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勇者が不死身すぎてつらい  作者: kurororon
第2部 勇者が不条理すぎてつらい
135/153

第72話 勇者と魔族の決戦の場は設けられるのか

 いつもの部屋のいつものタタミの上、俺は冴えない気分を紛らわせるため、コタツに入りながらコメディが強めの小説を読んでいた。服が透けて見える眼鏡を破壊するためにごく普通の少女5人が奮闘するという作品なのだが、これを書いた作者も出版した編集部もどうかしてると思う。

 100ページほど読み、物語は序盤から中盤に入ろうとしていた。主人公たちは、眼鏡の手掛かりを持っているらしき人物と相対している。


『みんな、魔法少女に変身するよ!』


 ちょっと待て。この小説の主人公たちって魔法少女だったの? そんな設定も伏線もまったく出てきてねぇぞ。どっか読み飛ばしたか? 

 いや、もしかしたら読者を驚かせるための手法かもしれない。あまり気にせず、読み進めるとしよう。


「あ、いたいた。悪魔さーん」


 俺は文章を読み進める。変身を終えた主人公は、相手に向かってポーズを決めた。


『プリティ・マジカル・カルテット! 華麗に参上です!』


 …………カルテットって4人組だよね? 主人公グループ、ここまで5人で頑張って来たのに突然1人仲間外れ? ってか誰が仲間外れになってるんだ?


「あくまさーん」


 えっと、主人公の愛華はホーリーアロー使って、茜はリリカル人面疽で足止め、衛は四丁拳銃振り回してるし、揚巻ちゃんは爪で攻撃してて、咲夜はランスオブトンボキリで……いや待て、爪?


『お願い、揚巻ちゃんを元に戻すために、どうしても手がかりが必要なの!!』

『ブッキュベバベバキュッルルファー!』


 揚巻ちゃんが化物に成り果ててるじゃねぇか!? ってか、直前まで普通の女子中学生だったよね!? なんで? 変身したせい? なんで一緒に変身したんだよ揚巻!? というか揚巻って女の子の名前としてどうなの!?


「悪魔さん……でも、熱中できるくらい面白い本を読んでいるってことだよね。それはそれでいいのかな」


 にしても、他の4人もいくら友達が魔法少女じゃなくて半魚人みたいなのに変身する体質になったからって、4人組を名乗るとはひどすぎないか? もしかしたら元々そんなに仲良く無かったとかか? 揚巻ちゃんが魔法少女に変身できるなんてどこにも書いて無かったし、これはちょっと続きを読まないと何も分からないぜ!

 よし!


「それで、何か用か」


 冷静になった俺は本を閉じ、魔王の方を見た。頭がおかしくなりそうだったので、ちょっと現実へと帰還することにしたのだ。


「あれ? 本読まなくていいの?」

「仲間外れや独りぼっちは寂しいだろ」

「何言ってるの、悪魔さん?」

「気にするな。それで、何があった」

「えっとね、勇者たちのことなんだけどね」


 やはり勇者関係か。先日も勇者の軍勢による侵攻があり、毎度のごとく全員拘束して収容所送りからの強制送還を行ったはずだが、何か変化があったのだろうか。

 

「実は劫火の王から、勇者たちと戦わせて欲しいって話があってね」

「勇者の軍勢と?」

「もう軍勢って呼べる規模じゃないけどね」

「残りは800人弱だったか。確かにもう軍勢って数じゃないかもな」


 そうなると勇者団とか勇者部隊とか呼称すべきなのだろうか。ややこしくなりそうだから勇者の軍勢のままでいい気がする。


「魔界にいる偉い人たちからも、早く勇者たちを全滅させろってうるさく言われててね。いい機会だから、劫火の王に任せちゃおうかなって思っているんだ」

「それで良いと思うが……なんか、今更って感じだな」

「なんで?」

「数がここまで減っていると、相手にもならないんじゃないか?」

「確かに相手が普通の人間なら、相手にならないと思う。だけど勇者たちは死んだ仲間の力を引き継いじゃうから、人数で戦力を測るべきじゃないと思うよ」

「そう言われるとそうなんだが……」

「それに多分だけど、劫火の王は自分の部下を殺したくないんじゃないかな。部下のみんなが死なないで戦闘経験を積むためには、戦況の優位が万が一にも覆されないようにしないとだし」

「つまり絶対に負けないけど楽勝でも無い数が、今の勇者たちの人数ってわけか」

「そうだと思う。単純に計算すると、今の勇者は1人あたり12人くらいの勇者の断片が入っているよね。勇者の断片1つが人間1人分の魔力を出せるとすると、それなりに手応えのある相手だと思うよ」

「しかも数が減るほど強くなる相手なんだよな。そう考えると、今の人数でも多い気がするな」

「でも減りすぎると勇者1人1人が強くなりすぎて、未熟な兵士が戦うには厳しい相手になると思う。戦闘訓練になるちょうどいい人数は1000人くらいだと思うよ」

「その数字に根拠はあるのか?」

「魔族の魔力量は人間の10倍くらいだからね。もちろん強い人間は魔族以上の魔力を持っていることもあるけど」

「単純計算ってわけか……さっきから単純に計算しすぎじゃね?」

「だって正確な数字がわかんないんだもん。勇者の断片が出してる魔力には個人差があったし、人間は鍛錬で魔力が高まりやすいからね」

「お前、何度も勇者たちを収容所に入れてるよな。その間に勇者全員の魔力を測定して記録したりとかしなかったのか?」

「…………」


 魔王が目をぱちくりしている。あ、コイツまさか。


「やっておけば良かったね」


 勇者と魔族の全面戦争なのに、戦力分析をサボってやがる!


「でも、どうにかなるでしょ。劫火の王の所は新兵でも強いはずだし。それにボクと悪魔さんもいるしね」

「そうか……って、ちょっと待て。やっぱ俺も行かないとダメなのか、その戦い」

「うん。何が起こるかわからないし、参加しないわけにはいかないよ」

「勇者が一気に減ることで、強力な勇者が戦場で生まれる可能性が高いのは分かるが……マナの方も心配だから、俺は城に残った方が良いんじゃないか?」


 まだ外も寒いし遠出したくない!


「マナさんの方は結界を強くして対応すればどうにかなると思う。というより、悪魔さんがいても何もできないと思うな」


 ぐうの音も出ない!


「戦場だと状況の変化を素早く把握しないとダメだからね。悪魔さんがいれば勇者たちの魔力が変化した時、すぐに気付けるよね」

「そうかも知れないが……まぁ、今更何言っても無駄か」

「そういうことだね」

「ちなみに私もご一緒致しますわ!!」


 突然、マリアがヒメとメアリを後ろに従えて部屋に入ってきた。聞いてたのね、今までのやり取り。


「あれ? マリアも行くの?」

「当然ですわ! ジュリエットと一緒に戦える機会を逃すわけにはいきませんわ!」

「う~ん……戦力としては一応頼りにならなくもないから、別にいいんだけど……」

「私とメアリも一緒に行くのじゃ!」

「え」


 ヒメの言葉に、魔王が驚きの声を漏らす。流石にこれは予想外だったか。


「それはちょっと、危ないからやめて欲しいなぁ」

「大丈夫じゃ父上。私とメアリは後方で負傷した者の手当てをするだけじゃからな」

「確かに回復魔法を使える人は多い方が良いけど……」

「マリアも一人だと心細いと言っておるし、付いて行ってあげたいのじゃ」

「そそそそそんなこと言ってませせせんわ!?」


 あ、めっちゃ動揺してる。おもしれぇ。


「劫火の王の力になれるか少し不安だと言っておったじゃろ?」

「そんなこと言ったんだ」

「そんなこと言ったのか」

「お、王女様! それは乙女の秘密にすべきことですわよ!!」


 顔を赤らめうろたえるマリアさん。やっぱコイツの強気な態度は精神的な弱さを隠すための強がりでしか無いのかもしれん。それを克服できたらもうちょっとマシになるのかねぇ。


「それに次期魔王として、戦場を全く知らないのも問題だと思うのじゃ。だからこれは悪魔殿の世界で言うシャカイカケンガク? とかいうものなのじゃ!」


 社会科見学で戦場に行くやつはいねぇ。


「あー……それを言われると痛いね。ボクは戦場を知らないで魔王になっちゃったから、今でも大きな戦は得意じゃないからねぇ」


 お前は総大将のくせにいつも敵陣へ単身特攻してるよな。指揮官というより爆弾に近いってどういうことだよ。


「悪魔さんはどう思う?」

「経験を積むのは悪くないと思うが、負傷者を見て心に傷を受けないかが心配だな」

「が、頑張るのじゃ! 落ち込んだら、悪魔殿に慰めて欲しいのじゃ!」

「それは別に良いが……」

「いいんだ。なんだかヒメと悪魔さんの距離も縮まってきているみたいで、お父さん嬉しいな……」


 俺が戦闘用出力で放ったデコピンを受けた魔王がコタツから勢い良く吹っ飛び、後方のマリアに激突した。


「ぐえっ!」

「きゃっ!」


 なんか今、可愛い声しなかった?


「何するの悪魔さん! すっごい痛かったよ!!」

「すまん。気持ち悪かったからつい」

「私にも謝ってくださいます!? 不意打ちすぎて変な声が出てしまいましたわ!」

「すまん」

「3人とも、仲良しじゃな」

「は、はい。仲良しですね」


 ヒメとメアリがほっこりした顔で言った。でも多分仲良しじゃねぇと思うよ。


「とにかく、悪魔さんとしてはヒメが一緒に行っても問題無いってことだね」

 

 魔王がコタツに改めて入りながら言った。


「ああ。ただし、俺や魔王との連絡がいつでも出来る状態にしておくべきだな」

「ボクと悪魔さんがすぐに駆け付けられるなら、そこが一番安全な場所ってことだね」

「ああ」

「わかったのじゃ。危なくなったら、すぐ2人に連絡するのじゃよ」

「それじゃあ劫火の王の所にはボクと悪魔さん、ヒメとマリアとメアリの5人で行くってことで」

「決まりですわね」

「……王妃も連れて行った方が良いかな?」


 戦場に家族旅行かよ。


「母上は城で何かあると大変だから、残ると言っておったのじゃ」

「流石の賢明さだな。人に指示を与える者としてはお前より優秀なんじゃないか」

「ボクも時々そう思うよ」


 思うなよ。


「それで、肝心なことを聞いて無かったんだが」

「なに?」

「劫火の王と勇者が戦うのはいつだ? まさか、明日とか明後日じゃ無いだろうな」

「そんなわけないよ~」


 お前、今まで散々前日に予定を伝えるような真似をしておいて、そんな態度ですか!?


「えっとね、早くて来週かな。場所は戦いやすい平地を劫火の王が選んでいるらしいから、そこに勇者たちを向かわせることになるね」

「勇者たちが素直に向かうと思うか?」

「魔族の軍が陣地を構築していると聞いたら、魔王城より優先すると思うよ。商人さんたちの力も借りて、上手く誘導したいね」

「そうか。何にせよ、これでやっと勇者も全滅か」

「ただ、ちょっと気になる事もあってね」

「なんだ?」

「勇者の軍勢の残り人数と悪魔さんから聞いてる残り人数が、ちょっと合わないんだよね」

「つまり、聖獣がまだどこかに残っているってことか」

「だから地上にいる魔族のみんなには警戒態勢を取ってもらって、どこかで強い魔力が検知されたらすぐに伝えてもらうことになっているよ」

「それを考えると、まとめ役として城に王妃を残すのは正解だな」


 そんな王妃の邪魔になりそうなメイド2人を遠ざけるのも正解だと思ったが、口には出さないでおく。


「そういうわけだから、みんなちゃんと準備はしておいてね。行きと帰りの時間を含めて3日間の予定だけど、念のため着替えとかは多めに持って行った方が良いと思うよ」

「わかったのじゃ。それじゃあマリア、メアリ、早速準備をするのじゃ」

「分かりましたわ! 待っていてくださいね、ジュリエット!」

「あっ、ま、待ってください」

 

 3人の姦しい娘たちが部屋を出て行く。そんなに早く準備をしないといけないもんなのかね。


「それじゃあボクもヒメ用のテレフォンとか、数日分の食糧を手配してくるね」


 そう言って魔王も立ち上がり、部屋を出て行く。

 再び1人になった俺は、閉じていた本を開いた。

 準備は前日やればいい! 今は揚巻ちゃんの運命の方が優先だ!!



 

 物語はその後、服が透ける眼鏡の力で脳細胞が刺激されて吸血鬼となった敵のボスが、主人公たちが太陽の呼吸で放ったハートヒートビート人面疽アローで倒され、服が透ける眼鏡はゴールデンラブリーハンマーで粉々に砕かれ無事ハッピーエンドとなった。

 揚巻ちゃんは結局最後まで人間に戻らなかった。というか、途中から元に戻すという目的もうやむやになって放置されてた。

 ……続編あるかな。



 勇者カウンター、残り797人。

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