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勇者が不死身すぎてつらい  作者: kurororon
第2部 勇者が不条理すぎてつらい
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第73話 勇者との決戦の火蓋は切られるのか

 いつもの部屋の地下深く、魔王城の転送陣から魔界へと行き、列車を乗り継いで別の転送陣から地上に戻って、1日弱馬車に揺られる。そうして俺と魔王とカシマシーズの5人は劫火の王の陣地へと辿り着いた。

 …………なんでさぁ、異世界のファンタジー住人って馬車で移動するの好きなの? こんなに乗り心地の悪いものに1日近く乗るなんて、とんでもなく疲れることだわ! 勇者が全滅した暁には地上全土に鉄道網を整備して欲しい。ホントに。


「悪魔殿との長旅は楽しかったのじゃ~」

「俺は馬車のせいで全然楽しくなかったけどな……」

「まったく、外に出ない男性は文句が多いですわね」

「やっぱり、私が膝枕をした方が良かったかのう?」

「ただでさえ乗り心地が悪いのに、居心地まで悪くするつもりかよ」

「大丈夫だよ悪魔さん、ボクは温かい目で見てあげるから」

「すげぇやだ」


 荷物を置いた俺たちは、くだらない会話をしながら陣地の内側へと進む。並んだ天幕の近くでは兵士たちが集まって会話をしており、俺たちの場違い感が半端ない。これで戦いの役に立てなかったら、陰で笑われること間違いなしだわ。

 兵士たちの間を掻き分けるように歩き続け、やっと俺たちは目的の人物を見つける。大きな天幕の前に立つ、赤い髪。魔族を統べる六魔王の1人である、劫火の王。

 またの名を――


「ジュリエーーーーーーーーーーーットォ!!」


 マリアが兵士たちを押しのけながら駆けて行く。劫火の王、またの名をマリアの友人ジュリエットである。俺の世界にもいそうな名前が愛称になっているのはありがたいが、本人はその名前で呼ばれるのをどう思っているのだろうか。


「ぐへぇっ!?」


 劫火の王に思いっきり蹴り飛ばされたマリアが、地面を転がりながら戻って来た。


「今はその名で呼ぶな」

「どうしてです!? 私と貴女の親愛を示す名だと言うのに!!」


 顔面を打ち付けたのだろうか、マリアが鼻血をダラダラと流しながら抗議する。


「大切な戦の前だ。将が気を抜いていては、士気にかかわる」


 劫火の王がもっともなことを言う。まぁ、こっちの王はいつも気を抜いているけどさ。


「ですが……」

「従者が失礼しました、劫火の王」


 ヒメがスカートの裾を少し摘まみ上げながら、頭を下げる。


「金屑の王の娘か」

「はい。劫火の王のことは、父とマリアからかねがね聞いております」

「もう少し真っ当な者から話を聞いて欲しいものだな」

「えー。ボクとマリアじゃダメなの?」

「そうですわジュリエット! 貴女のことは私が一番」

「お、お姉様、手当てをしないと」


 マリアの顔にメアリが手を当てる。どうやら回復魔法を使うらしい。


「ああ、助かりますわメアリ……熱っ!? 熱いですわ、メアリ!」


 回復魔法なのに熱いの?


「す、すみませんお姉様!」

「やかましい連中だ……」

「ごめんね、劫火の王」

「お前も含まれていることが分からないのか?」

「え」

「父と従者が、本当に申し訳ございません」

「王女が謝る必要は無い。それよりも、早く本題に入りたいのだが」

「そうだね。それで、そっちの準備はどう?」

「あとは兵が陣形を整えるだけだが、それは勇者どもを確認してからになる。此度の戦では機動力を落とすわけにはいかぬから、直前まで兵を休ませておきたい」

「勇者たちの力が戦闘中にどう変化するかわからないしね。戦力の迅速な移動が出来ないと大変なのはボクにもわかるよ」

「兵たちには勇者どもの特性を踏まえて戦うこと、そして撤退を恐れないことを戒めている。今回の目的は戦闘経験を積むことであって、勇者どもを殺すことはその過程でしか無いからな」

「強くなっても死んじゃったら意味無いしね。それで、ボクは何をすればいいのかな?」

「貴様には兵の応急手当と救助を支援して貰いたい。貴様は瀕死の者すら全快させる魔法が使えるのだろう?」


 魔王が使う強力な回復魔法、マダイ。重傷どころか毒や麻痺なども治療でき、本当かどうか知らないが石化している者すら元に戻せるらしい。この世界、この魔法があれば医学いらないんじゃ?


「でもボク1人で対応できる範囲はそんなに広くないよ?」

「貴様は時を止めての移動も出来たはずだ。距離など問題ではあるまい」

「超高速化は時間を止めているわけじゃ無いんだけど……ちょっと待って、ということは超高速化を使って大怪我している人の所に行って、マダイで回復して別の人の所に行っててのを、何度もやるってこと?」

「ああ」


 突然現れて突然傷を治して突然去っていく魔王か。妖怪かな?


「それって魔力が足りなくなりそうなんだけど……」

「早急に救助しなければならぬ者だけを助ければ良い。自力で撤退できる者に力を貸す必要は無い」

「そうなると、情報の伝達がすごい重要になるよね」

「テレフォンを各隊の隊長に持たせている。それらからの連絡を後方の伝達担当がまとめ、我が直属の伝令に伝えることとなっている。貴様はその情報に基づいて兵を支援しろ」


 情報伝達網が整っているって、なんか俺の知ってる中世ファンタジー世界の軍隊と全然違う感じなんですけど。魔王の技術開発のせいで世界がぶっ壊れてるわ。


「それと、当然だがお前にも働いて貰うぞ」


 劫火の王が、マリアの方を見ながら言った。


「私ですか? 喜んで!! さぁ、何を致しましょうかもちろん殺しは個人的に禁止ですから出来ることは限られていますがそれでも何なりと何なりと!」


 うるさい。


「お前には強力な勇者の足止めを頼みたい。情けない話だが、この戦場において私と金屑の王に次いで強いのはお前だからな」

「なんという光栄!! 足止めだけならば、全力で引き受けますわ!」


 でも足止めした後、他の兵士が殺しちゃうんだよね。それはオッケーなのか、不殺主義メイドよ。


「私とこの従者、メアリは後方で負傷者の治療に当たりたいと思います」

「お前はともかくとして、メアリは大丈夫なのか? さっき回復魔法失敗していたように見えたけど」

「メアリの回復魔法は強力なのじゃが、強力すぎて治した場所が熱くなってしまうのじゃ。だけどちゃんと治るから、問題無いのじゃよ」


 麻酔魔法とかあれば良かったのにね。


「承知した。案内させよう」

「それでは父上、悪魔殿、どうか、ご武運を」


 劫火の王の部下に案内されて、ヒメとメアリが後方へと移動する。ご武運と言われても、俺は戦わないんだけどね……


「後は勇者どもが来るのを待つだけだ。奴らの人数が800人程度というのは確かだろうな」

「もうちょっと少なくなってるかもしれないけどね。君なら兵を上手く動かして包囲できると思うよ」

「包囲した上で、こちらの被害を抑えるように誘導したい所だ。最終的に奴らの力がどこまで高まるかは未知数であるから、兵の撤退はいつでも行えるようにしておきたい」

「過去に現れた勇者と同じか、それ以上に強力な力を持つ勇者が出てくることも考えないとだしね」

「その時は我々が対処するしかあるまい。兵を無駄死にさせるわけにはいかぬからな」

「結局、本当の勇者と戦うのは魔王の役目ってことだね」

「その通りだ。それこそが、戦士としての我の誉れかも知れぬな」


 劫火の王が笑みを浮かべる。もしかしたらこの戦いは、劫火の王が強者と交戦するための布石でしか無いのかもしれない。武を誇る魔王として、勇者に打ち勝つことは宿願であろうから。


「劫火の王! 斥候が勇者どもを確認しました! こちらの方角に直進しているようです!!」


 金属棒型のテレフォンを持った伝令が、声を張り上げた。


「各隊に陣形の展開を通達せよ! 陣形が整い次第、前進する!」

「通達いたします!」

「いよいよ戦いだね」


 魔王はそう言って、腰に携えていた剣を抜いた。魔剣ムラサーマの改良型らしいが、今回は兵の救助が仕事だからぶっちゃけいらないんじゃ?


「無意味に剣を抜くな。貴様の仕事は敵を撃滅することでは無く、兵の命を救うことだ」

「はーい」


 渋々と言った感じで魔王が剣を納める。やっぱコイツ、人を斬りたいんじゃなかろうか。最近人を斬ってないだろうし、人殺しとしての性根が疼いているのかもしれない。近寄らんとこ。


「貴様らもテレフォンを携帯しろ。特に、お前には後方の伝達担当から直に指示が行くはずだから、決して聞き逃すな」


 テレフォンをマリアに渡しながら、劫火の王が言った。


「私は特別ということですわね」

「そちらの方がお前を有効に活用できるだけだ。他の者との連携は難しいだろうしな」

「ジュリエットとなら連携出来ますわよ!」

「不要だ。むしろ、邪魔になる」

「なら仕方ありませんわね! 他の兵たちを助けることに尽力致しますわ!」


 そうこうしている内に俺たちの左右で陣が広がり、勇者たちを迎え撃つ態勢が整う。劫火の王が陣の中心となっているが、これは勇者たちを劫火の王に引き付け、左右の兵で包囲するという戦略だろう。大将が最強戦力であるのだから、陣が破られる可能性はかなり低いはずだ。


「全隊、配置が整いました」


 伝令からの連絡を聞き、劫火の王が深呼吸をする。


「緊張してるの?」

「気が高まっているだけだ。冷静さを失わないようにしなければな」

「いざとなったらボクが指揮するけど?」

「馬鹿なことを。貴様の命令など誰も聞かん」

「そうだね。君こそが、ここにいる兵たちの王なんだからね」

「だからこそ、王に恥じぬ戦いを見せねばな」

「死なない戦いを兵に説いているんだから、君も無理をしちゃダメだよ」

「貴様に言われるまでも無い。だが、仲間を守るためならいくらでも命を張るつもりだ」

「そうならないように、ボクらが頑張るよ。勇者に魔王が殺されるなんて、もう嫌だからね」

「……そうだったな。貴様にも、譲れぬものがあるのだったな」


 俺は以前読んだ、魔界の資料のことを思い出す。魔王の両親、先代の金屑の王とその妃は、勇者との戦いで命を落としている。魔族の王が勇者に殺されることなど、魔王にとっては許容できないことなのかもしれない。


「全軍に伝えろ。前進する」


 劫火の王が静かに告げた命令を、伝令がテレフォンで伝える。やがて両翼で雄叫びのような声が広がり、兵たちが前に進み始める。


「我らも行くぞ」


 劫火の王と共に、短い雑草の生える平地をゆっくりと進む。勇者たちの姿はまだ見えず、緊張感のせいか兵たちは次第に無言となり、その進軍は異様に静かであった。


「まだ見えないね~」

「ワクワクしますわ……」

「後ろの2人、黙れ」


 魔王とマリアが劫火の王に咎められる。これで戦闘中役に立たなかったら、マジで劫火の王に半殺しされるんじゃ……


「見えたな」


 前方に目を凝らすと、確かに集団で動く人影が見えた。明らかに近づいてくるその集団からは、やがて獣のような咆哮が聞こえて来た。


「勇ましいものだ。だが、軍隊としての統制が取れているようには思えぬ」

「ボクらが得た情報だと、指揮官みたいな人はいないみたい。全員が同列ってことだね」

「戦うだけの、獣以下の怪物ということか。救えぬものだな」


 そう言って、劫火の王は剣を抜いた。


「私が先行する。作戦通り、誘き寄せられた勇者どもを左右から包囲するよう通達せよ」


 劫火の王が駆ける。それに反応してか、勇者たちの速度も増す。そして、劫火の王が放った広範囲の火炎が勇者たちを襲った。


「兵を鍛えるのが目的とか言いながら、結局自分で全部倒しちゃいそうな勢いだね」

「それならそれでいいじゃないか?」

「まぁね。だけど、そう簡単にはいかないかな」


 勇者たちと兵士たちの距離が縮まると、一部の勇者は劫火の王ではなく兵士たちの方へと襲い掛かった。兵士たちは炎の魔法で牽制しつつ、冷静に勇者たちを処理していく。


「悪魔さん、今のうちに悪魔眼鏡をかけといてね」

「悪魔眼鏡……ああ、あれか」


 俺は異次元収納装置からメガネ型の計測装置を取り出す。それを装着しながら、ついでに勇者カウンターの数値も確認しておく。


「残りの勇者の人数はどれくらいなの?」

「750人ってところだな。この戦いの後で、何人残ることやら」

「正直な所、この戦いよりその後の方が大変かもね」

「どういうことだ?」

「1人の勇者に力が集まるのは、とてつもなく危険ってことだよ」


 目の前で行われている殺し合いを見つめながら、魔王はもっと遠く、もっと先のことを考えている。

 そんな風に、思えた。



 勇者カウンター、残り753人。

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