第75話 魔王たちは鎧の勇者を攻略できるのか
鎧が、歩いてくる。
数百の仲間の死体を踏み越えて、数千の仲間の断片を引き継いで。
一歩、一歩、ゆっくりと。
自分こそが魔族にとっての終末であるかのように。自分こそが回避不可能な破滅であるかのように。
一歩、一歩。確実に。
「漆黒の全身鎧……遠目に見てもかなりの業物に思えるな」
「勇者の軍勢は結構いい武具を集めてたみたいだし、その中の1つでしょ。ボクが相手じゃなかったら、それなりに活用できたと思うよ」
魔王はそう言って、右手の人差し指を鎧の勇者に向ける。そういえばコイツ、金属破壊の魔法が使えたな。装甲を砕いて防御力を下げるつもりらしいが、装備の重量が減って猛スピードで動くようになったらどうすんだろ。そうなったらちょっと面白いな……
「……あれ?」
魔王が首を傾げた。
「どうした、金屑の王」
「なんかおかしいんだよね、あの鎧」
「ただの鎧では無いということか」
「うん。だって、ボクの魔法で壊れないし」
以前、魔王は金属で出来た数メートルの塔を遠距離から破壊している。それほどの金属破壊魔法を使える魔王が違和感を覚えるということは、よほどの強度を持つ鎧なのだろうか。
「距離があるから効果が薄いだけではありません?」
「なんかね、感触が違うんだよね。鎧自体が特殊な素材で作られているんだと思う」
破壊魔法なのに感触とかあるのか。結構謎だな、物質操作系の魔法。
「ちょっと調べて来るね」
魔王がそう言った直後、同調加速が発動する。
超高速化を使用した魔王は鎧の勇者に接近し、その鎧を色々な角度から観察する。そして兜や胸部装甲、小手などを拳でコンコンと叩き、さらには兜を引っ張って外そうとし始めた。
数分ほど鎧で遊んだ後、魔王は腕を組んで首をひねりながら、俺たちの所に戻ってきた。
そして、同調加速が停止する。
「うーん……」
「時を止める魔法を使って調べたのだな。それで、貴様の見立てはどうだ?」
「う~~~ん……」
唸っているだけの魔王。報告、連絡、相談は社会人の基本だぞ! コイツは社会人じゃ無いけど!
「まさか、何も分からなかったのですか!?」
「いや、そうじゃないんだけど……なんというか、思った以上に厄介というか……」
「ハッキリしないですわね! ジュリエットがいるのですから、どんな相手でも問題ありませんわよ!」
「……そうだね。説明するよ」
魔王は溜息をひとつ吐き、そしていつになく真剣な顔で劫火の王を見据えた。
「あの鎧は破刃の鎧と呼ばれる魔導具だよ」
「それはどのような魔導具だ」
「どんな刃でも貫けない、それどころか刃の方が折れてしまうくらいの強度を持った鎧でね。その分、重量はものすごく重いから、装着して動ける人間はまずいないだろうね」
「ですが、現に歩いているじゃありませんか!」
マリアが鎧の勇者を指差す。鎧の勇者は相も変わらず、ゆっくりとした足取りでこちらに向かっている。
「普通の人間なら無理だけど、相手はボクら以上の強さを持つ勇者だ。それくらい出来ても不思議は無い、というより出来て当然だよね」
「その破刃の鎧とやら、ただ頑丈なだけでは無いのであろう」
「うん。あの鎧が丈夫なのはね、着ている人間から魔力を奪っているからなんだ」
「お前がよくやっている魔力吸収と同じってわけか」
「ボクのよりもっと悪質だよ。なんたってあの鎧は身に付けたが最後、着ている人の魔力が枯渇するまで外れることは無いんだ」
「呪いの鎧ってやつだな」
「そういうことだね。そして奪い取った魔力が強ければ強いほど、あの鎧も強力になる」
「ちょっと待ってくださいませ。今あの鎧を着ているのは、魔王様やジュリエットよりも強い魔力を持っている勇者なのですわよね?」
「うん」
「そうなると、あの鎧はどれほどの堅さになりますの?」
「そこなんだよね……」
魔王は腕を組み直し、「う~ん」と唸りながら下を向いた。
「我らでは破壊できないとでも言うのか?」
「試してみないとわからないけどね。ただ、ボクの剣はもちろん、君の剣でも傷一つ付かないと思う」
「どのような攻撃であれば通用すると、貴様は考えている?」
「魔力を一点に集中させた攻撃なら、もしかしたら通じるかもね。とりあえず様子見で、ボクと悪魔さんが仕掛けてみるよ」
「俺も行くのか?」
「当たり前でしょ?」
全く当り前じゃねぇし! ってか、俺は盾代わりにしかならないぞ! 逆に言えば盾代わりにはなるけどさ!
「君たちはどうする? 一旦引いて、態勢を整えるのも手だけど」
「馬鹿を言うな。迎撃態勢は兵たちが整えている。私はここで全力を尽くすだけだ」
「当然、私もご一緒いたしますわ!」
「わかったよ。様子を見て、ボクたちに加勢してくれると助かるな」
「底知れぬ相手だ。そちらも油断はしてくれるなよ」
「うん。ありがとうね」
そう返して、魔王は鎧の勇者へと歩み出す。俺は仕方ないので、その後ろを大人しく付いていく。
「ねぇ、悪魔さん。勇者の軍勢を支援してた貴族のこと、覚えてる?」
鎧の勇者の左側に回り込みながら、魔王が尋ねた。
「ああ。確か、2人いたんだよな」
「うん。2人とも、財産を全部勇者の軍勢につぎ込んで、お金が無くなった後は身分や家族を捨てて勇者の軍勢に参加したんだ。この戦いの前に、1人は死んじゃったけどね」
「それがどうかしたのか?」
「あの破刃の鎧はね、残ったもう1人の家に代々伝わっていた鎧なんだ」
勇者たちを支援し、自らも勇者としての使命を選んだ者の、家宝。
それを身に付けている者は、即ち。
「あの勇者が、その貴族だって言うのか」
「確証は無いけどね。だけどそうだとしたら、あの勇者はボクと戦う中で財産も、家族も、身分も、何もかも失ったわけだよね」
「可哀相だと思うか」
「ちょっとね」
「だったら、さっさと殺してやれ。人間らしさを完全に失って、魔族を殺すだけの装置になってしまう前にな」
「もう遅いかも知れないけど……そうだね。それが、ボクの責務だよね」
距離を保ちつつ、俺と魔王は鎧の勇者の左側に移動し終える。鎧の勇者は武器を握っていないようだったが、小手の部分から短く幅の広い刃が伸びているのを確認できた。刺突用の武装だと思われるが、鎧の一部である以上、その硬度は相当なものだろう。破壊は難しいと考えられる。
「それじゃあ、全力で行くね」
魔王は深呼吸をして、右手人差し指を鎧の勇者に向ける。
「ビィィィィィィィィム!!」
魔王の指先から、物凄い勢いで光弾が発射される。光弾は鎧の勇者の兜に命中し、ほんの少しだけ勇者をよろけさせた。
それ以上の効果は、無いみたいだった。
「うん! ダメだった!」
「ダメだったじゃねぇよ!! 全力が効いてねぇじゃねーか!」
「っと、逃げるよ悪魔さん!!」
魔王が鎧の勇者に背を向け、走り出す。鎧の勇者の方を見ると、重装甲とは思えない速度で、大地を抉りながらこちらへと突進してきていた。
「オイオイオイ!? 今ので刺激しちゃったんじゃないか!?」
俺も魔王の後を追って、脱兎の如く逃げる。これ、後方にいるヒメや兵士の皆さんに見られていたらすんげぇ恥ずかしいな!
「鎧が重くて動けなかったんじゃなくて、周りに敵がいなかったからゆっくりしてただけみたいだね。もしかしたら距離を離せば、追いかけるのを止めてくれるかも!」
だが鎧の勇者との距離は離れるどころか、どんどん縮まってきている。これはもう、俺だけ疑似人体の戦闘用出力で逃げた方がいいかな? いや、そもそも勇者は俺を襲ってこないんだから、俺は別に逃げなくていいんだよね! でもなんか逃げちゃう!
そうやって全力疾走していたら、背後で甲高い金属音が響いた。振り返ると、敵の頭上まで跳躍していた劫火の王が、鎧の勇者の兜へと剣を振り下ろしていた。
「やはり効かぬかっ!!」
劫火の王は体を捻って刃による反撃をかわした後、鎧の勇者を蹴り飛ばして距離を取る。それに対し、鎧の勇者は猛牛のような突進を仕掛け、劫火の王は落ち着く間もなく回避行動に移った。
「堅い、強い、速い! 素晴らしい猛者ではないかっ!」
劫火の王は笑いながら、鎧の勇者の突進を避け続ける。敵の目標は、どうやら魔王から劫火の王へと移ったようだ。
「私も加勢しますわ、ジュリエット!」
マリアが火炎を放ち、鎧の勇者へと命中させる。しかし敵はそれを無視して、劫火の王への突進を続ける。
「くっ……私など、敵ですら無いということですかっ……!」
苦々しい表情で、マリアは言った。勇者に対し、己の力が通用しない。強くなりたいと、友人を助けたいと願っていた彼女にとって、それはとても悔しい現実なのだろう。
「よし、わかった」
俺の隣で呑気に観戦していた魔王が、何かを思い付いたらしい。
直後、時間が静止する。
超高速化を使った魔王は、近くに倒れていた勇者の死体付近で剣を2本拾って、鎧の勇者へと歩いていく。そして兜にある両目の穴に、その剣を突き刺した。
なるほどな、と俺は感心した。全身鎧であっても、視界を確保するための穴は空いている。そこからであれば、中にいる本体にも攻撃が通じる。
魔王は劫火の王の近くに移動してから、超高速化を解除した。時間が動き出すと、両目を貫かれた鎧の勇者は獣のような唸り声を上げ、悶え始めた。
「目を貫いたのか」
「うん。これでこっちの姿が見えなくなればいいけどね」
鎧の勇者は2本の剣を兜から引き抜き、魔王に向かって真っ直ぐ突進してきた。
「あれ!? 全然通じてない!?」
魔王は敵に背を向けて格好悪く走りながら、超高速化を発動する。ひとまず安全になった魔王は近くに落ちてた剣を拾い、それを使って地面に魔法陣を描く。
「よし、と」
鎧の勇者と魔法陣を結んだ直線上で、魔王は超高速化を解除する。突進する鎧の勇者は止まることなく魔法陣を踏み、そして地面の中に落ちた。
地面を落とし穴に変える魔法陣、ドロヌー。勇者の軍勢を苦戦させた罠は相手が強大であっても、いや、むしろ重い鎧によって強大さを増している相手だからこそ、より強力な効果を発揮する。
「みんな、相手の兜に攻撃を集中させて!!」
地面に埋まった鎧の勇者は、かろうじてその兜の天辺だけを見せている。そこに向けて、魔王はビィィィムの光線を、劫火の王とマリアは青く細い火炎の奔流をぶつける。
熱エネルギーの一点集中。これならば、装甲を破ることも可能かもしれない。
「これは、いけるんじゃありません!?」
マリアがフラグを立てた。これ、失敗するかも。
そして案の定、鎧の勇者の周囲で異変が起こった。地面にひび割れが生じ、そして土砂が上空へと巻き上がった。
「みんな、一旦引いて!!」
魔王たち3人は鎧の勇者から距離を取る。鎧の勇者の周囲では土埃が激しく舞い上がり、何が起こっているかはよく見えない。だが、恐らくは地面を吹き飛ばしてドロヌーの拘束から逃れようとしているのだろう。
「念のため後退するよ! いいかな!?」
「仕方あるまい。どうやら、先程の攻撃も通用しなかったようだからな」
「口惜しいですわ……」
俺たちは鎧の勇者から離れ、兵たちが陣を張っている方角へ退避する。土埃が治まると、鎧の勇者の姿が鮮明になった。兜は無傷。距離を取ったためか歩みは緩慢だが、明らかにこちらへと近づいてきている。
「ダメだったみたいだね。それじゃあ、一応別の手もやってみるね」
そう言って魔王は超高速化を使い、鎧の勇者へと再び近づく。そして超高速化を解き、大きな声で言った。
「ティルウェイ!!」
直後、魔王の前方で閃光と爆発が起き、その眩しさに俺は目を背ける。
ティルウェイ。魔王が使える最大の攻撃魔法である。大規模な爆発を起こし、15年前の勇者をモザイク必須の肉片にした高威力の魔法。少しは、効果があるだろうか。
爆発が終わると、クレーター状になった地面と吹き飛ばされた鎧の勇者が見えた。
「や、やりましたわ!」
だからそういうフラグ立てるのやめて! マジやめて!!
マリアのせいだろうか、鎧の勇者は素早く立ち上がると、魔王に向かって突進を仕掛けてきた。魔王は超高速化を使い、地面にドロヌーの魔法陣を描く。そして超高速化を解除、鎧の勇者を再び落とし穴にはめてから急いでこちらへと戻ってきた。
「うん! 無理!」
「貴様なら他にも手立てがあるのではないか?」
「あるかもだけど、現状の装備だとちょっと難しいね。でも、ボクらが攻撃をすればそれを防ぐための魔力を消費しているはずだから、何度も攻撃してればいつかは通じるかもしれない」
「持久戦というわけか。致し方無いな」
「……」
マリアは何故か、無言である。フラグを立てた責任を感じているのだろうか。
「んじゃ、もう少し頑張ろうか。後方のみんなには迎撃準備より撤退の準備をしてもらった方が良いかもね」
「敗北を認めたくは無いが、戦力にならぬ者を無駄に死なすのはそれ以上の屈辱となる。命じておこう」
劫火の王はテレフォンを使い、後方へと指示を出す。その間も、マリアはじっと下を見ていた。
「では行こう。金屑の王、マリア」
俺は? いや、行っても意味無いけどさ。
「……出来ませんわ」
ぽつりと、マリアは呟いた。
悲哀の込められた、小さな声で。
勇者カウンター、残り4人。




