第62話 魔王はなんか色々やんなっちゃうのか
「あーーーー! なんかもう疲れたなぁーーーー!」
いつもの部屋のいつものタタミの上。俺の正面でコタツに両脚突っ込んで仰向けに寝ていたこの異世界最強の男が、突然大声を出した。ついに壊れた?
「本当に申し訳ないとは思っているけど、決まりは決まりだからな……」
「昨日のことじゃ無いよ。それはもう諦めてるから」
昨日、またしても勇者の軍勢と魔王城の防衛部隊が衝突した。人数が前回の半分ほどに減っていた勇者たちであったが、勇者の断片を引き継いだためか、こちらの防衛部隊が放つ電撃にも倒れぬ者がちらほらと見受けられた。魔王が超高速化やより強い電撃魔法で無力化したため、結局は全員が収容所送りとなったわけだが。
んで、俺は毎度のことながらまったく手伝わなかった。そのことで怒っているのかと思っていたが、そうでは無いらしい。
「やっぱり、勇者全員を収容所に運ぶのは疲れるよな」
「それもあるんだけど、厄介なことが多くて、もうなんか、やんなっちゃうよ!」
「ふむ……」
今日の魔王は普段よりも愚痴っぽいようだ。これは、何か手を打たないと俺までストレスの餌食となりそうな気がする。
俺はコタツから出て立ち上がり、通信魔術装置であるテレフォンの所まで歩く。
「どこかに用でもあるの、悪魔さん?」
「ちょっとな」
テレフォンを起動し、俺は通話相手の伝令係に小声であることを頼んだ。用件を伝え終えた俺はテレフォンを置き、コタツへと戻った。
「それで、何が厄介なんだ?」
「もう、人と関わるの疲れちゃった! ずっと寝てたいよ!」
ここまでワガママな言動をするのも珍しい。いや、ワガママなのはいつものことか。違うのはそれが怠惰な方向に向かっているという所だろう。
「普段はやる気あるのに、どうしたんだ?」
「疲れたからいいたくなーい。めんどくさーい」
自分から話題を振っておいてこの始末だよ! 娘に見られたら幻滅されるぞ!
「言いたくないならいい。まずはゆっくり休め」
「えー、気になるんじゃないの、悪魔さん?」
「気にはなるが、後でいい」
「いいのー? それでいいのー?」
超うぜぇ!! 普段の5割増しくらいでうぜぇ!
「疲れたから言いたくないんだろ」
「でも構ってもらえないのもつまんなーい」
超面倒くせぇ!! 普段の3割増しくらいで面倒くせぇ!! 頼む、早く来てくれ……!
「悪魔さーん、なにか面白いこと~」
「ねぇよ」
「頭に付けると空を飛べる帽子とか出して~」
「そんなものは無い」
なんで頭部に装着するものに飛行機能が付いているんだよ。せめて背中に背負うものとかにしろよ。
「それじゃあ、えっとね」
「あ、来た」
待ちかねていた人物が部屋に入って来た。彼女はすぐに靴を脱ぎ、タタミへと上がった。
「あれ、王妃?」
はい、王妃様です! 魔王を制御できる、ある意味でこの異世界最強の女性です! 呼んだらすぐ来てくれたあたり、もはや魔王の保護者と言うべきではなかろうか。お母さんって呼んでいいですか?
……ってそんなことしたらヒメとの婚約が取り消せなくなるじゃねぇか! それはちょっと考えさせてください、ママ。
「なんで王妃が……」
王妃はタタミの上に正座し、疑問符を浮かべる魔王の頭をその膝の上に乗せた。
「あー……」
魔王が静かになる。王妃の膝枕――それは魔王の精神を安定させる、言うなればママの脚。さらに王妃が魔王の目に優しく手を当てると、沈黙が部屋を満たしていった。
「……寝たのか?」
数分後、俺が尋ねると王妃は穏やかな微笑みで頷いた。
「悪いな」
『むしろ助かりました。本の締め切りが近いせいで、なかなかこの人との時間が取れていませんでしたから』
「……締め切りは?」
『悪魔さんからのお願いの方が大事です』
……印刷工房の人、スマン。
「すまないが、しばらくの間そのままでいてくれないか?」
『縦置きコタツと、何か読むものをお願いできますか』
「お安い御用だ」
俺はコタツから出て、王妃がご所望するものを取りに行く。
まったく、魔王はもっと奥さんに感謝すべきだよ。あと俺にも。
……やっぱ気持ち悪いから、俺への感謝は無くていいや。
「ふぁ~、よく寝たよ~」
約3時間後、魔王が目を覚ました。その間、王妃はずっと正座の姿勢を崩さなかったのだが、やっぱ何か魔法を使っていたのだろうか。まさか姿勢が良いから大丈夫とか、そういうのじゃ無いよね。これ以上天才超人要素が増えると俺と魔王が相対的にもっとバカっぽくなるのでほどほどにして欲しいんだけど。
ちなみに俺は3時間本を読んでたせいで眠い。寝ていい?
「ずっと膝枕してくれてたんだね。ありがとう」
起き上がった魔王が王妃をねぎらうと、彼女は微笑みでそれに返答した。そして立ち上がって俺の左側の辺に移動し、コタツに足を入れる。
「それで、結局何があったんだ?」
「なにが?」
「なにがじゃねぇよ。何か厄介なことがあったんだろ?」
「あー……うん。そうなんだよね」
「聞かせろ」
先ほどよりもだいぶ冷静になっているようなので、ここは話を聞いておくべきだろう。モヤモヤは1人で抱え続けるとどんどん悪化するしな。
「えっとね、今回の勇者軍の侵攻で人間の支援者は資金が尽きてさ、実質ボクが勇者軍を乗っ取ることになるわけでしょ」
「ああ」
魔王は勇者の軍勢を支援している者の資金難に目を付け、彼らに代わることで勇者たちを操るという策謀を巡らせていた。いよいよそれが本格的に始まるわけだが、そこに何か問題が発生したのだろうか。
「そのことを荒土の王にも伝えたんだけどさ、そうしたら、なるべく早く勇者の数を減らすべきだって言ってきてね」
「まぁ、当然だな」
魔族にとって勇者の存在など百害あって一利なしである。野生の猛獣よりタチが悪いからな。
「ボクがちゃんと管理するからって言っても、完全に操ることは難しいし危険も多いから全滅させる方向で進めて欲しいって譲らなかったんだよね」
「勇者への危機感が強いんだな」
「あの人は昔、勇者と戦って大変な目にあったからね。警戒するのも分かるけど、もうちょっとボクを信用して欲しかったなぁ」
「信用ね……」
大魔王を殺したコイツが魔族からの信用を欲しがっているのはちょっと滑稽である。それはそれとして、荒土の王はそれなりにコイツを評価していた気もするんだが……
「だいたい、そういうことを言うならもっと早くから言えばいいのに。どうしてボクが勇者の軍勢を掌握してから言ったんだろうね」
「言われてみると、ちょっと気になるな」
何故、荒土の王はこの段階になってそんなことを言い出したのだろうか。何か、魔王が勇者の軍勢を維持することに問題でも……
「……そういうことか」
「何か気付いたの、悪魔さん?」
「お前が勇者の軍勢を自由に動かせるというのは、確かに危険だな」
「どういうことなの? ボクがちゃんとすれば、魔族への被害はかなり抑えられるはずだよ?」
「たとえばだ、魔族の誰かが地上でお前にとって都合の悪いことをしているとしよう」
「うん」
「お前ならどうする?」
「ちゃんと抗議するよ」
「もし、武力行使じゃないと解決できないような事態なら?」
「そうなると戦うか諦めるしかないけど……」
「戦うなら誰を使う?」
「魔族との戦いに慣れた人かな? でも少数精鋭で行きたいよね」
「魔族との戦いに慣れた少数精鋭の奴らだな。つまり、どんな奴らだ?」
「それは……」
やっと気付いたのだろう。魔王が「あっ」と声を出した。
「勇者だね」
「そういうわけだ。もし魔族がお前の望まないことをした場合、地上であれば勇者を使って武力による解決を図ることが出来る。それは他の王にとって相当に厄介なことだ」
「勇者たちは人間だから、上手くやればボクの命令で動いていることも誤魔化せそうだね。そう考えると便利だね」
それを便利とか言うような奴だから信用されねぇんだよ、お前は!!
「だから荒土の王は勇者の軍勢を早めに全滅させたいんだろう。今回の勇者は少数になればなるほど強くなるし、全滅させないと他の王にとって非常にマズい」
「なるほどね。ボクが勇者を利用する可能性を警戒してるわけだね」
「お前には自分にとって都合が悪いからと言う理由で大魔王を倒した前科があるしな。荒土の王が把握しにくい戦力をお前に持って欲しくないんだろう」
「それじゃあしょうがないかな……他の王との関係が悪化するのは避けたいし、それにボクの領地の人たちも早く全滅させろって言ってるし」
「お前の領地の奴らも同意見なのか」
「むしろ、そっちの方が厄介なんだよね」
本命はそっちかよ。荒土の王じゃなくてそっちの方を先に言えよ。
「魔界にいる、ボクの領地の偉い人たちがね、勇者の軍勢はさっさと全滅させないとダメだって言ってるんだ。荒土の王は助言って感じだったけど、ボクの領地の人たちは命令って感じで、すごい嫌なんだよね」
「王に対して命令かよ」
「ホント、そうだよね。ボクは王様だよ? なんで命令されなきゃいけないのかな?」
魔王の表情が不機嫌そうになる。いかん、このままだとまた面倒くせぇモードに入ってしまう。
「そいつらの言い分は何だ?」
「お金がもったいないって」
超正論!!
「身代金はもう貰えないし、勇者の軍勢を維持し続けるとお金がたくさん無くなっちゃうのは確かだけどさぁ」
「そうだな。さっさと全滅させろ」
「全滅させたら、勇者の断片の研究が出来なくなっちゃうでしょ!?」
「……そうだったな」
勇者の断片の研究。魔術的に勇者から断片を切り離すことが出来れば、勇者たちはただの人間に戻り、上手く行けば倒す必要も無くなる。その研究は出来る限り期間を長く取りたい所だった。
ヒメの友人であるマナを、勇者から人間へと戻すためにも。
「とにかく、最近勇者への対策に使うお金が多すぎるから早く対応して欲しいってうるさくてね。無視したら、魔界の転送門を閉じるとまで言ってるんだよ」
「相当に怒ってるな」
「ボクは地上にばかりいて、魔界の領地のことは彼らに任せっぱなしだからね。魔界は魔界で、色々と大変なのかも」
「それが分かっているんなら、要求を呑むべきだな」
「そうなんだけどさ、やっぱり自分の思い通りに行かないってすっごい嫌なんだよね」
「子どもかよ」
「子どもじゃ無いけど……でももしかしたらボクって、子どもっぽいのかな?」
今更!? っていうか、今まで自覚無かったの!? それとも、そういう冗談かな?
「それで、全滅させるまでの猶予はどれくらい確保できるんだ?」
「今のところ、3か月くらいかな」
「厳しいが……それまでに勇者から断片を引き離す方法を見つけるしか無いだろうな」
「そうなんだけど、やっぱりなんかもう、やんなっちゃうな~」
魔王はコタツに突っ伏して、「やだな~やだな~」と愚痴を漏らす。うん、子どもだ。しかも5歳児くらいの。
「ねぇ王妃、膝枕して、ひーざーまーくーらー」
『ヒメがそろそろ帰ってくる時間ですよ』
顔を上げて5歳児以下のお願いをする魔王。それを諭す、王妃ママ。
「まだ少し時間あると思うから、ひざまくら、ひーざーまーくーらー」
『ダメです』
……もし父親のこんな姿を思春期の娘が見たら、すごい複雑な気持ちになるだろうな。
そう思いながら部屋の入口を見たら、ヒメが呆然とした様子で立ちすくんでいた。
………………どうしよ。
「ひーざーまーくーら」
ヒメが自身の背後で思いっきり困惑していることに気付いていない魔王は、王妃への懇願を止めない。入口にいるヒメはまるで助けを求めるように俺を見つめ、それに対し俺は首を動かしながら目配せをする。早く逃げろ、ヒメ。
それが伝わったのか、ヒメは音を立てないようにそっと廊下へと消えて行った。魔王は「ひーざー」と喚いている。
……………………寝よ。
俺は思考を放棄して、タタミの上に寝転がった。
後日、魔王が「なんかヒメに避けられているような気がするんだけど」とほざきやがったので、適当に流しました。
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