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勇者が不死身すぎてつらい  作者: kurororon
第2部 勇者が不条理すぎてつらい
142/153

第78話 3人の王は竜の勇者を討伐できるのか

 翼を広げ、竜が俺たちを見下ろしている。

 尋常の物理学では落下するような羽ばたきで、己が比類なき存在であると示すような眼差しで。

 喰われる者は誰か。殺される者は誰か。砕かれる者は誰か。それは貴様らであって、私では無い。

 全身で、そう伝えているように見えた。


「金屑の王、魔導車はさっきの炎に耐えられるか?」

「う~ん、ちょっと難しいかも」

「なら、魔導車から離れた方が良い。あの竜は僕たちを狙うんだろ?」

「そうだね。魔導車が壊されると、ちょっとマズいからね」


 魔王たちは竜の勇者を見上げながら、魔導車から離れる。3人とも上空にいる聖竜に威圧されている様子はなく、冷静な表情からはむしろ闘志すら感じられる。竜の勇者の魔力が魔王4人分以上だとしても、この3人なら討伐できるかもしれない。そんな雰囲気を、彼らは漂わせていた。

 空中の竜が口を開け、火球を発生させる。1つ、2つ、3つ。それらが豪速で、魔王たち目掛けて射出される。


「フーバッハ!!」


 魔王が大声を出し、火炎を防ぐ防御魔法を展開する。荒土の王は雪の下から大量の土を引き出して壁を形成し、霊木の王も光沢のあるバリアのようなものを発生させた。

 炎の弾が、魔王たちを襲う。防御によって直撃はしなかったものの、熱によって周囲の雪が湯気と化し、3人の姿が覆い隠された。だが竜の勇者は構うことなく、火炎の弾を絶え間なく撃ち込む。俺がいる魔導車の方向に攻撃をしないあたり、やはり相手は魔族の位置を感知し、魔族のみを標的にして攻撃を仕掛けているのだろう。

 このまま防戦が続くのか、と思っていたら同調加速(シンクロ・アクセル)が発動した。魔王による超高速化魔法の発動。もしや、この状況を切り抜ける秘策を思い付いたのだろうか。

 湯気の中から、荒土の王を抱えた魔王が出てきた。


「うんしょ、よいしょ」


 魔王は静止した荒土の王を竜の勇者の左後方に運び、地面に立たせる。


「ふぅ。結構重いね」


 …………味方を実質ワープさせて避難させるんだから、そりゃ有効な手段には違いないけどさぁっ! でもさぁ、マネキン状態になった人を運んでる絵面はさぁ、すんげぇダサいからさぁっ!! 見なかったことにして良いかなさぁ!?

 魔王は霊木の王も同様に竜の勇者の右後方へと運び、さらに魔導車から植物が入った袋をいくつか持ってきて、霊木の王の近くに置いた。そして魔王自身は竜の前方に移動し、これによって3人が三方から竜を囲む形となった。方法はともかく、結果的には状況を打開出来たと言えるだろう。

 超高速化が解除され、世界が動き始める。竜の勇者は一瞬だけ周囲を警戒するように攻撃を止めたが、すぐに魔王へ向かって魔法攻撃を再開した。魔王はビィィィィィムの魔法による光弾を竜の顔に向かって放ち、超高速化で火球を回避、即座に超高速化を解く。

 魔王はその後も、光弾による攻撃と超高速化による回避を何度も繰り返した。恐らく、攻撃を自分に集中させるための時間稼ぎだろう。荒土の王と霊木の王がなにやら集中している様子から察すると、彼らに強力な魔法を使わせるために魔王が囮になっているということか。

 不意に、ずしん、と重い音が遠くから聞こえた。音の方向を見てみると、()()()()()()()()()()()

 ……山の頂、つまり山頂が空中に浮いていた。高さ数メートル、竜よりも遥かに巨大な山頂が、積もった雪を吹き飛ばしながらこちらに向かって飛来している。これは間違い無く、荒土の王の魔法によるものだ。

 最強の竜を打ち落とすための、超常的な武器。その一撃が、竜の背中目掛けて振り下ろされた。

 激突、そして竜の咆哮。抗いようの無い質量と速度に圧し潰されながら、竜の勇者が地に落ちる。山頂が落下した衝撃は凄まじく、地面は揺れ、雪は舞い上がり、上の方の斜面では雪崩が発生する。

 ……あ、こりゃ全員死んだわ。

 などと思っていたら、魔王が空中に浮かび出すのが見えた。そういえばアイツ、浮遊魔法も使えたっけ。他の2人を見ると、荒土の王は地面を操作して小さな山を造り、霊木の王は木を急速に成長させて大木へと変えていた。そうして3人とも高所に避難し、竜の勇者だけが押し寄せる雪に飲み込まれていった。

 そして、雪崩が俺に迫る。


「自己保全フィールド、モード軽量で、左右にも広域展開!!」


 俺は疑似人体の防御機構を発動させる。文言は適当だが、上手く解釈してくれれば俺だけでなく魔導車も雪崩から守ってくれるだろう。失敗したら車と一緒に流されていくけど。頼む、俺の中の人工知能!

 そんな祈りが通じたのか、雪崩は俺の左右5メートル程を回避しながら後方へと流れていった。魔導車も雪崩に巻き込まれずに済み、俺はほっと胸を撫で下ろしながら疑似人体に搭載されている人工知能に感謝した。でもよくよく考えると人工知能は俺の思考を読み取ってるはずだから、成功して当然だしそもそも自己保全フィールドの展開を声に出す必要も無かったんじゃないだろうか。だとしたらなんか恥ずかしいぞ!

 とにかく、狙っていたかどうかは分からないが竜の勇者だけに雪崩を喰らわすことが出来た。山頂の衝突に生き埋めと、竜の勇者は防御のために相当量の魔力を消費したはずである。

 だが、それでも竜の勇者には余力があるようだった。砕け散った山頂と雪を押し退けて、竜が起き上がる。そして再び空へ舞い戻ろうと、翼を動かし始める。

 それを防いだのは、地中から突如として生え伸びてきた茶色い蔦のようなものであった。竜の勇者の周囲で次々と生えてきたそれらは、竜の翼、尻尾、胴体、足、首に巻き付き、その全身を地面に押さえつける。

 霊木の王による攻撃。恐らく魔王が囮になっている間、そこら中に植物の根を張り巡らせていたのだろう。土と雪から養分と水分を得て、強靭かつ伸縮自在な手足となった生命。単純な魔力勝負では荒土の王も霊木の王も竜の勇者に勝つことは出来ないが、自然の力を借りることで対等以上に渡り合うことが出来るのだ。

 そしてもう1人の王が、超高速化を発動する。俺の後ろにある魔導車に一旦向かい、数本の剣を持って竜の勇者に接近する。そして1本の剣を握って竜の背に乗り、勢いよく刃を突き刺そうとした。

 カキン、という軽い音がして、剣が跳ね返される。


「う~ん、やっぱりダメか」


 魔王は剣を持ったまま竜の全身を確かめ、最終的に竜の両目に何本かずつ剣を突き刺した。これによって竜の視界が奪われれば良いのだが、昨日戦った鎧の勇者にはこの攻撃が通じなかったわけで、つまりこれも効かない可能性が高い。お前ももっと大自然の力を借りて戦え!

 もはや定位置と呼べる竜の勇者の前方に移動して、魔王は超高速化を解除する。両目を傷付けられた竜は苦しみの雄叫びを上げたが、刺さっていた剣はすぐに抜け落ち、傷も塞がって行った。


「ごめん! 攻撃してみたけどダメだった!」

「最初からお前には期待していない!」


 霊木の王の辛辣な言葉を受けた魔王に向けて、竜の勇者も火球を放つ。植物による拘束から抜け出そうとしないのは、目の前の敵を倒す方が優先事項であるからだろう。魔族に対する憎しみが、思考力を塗り潰している。不自由であることは、勇者にとって当たり前のことなのかもしれない。


「我々の攻撃は効いていると思うかね、霊木の王」


 一仕事終えた荒土の王が、木の上から竜の勇者を観察している霊木の王に声をかける。


「ある程度の効果はあると思いますけど、直接的な攻撃では倒せそうにありませんね」

「何か、手は無いかね?」

「通じるかどうかは分かりませんけど……やってみましょう」


 霊木の王がそう言った直後、俺の背後で物音がした。振り返ると、地面から伸びた蔦が魔導車のドアを開けていた。


「うおっ!?」


 まるで触手がウネウネ動いているみたいで驚いてしまったが、大丈夫、害は無い。襲われない。

 触手違う霊木の王の蔦は、魔導車から紫色の袋を取り出した。蔦はそれを持って霊木の王の方向へと伸び、別の蔦にそれを渡す。バケツリレーの方式で袋が蔦から蔦へ渡され、最後に霊木の王がそれを取る。


「おい! 金屑の王!!」


 霊木の王が、防御魔法で火炎を防ぎ続けていた魔王に呼びかける。


「なに! 良い作戦思い付いた!?」

「お前、魔法を使ってその竜の口から体内に入ることが出来るか!?」

「ごめん! ちょっと何言っているかわかんない!!」


 俺にもわかんない。霊木の王は何をする気なのだろうか。


「出来るか出来ないか、どっちだ!?」

「えっと、やってみないと分からないよ!」

「だったら、やってみてくれ! 僕が今持っている袋の中には、特別な植物が入っている!! それを奴の中に植え付けて欲しい!」

「わかったよ! やってみる!」

「それと、袋に繋いである蔦はくれぐれも切ってくれるなよ! これが無いと、植物に魔力を加えることが出来ない!」

「うん! 他に気を付けることは!?」

「胃の中は消化される可能性が高いから避けてくれっ! それくらいだっ!!」

「わかった!」


 魔王がそう返事した瞬間、超高速化が発動する。魔王は走って霊木の王の所まで行き、紫色の袋をその手から取る。そして竜の勇者の頭部に向かい、開いた口の中へと侵入を開始した。

 しばらくの間、静寂が続いた。もしかして竜の体内から出れなくなって実質自殺になっちゃったかなー、などとくだらない想像をしていると、変な液で全身をぐちょぐちょにした魔王が竜の口から出てきた。


「うへ~……」


 あからさまにテンションが落ちている様子で、魔王は竜の勇者の前方へと移動する。今日のお前は凄い活躍しているが、見た目的にはめっちゃ格好悪いぞ。ちょっと可哀相になってきた!


「今だよ、霊木の王!」


 超高速化を解除した直後、魔王が大声を出す。霊木の王は竜の体内へと続く蔦を持ち、何やら念じ始める。一方の竜の勇者は口の前に火球を発生させ、その炎で蔦を焼き切ろうとする。


「間に合った!!」


 霊木の王がそう叫んだ瞬間、竜の火球が蔦を炭化させながら魔王へと飛翔する。


「それで、何が間に合ったの!?」


 疑問を声に出しながら、べちょべちょ魔王は防御魔法で火球を防ぐ。


「奴の中に植え付けたのは、魔力を奪い取って成長する寄生植物だ! 元々は植物にしか寄生できない種だが、動物にも寄生できるように品種改良したものだ!!」

「それで、この後はどうすればいいの!?」

「しばらく耐えてくれ! 効果があれば、奴の身体に変化が起こるはずだっ!!」

「わかったよ!!」


 魔王は竜の勇者の攻撃を受け続け、荒土の王と霊木の王はその様子を見守る。攻防を分担した上で、魔王が苦労するという素晴らしい連携だな!

 やがて、竜の勇者が火球の発射を止め、呻き声を漏らす。そして突然、尖った木の枝のようなものが竜の背中を突き破った。


「うわっ!? なにあれ怖いっ!!」


 魔王がだっせぇ声を上げると、2本目の枝が竜の内側から鱗を突き破った。その後も次々に枝が突出し、竜の勇者を内部から串刺しにする。


「頃合いかな」


 荒土の王が杖を掲げると、どこからか飛んできた大岩が竜の勇者の上空で静止する。その大岩は縦に細長い、巨大な杭のような形をしていた。


「金屑の王! 巻き込まれぬよう、こちらに戻って来てくれ!」


 荒土の王の言葉を聞き、魔王が超高速化を発動する。そして荒土の王の隣まで移動して、超高速化を解除する。


「あの岩の貫通力を上げたい。中の鉄を先端に集める手伝いを頼めるかな?」

「もちろんです」


 空中に浮かんでいた大岩の先端が、次第に黒ずんでいく。黒ずんだ部分はどんどん鋭く尖っていき、大岩は穿孔を行うための武器へと完全に変化した。


「嬉しいものだな」

「何がですか?」

「君や霊木の王のように、頼もしい若者が王であること。それが、嬉しいのだ」

「私たちに王としての力が十分にあるとしたら、それは先人たちから受け継いだものがあるからです。貴方も含め、過去の王、過去の民から受け継いだ世界が、私や霊木の王をどうにか1人の王として成り立たせてくれているのです」

「歴史や人々から力を得てこその、王だ。君や霊木の王にはその資質がある。君らに負けぬよう、私も頑張らねばな」

「私たちの存在が貴方の人生を豊かにしているのであれば、亡き父と母に胸を張ることが出来ます」

「君たちの価値を認めるのは、彼らによって生き延びた私の責務でもある。とはいえ、甘やかすようなことはしないがね」

「ええ。ありがとうございます」


 会話が終わり、大岩が竜を穿つために落下する。全身を植物に拘束され、全身を植物に貫かれた竜の勇者には、逃げる力など残っていない。大質量の重みを一点に集中させた鉄杭が、竜の頭部に大穴を開け、圧し潰す。

 俺はメガネ型計測装置を外して異次元収納装置に戻し、代わりに勇者カウンターを取り出す。

 しばらくすると、その数値が変化した。

 竜の勇者は、3人の王によって討伐されたのだ。




「いやー、ありがとね悪魔さん」


 戦いが終わり、ぬちょぬちょ魔王が俺に近づいて来る。


「何が」

「魔導車を守ってくれたでしょ?」

「偶然だ。俺が自分を守ろうとした結果、運良く雪崩に巻き込まれなかっただけだ」

「うん。そういうことにしておくね」


 そういうことにしておいてくれ。知識の提供以外は協力しない契約だからな。まぁ、今更こういう言い訳をするのもなんかバカらしい気がするけどな!


「それじゃあ悪魔さん、次行くよ」

「やだ」

「じゃあ、山に残る?」

「もっとやだ」

「だったら、まずは下山しないと。ボクも身体を洗って着替えたいしね」

「さっさとそうすべきだな。僕が頼んだこととはいえ、今のお前は汚すぎる」


 霊木の王が、意地の悪い笑みを浮かべて言った。


「ひどくない?」

「とにかく、こんな場所に長居は無用だ。他の勇者も残っているんだろ?」


 そう言って、霊木の王は魔導車に乗り込む。荒土の王も同じく魔導車に乗り、2人は魔導車を発進させた。


「それじゃあ、ボクたちも行こうか」

「安全運転で頼む」

「いつも安全だよ?」


 そういう奴が一番事故りやすい!


「残り1体も、この調子で倒せればいいね」


 魔王が魔導車の運転席に座る。倒すのは、残り1体。救うのは、残り1人。本当に、この調子で行ければ良いのだが。


「おいてくよ、悪魔さん!」


 俺は急いで魔導車に乗り込んだ。不安はあるが、それでも進むしかない。生きる者に出来るのは、いつだってそれだけだ。

 浮き上がる魔導車。魔王は少しだけ、怪訝な顔をした。


「なんか、魔導車の調子が悪い気がするなぁ」


 …………まずは、無事に帰れるかだな。

 


 勇者カウンター、残り2人。  

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