第77話 男たちは決戦の山へ向かうのか
いつもの部屋のいつものタタミの上から遠く離れた、宿屋の一室。鎧の勇者を討伐した後、俺と魔王は次の勇者と戦うために大急ぎで出立したが、馬車で夜道を走るのは危険なのでこうして一泊することになった。急ぐ必要無かったんじゃねぇの?
「わーい、ふかふか~」
ベッドの上で子どものようにゴロゴロとしている魔王。うぜぇ!
「いい宿に泊まれてよかったね」
「まぁ、ゆっくり休めるから良いんだが……勇者を放置しといて大丈夫なのか?」
「今のところ勇者には動きが無いし、戦いに必要な物資もまだ輸送に時間がかかるみたい。だから、今のうちに休んでおいた方がいいんだよね」
「それなら、のんびり休むか……」
「でも明日の朝は早いから、ちゃんと起きてね」
「はいはい」
俺はベッドの上で仰向けになり、身体の力を抜く。このままぐっすり寝るとするか……
「あ、でも寝る前に今の状況を整理しとくべきかも」
「ぐーぐー」
「悪魔さん、本気で寝るつもりだったら声を出してちゃダメだと思うよ」
俺はおとなしく身体を起こす。どうせ寝ようとしても魔王が邪魔して来るだろうしな!
「で、馬車の中で色々と連絡を取っていたみたいだが、結局現状はどうなっているんだ?」
「まず、各地の魔王軍が観測した勇者らしき反応は全部で3つ。悪魔さんが持ってる勇者カウンターの数値と同じだね」
「具体的にはどんな場所で反応があったんだ?」
「1つは、山岳地帯にある高い山の頂上付近だね。ボクらが次に戦うのは、この勇者の予定だよ」
「山の頂上か……そんな所にいるってことは、人間の可能性は低いか」
「そうなるね。でも聖獣だとすると、これまで強い魔力が検出されなかったのが不自然な気もするね」
「急激に魔力が強くなったというわけか」
「そのはずなんだけど、どうしてそうなったのかは今のところ謎だね。もっと情報があればいいんだけど」
「分からないことはひとまず置いておこう。残り2つ……いや、1つは聞く必要も無いか」
残りの勇者の内、1人はマナである。彼女は今も、魔王城の近くに用意された地下室に囚われている。
「マナさんは予想以上に魔力が高まっているから、それを奪うための結界を急いで増設してるよ。多分、朝までかかるだろうね」
「マナの身体は……命は持つのか?」
「勇者としての魔力を奪う魔術しか強化してないから、人間としてのマナさんは無事だと思うけど……正直なところ、どうなるかわからないんだよね」
「人事を尽くして天命を待つ、ってやつか」
「なにそれ?」
「俺の世界の言葉だ。やるだけやって、あとは運に任せるって感じだな」
「運任せはあんまり好きじゃ無いけど……それでも、今のボクたちじゃどうにもならないことはあるよね」
「まぁ、マナのことは今考えても仕方ないな。で、最後の1つはどこだ?」
「魔王城から南東の方角にある孤島にいるみたい。これも聖獣だと考えるべきだね」
「マナ以外は聖獣か……人間はみんな勇者の軍勢に参加してたってことだな」
「勇者たちに動きが無いのも、縄張りから動かない習性を持っているからかもね。もしくは鎧の勇者みたいに、ボクたち魔族が近くにいないと動かないのかも」
「逆に言えば、魔族が近寄らなければ無害なんじゃないか?」
「どうなんだろうね。確証が無い以上は、放置するのも危険だと思う」
現在は魔族が接近しなければ動かないとしても、その性質が後々変化する可能性は十分に考えられる。それに備えて迎撃の準備をするべきか、それとも変化が起こる前に少数精鋭で攻めるべきか。
「攻めるにしても守るにしても、不安が残るな」
「ボクは早めに倒しちゃった方が良いと思うんだけど、まずは荒土の王と霊木の王の意見を聞いてからだね。ボクたちじゃ出来ないような、良い作戦を持っているかもしれないし」
「そうだな。それで、次の勇者はその2人と一緒に倒すのか?」
「うん。転送門に一旦集合して、どうするか話し合うよ。戦いに必要な物資もどんどん地上に運んでいるみたいだし、明日ボクらが着くころには勇者と戦える状態になってるはずだよ」
「暴風の王と水禍の王は?」
「その2人には海の方にある転送門で待機してもらってるよ。もう1人の勇者が動き出したら大変だからね」
「だが、残りの勇者は魔王4人分くらいの魔力を持ってるはずだぞ。魔王2人で対応しきれるのか?」
「大丈夫だって。いざとなったら逃げればいいんだし」
勇者からは逃げられる!
「倒せれば一番だけど、相手がどんな勇者かわからないからね。ある程度の情報を得たら撤退するのもいい手だと思うよ」
「偵察が出来れば対策も立てられるというわけか」
「そういうことだね」
「そんな危険を冒すよりも、大魔王と女神を倒したあの兵器……爆縮魔力結晶兵器を使えばいいんじゃないか?」
「あれはね、他の王との話し合いで使用が禁止になったんだ。もちろん作るのも、隠し持つのも禁止だよ」
大量破壊兵器禁止条約があるのかよ魔界! 平和な世界ですか!?
「ボクたちが作った分は大魔王様と女神を倒すのに全部使っちゃったし、もうこの世界にはあの兵器は存在してないんだ。だから、ボクや他の王が直接勇者と戦うしかない」
「そうか……なんて言うか、大変だな」
「魔族同士で戦うよりはずっと楽だよ。というわけで、状況の整理も終わったことだしさっさと寝よう!」
そう言って魔王は布団を被る。超マイペース!
魔王が消してくれなかったランプの灯を消してから、俺もベッドで横になる。人間の世界では、魔術による照明はまだ普及してないんだな……
俺は眠ろうと目を閉じた。明日も戦いに付き合うと思うと、まったく面倒……
「ちょっと待った」
「どうしたの、悪魔さん?」
声は返って来たが、身体を起こした気配はない。どうやらお互いに就寝態勢を解除する気は無いようだな!
「なんで俺もお前たちの戦いについて行かなきゃいけないんだ?」
「だって、いざという時に頼りになるから」
「本当の理由は?」
「……ちょっと恥ずかしいから、言いたくないんだけど」
「言え」
「ボクたちの戦いを、記録する人が欲しいんだよね」
「……記録、か」
「うん。今まで、多くの王が勇者と戦ってきた。それは言葉となって、今を生きているボクたちにも伝わっている。王としてあるべき姿、為すべき使命をボクたちに教えてくれている」
「お前もその1つになりたいってわけか」
「少なくとも、ボクたちの戦いが忘れ去られるのは嫌かな。でも悪魔さんならきっと、何千年先、それどころか別の世界にまで、ボクたちの戦いを伝えられる。だから、悪魔さんには見届けて欲しい」
「……分かった。ここまで付き合って、肝心な所を見ないってのも面白くないからな」
「ありがとうね」
魔王はそれきり黙り込み、俺の意識も少しずつ眠りへと落ちていく。
記録、言葉、情報。時間も空間も超え、伝わるもの。俺と魔王たちにどれほどの違いがあっても、それらは通じ合う。影響し合う。あるいは、それこそが創造者たちが求める、感情の――
そんな取り留めの無い思考を、途切れさせながら。
翌朝、俺と魔王は馬車に乗って転送門まで向かう。ただでさえ乗り心地が悪い馬車がスピードを上げて走ったため、俺の気力はボロボロです。だがその甲斐もあって、転送門に辿り着いたのはまだ朝と呼べる時間だった。
「さぁ、荒土の王と霊木の王の所に行くよ」
「ああ」
俺たちは馬車を降りる。転送門自体は列柱に囲まれているものの、その周囲は舗装された広場になっており、そこから道がいくつも伸びている。そして広場には普段よりも多くの物資が並んでおり、道を行きかう人々も忙しなく見える。強力な勇者との戦いを目前にしているのだから、当然ではあるが。
道を進む魔王の後ろを付いて行くと、やがて大きめの建物が見えて来た。その前にはテーブルが置かれ、荒土の王と霊木の王が何やら話し合いをしており、そのちょっと離れた所には……なんか嫌なものがあるんだけど。
「なぁ魔王。あれって、魔導車だよな」
魔導車。風の魔法で空中を高速移動できる、簡単に言えばエアカーである。
「うん。勇者が高い山にいるなら、あれを使うのが一番だからね」
魔王の言う通り、魔導車は地形にとらわれず移動ができ、荷物も載せられるため非常に有効だと言える。でもさぁ! お前、前に事故ったじゃん! 勇者に辿り着く前に事故って山で遭難とか、絶対に嫌だからな!
「来たか、金屑の王よ」
「お待たせしました」
「別に待ってはいない。僕と荒土の王も、ついさっき準備を終えた所だ」
魔王はテーブルを挟んで2人の王と向かい合う。さて、勇者への対応はどうなることか。
「早速だが、現在、勇者はこの地点にいるということで確かかな」
荒土の王はテーブルの上に広げられた地図の、ある一点を指差す。
「はい。この山の、恐らく頂上付近かと」
「ふむ……」
「何か、気になることでもあるのですか?」
「もはや伝承の類ではあるが……かつて我ら魔族が地上に侵攻した際、この山は聖竜の生息地だったと言われている」
また新しい言葉が出てきたわ。聖竜ってことは、竜の聖獣か? ドラゴンいたんだね、この世界。
「それならば、聖竜の群れに勇者の力が集まっている……ということでしょうか」
魔王が勇者カウンターの残り数値をしらばっくれた、虚偽の見解を示した。
「いや、この山の付近は過去に何度か調査を行っているが、聖竜の姿が目撃されたことは無い。仮に聖竜だとするのならば、過去に無力化された個体であろう」
「そんなものが存在するのですか?」
「私は父から、石化した聖竜を魔界に持ち帰った話を聞いたことがある。もしもそのような状態にある個体がいたとしたら、勇者の力によって蘇っても不思議は無いのではないかね」
石化などによって仮死状態にあり、勇者の断片が集まっていても魔力の放出量が少なかった聖竜が、石化を解くほどの魔力を得て一気に命を吹き返したとするならば筋は通る……のか?
「そうなると、中々に厄介な相手ですね……」
「でも、そうと決めつけるのはまだ早いんじゃ無いですか」
霊木の王が異議を唱えた。相手が竜だとすると、他の2人に比べて霊木の王は戦いづらいように思える。雪が多く残る山の上では、植物の力も借りられないだろうし。
「確かに君の言う通りではある。実際に確認しない限りは、推測でしかない」
「では、まずは勇者の正体を明らかにすることを優先しますか?」
「いや」
魔王の言葉を、荒土の王は否定した。
「倒すことを前提に動くべきだろう。悠長なことをしていては、それだけ民に被害が及ぶ」
「そうですね……可能であれば、それが最良でしょう」
「無理だと思うかね?」
「難しいとは思いますが、私も賛成です。ただし、撤退することも視野に入れておいてください」
「努力するよ。霊木の王もそれで良いかな?」
「はい。私の力がどこまで及ぶかは分かりませんが、出来る限りの準備はしています」
「ならば決まりだな。我々3人で、勇者を倒す。相手が人間であろうと、獣であろうと、竜であろうとな。それが我ら王の、責務なのだから」
山岳地帯に入り、3台の魔導車が高度を上げる。車が空を飛ぶ最大の問題は、窓から地面がよく見えるという点である。
つまり、高い所超怖い。だけど魔法の絨毯みたいなファンタジーガジェットだったらもっと怖かっただろうし、それよりはマシかもしれない。それでもこんな安全性を考慮していない道具で空を飛ぶのは勘弁して欲しかったよ!
「悪魔さん、そろそろ悪魔眼鏡かけといて」
「ああ」
俺は異次元収納装置からメガネ型計測装置を取り出し、装着する。強い魔力の反応を素早く発見できなかった場合、たとえば遠距離からの魔法攻撃で魔導車が撃ち落とされることも考えられる。雪山に墜落とかちょっとシャレにならないので頑張って勇者を探さなければ。
「それにしても……ずっと気になってたんだが」
「なに?」
「なんで植物の苗を後ろにたくさん積んでんだ?」
魔導車の後部には、植物の苗や種を土と一緒に入れた袋が大量に積まれている。植樹のお祭りにでも行くのかな?
「霊木の王が力を発揮するためだね。ボクは魔導石と剣さえあればどうにかなるし、荒土の王も魔力を増幅させる杖だけで良いみたい。だけど霊木の王は操れる植物が多く無いと、戦うのは難しいからね」
「難儀なものだな……」
「まだまだ雪が沢山残ってる高い山の上だからしかたないよ。だけど色んな種類の植物を準備しているから、どんな相手でも対応できると思うよ」
「自分の力だけに頼らない分、応用力があるってことか」
「ボクも基本的にはそういう戦い方だから、その重要性はわかってるつもりだよ」
「だとしても、自分の車以外にも載せるかね」
やっぱり慎重派で行こうなのか、霊木の王。もっと自信を持ってええんやで。
「霊木の王も本心ではボクの魔導車にまで自分の荷物を載せたくは無かったみたいだけど、勇者を倒すためだから我慢してくれたんだと思うよ。魔族の王としての責務を果たすためなら嫌なことや望まないこともちゃんとやる姿勢は、ボクも見習わないとだね」
「そうだな」
とか言いつつ、お前は自分が望む方向に物事が動くことに全力を尽くすんだろ! 結果的にそれが魔族全体の発展になることが多いから許されているんだろうけど、たまにはワガママを我慢しなさい! お父さんなんだから!
「それで悪魔さん、何か見えた?」
「今のところ何も見えないな。前方の空にも、山の斜面にもそれらしいものは無い」
「この辺のはずなんだけどねぇ」
魔導車は前方の山を迂回し、さらに進む。俺は魔力の反応を探して、周囲を見回す。
前後左右、下。やはり何も無い。敵はどこにいるのだろうか。
「……まさか」
俺は顔を上げる。
真上の空から、魔力の点が迫っていた。
「いたぞ! 真上だ! こっちに向かっている!」
「荒土の王、霊木の王、緊急着陸!! 上から来ます、気を付けて!!」
魔導車が急降下し、俺は吐きそうにいやそういうこと言っている場合じゃねぇよ頭が混乱してるわとくにかく雪の積もる山の上に着陸したっ!
魔王がテレフォンで連絡したため、他の2台も近くに着陸する。そこから荒土の王と霊木の王が飛び出し、俺の横にいた魔王も車外に出る。俺も遅れて車の外に出て空を見上げると、白い竜が急降下しながらその口を大きく開け、何かしらの魔法を放とうとしていた。
唐突に、大きい岩石が真横から竜の顔に激突した。竜の口は俺たちとは別の方向へ向かって、勢い良く火球を発射する。
「間一髪といった所かな」
見ると、荒土の王が杖を掲げていた。どうやら魔法で岩を飛ばし、竜に命中させたらしい。
竜は降下から上昇へと移行し、全身の鱗で陽光を散乱させる。周囲の雪と融け合うような白色をしながら、光を受ければ明らかな違いがあることを煌きで示す。そして上昇を終えた後は、日光を遮って俺たちに影を落とす。
まるで太陽の加護を受けているかのような、輝きの飛竜。
竜の勇者。それが、打ち倒すべきものの正体だった。
勇者カウンター、残り3人。




