第65話 魔王爆走! 魔界最速伝説を打ち立てるのは誰か!?
『解説の学校長、どうして劫火の王が走路の真ん中に立っているのですか!?』
『劫火の王から兵器として魔導車が転用できるかを試したいとのご要望がありまして、話し合いの結果この競争の関門として協力して頂くことになったのです』
解説の学校長が丁寧に説明してくれたが、コースの途中で魔王が襲ってくる競争なんて聞いたことねぇよ。そりゃまぁ、参加者もだいたい魔王だからどうにかなるような気もするけど。
『ちなみに戦いの光景を観客の皆様にも楽しんで貰えるよう、地上班も派遣しております。正面の魔術装置に投影できるのですが』
『では、投影をお願いします!』
ぞんざいさんの声と同時に、俺の持っている小型モニターの画面には道の真ん中に立つ劫火の王と、それに迫る暴風の王の円盤が映し出された。
『早速、劫火の王と暴風の王が激突するようです!』
直後、劫火の王が剣を振るい、火炎が壁のように道を塞ぐ。暴風の王は大きく迂回するが、恐ろしい速度で疾走した劫火の王が円盤に追いつき、炎をまとった剣を振り下ろす。
『まさか、こんな競争において魔王同士の戦いが見れるとは思いもしませんでしたっ!!』
こんな競争って言うな。
『劫火の王の攻撃をかわして、前に進もうとする暴風の王! しかし、劫火の王も追撃を止めません!』
『暴風の王は現在の王の中でも最高の魔力を持っていると目されておりますから、劫火の王もその真価を知りたいのでしょう』
『おっと、強風が劫火の王を襲っています! これは攻撃というよりも、逃げるための魔法! 暴風の王が劫火の王から離れていきます!』
『どうにか逃げ切れたようですが、それなりに時間を浪費したように見えますな』
『そして休む間もなく、荒土の王が劫火の王に接近します!』
『さて、荒土の王はどうやって切り抜けるのでしょうか』
荒土の王が乗る魔導車に向けて、劫火の王は広範囲の火炎魔法を放った。しかし地面から噴出された大量の土が魔導車の前方で壁のようになり、劫火の王の火炎を防ぐ。そしてそのまま土の壁は劫火の王を襲い、その横を魔導車があっさりとすり抜けて行った。
『お見事です! 防御と目くらましを兼ね備えた土の魔法で、劫火の王を難なく突破しました!』
『魔導車に魔力を使っている中であれだけの土を操れるとは、流石は荒土の王と言った所でしょう』
『続いて霊木の王です! これは相性が悪すぎるでしょうか!?』
『霊木の王には劫火の王が使う火炎魔法への対策が無いと思われます。ここで脱落する可能性は高いでしょうな』
霊木の王が使う魔法は、主に植物を操る魔法である。火炎を防げる植物がこの付近に都合良く生息しているとは思えないし、これは霊木の王にとって相当な難局では無いだろうか。
「あれ?」
「どうした、魔王」
「なんか、前の方にある木が動いたような気がしたんだけど」
俺は道の左右にある木々を注意深く見る。すると突然、数本の木が地面から飛び上がった。
「うおっ!?」
「え、今、木が跳んだよね!? 木って生きてるの!?」
生きてるよ! 生物だよ! でも動物じゃない! 多分!
『さぁ、そろそろ霊木の王が劫火の王とぶつか――おっとこれは何でしょう!? 霊木の王の背後から、何やら長くて大きなものが飛んできています!!』
『あれは……枝を落とした樹木でしょうか』
『樹木ということは、霊木の王が操っているということですか!?』
『間違いないでしょう。樹木を操って、地面から発射したのでしょうが……数本の木をほぼ同時に、しかもあれだけの速度で……』
『劫火の王に木々が迫ります! しかし、劫火の王に回避する様子は無い! どうしたというのでしょう!』
『今、劫火の王が一瞬だけ足元を見ましたな。恐らくは霊木の王が植物を操り、劫火の王の足を封じたのでしょう』
『なんと!? そして劫火の王に丸太同然の木が衝突! ですが流石は劫火の王、剣と炎でどうにか防ぎました!』
『しかし霊木の王はその隙を突いて先へと進んだようですな。これほどまでに植物を操る魔法を駆使するとは……正直に申しまして、霊木の王の力に驚いています』
『学校長が考えていたよりも強い魔力を持っていた霊木の王、まだまだ実力を隠しているのかもしれません! この競争だけでなく、今後の王としての活躍にも期待できそうですね!』
ぞんざいさん、良い人だな……
「霊木の王はすごいね。ボクも負けられないよ」
「それで、お前はどうする気だ?」
魔導車は金属製とはいえ、劫火の王の火炎に耐えられる強度を持っているとは思えなかった。窓などはガラス製っぽいし、劫火の王の攻撃は魔法で防がなければならないだろう。
そうこう考えている内に俺たちは森を抜けて、劫火の王へと接近していく。
「見えたね」
劫火の王が目視できる距離まで来た。しかし、魔王は何もしない。
「対策は?」
「ふふん」
得意げに魔王が笑う。その直後、魔導車が一瞬揺れ、世界が静止した。
……あっ、コイツまさか!!
『超高速化で回避するのかよ!』
「うわぁ!? びっくりしたぁ!! そういえば悪魔さん、超高速化を使ってるときでも喋れるんだったね」
『必要が無ければ喋らないけどな。それより、さっさとやることをやれ』
「うん。そうだね」
魔王は魔導車から降りて、劫火の王を持ち上げる。そして、彼女を魔導車の背後まで運んだ。
「意外と重いね、劫火の王」
魔導車に再び乗り込んだ魔王が、肩を回しながら言った。
『本人に言ったら殺されそうだな』
「殺される理由としては、戦いを回避したことの方だと思うけどね」
『確かにな』
超高速化が解除され、再び魔導車が動き出す。劫火の王は背後にいるので、俺たちは何事も無く先を進める。
……やっぱ卑怯だな、超高速化。
『おおっと!? 金屑の王の前にいたはずの劫火の王が、何故か金屑の王の後方に移動しています!! これは金屑の王の魔法でしょうか!?』
『金屑の王は悪魔から得た魔法を使うことが出来ますから、我々が知らぬ何かしらの魔法を使用したのでしょう』
解説の学校長はよくご存じのはずだが、しらを切るつもりのようだ。他の領地の魔族も多いし当然だな。
『そして劫火の王の眼前にはマリア選手! マリア選手も、突然現れた劫火の王に驚いている様子!』
「なぁ魔王、劫火の王はどこに置いたんだ?」
「マリアがすぐ後ろにいたから、その前に置いたよ」
車の前に人を置くな。
『劫火の王が炎と共に剣を振るいました! そしてマリア選手、避けられないとみたのか魔導車から飛び降りて劫火の王の攻撃を回避! ですが魔導車は劫火の王の攻撃を受け無残な姿に!』
『これでマリア選手は脱落ですね』
『そしてマリア選手、劫火の王に向かって駆け出し、飛び蹴りを放ちました! 対する劫火の王も剣を地面に突き刺し、素手で応戦します! 何故だか分かりませんが、2人は急に殴り合いを始めました!』
何してんだよ、仲良しゴリラーズ。
『劫火の王の拳をかわし、振り上げられるマリア選手の一撃! 劫火の王も間一髪で避けます! お互い暗黙の了解でしょうか、魔法を使っていません! ですが、これはなかなか見応えのある戦いです!』
『これはどうしましょうかねぇ』
『とりあえずモニターの1つで劫火の王とマリア選手の戦いを映しつつ、競争の続きを見ることにしましょう!』
小型モニターが上空からの映像に戻る。もしかしたらマリアと劫火の王に半分くらい観客を奪われたかもしれないが、考えないようにしよう。
『さて、先頭を進むのは変わらず暴風の王! そろそろ走路全体の半分を過ぎた辺りでしょうか』
『ですが、この先の関門を無事に乗り切ることが出来ますかな』
『この先の関門とはいったい、何があるのですか!?』
『見てのお楽しみ、と言ったところですな』
学校長、楽しそうだな……若返ったから攻撃性が増したのかな?
『おや、道の横に何やら妙な建物がありますが……これは塔でしょうか?』
『その通りです。道を走る者に攻撃魔法を放つ、防衛塔の魔術装置です』
もしかして参加者を殺す気なのかな?
『暴風の王が塔に接近しおおっと!? 塔から雷のような魔法が放出されました!!』
『命中した相手を麻痺させる電撃です。果たして、暴風の王は防ぎきれますかな?』
『暴風の王めがけて放たれる雷! しかし暴風の王、魔法で弾いている様子です!』
『流石ですな。ですが、塔は1本ではありませぬ』
『暴風の王はどうやら雷の塔の射程から抜け出せた様子! しかし、その先には道の両側に1本ずつ塔が建っております!』
暴風の王が2つの塔に近づくと、両方の塔から何かが放出された。これは……水か?
『今度は水による攻撃です! 魔法で防いでいるようですが、円盤の速度がその分落ちているように見えます!』
『暴風の王に対しては水での攻撃の方が有効なようですな』
冷静に分析する学校長であるが、もしやこの人、競争とは関係無しに魔王たちへ攻撃を仕掛けたいんじゃないか……?
『どうにか水の塔の範囲から脱出した暴風の王! ですが、次は塔が両側に2本ずつです!』
左右1本ずつの塔から水が発射され、暴風の王を襲う。彼女はその攻撃を魔法で防ぎ、先へと進む。
『学校長、4本の内の2本しか動いていなかったように見えましたが』
『どうやら、残り2本が上手く作動しなかったようですな』
『これは暴風の王、運に恵まれたようです! さて、続いて荒土の王が塔の範囲に入ります!』
荒土の王が塔に近づくと、電撃が彼の魔導車に向かって放たれた。しかし魔導車の周りでまたしても土の壁が作られ、電撃を防ぐ。
『荒土の王、土を使った魔法で雷を防ぎました! 続いて水の塔です!』
水の塔の攻撃に対しても荒土の王は土の壁で対応するが、その壁は水流によって崩されてしまう。しかし、放水を受けた魔導車にさしたる変化は無い。
『解説の学校長、水の塔の攻撃を受けても荒土の王はびくともしていないようですが!』
『ご覧の通り、魔導車は耐水性に優れております。雨の日でも使うことが出来るでしょう』
『な、なるほど! 魔導車の性能を見せるための装置だったわけですね、水の塔は!』
本当かよ。思ったより効果が無かったのを誤魔化してるだけなんじゃねぇの?
『さぁ、荒土の王が4本の塔の射程に入ります! まずは2本の塔から、水が発射されました!』
放水によって、荒土の王が形成した土の壁が削られる。もし残り2本の塔が雷の塔ならば、電撃が命中しそうに思えるが……
『残り2つの塔はやはり作動しません! 故障でしょうか!』
『そうかも知れませぬな』
そして塔からの放水が終わり、荒土の王は無事に塔の範囲から抜け出した。
と思ったら残り2本の塔から急に電撃が発射され、荒土の王の魔導車を直撃した。
『やった!!』
解説の学校長が喜びの声を上げた。やっぱアンタ、魔王倒してみたかったんだろ!!
『どうやら水の塔と雷の塔を同時に使うことが出来なかっただけのようです。荒土の王、惜しかったですな』
『は、はい……荒土の王の魔導車、どうやら動かないようです』
『今回の魔導車には雷を受けた場合に機能を停止するような細工をしておりますので』
『え、ええ、そうなんですか』
若干引いてるぞんざいさんと、嬉しそうな学校長。まさかとは思うがこの競争、かつて魔王の座を初代金屑の王から勝ち取れなかったジジイによる鬱憤晴らしなんじゃないか?
『さ、さて次は霊木の王が塔へと近づきます! 塔から放たれる雷! 霊木の王は魔法で弾きます!』
だが、電撃の一部が魔導車の後部に命中してしまう。そして霊木の王の魔導車も、その機能を停止した。
『残念ながら、霊木の王もここで脱落のようです!』
『本当に残念です。逆に言えば、我々の勝利と言ったところでしょうか』
学校長、テンション上がっておかしくなってない?
『さあ、最後は金屑の王です! 果たして、対策はあるのでしょうか!?』
霊木の王を倒した塔が前方に見えて来た。数メートル程度の、金属製らしき塔。そこから放たれる電撃を防ぐには、魔導車全体を覆う程の防御魔法が必要となるが……
「ねぇ悪魔さん、あの塔って金属で出来てるよね?」
「多分な。見るからに丈夫そうだ」
「それじゃあ、ちょっと試してみるね」
何を試すんだ、と俺が尋ねるより早く、金属の塔に亀裂が走る。そして、塔は信じられないくらいの速さで倒壊して行った。
「やった!」
「何をやったんだよっ!?」
「えっとね、ボクって金属を壊す魔法が得意でしょ?」
初耳!
「だから、ちょっと壊してみた」
「……その魔法、もっと戦闘で使えよ」
「鎧とか剣は壊したらもったいないし、あんまり使える場面が無いんだよね」
思い返してみれば、強力な武具を装備した相手との戦いなんて以前の勇者との最終決戦くらいであった。その戦いにおいても勇者が装備していたのは武具と化した女神であったため、恐らく魔王が今使ったような魔法は通用しなかっただろう。思ったより役に立たねぇな、金属破壊魔法。
『金屑の王、なんと塔を破壊しました! 次の2本の塔も崩れていきます!』
『容易に破壊されないよう金属で作ったことがあだとなりましたな。次回の課題としましょう』
ジジイお前、自分の主君も倒したいの?
『そして残る4本の塔も崩れ、金屑の王は塔の関門を突破! 暴風の王を追います! 一方の暴風の王はかなり前を行っていますが、学校長、この後の関門は何でしょうか!』
『関門はもうありません。あとは速度だけの勝負となります』
『ということは、暴風の王の勝利は確実でしょうか!』
「と、ぞんざいさんは言っているが、何か手はあるのか?」
「もちろんあるよ。このために高純度魔導石をたくさん持ち込んだんだから」
そして魔導車が加速する。そしてさらに加速して、加速して――
「ちょっと待て、怖いからスピード落とせ!!」
「スフィードってなに?」
『金屑の王の魔導車、急激な追い上げを見せております! 何をしたのでしょうか!?』
『大量の魔力を使って魔導車の速度を上げているようですな。これはもしかしたら、暴風の王に追いつくかも知れませぬ』
『最後まで奥の手を隠していた金屑の王、これはまさかの大逆転があるのでしょうか!』
速度を3倍、いや4倍? 5倍? とにかく物凄い速度になった違法魔導車は、ついに暴風の王を視界に捉えた。この調子であれば、追い抜くことは確実だ。
「よし、これは勝ったよ、悪魔さん!」
「ああ、そうだな」
暴風の王へ近づく俺たちの魔導車。だがその時、急に魔導車のバランスが崩れた。
「うおっ!?」
「わっ!」
制御が効かなくなった魔導車は、速度を保ったまま道を外れる。そして、その先には池が見えた。
あ、死んだわ俺。
『どうしたのでしょうか、急に金屑の王の魔導車が走路を外れました!』
『これは恐らく、魔導車の変換器が大量の魔力に耐えきれなかったのでしょう』
『変換器とは何でしょうか』
『魔導車を動かす風の魔法を発生させるために、魔力の属性を風へと変化させる部品です。多くの魔術装置の内部でも使われているものですが、一度に変換できる以上の魔力を注ぎ込まれると壊れることもあるのです』
『つまり、金屑の王は追い上げるために魔力を使い過ぎたため、魔導車を壊してしまったということですか!』
『その通りですな。どれほど魔力が使えても、正しく使えなければ危険であることは金屑の王にも理解して貰いたい所です』
まったくだよ。
水面にぶつかる直前の車内で、俺は心底思った。
『さて! 今、他の参加者全員が脱落した中、暴風の王が競技場内へと帰還しました! 最初から最後まで先頭を走り抜けた暴風の王に、皆様拍手を!』
テレフォンから聞こえる喝采、割れた窓から入って来る池の水、あたふたする魔王。
うん。やっぱりお外怖い。帰りたい。
「負けちゃったね、悪魔さん」
「それはどうでもいい」
なんとか池から這い上がった俺と魔王は、弱々しい魔界の太陽の下でずぶ濡れの身体を乾かしていた。
「そうだね。暴風の王が楽しんでくれたなら、それで良いんだよね」
「ああ」
「あと、魔族のみんなもね」
「ああ」
「もちろんボクは楽しかったし、悪魔さんも楽しかったよね」
「全然」
「え」
「もう二度とお前の運転する魔導車には乗らないからな」
「それじゃあ、今度は王妃やヒメと」
「やめろ」
「大丈夫だって、安全だか」
「やめろ」
「そんなに危なかったかな……」とぼやく魔王の声に呆れながら、俺は寝転がる。
寒いし、早く部屋に戻りたいな……
その後、学校長が魔導車に細工をしてたことについて荒土の王と霊木の王から非難があり、なんやかんやで5人の王の領地に魔導車数台をそれぞれ贈呈することとなったが、それはまた別の話。
あと俺と魔王への救援は3時間くらい待った。そんで魔王城に帰ってから入ったコタツの、暖かいこと暖かいこと!
コタツ、最高!
勇者カウンター、残り2507人。




