 遠くにいた魔王の配下が大声を出す。魔王は顔をしかめながら、魔導管を強く握る。


「ヒメ、離れていろ」

「でも」

「俺も魔王も、お前に万が一のことがあったら嫌なんだよ」

「……分かったのじゃ」


 ヒメは俺たちに背を向け、走り出そうとする。


「まずいっ!!」


 魔王の声に、俺もヒメも振り返った。

 結界を突き破る、霊気の人型の指先。そこから結界全体に静電気のようなものが走り、結界が消失する。

 そして、人型は魔王も俺も無視して、一瞬でヒメの眼前へと接近する。

 世界が、静止した。


「ヒメッ!!」


 静寂の中で、魔王の声が響く。超高速化は、人型がヒメに触れるよりも早く発動できた。ヒメへの攻撃態勢を取ったまま、人型は空中に静止している。

 魔王はゆっくりと人型へと近づき、その身体を魔法陣の内側へと引きずっていく。そしてどこからか剣を持ってくると、横たえた人型の近くでそれを振り上げた。


『やるのか』


 俺は人工知能に命令し、発声器官を動かした。同調加速(シンクロ・アクセル)のおかげで、こんな状況であっても言葉を交わす猶予があった。


「悪魔さん……うん、やるしか、無いんだ。結界が破られた以上、これしか動きを止める方法は無い」

『……分かった』

「……ごめんね、マナさん」


 魔王が剣を振り下ろすと、切断された人型の右脚が転がって行った。魔王は左足も断ち、それぞれの脚を人型本体から遠ざけた位置へと投げ飛ばした。


「悪魔さん、ヒメの目を塞いどいてくれる?」

『ああ。超高速化が終わったら、すぐに塞ぐ』

「ありがとう」


 超高速化が終わり、世界が動き出す。俺はヒメの前に走り、その目を右手で覆った。もしかしたら、見えてしまっていたかもしれない。たとえ()()()()()()()()だとしても、それが自身の父親によって酷い怪我を負わされる光景など、ヒメには見て欲しくなかった。


「マナ、マナぁ!!」


 自分を襲おうとした相手に、ヒメは声を立てて、近づこうとする。俺は自分の身体を盾にして、それを押し留める。


「悪魔殿、どいて欲しいのじゃ!!」

「死ぬぞっ!!」

「だけど……」


 右手の掌が、じんわりと湿っていく。温かいそれは、ああ、クソ。

 俺も魔王も、この子を泣かせたくなんて、無かったよ。


「ああ、やっぱりそうなるよね……」


 魔王の落胆した声が、背後から聞こえた。俺はヒメを抑えたまま、顔を人型の方に向けた。

 切断されたはずの両脚が霊気として本体に戻り、再生を終えようとしていた。魔王は超高速化を使い、今度は両脚に加えて両腕も切断し、本体から引き離す。そして、超高速化を解除する。

 地面に落ちる、頭と胴体だけの人型。だが、即座に四肢へ霊気が戻っていき、両手足が再生を始める。それはまさに、勇者の特性であった。

 勇者の特性。再生、そして不死。

 不死身。

 つい昨日まで不条理に苛まれていた少女は、もはや不死身の怪物、不死身すぎる勇者へと、変貌していた。

 もしも、血を流すのなら。もしも、傷付いたままでいてくれるなら。それなら勇者であっても、もう少し気が楽だったかもしれない。人間の延長として、あの娘を見れたかもしれない。

 そんな慈悲は、彼女にも俺にも、誰にも訪れなかった。

 

 勇者が、不死身すぎて。

 それがとても、辛かった。

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