第76話 彼女たちは己を認めることが出来るのか
「出来ない……だと?」
「その通りです。私には、貴女たちに付いて行くことなんて、出来ないのですわ……」
俯いたマリアは、普段とまるで違う、陰鬱な表情で言った。
「私は、強くなろうとしました。でも、あの勇者を見ていて分かりましたわ。今の私は、弱いのだと。戦力に値しない、敵と見なされる程の価値も無い、そんな存在なのだと」
「そんなことは無いと思うけどなぁ」
魔王が困った様子で言葉を返す。確かに鎧の勇者がマリアを狙うことは無かった。それは2人の王に比べてマリアの力が弱いことを意味しているが、だからと言って全くの無力だと断じるのは性急では無いだろうか。
「私のことですから、私が一番、分かっているのですわ。今の私では、きっと貴女たちの足手まといになる。魔王と勇者の戦いに、私のような者が入り込む余地なんて、無いのですわ」
まるで駄々をこねる子どものように、マリアは己の未熟を決めつける。
敗北を、決めつける。
「だから」
「全く、お前は相変わらず何も分かっていないな」
呆れた様子で、劫火の王が言い放った。
「分かっていますわ、自分が弱いということは」
「違う。お前は強い」
思いがけない言葉だったのだろう。マリアは劫火の王を見て、目をぱちくりとさせる。それに対し、劫火の王は力強い微笑みで返した。
「いい加減、認めたらどうだ。お前は強い。強いからこそ、この場にいる。強いからこそ、金屑の王に仕えることが出来ている。そして強いからこそ、この私の横に立つことが許されている」
「私が……強い?」
「ああ、強いさ。全ての者に弱さはあり、それを嘆くのも仕方ないことだ。だがな、己の強さを認めなければ、他者の強さを見誤ることに繋がる」
「……」
真剣な顔付きで、マリアは劫火の王の言葉を受け止めている。以前、劫火の王はマリアが道化を演じていると言っていた。弱さを隠すための、騒がしさ。だけどもしかしたら、弱さを隠す必要が無いくらい、マリアは強いのではないか。それに気付いていないのは、彼女本人だけなのではないか。
「己を認めろ。確かに弱さはあるが、それ以上にお前は強い。敵が何者であろうと、この私と共に戦う資格がお前にはある。本当なら、金屑の王からお前を奪いたいくらいだ」
「ちょっと、それは本気でやめてね。王妃やヒメのお気に入りなんだから」
「だが、それではお前の選んだ道を否定することとなる。お前がその強さで勝ち取ったものを否定するなど、私には出来ない。隣にいて欲しい程の強者であるからこそ、私はお前を従えたくは無い。対等の存在で、ありたい」
「それは……親友、ということですか」
「……ああ」
顔を赤らめて、劫火の王は肯定を示した。鎧の勇者が迫っているこの状況において、友情を確かめ合っている時間など無い。しかし、これは2人にとって大事な、とても大事なことなのだ。
吹っ切れたマリアの笑顔が、それを示していた。
「そこまで言われたら、認めざるを得ませんわね」
「そうだ、認めろ。お前は、強い」
「はい、認めますわ。私は、強い。貴女や魔王様には及ばないとしても、誇りを持って戦えるくらいには、強いのですわ」
「その通りだ。だから、一緒に戦って欲しい」
「当然、一緒に戦いますわ。ですが、少しだけ準備の時間を頂けないでしょうか」
「何か必要なものがあるのか?」
「自分の強さを認めた上で、やはり今の私では力不足ですわ。なので、大切な妹分にも協力してもらおうと思いますわ」
「良いだろう。戦力が増せば、あるいは奴を倒せるかも知れぬしな」
俺たちは鎧の勇者の動きに注意しつつ、後方にある陣地へ向かって歩を進める。マリアはテレフォンで後方に連絡を取り、やがて進行方向から2つの人影が歩いてきた。
「あれ? ヒメも一緒に来ちゃったみたい」
ヒメと、メアリ。マリアと日々を過ごし、その姿を見続けてきた、2人の少女。
「父上、魔導石を届けに来たのじゃ!」
ヒメが元気よく袋を掲げて、魔王に呼びかける。
「ありがとう。でも、危ないから来て欲しくは無かったかも」
「悪魔殿と一緒にいれば大丈夫なのじゃよ。そうじゃろ?」
屈託の無い笑顔で、ヒメが俺を見た。
「ああ」
こりゃ、命懸けで守らないとだな……
「それに、マリアがメアリを呼んだということは、アレを使うということじゃしのう」
アレとは、2人の魔力を片方に集中させる合体魔法のことだろう。一度も成功したことの無い、メイドたちの奥義。
もしも成功したなら。マリアの力は、魔王たちに引けを取らないものになるかもしれない。
「メアリ……貴女に、聞いて欲しいことがあるのです」
マリアはメアリに歩み寄りながら、静かな口調で言った。
「は、はい……何でしょう、お姉様」
「私は、今まで自分が弱くて、だからもっと強くならないといけないと、そう思ってました。でも、そうでは無かったのです」
少し恥ずかしげに、マリアは微笑む。
「私は、強いのです。強いから、今まで生きてこれたのです。そして、もっと強くなりたいのです。自分だけじゃなくて、周りの人たちを助けるために」
「そ、そうです! お姉様は、ずっと、ずっと昔から、とっても強い人でした!」
「ありがとう、メアリ」
「あ、あの……私も、今日、気付いたことがあるんです」
「何でしょう?」
「私は、その、人の役に立ちたくて、頑張って、もっと頑張っていかないとダメだって、ずっと思ってました」
「……ええ」
「だけど今日、一緒に兵士さんたちを治療していた女性の方が、私の魔法を見て言ったんです。貴女は十分に頑張っているから、自分の頑張りを信じてあげなさい、って」
マリアと同じく、メアリもこの戦場で己を見つめ直すきっかけを得ていたようだ。正しさが求められる戦場という修羅場において、彼女たちの美徳は誤魔化されるべきものでは無かったのだ。
「私は、頑張っているんです。そう思ったら、少し、気が楽になって、回復魔法も上手に出来るようになったんです」
強力すぎて治療箇所が熱くなる回復魔法も、適度な強さになったというわけか。余計な頑張りこそが、メアリの欠点だったのだろう。
「そうですわ、メアリ。貴女は頑張っている。それを、認めなさい」
「は、はい。お姉様も、その、自分の強さを認めてくださいね」
「分かっていますわ」
見つめ合う、マリアとメアリ。
ところで俺と魔王と劫火の王は、どんな気持ちでそれを見てればいいのかい? 特に魔王だよ。さっきから露骨に居心地が悪そうな顔してるし!
「ではメアリ、お願いしますわね」
そう言って、マリアはメアリに背を向ける。
「は、はい。今日はきっと、上手く行きます」
そう言って、メアリはマリアの背に両手を当てる。
「奥義……」
「奥義……」
「「ダブリュン!!」」
マリアとメアリの声が重なり、メアリの身体が力を失う。ヒメが慌てて支えようとするが、流石に無理そうだったので俺も駆け寄って手伝った。
「ありがとうなのじゃ、悪魔殿!」
俺とヒメは座りながら、メアリの身体を地面に横たえる。
「それで、だ」
静かに立っている、1人のメイド。
「……メアリか?」
「違いますわ」
メイドは自分の両手をじっと見つめ、そしてゆっくりと顔を上げる。
「……ありがとう、メアリ。大切な、私の妹」
「成功したのじゃな、マリア」
「はい。メアリのおかげですわ。もちろん、私が変わったことも大きいのでしょうけど」
マリアは振り返って、ヒメに微笑む。
自分の強さを認めなかったマリアと、頑張りすぎるメアリ。そんな2人だったから、マリアの身体をメアリが乗っ取る形になっていたのだろう。
だけど、もう違う。強さを認めたマリアと、加減を覚えたメアリ。
マリアが戦い、メアリが支える。
理想的な完成が、そこにあった。
「王女様、メアリを頼みます。私は、戦わなければなりません」
「うむ。頑張るのじゃ」
「はい、もちろんですわ。メアリから力を借りているのですから、あの子の分まで私が頑張ってみせますわ」
爽やかな笑顔をヒメに見せ、マリアは前へと歩き出す。魔王と劫火の王も、同じように前進を始めた。
3人の強者が、鎧の勇者に向かっていく。
「悪魔殿……あの黒いのが、勇者で……いいんじゃな?」
不安げな声で、ヒメが俺に尋ねてきた。
「ああ。何か感じるのか?」
「あれは……何というか、人間でも魔族でも無くて、それどころか……上手く言えないんじゃが、この世のものとは思えないのじゃ」
「この世のものとは思えない、か」
数千もの勇者の断片を引き継いでいるであろう、怪物。魂に敏感なヒメには、その異常性が分かるのだろうか。
「魔王や劫火の王と、何が違う?」
「父上や劫火の王は、あんなものを背負って無いのじゃよ」
「あんなもの?」
「まるで、何十人、何百人の悲鳴……苦しいとか、怖いとか、そういう嫌な感情みたいなものを、あの勇者が背負っているような気がするのじゃ」
ヒメの言葉が確かならば、勇者の断片は以前の持ち主が抱いていた感情を受け継がせるのかも知れない。魂が肉体の神経系や記憶をデータとして保持している以上、勇者の断片が記憶や感情を保持し、継承させる可能性は十分にあると言えるが……
だけどその推測が事実だとしたら、残り4人の勇者は数千人分の負の感情に押しつぶされていることになる。
マナが、数千の苦痛を受け止めていることになる。
「悪魔殿……」
ヒメが弱々しい声を出す。見ると、彼女の手が震えていた。
「怖いのか?」
「……」
無言で頷くヒメ。俺はそっと、彼女の手を握った。
「ありがとう……なのじゃ」
「大丈夫だ。お前は俺が頑張って守るし、あの勇者も魔王たちが倒してくれる」
「そうじゃな。絶対、大丈夫じゃな」
「ああ。絶対、大丈夫だ」
不安を払拭するための言葉では無く、信じていることを確かめ合うための言葉。
戦場において、誤魔化しなど不要なのだから。
「さて、そろそろ戦闘再開ってところか……」
魔王、劫火の王、マリアは三方向に分かれて、鎧の勇者を囲む。対する鎧の勇者はマリアの方を向き、突進を仕掛けてきた。
マリアは飛び上がって突進を回避、鎧の勇者の後頭部を蹴って、さらに上へと舞う。
鎧の勇者はマリアに蹴られた反動で、地面に倒れる。一方のマリアは、突如として地中から上空へと浮き上がった大岩を蹴って、方向転換を行う。
まるで矢のように、彼女は鎧の勇者へ向かって己を発射した。
そして、マリアの蹴りが鎧の勇者に炸裂する。衝撃で地面が割れ、マリアは素早く鎧の勇者から飛び下がる。直後、大岩が空中から鎧の勇者へと落下する。
「す、すごいのじゃ!! マリアすごいのじゃ!!」
「あ、ああ……」
マリアの体術と、岩石を操るメアリの魔法。今のマリアは、本来の力と借りている力、その両方を存分に活かしている。
その強さは紛れもなく、魔王や劫火の王と並ぶものだった。
鎧の勇者は岩をどけようとするが、それを阻止するかのように魔王の超高速化が発動する。魔王は鎧の勇者の周囲に魔法陣を描き、超高速化を解くと同時にそれを発動させた。
岩に圧し潰されながら鎧の勇者は地中に沈み、完全に姿が見えなくなった。
「倒した……わけじゃなさそうじゃな」
この子はフラグ立てないのね。マリアとは大違いだぜ!
魔王たちもこれで終わりだとは思っていないのか、鎧の勇者が沈んだ地点を注意深く見ている。しばらくすると、地面が窪み始めて鎧の勇者の兜が露わになった。
その時を待っていたのだろう。魔王は光の帯を、劫火の王とマリアは青き炎の一筋を、鎧の勇者の頭部に向けて一斉に放射する。
先程は効果の無かった集中攻撃。しかし鎧の勇者は力を消費しており、何より、メアリの魔力が加わっている。
魔王3人分の魔力を持つ勇者に対し、魔王2人と貴族級魔族2人の魔力。勝つのは、どちらか。
地面に亀裂が走る。だが、魔王たちは攻撃を止めない。
やがて、鎧の勇者の兜が、僅かに歪み始める。
鎧の勇者はもがきながら、小手から伸びる刃で地面を削っていく。光と炎を浴びつつも、鎧の勇者はどうにか魔法による落とし穴を脱出した。
「今だよ、劫火の王!!」
魔王の大声が響き、劫火の王は火炎の放射を止めて走り出す。
そして、跳躍と共に兜へと振り下ろされる、剣の一撃。
鎧の勇者の兜が、砕けた。
「終わりだっ!!」
劫火の王はそう言って、鎧の中へと豪炎を流し込む。蒸し焼きなどという生易しいものでは無い。人体を灰にするための、火葬であった。
「悪魔殿、見えないんじゃが」
俺はヒメの目を手で覆っていた。少女が見るには、あまりに凄惨な死に様であるから。
だが――
「なんなんですの、これはっ!?」
マリアが驚きの声を上げた。焼け焦げ、炭になりつつあったはずの勇者の皮膚が、ゆっくりではあるが再生し始めていた。そして勇者は、劫火の王へと突進を仕掛ける。
魔王が行った両目への攻撃も、劫火の王が行った全身の焼却も、勇者には再生可能な傷でしかない。
勇者は、不死身すぎるから。
「攻撃を続けて!! 相手の魔力が無くなれば、倒せるから!!」
劫火の王は攻撃を回避しながら、何度も勇者を燃やし、剣で頭を吹き飛ばす。その度に勇者は身体を再生させ、攻撃を続行する。
「いい加減に!」
マリアが駆け出し、跳躍する。
「してくださいませっ!!」
強烈な蹴りが直撃し、勇者は地面に転倒する。
「あっ! もしかしたら!!」
何かに気付いたらしい魔王が勇者へ駆け寄り、鎧に手の平を向ける。その瞬間、鎧は潰れて変形し、勇者の身体を締め付けた。
魔王の魔法が通じなかったのは、鎧が勇者から奪っていた魔力が膨大だったため。勇者の魔力が弱った今であれば、破壊は可能ということか。
鎧による圧迫のため、勇者は立ち上がる事すら出来ない。その身を、劫火の王は容赦なく燃やし尽くす。
何度も、何度も、何度も。
俺は異次元収納装置を起動し、勇者カウンターを取り出す。火葬される勇者の姿を見ながら、時折その数字を見る。
何分くらい経っただろうか。不意に、勇者カウンターの数値が減少した。
勝利、したのだ。
「いや~、みんなお疲れ様~」
魔王が全く疲れていないかのような調子で言った。
ヒメはマリアとメアリの合体を解除し、後方にいた劫火の王の兵も物資を持って集まって来ている。戦いの時間は、もう終わったのだ。
「さて、悪魔さん」
「なんだ?」
「次行くよ」
「はぁっ!?」
魔王がすんげぇ意味不明なことを言ったので、若干の殺意を込めて声を出した。次って、次の勇者か!?
「ちょっと待て、少し休憩してからじゃダメか?」
「悪魔さん、何もしてないから疲れて無いでしょ?」
何にも反論できねぇ!! コイツは頑張って戦ってたわけだし!!
「ヒメはマリアたちと一緒に、ゆっくり魔王城へ帰ってね。みんな疲れただろうし」
俺以外、全員なんかやってるからね! 傍観者ってのは肩身が狭いわ!
「というわけで、ボクたちは次の勇者を倒しに行くから。今日はありがとうね、劫火の王」
「貴様のためでは無い。魔族の王として当然の戦いをしたまでだ」
「そうだね。それと出来れば、マリアたちと少しお話でもしてあげて」
「何をお話ししましょうか、ジュリエット!」
劫火の王のパンチが、マリアの腹を打つ。
「うっげぇ!」
「大丈夫そうだね。それじゃあ、行ってくるね」
「が、頑張ってください」
「気を付けるのじゃぞ父上、悪魔殿」
「ああ」
俺は何に気を付ければいいのだろうか。馬車酔いかな?
「じゃ、またね!」
魔王は別れの言葉を言って、走り出す。その後ろを、俺は慌てて追いかけた。
残りは少ない。だが、今までとは比べ物にならない程、困難であろう。
これからが、本当の戦いなのだ。
…………なんか今の言葉、打ち切りエンドっぽいな。訂正しよう。
これから……えっと……どうにかなる! 絶対、大丈夫! んでさっさと帰って休む!
休みたい!!
勇者カウンター、残り3人。




