第67話 5人は暴風の王を華麗に変身! 魔法少女参上! させられるのか
いつもの部屋のいつものタタミの上、王妃、メイド2人、ヒメ、ついでに俺が、神妙な顔をしてコタツに入っていた。
『それでは、暴風の王が主役のマンガに関する会議を行います』
暴風の王のマンガ。暴風の王が聖獣退治を請け負うことへの報奨として考えられていたものだが、どうやら王妃はマジで描くつもりのようだ。描きたいマンガのネタでも切れたかな。
「うむ、頑張って考えるのじゃ」
「私に任せてくださいませ!」
「が、がんばってみます……」
「……おー」
で、なんで俺までアイデア会議に参加させられてるの?
『悪魔さんに参加して頂いたのは、悪魔さんの世界の産物であるマンガを参考にする以上、その世界について詳しい悪魔さんの意見を取り入れるべきだと思ったからです』
「お、おう……」
納得いかないという表情を俺がしていたためか、正面に座る王妃が手帳に理由を書いて見せてきた。でも本当は他の3人へのツッコミが1人だと大変だからじゃねぇかな!?
『では早速ですが、主人公の設定、マンガにおいて暴風の王がどのような存在なのかを明確にします』
王妃は手帳に書いた文を全員に見せ、最初の議題を伝える。
『暴風の王と打ち合わせをしたのですが、主人公の少女は人間の少女とすることにしました。自分と姿は似ているけれど、自分とは違う生き方をしている主人公を見たいとのことでしたので』
「それなら魔族の少女でも良かったのではありません?」
『このマンガは出来れば地上でも売りたいと思っています。ですので、主人公は人間の方が良いでしょう』
「それだと魔界で売れなくないか?」
『私のマンガの読者を見る限り、魔界では人間に対する嫌悪感はそれほど強くありません。魔族に敵対するような人間を描かなければ大丈夫でしょう』
「なるほどな」
「魔族か人間かより、仲良くなれるかどうかが大事なのじゃ」
ヒメは魔族と人間のハーフだからか、人種的な偏見は少なそうだな。今後魔界と地上の交流が増えて行くだろうし、その気持ちは大事にして欲しい。
『主人公の少女が偶然手に入れた強い魔法の力を使って狂暴な獣と戦う、という話にしたいと思いますが何か意見はありますか』
「そこは現実とほとんど同じなんだな」
『暴風の王を元にした主人公ですから、この点は変えない方が良いかと思いました』
「あ、あの、悪魔様の世界のマンガでは魔法を使う女の子には小さい動物がいつもくっついているので、その、そういうのもいいって、思います」
マスコット枠か。魔法少女っぽくて子どもたちからの人気が上がりそうだ。
『良い案ですね。どのような動物が良いでしょうか』
「それなら狼が良いですわ! 洗練された美しさがありますから!」
「わ、私は犬がいいと思います。お仕えしてる感じが、えっと、出ると思いますから」
「私はムササビが良いのじゃ」
……はい?
『ムササビですか?』
予想外の発言だったのか、王妃も手帳の文字で問い返す。
「うむ。本で見たのじゃが、ムササビはちっちゃくて空も飛べて、それに毛皮が柔らかそうでかわいいのじゃ!」
「言われてみれば、宙を舞う小動物というのはわりと良いかも知れないな」
「本当かっ!? ムササビの良さが分かるとは、流石悪魔殿なのじゃ!」
「いや、別にムササビが好きなわけじゃ無いんだが、暴風の王が主人公のモデル……元になっているのなら、空を飛べる動物の方が良いからな」
『では、主人公の少女にはムササビの友達がいることにしましょう。また襲ってくる獣はそのムササビを狙っていて、ムササビは少女に助けを求めて魔法の力を与える、という話にしたいと思うのですが、どうでしょうか』
「平凡な女の子が獣に襲われる喋るモモンガに出会い、そのモモンガから魔法少女の力を貰って獣と戦うって感じか」
「悪魔殿、モモンガじゃなくてムササビなのじゃ」
「ああ、すまん」
どっちも似たようなもんだと思うが、ヒメにはこだわりがあるようだ。そんなに良いか、ムササビ。
『悪魔さんが言った話の展開で私も良いと思います。何か異議のある人はいますか?』
「私は良いと思いますわ。とても分かりやすい展開ですから」
「わ、私もそれで良いと思います。難しい話は、その、子どもたちにはつまらないと思いますから」
「私は悪魔殿の考えた話なら文句ないのじゃ」
全員の同意があり、俺の世界の王道展開で物語が進むこととなった。魔法のある世界では俺の思い浮かべた展開が日常茶飯事で起きている可能性もあるが気にしない!
『あと決めておきたいのは、獣たちがムササビを襲う理由ですね。ただの狂暴な獣だからという理由でも良いのですが、もう少し考えさせる内容にしたいところです』
「ムササビが魔法の力を持っているということは、ムササビは特別な存在ということですわよね」
「ムササビが獣たちから魔法の力を盗んだというのはどうじゃ?」
「それは面白そうだな。たとえば、ムササビと獣たちは元々仲間だったとか」
「お、面白いと思います。人々を襲う仲間たちを止めたくて、魔法の力を人間に渡そうとした、とか……」
『そうなると狂暴な獣たちにも人々を襲う理由があるはずですよね。どうしてだと思いますか?』
「それは当然、自分たちの住処を確保するためですわ!」
「なんか地上での魔族に似ているな……いや、そういう感じで良いのか」
「む、昔は獣たちも平和に暮らしていたんですけど、その、人間たちに住処を奪われて、それで仕返しをしにきた、というのはどうでしょう……か?」
「面白いのじゃ! メアリはお話を考えるのが上手なのじゃ!」
メアリは少し俯き、顔を赤らめてしまう。相変わらず褒められるのに慣れていない女の子であった。
『良いですね。過去に奪われた住処を人間たちから奪い返そうとする獣たちと、平和的な解決を望むムササビ。そんなムササビは獣たちから魔法の力が込められた道具を奪って、心優しい主人公の少女に託す、といったところでしょうか』
「だけど、それだと獣たちが少し可哀相じゃないか?」
「最後に仲良しになれば良いのじゃ! 獣たちの王様が女の子によって改心するのじゃ」
「それなら、獣たちの王様も少女にしましょう! いいえ、しなければなりませんわっ!!」
『獣たちの方にも魔法の道具を使う少女がいるというのは良いですね。最終的に2人の友情で獣たちと人間が和解するというのは良い展開ですし、魅力的な好敵手も必要ですしね』
「だんだん話が固まって来たな。ちょっとベタすぎる気もするが」
「ベタってどういう意味なのじゃ?」
「よくある話ってことだ」
「悪魔様の世界ではよくある話かも知れませんが、この世界ではまだまだこのような話は少ないのですわ! よって、これで行くべきですわ!」
「わ、私もこの話でいいと思います。早く、その、読みたいです」
『それでは物語の大筋はこれで行きましょう。あとは肝心な主人公の名前や物語の題名を決めたい所ですね』
「主人公の名前は当然ジュリエットが良いですわね!」
『駄目です。それは劫火の王の名前ですから』
「劫火の王はジュリエットという名前なのか? でも本当の名前は違ったはずじゃぞ?」
『そういうことです』
「なるほど、そういうことなのじゃな」
ヒメがうんうんと頷く。ああ、人知れず13歳の少女に趣味がバレてしまうなんて、可哀相な魔王だ……
『出来れば悪魔さんの世界の名前が良いとは思いますが』
「俺の世界の名前?」
『私の作品では悪魔さんの世界の名前を使うことが多いですから』
「何故だ?」
『その方が自分たちの生きる世界とは違う、遠い世界の物語だと思いやすいので』
「なるほどな」
たとえば人間と魔族が出てくる話を描くとして、この世界をそのまま舞台にすると現実との違いで物語に違和感が出てしまうのだろう。そうなると別の世界の話とした方が受け入れやすいというわけか。
『何か、悪魔さんの世界で風に関係ある名前はありませんか』
「風に関係ある名前か……ウインド、ハリケーン、サイクロン、タイフーン、トルネード……」
「ハリケーンがいいのじゃ! 格好良いのじゃ!」
そうか?
『ちょっと女の子らしくない響きですね』
「そうだな」
まぁ、個人的にはこの世界の名状しがたい響きの名前に比べると遥かにマシだと思うけどね!
『悪魔さんの国の言葉、ニホン語の名前だとどのようなものがありますか』
「日本語か……」
ん? この人、日本語の存在を理解してる? そりゃ色んな本を読めば英語や日本語など、俺の世界の言葉が国によって異なる事にも気付くだろうが……こんなに異世界人に俺の世界の情報を与えていいのだろうか。別にいいか。
「たとえばフウコ、ミナギ、イブキ、ナギサ、フウカ、ミカゼ、カエデ……」
『カエデは良さそうですね』
「気に入ったのか」
『元気な風のイメージを感じます』
「でもこの名前、木の名前なんだけど……」
王妃が手帳に文字を書く手を止め、じっと俺を見る。というか、ちょっと睨んでない?
「悪魔殿、カエデとはどのような木なのじゃ?」
「秋に葉っぱが赤くなる木のことだ。漢字……この木を表す文字の中に、風を表す文字が含まれているんだ」
「なるほどなのじゃ。そうなると、風に関係のある名前と言えなくもないのう」
『ですよね。では、カエデで行きましょう』
娘のおかげで体裁を取り繕うことに成功した王妃が、横線で消した文字の下に書いた文章を皆に見せる。天才といえど勘違いや間違いはあるよね!
『題名の案はありますか?』
「『暴風魔王カエデちゃん』がいいですわ!」
「ち、『ちっちゃな魔法使いカエデちゃん』が、その、いいと思います」
「『魔法少女カエデちゃん』がいいと思うのじゃ」
「『それいけ! カエデちゃん』でいいと思う」
『皆さん、適当に考えていませんか?』
王妃の指摘にぶんぶんと首を横に振る俺たち4人。少なくとも俺以外は真面目に考えているはずだぞ!
『皆さんの案を元に題名を考えるとしたら、「魔法少女カエデ」あたりが良いでしょうか』
「私のが選ばれたのじゃ! でもなんで『カエデちゃん』じゃないのじゃ?」
『戦いの中で成長していく主人公の姿を描くと思いますから、印象が幼過ぎるのは良くないと思うのです』
「なるほどなのじゃ」
「それでは王妃様、『暴風魔王カエデ』ではいかがですか!?」
『魔王という言葉は地上の人たちに警戒心を持たれますし、少し恐ろしい題名にも感じられます』
「じゃ、じゃあ『ちっちゃな魔法使いカエデ』はダメですか……?」
『それも幼い印象が強いのでダメですね』
「『それいけ!カエデ』は……内容がわからんしダメだな」
俺の言葉に王妃が頷く。文字で返す程の価値も無いってことだな!
『では題名は「魔法少女カエデ」で行きましょう。あとは敵である狂暴な獣たちの名前を決めたいのですが、悪魔さんの世界にいい言葉はありませんか』
「俺の世界の言葉で?」
『聖獣や魔物だと適切ではありませんし、架空の名前が良いと思うのです』
確かに聖獣が敵だと地上では売れないだろうし、逆に魔物が相手だと魔界で売れない。どっちの世界でも問題の無い敵の名前を付ける必要があるだろう。
「それじゃあ野獣だな」
『却下です』
「え、なんで?」
『ただの動物をいじめているようで印象が悪いです』
「それなら怪獣かな」
『カイジューとはどのような意味ですか?』
「この世界には怪獣がいないんだな」
「悪魔殿の世界にしかいない動物だと思うのじゃ」
「……いや、よく考えたら俺の世界にもいないかもしれん」
「どういうことなのじゃ?」
「空想上の化け物を指す言葉だからな。巨大な竜とか、そういうのだ」
「大きな竜ならどこかにいると聞いたことがあるのじゃよ」
「そうなのか。だからえっと……」
俺の世界とこの世界で生息している生物が違うため、説明がややこしくなっちゃう!
『何にしても、カイジューというのは良い響きだと思います。カイジュー族、という獣の一族にしましょう』
「そ、それが良いと思います」
「王妃様がそう仰るのなら、異論はありませんわ!」
「うむ。それで行くのじゃ」
「ああ」
俺はどっちでもいいんだけど。
『では、普通の少女カエデがカイジュー族から抜け出してきたムササビから魔法の道具を受け取り、魔法少女と呼ばれる戦士となってカイジュー族から人々を守る、という話で良いでしょうか』
王妃以外の4人が全員頷く。
『そして戦いの中でカイジュー族の王女である少女と出会い、争いつつもお互いの立場を理解し合って次第に友情を深める。そして最後はカエデと王女が力を合わせてカイジュー族と人々の心をまとめる、という展開でどうでしょうか』
「素晴らしいですわ!」
「い、いいと思います!」
「面白そうなのじゃ!」
「いいんじゃないか?」
王妃の考えた物語を拍手で称える俺たち。ひねりが無い話かもしれないが、案外こういう単純な話の方が人々には受け入れやすいものだったりするので、良いのかもしれない。
『それでは皆さん、今日はありがとうございました。細かい部分について今後も皆さんにご意見を頂くかも知れませんが、その時はお願いします』
王妃は頭を下げ、そしてコタツから立ち上がった。今日のマンガ会議は終了というわけか。
「母上のマンガ、楽しみなのじゃ~」
ヒメがニコニコしながら言った。少女の心を豊かにさせる作品を描くことが出来るというのは、なんというか、すげぇ。俺や魔王なんか救いがたいことしかやってないわけだしな。
王妃の努力が世界を笑顔にすると信じて、次回作にご期待するとしよう。
数日後、いつもの部屋のいつものタタミの上のいつものコタツの上に、なんか紙が置いてあった。そこには王妃の字で、こう書いてあった。
『敵役として登場させるカイジュー族の幹部を考えてみました。ご意見をお聞かせください』
紙を裏返すと、角の生えた凶悪な顔の男と、「俺の名はカイジュー族の幹部、アックマー!」と書かれた吹き出しが描かれていた。
「王妃ーーっ! ちょっとこれやめて、王妃ーーーーっ!!」
その後、王妃を探して城内を右往左往する俺の姿を多くの魔族が不審な目で見守ったとさ。
勇者カウンター、残り2006人。




