第63話 魔王たちは大競争をするのか
いつもの部屋のいつものタタミの上、いつものようにコタツでぬくりながら読書に励む俺。こうやって本ばかり読んでいる生活を続けていると、いい加減何か仕事をした方が良いのではないかという雑念が襲い掛かってくる時もある。振り切って昼寝する時もあるが。むしろそっちの方が多いけど。
俺が出来る仕事として真っ先に思い付くのが、丈夫な疑似人体を活かした力仕事である。しかし知識の提供以外の支援は行うべきでは無いので、残念ながら力仕事は出来ない。本当に残念だなぁ!
そうなると、王妃みたいにマンガや本の執筆あたりが妥当なのだろうか。長い話は書くのが面倒だから、詩や俳句が良いかもしれない。悪魔の詩人とか悪魔の俳人とかちょっと格好良いしな。
よし、ではここで一句。
冬炬燵 本を読む手に …………
…………思い浮かばない。俳人、無理。
そうなると何を生業にすれば良いのだろう。このままだとニート、勉強しない仕事しない職業訓練しないの三連コンボだから……いや、本を読んでいるからギリギリ勉強をしていると言えるな。つまり、俺は学生だった! もしくは学者! 科学についてはこの世界で一番詳しいはずだし、悪魔の科学者とか名乗っても良いんじゃないかな。
「悪魔さ~ん、ちょっと聞きたいんだけど」
「悪魔の科学者に何か用か?」
「何言ってるの悪魔さん? 本の読み過ぎで頭がおかしくなったの?」
部屋に入って来た魔王がちょっと反論しにくい言葉を俺に寄こしてきた。大丈夫、頭はおかしくなってない……はず。
「それより悪魔さん、明日と明後日って暇かな?」
「明日と明後日? 暇だが」
「あ、ごめん」
魔王が謝罪しながら、靴を脱いでタタミに上がる。
「聞くまでもなく、悪魔さんって毎日暇だったね」
「嫌味か貴様っ!!」
「でも毎日暇でしょ」
「ああ」
コタツに入った魔王は愉快そうに微笑んでいる。悔しい、でも言い返せない。
「それで、そんな暇人の俺に何をやらせるつもりだ?」
「えっとね、ちょっと魔界に来て欲しいんだ」
「魔界? 何か重要な用事でもあるのか?」
「うん。実は競争をすることになったんだ」
「競争……何のだ?」
「悪魔さんの世界の乗り物を元にした魔術装置がちょっと前に完成してね。それの競争だよ」
またコイツは俺の世界の物をパクりおって……
「今度は何を作ったんだ?」
「うんとね、クュルウマだよ」
クュルウマ……狂う魔? そんな名前の乗り物なんて……
「……って、もしかしてクルマかっ!? 自動車か!?」
「うん。そうだと思う」
鉄道、空飛ぶ円盤、そして自動車と順調に技術力を増して……違うわ全然順調じゃねぇや。鉄道と自動車の間に空飛ぶ円盤がある時点で明らかに順番がおかしい。魔法があると技術の発達が正常に進まないから困る。
「自動車ってことは車輪が付いてて、地面の上を馬みたいに速く走るんだよな」
「そうだよ。魔界の錬金工房では魔導車って呼んでるみたい」
「魔導車か……なんか格好良いな」
「クュルウマの方が格好良いのに」
狂ってるのかな?
「動力は魔法でどうにかなるとして……タイヤはどうなっているんだ?」
「タイヤ?」
「車輪の回りに付けるやつだよ」
「ああ、アレね。作れなかったから、付けてないよ」
「タイヤは無いのか。振動がひどくならないか?」
「空中に浮いているから大丈夫だよ」
「…………」
空中に浮いてる……?
「……地面の上を走るんだよな?」
「うん。地面の上を浮きながら走るよ」
なるほど、俺勘違いしてたわー。てっきり自動車を再現したのだと思ってたけど、お前らが作ったのってエアカーじゃねぇか!! 自動車じゃなくて空飛ぶ円盤の方が近い奴じゃん!
「その乗り物、本当に自動車を元にしてるのか?」
「錬金工房の人が描いた絵があるけど、見る?」
魔王はそう言って、懐から1枚の紙を取り出した。俺はそれを受け取り、確認する。
「見た目は確かに自動車っぽいな……」
描かれているのは凸の字っぽい車体の下部に車輪が付いたもので、俺の世界の自動車を元にデザインしたのは明らかであった。でもさ、機能的には車じゃなくて飛行機をモデルにした方が合理的だったんじゃない?
「これはどうやって走るんだ?」
「4つある車輪の回りで風の魔法を発生させて、宙に浮いたり前に動いたりするんだよ」
「車体は金属製なのか?」
「うん。重いから動かすのに結構魔力がいるんだよね」
「なんだか非効率な乗り物だな……」
「でも面白い乗り物だと思うよ」
どうやら効率よりも娯楽性を重視した乗り物のようだ。本当の自動車はゴムタイヤが開発されるまでお預けだな。
「それで、この乗り物で競争するわけだな。見世物としては悪く無いんじゃないか」
「競争をしたいって言ったのは暴風の王なんだ。断るわけにもいかないから、頑張って準備したよ」
「機嫌を損ねると聖獣を退治してくれなくなりそうだし、仕方のない所か」
「今は人間の勇者より聖獣の方が脅威だしね。暴風の王が喜ぶことはなるべくやりたいんだ」
「これも一種の外交ってわけだな」
「そういうことだね。手を抜くわけには行かないから、ボク自身が魔導車に乗って暴風の王の相手をするよ」
魔王同士が競い合うフワフワマシン超レースである。
「競争に参加するのはお前と暴風の王と、後は誰だ?」
「えっとね、まずは荒土の王だね」
「意外だな。こういう祭りのようなものが好きそうには見えなかったが」
「錬金工房の視察に来た時に誘ったら、承諾してくれたんだ。ボクたちの魔術装置についてもっと知りたいのかもね」
「なるほどな。魔導車に乗るのは配下の精鋭って所か?」
「ううん。荒土の王本人が乗るよ」
「本人が?」
「魔導車はかなり強い魔力を持っている人じゃないと動かせないからね。そういう人は、荒土の王の配下でもそんなにいないんじゃないかな」
つまり魔王専用機ってことか。響きは高級だが乗り物としては相当な欠陥品だな!
「あと、本人も乗ってみたいって言ってたしね」
「まぁ、魔術装置の性能を測るには本人が乗るのが一番だろうしな」
「視察の時にちょっと乗ってもらったんだけど、すごい楽しそうだったよ」
「……」
車の運転、気に入ったのかな。
「あとね、霊木の王も競争に参加するよ」
「霊木の王もか。まさか、そっちも本人が乗るのか?」
「うん。錬金工房の視察に来た時に乗ってもらったら、やっぱり楽しそうだったね」
「…………」
車の運転、大人気だな……
「そうなると、水禍の王や劫火の王も参加するのか?」
「その2人からは断られちゃった。劫火の王は競争をするよりも兵器として使った方が面白いって言ってたね」
「相変わらずの武闘派だな」
「水禍の王は面白いおもちゃだって言ってくれたけど、競争をするのは子どもっぽすぎて嫌なんだって」
「お気に召さなかったわけか。こういう勝負事は男の方が好きそうだしな」
「でも、マリアは参加してくれるって」
「なんであいつが参加するんだよ」
「人数は多い方が良いと思ってね。最初は断られたんだけど、車輪が2つの魔導車を見せたら態度が変わって、参加してくれることになったんだ」
「車輪が2つってことは、もしかしてバイクか」
「たぶんそれだと思う。普通の魔導車より軽くて、動かすのに必要な魔力も少ないからマリアに丁度いいんだよね」
メイドがバイクに乗るのか……流石にメイド服のまま乗るわけじゃないだろうが、どんどん戦闘メイドレベルが上がっている気がする。
「そんなわけで、その5人で競争をするんだよ」
「当然、観客もいるんだよな」
「競技場があるから、そこに集まって大きなモニターで見てもらう予定だよ」
モニター。確か、遠くの映像を水晶の板に投影する魔術装置だったな。
「観客全員が見れるような大きな水晶板なんて作れたのか」
「水晶だと難しいんだけど、丈夫なガラスでやったら大きなのが作れたんだ。それを4つくらい配置してるんだよ」
「モニターに映す光景はどこから転送するつもりだ」
「競争に使う道の上空に空中部隊を配備して、その人たちから送ってもらう予定だよ」
「空撮か。まったく、大がかりな催し物だな」
「そうだね。走る道にも色んな仕掛けが用意されているらしいよ」
「どんな仕掛けがあるんだ?」
「実はボクも知らされていないんだ」
「なんで」
「選手だからね」
たとえ主催者だとしても参加する以上は他の選手と同じ扱いということか。割と正々堂々とした競争になりそうだ。
「最初に競技場の中の走路を2周するのは決まっているんだけど、その後の道がどうなっているかは当日まで分からないんだ」
「少し怖いな……」
「死んじゃうような危険な仕掛けは無いと思うけどね」
いやいや、車ってのは本当に危ない乗り物なんだよ。でも参加するのは魔王と死にそうにないゴリラだから大丈夫か。やはり肉体の頑強さは裏切らないわけだ。
「仕掛けられているのは錬金工房の人たちが作った魔術装置だと思うから、魔法への対策は考えておかないとね」
「だけど、どんな装置なのかは分からないんだろ。どうやって対策するつもりだ」
「まず、高純度魔導石の準備は必須だよね」
魔力で動く車に追加の燃料とも言える魔導石を持ち込む、卑怯者の鑑であった。
「あと、最初はあまり速度を上げないつもりだよ。他の人たちを先に行かせて、どんな仕掛けがあるか確認してもらおうと思っているからね」
卑怯者! それでも男ですか!
「だけど先に行かせた奴らと距離が離れすぎると、何が起こっているか見えないんじゃないか?」
「そこは大丈夫。魔導車の中に観客席の実況が聞こえるようにテレフォンを用意するし、あと空中部隊から送られてくる光景を小型のモニターに転送するから」
ラジオとカーナビを取り付けるわけね。俺は頭がどうにかなりそうだよ。
「なんか、モニターに視線を取られて木にぶつかる未来しか見えて来ないな……」
「モニターを見るのはボクじゃなくて悪魔さんだから、そこは心配ないよ」
「そうか……待て、今なんて言った?」
「モニターを見るのは悪魔さん」
「俺が見るってことは、俺もお前と一緒に魔導車に乗るのか?」
「当たり前でしょ?」
当たり前じゃねぇよ、全然当たり前じゃねぇよ!! なんでレースで助手席に人を乗せてるんだ、余計な重量になるじゃねぇか!!
「絶対に嫌だぞ。事故を起こされてでもしたらたまったもんじゃない」
「えー。悪魔さんだったら何があっても大丈夫でしょ」
「傷一つ無くても痛いものは痛いからな!」
タンスの角に小指をぶつけることが無さそうな異世界人には分からないのか、そういうのって!
「だけど悪魔さんが隣にいると便……じゃなくて安心するんだよ。それに、話し相手がいると楽しいし」
「今、俺のことを便利な道具扱いしそうになっただろ」
「聞こえ間違いだよ。とにかく、一緒に乗ってくれると嬉しいんだよね」
「断る。お前も男なら、競争くらい自分だけで頑張ってみたらどうだ」
「そうやって嫌なことから逃げてたら、ごはんたべて本読んで寝てるだけの変な人になっちゃうよ?」
クソッ! やはりコイツ、内心で俺のことを無職の穀潰しだと思ってる!
「……分かった。やればいいんだろ」
「わーい。ありがとう、悪魔さん」
「仕事としては、隣に座ってモニターやテレフォンからの情報を伝えれば良いんだな」
「うん。ボクは魔導車の操作に集中したいからね」
「事故を起こすなよ、マジで」
「頑張るよ。明後日の競争が楽しみだな~」
コタツに両手を入れて、ニコニコ笑顔の魔王さん。結局のところ、俺の仕事というのはこのバカの相手をすることなのだろう。言うなれば、道化師。でも悪魔の道化師って恐怖の存在っぽくていいぞ。
「これからは悪魔の道化師を名乗るか……」
「悪魔さん、やっぱり本の読み過ぎで頭おかしくなってる?」
魔王が冷たい目でこちらを見ていた。早くも道化の仕事をしてしまったようだな、ハハハ。
…………道化師、やめたい。
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