第80話 勝利する鋼はどちらなのか
砂浜を踏み切り、鋼鉄の巨体が宙を舞う。
高さ数メートル。関節を模した部品で厚い金属の板が繋がれ、胴体の前面には剥き出しの操縦席、背面には筒状のパーツが見える。頭部は操縦者を保護する兜代わりといった所だろうか。そして全身に、胴体から伸びた管が巻き付いている。
そんな一応は人型と言える兵器は、粗末な見た目とは裏腹の異様な機動性でもって、鋼の勇者に飛び蹴りを放つ。
「なんであんななのに跳んだり蹴ったりできるんだよ……」
「全身の色んな場所から風を操る魔法と金属を操る魔法が発生してるからね。胴体とかにある高純度魔導石と、その魔力を伝える魔導管があるから出来ることだよ」
「凄いな……鉄人号」
「マオウガ―だよ」
「本当にそんな名称なのか?」
「開発した錬金工房の人たちは魔導巨人試作ゼロ型、通称『零』とか呼んでたけど、対勇者用人型決戦兵器マオウガ―の方が格好良いからそっちが正しい名前だよ」
関係者間で名称の統一をしろよ!! パイロットとメカニックとスポンサーで別々の名前を勝手に付けてるんじゃないよ!
「それにしても、流石は暴風の王だね。ボクが動かす場合は空中であんなに動いたりはできないよ」
シュトゥルム・イエーガーは蹴りを鋼の勇者に防がれた後も――
いや、俺まで別の名前で呼ぶのはやめとこう。
鉄人号は蹴りを防がれた後も、地面に下りる事無く2撃、3撃と蹴りを繰り返す。あの鋼鉄の塊が宙に留まっているのは奇妙極まりないが、魔導車や円盤が空を飛べるのだから特別な技術では無いのだろう。技術の根底に魔法がある以上、形状や重さなど些細な違いなのかもしれない。
4撃目の蹴り。鋼の勇者はそれを回避して跳躍し、操縦席にいる暴風の王を狙った。しかし鉄人号は全身を捻りながら脚部を空へと向け、右の腕を用いた手刀を勇者へと振り下ろす。鋼の勇者はそれを交差させた両腕で受け止めるものの、勢いを殺すことが出来ずに地面へと打ち落とされた。
「信じられない動きをするな……」
だんだん、鉄人号が操り人形のように見えて来た。もしかして空から見えない糸で吊ってない? それはそれで凄い魔法だけど。
「どうやっても自立できないから、思い切って可動域を広く設計したのが正解だったみたいだね」
「自立できないのか、アレ」
「うん。乗ってる人が魔力を使わないと、すぐ倒れちゃうんだよ」
マジで操り人形だったわ、あのロボ。そりゃ二足歩行とかこの世界の工学技術じゃ無理だし、魔法頼みになるのも仕方ないところか。
足を天に向けた逆さまの姿勢で、鉄人号は両手を素早く振り下ろし続ける。土埃で霞んでよく見えないが、鋼の勇者はその攻撃を防ぎ続けているようだ。鉄骨の落下を何度も受けているようなものだが、あの勇者にとっては十分に耐えられる威力なのだろう。単純な物理攻撃で鋼の勇者を倒すことは、非常に困難であるのかも知れない。
「キリがないなぁ、もう!」
鉄人号の操縦席に座る暴風の王が大声でそう言った直後、鋼の勇者が空中に浮かび出した。そして鉄人号は縦方向に回転し、鋼の勇者を下から思いっきり蹴り上げる。
「いやー、凄いね。マオウガ―を動かしながら勇者の周囲の空気も操作するなんて。勇者が飛んでっちゃったよ」
魔王は勇者が打ち上げられた空を見ながら淡々と言った。えっとさ、俺さ、魔族の王が巨大ロボで勇者をボール代わりにして蹴り飛ばす光景なんてあと数千年生きたとしても見れない気がするんだけど。もう頭がおかしくなりそうなんだけど。
勇者を吹っ飛ばした鉄人号は高速で上昇し、両手足から放出した霊気で方向転換を試みる勇者に対し、右腕を思いっきり振り下ろした。鋼の勇者は恐ろしい速度で地面に衝突し、さらに鉄人号が落下運動と共にその背中を思いっきり踏みつけた。
衝撃で島が揺れ、周囲の砂がざわめいて舞い上がる。既にやりすぎな感もあるのだが、鉄人号はそのまま脚部を上下させ、何度も鋼の勇者を踏みつけた。相手が生物であるのなら、あまりに残虐な行為。なのに俺の計測装置で観測できるのは、弱まることの無い魔力の存在。この戦いにおいては姿や形など全てまやかしで、その裏で働く強大なエネルギーこそが本質なのではないか。俺にはそう思えてならなかった。
鉄人号は不意に踏みつけ攻撃を止めて、俺や魔王のいる方へと下がる。そして暴風の王が操縦席から身を乗り出し、魔王に声をかけた。
「金屑くんっ!! ぜんぜん攻撃が効いてないみたいだから、必ず殺す技を使っていいかな!?」
「うん、使っていいよ!! 魔力の消費が激しいと思うから、気を付けてね!」
「私なら大丈夫に決まっているでしょ!」
強気な言葉を返して、暴風の王が操縦席に座り直す。すると、鉄人号の背中にあった筒状の物体が動き出し、左肩の上に乗っかった。
「なぁ、必ず殺す技ってなんだ?」
相手は死ぬ。みたいな効果の魔法でも撃つのか?
「悪魔さんの世界にある金属の巨人は、みんなそういうのを持っているんでしょ?」
巨大ロボが持ってる必ず殺す技……って、必殺技のことかぁーー!! でも大抵の必殺技は相手を殺さないぞ。あ、もしかして今のフラグか。俺もフラグ立てちゃったか?
「それはともかく、あの肩に乗っかった筒みたいなのが必ず殺す技か?」
「うん。あれこそボクらが作った攻撃用魔術装置、その名もビィィィィムホーだよ!」
「……ビィィィィムの魔法をあの筒から出すわけか」
「そうだよ。流石悪魔さん、理解が早いね」
ビーム砲とは、ファンタジー世界にあるまじき巨大ロボの必殺武装ですね。頭おかしいのかよ、お前とその配下の研究開発班。
鉄人号の視線の先で、鋼の勇者がまたしても宙に浮かび出す。照準を合わせる手間や鋼の勇者の素早さを考えると、魔法で空中に固定して命中率を上げるのは適切だと言える。
「滅殺光、発射!!」
ビィィィィムホーの砲口と鋼の勇者が水平方向に一直線で並んだ瞬間、暴風の王が叫んだ。そして砲口から光の粒子が直線状の奔流となって発射され、鋼の勇者を襲う。
だが――
「えぇ!?」
暴風の王が、空を見上げる。光の粒子が衝突する寸前、鋼の勇者は放出した霊気の力で上空へと逃れ、光線を回避した。そして霊気を使って方向転換を行い、鉄人号へ向けて落下を始める。
鉄人号はビィィィィムホーの砲撃を止めて、防御態勢を取った。一方の鋼の勇者は蹴りの姿勢を取り、霊気による軌道修正を行いながら高速で迫っていく。鉄人号はそれを受け止めようと、両手を勇者にかざした。
鋼の勇者の蹴りが、鉄人号の両手を突き破る。そして勇者はそのままの勢いで操縦席をぶち抜き、地面を激しく抉る。
粉塵が一気に巻き上がり、鉄人号が崩れ落ちた。
「暴風の王っ!!」
魔王が声を上げる。もしも直撃していた場合、暴風の王は即死しているに違いない。俺はメガネ型計測装置で、暴風の王の魔力を探索する。上手く脱出していればいいのだが、果たして。
左右を見回した俺は、地面スレスレを動きながらこちらへ向かっている彼女を発見した。魔王もその姿を見つけたらしく、「あー、よかった~」と安堵の声を出す。
「もう! 死ぬかと思った! 金屑くん、どうして助けてくれなかったのかなっ!?」
暴風の王は無傷なようだが、かなりご立腹のようだ。考えてみれば、魔王の超高速化であれば簡単に救出できたはずである。
「ごめん。まさかマオウガ―の両手を貫いちゃうなんて、ボクにも予想できなかったんだ」
「鉄人号!!」
だから名称はどっちでもいいよ!! どっちにしろもう破壊されて、今はもう動かない魔王たちの巨人になっているんだから!
「それより、これからどうしよう。水禍の王、そっちはどう?」
魔王は波打ち際にいる水禍の王に声をかける。
「もう少しだけ……時間がかかりますね」
「だったら、もうちょっとだけ頑張らないとだね」
魔王はそう言うと、右手を伸ばす。破壊された鉄人号の方から金属音が響き、やがて4つの塊が空へと飛び出した。それは鉄人号の壊れた両腕と、無傷の両脚であった。
「暴風の王。マオウガ―は壊れちゃったけど、残骸はまだ武器として使えると思うんだ」
「鉄人号のかたきを、私たちでとらないとねっ!!」
鋼の勇者が、土煙の中からこちらへ向かって疾走する。それを狙って、鉄人号の右腕が勇者の左側から飛来する。勇者はそれを左腕で防御するが、今度は前方から鉄人号の右足が豪速で衝突し、鋼の勇者は後ろに吹っ飛ばされる。
「もう許さないからね!」
暴風の王は鉄人号の両腕と右脚を周囲に浮かべながら、鋼の勇者へと高速で接近した。襲い掛かろうとする勇者を鉄人号の両腕で殴打し、鉄人号の足裏で突き飛ばす。勇者が反撃を仕掛けるも、暴風の王は鉄人号の腕で攻撃を受け止め、距離を取ってから鉄人号の足で勇者を圧し潰した。
言っちゃなんだけど、腕と脚だけ使う方が強く見えるな!! 鉄人号マークツーは両手足が胴体から分離して動くようにした方が良いんじゃなかろうか。
砕かれた鋼を振り回す暴風の王と、砕けぬ鋼を肉体とする勇者。決定打の無い応酬は、お互いの魔力を少しずつ消耗させているはずだ。しかし、その場合に敗北するのは間違いなく、暴風の王である。
「なあ、このままだと暴風の王が魔力切れで負けるんじゃないか?」
「その場合はボクが交代して戦うよ。水禍の王の準備が整ったら、その攻撃を当ててすぐに逃げるからね」
「偵察は十分、ってことか。だが、あの勇者を倒す方法なんてあるのか?」
「霊木の王なら何か手段があるんじゃないかな」
他人任せ! しかも、希望的観測でしかない!
「霊木の王でも倒せない場合はどうする?」
「流石に海の上は移動できないはずだから、島に置き去りにすれば大丈夫でしょ」
暴風の王が操る鉄人号の右脚が、鋼の勇者を海上に蹴り飛ばした。鋼の勇者は霊気を両手足にまとわせて海面にしがみ付いた後、波を起こしながら海の上を駆け、暴風の王へ向かっていく。
「海の上、走ってるじゃん」
「…………誰かをおとりにすれば、逃げられるかな」
「まずはこの島から脱出できるかどうかだな。暴風の王は魔力を相当に消費しているだろうし、水禍の王じゃあの勇者に太刀打ちできそうに無い」
「つまり、ボクがおとりになって頑張るしかないってことだよね。でもさ、その場合ボクはどうやってこの島から逃げればいいの?」
「空飛べばいいんじゃね?」
「ボクは宙に浮けるけど、空は飛べないよ。それに飛べたとしても、あの勇者は追いついてきそうな気がするんだけど」
「霊気を使って暴風の王の魔法も破っているしな。やろうと思えば空も飛べるだろうな」
「……ねぇ、もしかして今、相当危ない?」
「命だけなら助けてやるよ」
改めて、悪役っぽいセリフを言ってやるぜ。
「あ、そうだ。超高速化を使った状態で頑張って舟を漕げば、どうにか逃げられるかも!」
「それはいけそうだな。良かったな、生き残る方法が見つかって」
時間がほぼ停止した世界で必死にボートを漕いで逃げる魔王とか、格好悪さが全異世界でダントツになりそうだけどな!
「これで……やってみましょう」
俺たちの背後にいた水禍の王が、ゆっくりと息を吐いてから呟いた。
「準備が出来たの?」
「ええ。上手く行けば、あの勇者をどうにか出来るかもしれませんわね」
「動きを止められるってこと?」
「いいえ」
そう返した水禍の王の目からは、恐ろし気な意志が伝わってきた。
その意志とは、即ち。
「止めるのではなく、殺します」
明確な、殺意。
勇者カウンター、残り2人。




