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勇者が不死身すぎてつらい  作者: kurororon
第2部 勇者が不条理すぎてつらい
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第71話 曇り空の下、悪魔は歩き続けるのか

 3月は、曇り空ばかり見上げていた。


 俺はマナのいる地下室へ行くため、重い足取りで城下町を進んでいた。

 空は、今日も曇り空だった。明日には4月になるというのに、太陽が差し込む時間は少なく、当分コタツを片付けることも無さそうだった。もしも晴れていたならば、春の陽気に俺の気分も多少は楽になっていたかもしれない。

 それとも、逆に沈んでいただろうか。季節が俺たちとは反対に輝いていたなら、それはそれで辛いものがあるから。

 何にしても、今月は前に進みながら下へと落ちて行く、そんな1か月だった。




 3月の初め、勇者の軍勢が懲りずに魔王城へと進軍してきた。魔王城への侵攻ルートに配置された罠と魔王の指示のもと支給されている粗悪な食糧が、戦闘になる前から勇者の数を減らしていく。いや、戦闘における死者はいないのだから、彼らにとって本当の戦いは行軍の道筋にあると言えた。

 彼らはそんな苦難に満ちた行軍を乗り切って、関所にいる魔王軍との戦闘に入った。疲弊している勇者たちは魔王軍が使う電撃の魔術装置、ビリビリによって次々に倒れて行く。以前と比べてビリビリへの耐性が高くなっているように見えるが、それだけ勇者たちの魔力が高くなっているということだろうか。

 ビリビリを耐えた一部の勇者は関所の門へと突撃するが、超高速化を使用した魔王によって両手足に枷をはめられ、地面に転倒する。面での防御を行う魔王軍の兵士と遊撃的に撃破を行う魔王の連携に、1000人を超える勇者の軍勢はいつも通り無力化される。勇者の断片が集中しているため個々の戦闘力は強化されているのだろうが、作戦も兵站も無い彼らは軍隊としての脅威を持ちえなかった。

 勇者たちは勝ち目の無い戦いに固執し、捕らえられ、返され、また戦いへと赴く。その過程で少しずつ、数を減らしていく。勇者の断片によって変質した自分の意志で、それを繰り返す。命よりも大切な憎悪のために。

 戦いが終わり、魔王に同行していた俺は空を見上げた。

 その日も、曇り空だった。




 3月は、マナに会いに行く日も多かった。魔王に頼まれてのことだが、奴もマナのことを少しは心配しているのか、それとも勇者の断片がマナに集まることによって起こるであろう、事態の急変を早期に察知したいのか。どちらにしろ、マナに話し相手が必要なのは確かであった。

 マナの所には2日に1回程度の頻度で訪問した。毎日訪れないのはヒメが不機嫌になるからというのもあるが、マナが俺への依存を強めてしまわないようにするための配慮でもあった。精神が不安定である彼女が俺に依存してしまった場合、彼女は俺以外の人々をどのように思うのか。万が一、彼女が他者を邪魔者だと思ってしまったら。きっと、取り返しのつかないことになる。

 今のところ、マナにはそのような兆候は見られない。彼女は俺が来ると料理を振る舞ったり、読んだ本の話をしたりと、3月の前半は楽し気な様子を見せてくれた。その全てが本心だとは思わないが、気休めにはなっていると思いたかった。

 ある日、光景を遠方に送る魔術装置であるモニターと、受信に使うための水晶板が魔王によって用意された。マナの部屋に設置できる小型モニターとのことだったが、大きさはそれなりにあり、マナの部屋に運ぶのは一苦労だった。だが、運び込んだ甲斐は十分にあった。

 魔術装置一式を起動してテレフォンで連絡すると、水晶板に風景が映し出された。映し出されたのはどこかの原っぱに集まっていた、孤児院で暮らす人間の子どもたち。久しぶりにお互いの姿を見ることができたマナと子どもたちは、テレフォンを使って近況を伝えあった。

 髪伸びたね。

 早く帰って来れるといいね。

 退屈でしょ。

 悪魔さんにいじわるされてない?

 マナは子どもたちからの言葉に泣きそうな笑顔で答えながら、大丈夫、大丈夫と何度も伝えていた。

 その姿は微笑ましくもあり、痛々しくもあった。

 思えば、その日も曇り空だった。




 マナと会う頻度が増えると共に、何故かヒメといつもの部屋で会う頻度も増えて行った。マナに俺を取られないために対抗しているのかと思ったが、どうやらそれだけでは無いようだった。

 ヒメは俺がマナと会った日には、必ずマナの様子を聞いてきた。どんな話をしたか、いつもと違う所は無かったか、頭をなでなでなんてしてないか、そういうことをしつこいくらいに聞いてくる。そしてマナが好きそうなもの、持って行くと良さそうなものを助言してくれた。

 彼女にとって、マナはやはり大切な友人なのだ。

 その一方で膝枕をしろだの、なでなでしろだの、妙な注文をすることも増えてきた。どうしてそんなに甘えたがるのか不思議であったが、王妃にマナの近況を報告した日にその理由が分かった。

 俺の顔を見た王妃は、こう伝えてきた。


『疲れが顔に出ていますね』


 自分では気付かなかったが、どうやら俺は相当に表情が疲れていたようである。ヒメが甘えて来たのも、そんな俺を見て不安になっているからだろう。子どもに心配をかけるなんて、情けない大人である。

 王妃に報告をした日の午後、ヒメがやってきて膝枕をしろと言ってきたので、ご希望通り膝枕をしてやることにした。ヒメは驚いた様子であったが、「えへへ」と笑って正座した俺の膝に頭を乗せた。そして俺の顔を、心配そうに見つめた。


「大丈夫だ。辛くないと言えば嘘かもしれないが、嫌になるほどじゃない」

「疲れた時は、私に甘えて良いんじゃぞ?」

「甘えているのはお前の方じゃねぇか」

「悪魔殿は甘えるのが苦手じゃから、私が甘えているのじゃよ。甘えるということは、相手を甘えさせることでもあるのじゃ」

「なかなか深いことを言うな」

「母上が言っていた言葉なのじゃ」

「なるほど」


 ヒメの頭をなでてやると、彼女は柔らかい笑顔で返してくれた。

 空模様なんて考えなくても良い、そんな穏やかな時間。

 まぁ、その様子をこっそり見ていたメイド2人のせいで、その後しっちゃかめっちゃかになったんだが。




 3月の後半。魔王から、確認されている聖獣の群れのすべてが暴風の王によって撃退されたという報告を受けた。これで数千体もいた聖獣たちはほぼ全滅したわけだが、その大半を1人で倒した暴風の王の力は凄まじいと言うほか無かった。

 暴風の王はどのような攻撃をするのかと魔王に尋ねた所、風を操ることで相手を宙に打ち上げたり、石を高速で打ち出す魔法が得意とのことだった。それほど強力なイメージは湧かないのだが、戦果を考える限り竜巻よりも強い風を発生出来るのかもしれない。いつか見る機会もあるだろうか。

 聖獣の方は落ち着いたわけだが、一方で勇者の軍勢の動きは慌ただしいものだった。暴風の王が倒した聖獣から勇者の断片を受け取ったためだろうか、国に帰された勇者たちは準備の時間もほとんど取らず、またしても罠の仕掛けられた魔王城への道を進軍し始めた。結果は惨憺たるもので、彼らは魔王軍によって容易く捕らえられた。その道中で、幾多の死体を作りながら。


 こうして3月は大量の勇者が倒され、勇者カウンターの数値も順調に減って行った。だが、それは果たして良いことなのか。勇者を倒したとしても、力と憎悪の源である勇者の断片は他の勇者に移る。力の在処が変わるだけで、総量は変化しない。勇者の動きを制御できている現状では、勇者を倒すことは得策では無いのかもしれない。それでも勇者たちを管理するための費用や、魔族たちの不安を考えると勇者の数は減らしていく必要があった。

 勇者の総数が減った先にあるのは、強力な勇者の出現である。そのことについて魔王に聞いてみた所、強力な兵器を開発中という答えが返ってきた。詳細を聞いてみたが、魔王は「凄いのを作っているから、見てのお楽しみだよ」と言って何も教えてくれなかった。相変わらずのふざけっぷりだが、もしかしたらヒメのように俺の疲れを読み取ってあえてそんな態度をしているのかもしれない。

 いや、それは流石に無い! コイツはいつもムカつくし!




 勇者の数が減ったことによる影響は、当然のようにマナにも及んだ。彼女の中に勇者の断片が移動したためだろう、マナは明らかに活力を失ってきていた。ベッドから起き上がれない日もあり、それでも健気に笑って俺と過ごす彼女の姿に、胸が痛んだ。

 そんなマナの様子をヒメに伝えると、ヒメの表情も僅かだが暗くなる。だけどそういう時は決まってマリアが妙なことを言って俺を茶化し、場を明るくしようとした。ゴリラはゴリラなりに、空気を読んでいるということだろう。口には絶対に出さないが、正直な所、感謝している。

 マナの状態について魔王と相談した結果、今の地下室の周囲に魔力を吸収する結界を増設することとなった。設置するのは勇者の魔力だけを吸収する結界らしいが、マナのいる地下室から離れた場所に展開するため、効果は薄いかもしれないとの話だった。それでも、何もしないよりは遥かにマシだと言えた。

 魔王城にいる研究班が1日がかりで結界を張った所、翌日にはマナはベッドから起き上がり、自分で料理を作れるまでに回復した。ちょっと効果ありすぎじゃね? と思ったが、それは勇者の断片による影響が恐ろしく強いということでもある。勇者を倒していけばマナに断片が集中し、いずれは結界で抑えられなくなるだろう。そのことも踏まえた上で、魔王と研究班はさらなる対策を講じるとのことだった。

 



「時々、思うんです。この部屋って、まるで宇宙船だなって」


 昨日、本を読んでいたマナがぽつりと言った。


「宇宙船を知っているのか?」

「悪魔さんの世界の本に書いてありました。空の向こうにある、別の世界に行くための船だって」

「まぁ、そんなところだな」

「宇宙船の中ってとても狭くて、外に出ることが出来ないんですよね」

「生身じゃ宇宙には出れないからな。それに出た所で、何も無いだろうし」

「そんな船の中で、目的地のことを想いながら待つんでしょうね。どんな世界が待っているのか、どんな風景が見られるのか、どんな驚きがあるのか。そういうことを考えながら、狭い宇宙船の中で長い旅を過ごすんだろうな、って」

「そうだろうな」


 実際の所、俺の世界では小説やマンガに描かれているような有人による長距離宇宙探査は行われていない。異世界を利用した技術開発にリソースが注がれているため、現在の宇宙開発は滞っていた。


「私もいつかこの部屋を出て、見知らぬ世界に辿り着くんでしょうか」

「それは無いな。この部屋の外は、ろくでもない連中が住む城下町だからな」

「そうですよね……そうであって、欲しいです」

「不安か」

「はい……怖いです。知らない場所、知らない景色に辿り着いてしまったら、私はどうしたら良いのかな、って」

「その時は俺や魔王、ヒメに、城の連中がどうにかする。どうにか、お前を元の場所に戻す」

「信じたいです。でもどうしてか、信じ切れないんです。心の中に、とっても、とっても暗いものがあるんです。それが気になって、その……ごめんなさい」

「謝るな。そういう不安を振り払えるくらい、俺たちが万全の体制を整えれば良いだけの話だ」

「……ありがとうございます」


 マナは弱々しい微笑みを浮かべた。勇者の断片は彼女を孤独にし、魔族を殺すだけの装置という目的地に辿り着かせようとしている。けれど彼女自身が望む目的地は、元々いた場所。言うなれば、故郷なのだ。

 これから先、勇者を倒すたびにマナへの影響は加速度的に増えるだろう。彼女が遠くに行ってしまわないように、帰るべき場所に帰れるように、俺には何が出来るのだろう。言葉以外を与えることの出来ない俺に、何が出来るというのか。

 きっと、何も出来ないだろう。




 曇り空の下、王妃が持たせた軽い食事とお菓子を持って、俺はマナの所へ向かう。

 明日から4月。春は既に来ているはずだ。それなのに、気配は全く感じられない。

 俺は城下町の外れで立ち止まり、溜息を吐く。マナの所に着く前に、暗い気持ちは全部捨て去ってしまいたかった。


「てりゃーー!!」


 突然! 俺の後頭部に蹴りが炸裂!! 地面に思いっきし顔面をぶつける俺!!


「もっと元気出さないとダメだよ、悪魔さん」

「王妃が持たせてくれた大事な食事をぶちまけるところだったじゃねーか!! テメェマジふざけんなよテメェ!」


 立ち上がった俺は、蹴りをかましてきた魔王に戦闘用出力で悪魔キックを放つ。魔王はそれをかわして、城の方向へとダッシュで逃亡する。


「あ、こら待て逃げるなクソッ! 一発は一発だぞ!」


 俺は駆け足で魔王を追いかける。元気を出させようという思いやりは感じなくも無いが、やり方がイラつくので殴らせろ。蹴らせろ。暴力を振るわせろ!

 必死に追いかけたが、結局俺は魔王を見失ってしまった。諦めて疲労困憊のままマナの所に向かうと、地下室で待っていたマナが「孤児院の子から連絡があったんですけど、魔王様と追いかけっこしてたって本当ですか?」と尋ねてきた。俺が肯定すると、彼女は楽しそうに笑った。

 人はバカだから、曇り空の下でもおかしなことをして、笑うことが出来る。

 そうやって、歩いていけば良いのだろう。

 歩いていくしか、無いのだろう。

 


 勇者カウンター、残り906人。

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