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勇者が不死身すぎてつらい  作者: kurororon
第2部 勇者が不条理すぎてつらい
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第66話 魔王の勇者殲滅網は完成しつつあるのか

 いつもの部屋のいつものタタミの上、コタツに入って将棋を指している俺と魔王。魔王が暇なときに将棋しているってのも妙な話だが、他の世界のちゃんとした魔王は余暇をどう過ごしているのだろうか。力を温存するために寝ているとか、魔法の勉強をしているとか、はたまた休みなど無い、あたりか。

 そういう真面目な魔王は強大そうに見えるが、役割に忠実すぎて逆に勇者などの対抗勢力に弱い気がする。ある程度の遊び心が無いと、世界運営の道具からは脱却できないのかもしれない。


「よし、リューができた」


 魔王の飛車が俺の陣地に入り、より強力な駒である竜王へと変化する。現在の所、形勢は互角。これから魔王の竜王がお仕事して俺の陣地を荒らしまくれば、魔王が有利になる可能性もある。


「なかなかやるな」

「王妃が暇なときに教わっているからね」


 もっと他にやることは無いのかよ、と思いながら俺は駒を動かし、魔王は安直に俺の駒を竜王で取る。


「王手」


 俺は角を盤上に打つ。角の射程内には敵の王がいて、さらに、竜王もいる。


「…………へ?」


 魔王が固まる。王手竜取り、つまり魔王は王手を防がないといけないが、そうなると竜がタダで俺に取られる。これによって、形勢は俺が9で魔王が1くらいになった。


「…………」


 無言になった魔王と将棋を続け、俺は魔王を(なぶ)ってぶっ倒した。コイツ、俺より頭が良いはずなのにホント将棋弱いよな……


「ねぇねぇ悪魔さん、どうして悪魔さんってそんなにショーギが強いの?」

「お前が弱いんだよ。もっと全体をよく見ろ。先を読め」

「むずかしいよぅ」

「お前が現実で対処している問題はもっと難しいはずだろ」

「それはほら、みんなが頑張ってくれるから大丈夫なんだよね」


 一人じゃ何もできない系魔王だ……


「んでだ……将棋で遊んでいる暇なんてあるのか、お前」

「やることは多いんだけど、前より忙しくは無いかな。だから悪魔さんとの親睦を深めることに時間を使いたいんだ」

「……なんか厄介ごとでもあるのか?」

「念のための保険かな。ボクにはどうにもならないことが起きたら、悪魔さんに頼るしかないからね」

「俺は助けないぞ。そういう契約だ」

「そうだね。それでも、念のためね」


 魔王が微笑みを見せるが、「そんなこと言ったって悪魔さんはチョロいから手伝っちゃうよね」と言っているようで気に入らねぇ。だけど助力しないと俺の気分が最悪になる事態というのもあるわけで、そんな場合は手伝わざるを得ないのである。その時は代償として魔王のケツに蹴りをぶち込ませていただきたい。

 

「勇者の軍団にしても聖獣にしても対策はかなり整ってきてるから、あとは何か大変なことが起きた時に適切な対応が出来るかどうかなんだよね」

「具体的に、現在の対策状況はどうなっているんだ」

「えっとね」


 魔王が将棋盤を片付け、脇に置いていた鞄から書類を取り出してコタツの上に広げる。どうやらコイツ、将棋をやりに来たわけでは無かったようだ。本題があるなら最初から言えば良いのに、相変わらず回りくどいことが好きな男だ。


「まずは聖獣への対策だけどね、地上にいる魔族のみんなに調査協力をしてもらっているんだ」

「聖獣探しの調査協力か」

「うん。勇者の数が減って来て、聖獣も1匹あたりの魔力が強くなってきた。だから強い魔力を持っている獣が沢山いる場所が、魔術装置を使えば見つけられるようになってきたんだ。」

「聖獣は群れで行動する傾向が高いようだから、それで見つけた住処を一網打尽にするわけだな」

「そういうこと。暴風の王もこの前の競争のおかげか協力的だし、準備をした上で退治をお願いしているんだ」

「暴風の王に任せるだけじゃなくて、他の魔族も聖獣の住処を攻撃した方が効率的じゃないか?」

「それはちょっと危険かな。暴風の王ならともかく、普通の魔族だと聖獣に倒されちゃうと思うよ」

「相手を麻痺させる……ビリビリでいいんだよな、ああいう魔術装置があってもか?」

「勇者の軍団なら一方向からしか襲ってこないから効果的だけど、聖獣はどこから襲ってくるか分からないからね。それにビリビリが当たったとしてもすぐに動きが止まるとは限らないから、無駄な犠牲が出るだけだと思う」

「効率は悪いが、安全を取るなら暴風の王に全部任せた方が良いってわけか」

「そういうことになるね。むしろ魔族のみんなには、聖獣がいるっぽい場所を見つけたらその近くから逃げるように伝えているよ」

「本当に安全第一だな。だが、暴風の王だけじゃ倒せない聖獣が現れたらどうするんだ」

「その時はその時だよ」

「……つまり?」

「その時になったら考えるってことだよ」


 そういう出たとこ勝負の考えだから将棋が弱いんだよ!!


「でも出来ればそういう聖獣には出現して欲しくないから、勇者の軍団を減らすことよりも聖獣の数を減らす方を優先したいんだよね。そうすれば勇者の断片が人間の勇者の方に行きやすいでしょ?」

「だが勇者の軍団はあと3か月弱で全滅させないといけないんだろ。それまでに聖獣の住処を全部見つけられるのか?」

「未調査の地域もだんだんと減っているし、間に合うと思うよ。ただ、勇者の軍団も少しずつ減らさないとやっぱりダメだと思うけど」

「あとで一気に殺す、ってわけにはいかないか」

「魔界にいる偉い人たちを納得させるには、ちゃんと結果を見せないとだからね。誤魔化して後回しにしちゃう手もあるけど、どこから気付かれるかわからないし」

「お前の好き勝手にはならないってわけだな」

「やんなっちゃうよね、もう」

「あっちも同じようなことを思っているだろうさ。魔族なのに人間の勇者を殺したがらない金遣いの荒いムカつくバカだって」

「そんなことないんだけどなぁ……」


 いやいや、魔族から見たら絶対そんな風に見えてるって。


「だがまぁ、勇者カウンターの数値を見る限り成果は出ているみたいだな」

「でしょ? ボクもちゃんとやっているんだよ」


 ちゃんとやっているかどうかは微妙な所だが、勇者カウンターの数値は順調に減少している。3か月後に勇者を殲滅させることも、恐らく可能だろう。


「聖獣は住処の特定と暴風の王による攻撃で対応しているわけだが、勇者の軍団にはどんな対応をしているんだ?」

「うんとね、支援物資、特に食べ物を工夫しているよ」

「食べ物か……」


 現在、勇者の軍団を支援しているのは討伐対象であるはずの魔王であり、そうとは知らない勇者たちは魔王に踊らされながら愚直に魔王城を攻め、捕らえられ、国に帰されるということを繰り返している。そんな日々の中で食すのは、当然ながら魔王が用意した食糧である。


「確か勇者たちには煙草や酒、塩分が濃い食べ物を摂取し続けると死ぬ呪いをかけてたよな」

「うん。だから勇者たちには塩分が多い食べ物やお酒をたくさん支給しているんだ」

「勇者たちから苦情は来ないのか? 野菜が食べたいとか」

「ちょっとは野菜も混ぜてるよ。塩分多めのやつ」


 健康に悪いものを食べさせることで勇者を倒す魔王って控えめに言って頭おかしいよな……


「あとパンとかの穀物も質が悪いのを支給しているね。こっちにもお金の都合があるし、おいしいものを食べて元気になられても困るしね」

「勇者たちの食生活を想像すると胃が痛くなるな……」

「悪魔さんはしょっぱいの嫌いだっけ?」

「嫌いじゃなくても、マズくて塩気の多いメシを毎日食わないといけない生活はつらいだろ」

「甘いものも食べたいよね」


 魔王は呑気に言うが、食事がマズすぎてつらい生活とか最悪だからな! つくづく勇者を地獄のような目に遭わせるのが得意な魔王だわ。


「とにかく、そんな食生活の成果で勇者は順調に死んでいるわけだな」

「それだけじゃなくて、魔王城への進路にある罠の効果も大きいみたいだね。勇者たちも体力が落ちているのか、それで死んじゃう人も多いみたい」

「罠……落とし穴の魔法陣、ドロヌーだったか」

「それそれ。もっと死にやすい罠も開発しようかなって思ってたけど、なんかドロヌーだけで十分みたい。あれ以上に強力な罠を仕掛けると、ちょっと死に過ぎちゃう気もするし」

「人間の勇者が死に過ぎると聖獣に勇者の断片が渡る可能性が高くなって、暴風の王や地上に住む魔族が危険になる。だから適度に減らしていきたいってわけだな」

「魔界の偉い人たちがどうにか納得してくれる人数だけ倒していきたい所だよね。1週間で100人ずつは減らせ、って言われているんだけど80人くらいでもどうにか許してもらえると思う」

「それを3か月続けると……1000人くらいか」

「それで勇者の軍団の残りは500人くらいかな。もっと減ってると思うけど」

「聖獣が全滅していると仮定すれば、1人当たりの勇者の断片は平均して20人分か……相当強くなっているだろうな」

「ビリビリが効かなくなってるかもね。その時は他の方法で倒すよ」


 具体的な倒し方は考えていないのだろうが、お前は超高速化でどうとでも出来るから卑劣で楽だよな。殺しに関してはイージーモードな魔王である。


「聖獣にしても勇者の軍団にしても、倒す分には問題は無いわけだな」

「そういうことだね」

「それで、勇者の断片を引き離す研究の方は進んでいるのか」

「あー……」


 魔王が少し困ったような表情になる。勇者の断片を引き離す研究。城下町に生きる人間の少女、マナを救うための研究。魔族への被害をかなり抑えられている勇者の活動なんかよりも、こちらの方が解決を優先すべき課題なのではないだろうか。


「ある程度は進んでいるんだけど、断片を引き離すのはまだちょっとね……」

「具体的な成果は?」

「魔族と人間、あと勇者の魔力の違いが判別できるようにはなったね。これで勇者にしか効き目の無い魔法も作れると思うよ」

「地味に凄いな」

「攻撃魔法とかは無理だと思うけど、魔力を抑えたり吸収する結界みたいなのは作れると思う。これから強い勇者が現れることを考えて、そういうのもちゃんと研究してるよ」

「それを応用して、勇者の断片と人間の魂を引き離すってわけだな」

「そうしたいんだけど……」

「何か問題でもあるのか」

「まぁ、まだまだ時間もあるし、じっくりやるよ」


 その言葉が意味するのは、現状では見通しが立っていない、ということであろう。人は殺すことより、治すことの方が難しい。魔王たちが模索しているのは未知の病の治療法であり、その病をもたらしたのは創造者である。

 1人の少女を救うことが、世界の創造者に抗うことへ繋がっている。それを考えると、勇者の断片を引き離すことは難しいどころか、不可能に近いことなのかもしれない。


「何か、糸口はあるはずだ」

「そうだね。頑張って探すよ」


 愛想笑いのような微笑みで魔王が返答する。魔王も、分かっているのだろう。可能性は存在するとは限らない。存在したとしても実現するとは限らない。

 だが、時間が残されている限り諦めるという選択は無い。見捨てることで得られる安寧など、後悔を抱え続ける穏やかな荒野でしかないのだから。


「さて、せっかくだしもう1回ショーギやろうよ」


 そう言って魔王はコタツの上に広げた書類を鞄へとしまう。どうでもいいけど、俺もお前も全然書類に目を通さなかったよね。その書類意味あったの? もしかして、俺がもっと突っ込んだ質問しないとダメだった? どうなんすか。


「その時が来たら、忙しくなるだろうしね」

「ああ、そうだな」


 俺は将棋盤の自陣に駒を並べる。変化は時間と共に在り、答えも時間と共に変わる。その時が来れば、俺たちの望む結果を得ることも出来るかもしれない。


「それじゃあ、ボクが先でいいかな」

「ああ」


 ならばその瞬間に、全力を尽くすだけだ。




「ねぇ悪魔さん、もしかしてボク、またやっちゃった?」

「重要な局面だったんだから適当に指さないで、全力を尽くして考えろよ……」

「そんなに大事な場面だって思わなくて……」


 コイツが頼りにならないので、その時が来たら俺が頑張るッス。



 勇者カウンター、残り2245人。 

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