第61話 悪魔は少女の悩みに巻き込まれるのか
いつもの部屋のいつものタタミの上、いつも通りコタツに入ってのんびり冬を乗り切ろうとしている俺。だが俺の正面でヒメ、左でマリア、右でメアリが、それぞれコタツに入ってマンガを読んでおり、どうにも気が休まらない。最近、なんか部屋にマンガ専用の本棚まで設置されてしまい、いよいよこの部屋は引きこもりくつろぎルームとして完成しつつあった。
「悪魔殿、少し質問があるのじゃが」
マンガを読んでいたヒメが不意に質問をしてきた。
「なんだ」
「おっぱいって、どうすれば大きくなるのじゃ」
「……」
お嬢さん、もしかして今読んでいるマンガって青少年の健全な育成に悪影響を与える類のものかな? もしそうだったら回収です、エッチな本は回収です!
「悪魔殿なら何か方法を知っておるのじゃないか?」
「そうだな…………揉めば大きくなるとは聞いたことがあるな」
「揉む?」
ヒメはマンガから俺へと視線を移動させ、じっと見つめてくる。
「それは自分の手で揉めばいいのか? それとも……」
「……」
何を想像したのだろうか、ヒメの顔が赤くなっていく。いや、俺は揉まないから、揉まないからね。
「すみません、衛兵を呼んで頂けませんか? はい、悪魔様の部屋に」
「ちょっと待てお前、何通報してんのっ!?」
いつの間にかマリアが通信用魔術装置テレフォンを持って、衛兵を呼ぼうとしていた。冤罪です、何もしてません!!
「悪魔様がいやらしいことを考えている気がしたので、王女様の身の安全を考えて呼んだまでですわ!」
「いやらしいことなんて考えてねぇよ!」
「本当にまったく微塵も考えていないのですわね!?」
「……ちょっとだけ考えたかもしれないが」
「早く衛兵を寄こしてくださります!? 変質者がいるのですわ!!」
「だから変質者じゃねぇっての!!」
俺はマリアからテレフォンを奪い取り、通信を停止させて後ろに置いた。コイツらといると些細ないやらしさが投獄に繋がりそうで疲れるんだよ!
「そ、それで悪魔殿、その……」
もじもじした様子でヒメが回答待ち状態になっていた。俺に揉まれても気持ち悪いだけな気がするんだけどさぁ……
「俗説だから多分効果は無いぞ。聞かなかったことにしてくれ」
「う、うむ。残念じゃ」
再びマンガへと視線を移すヒメ。しかし、すぐにその視線はマリアやメアリへと移動する。主に彼女たちの胸部付近に。
「マリアやメアリは、どうやっておっぱいを大きくしたのじゃ?」
「別に何もしていませんが……」
「わ、私もいつの間にか大きくなったと……思います……」
「悪魔殿、何で2人はおっぱいが大きいのじゃ?」
新しい質問が来ました。好奇心が強いのは良いことだが、13歳の少女がおっぱいおっぱい言いまくるのはどうかと思うんすよ。
「恐らくは遺伝だろう」
「いでん?」
「親と子どもの髪が同じ色になるように、母親の胸が大きければ娘も大きくなりやすいんだ」
「2人の母親も胸が大きかったのか?」
「そうですわね……小さくは無かったはずですわ」
「わ、私の母もそうです」
「つまり、母親の胸の大きさが重要なのじゃな……」
ヒメは黙って、何かを考え出した。その背後、部屋の入口には何故か王妃がおり、静かにこっちへと歩み寄って来る。
「そうなると、私の胸は残念なことになりそうじゃな……」
ヒメの後ろで、王妃が何やら手帳に書き始める。ヒメは王妃が背後に立っていることに気が付いていない様子で、俺とメイド2人はもちろん空気を読んで黙っていた。
そして王妃が、ヒメの肩をポンと叩く。
「ん? ひゃうわぁっ!!??」
驚きのあまりコタツから飛び出て転がって行くヒメちゃん。おもしれぇ。
『何が残念なのですか?』
「いや……その……」
ヒメは気まずそうに王妃から視線を逸らす。そりゃ「お母さんの胸が小さいせいで私まで胸が小さくなるのは嫌」なんてことを言えるわけが無い。仮に言えたとしても、胸の遺伝のせいで親子の仲が険悪になるなんてやだよね。
『胸がどうとか言ってましたが?』
「えっと……な、何でもないのじゃ!」
ヒメはコタツに戻り、マンガを読み始める。露骨に誤魔化しおって。一方、マリアはメアリの隣に移動しており、王妃はタタミに上がって空いたコタツの一辺に脚を入れる。
『確かに私の胸は大きくありません』
「う……」
当然であるが話をすべて把握していた王妃が、手帳の文字をヒメへと見せる。これは、親子おっぱい喧嘩の始まりかな?
『ですが、私の胸が大きく無くとも貴女の胸が大きくなる可能性は十分にあります』
「本当!?」
すっげぇ嬉しそうにヒメが反応した。そんなに巨乳になりたいのかよ。
『貴女は私のように髪や肌が白くないですよね。胸の大きさも同じかもしれませんよ』
「やったー!」
失礼なくらい喜ぶヒメ。そんなに貧乳が嫌なのかよ! いや、王妃が貧乳だとかそういうわけじゃないんだけどさ。
『それに貴女は魔王の娘ですから魔法の力でどうにか出来るかもしれません』
「魔法で胸を大きくできるのか!?」
「マジで」
「悪魔様、なんで食いついたのですか?」
「男の習性だ」
メイド2人の視線がちょっと冷たくなった気もするが、もう慣れたよ。
『金屑の王の一族は肉体を変化させる魔法を得意としていますから』
「初耳だぞ」
『夫はこの世界の魔法についてあまり語りませんからね』
あのバカにも得意とするこの世界の魔法があるはずだが、言われてみるとそういうの聞いたこと無いな。アイツは俺が持ってきた本で習得した新しい魔法にしか興味ないみたいだし。もっと地元の魔法を大事にしろよ。
『ですが、心当たりはあるのではないでしょうか』
「心当たりか……そういえば爺様、今は学校長か。あの人は若返りの魔法を研究してたな」
最近会ってないけど、まさかまた若返ってたりしないよな。少年とかになってたらもはや爺様じゃなくて孫様だな。
「若返りは肉体変化の魔法っぽいな……」
『そうですね。魔族は魔力によって無意識に肉体の老化を防いでいますが、学校長はその先を研究していると言えますね』
「老化を防ぐ……王妃が年を取らないのもそういう魔法を使っているからか」
『はい。私は夫から成長を止める魔法を学びました』
「なるほどな……」
王妃が年を取らないのは魔法でなんかやっているという漠然とした認識であったが、本人が意識的に成長を止めているというわけか。それにしては頭脳だけ成長しまくっている気もするが、そのように魔法を制御しているのかもしれない。そういう魔法ならではの精妙さはよく分からん。
『夫も肉体の老化を防ぐ魔法を使っています』
「無意識に使っている分とは別にか?」
『はい。私の夫が実年齢に比べて若く見えるのはそのせいです』
魔王の実年齢知らないし魔族の実年齢と外見の対応も知らないしで全然ピンとこないのだが、どうやら若作りを頑張っているようだ。この夫婦、年を取らないことに必死である。
「あー……あの若さの秘密はそれですか」
マリアがぽつりと呟いた。マリアも魔王も見た目は20歳程度であるが、どちらかと言えばマリアの方が年上に見える。しかし、どうやら実年齢は逆なようだ。
「マリアは魔王より年下なのか?」
「かなり年下ですわ。私の方が一回りくらい下だと思いますわ」
「そうか」
魔族の一回りって何年だよ!? これ以上聞くと周囲の奴らを「でもコイツ、100歳以上なんだよな……」みたいな目で見ちゃいそうだから、聞かないけどさ!
「とにかく、普段から魔王や王妃は肉体を変化させる、いや変化させない魔法か……? まぁ、そういうのを使っているわけだな」
『自然な肉体の変化を魔法によって変えるわけですから、どちらも同じような魔法だと言えます』
「確かにそうだな。でも肉体変化と言っても、一時的に体型や姿を変える魔法では無いんだな」
『それらも可能でしょうが、元の姿に戻るのは難しいでしょう。私たちの使っている魔法は望む姿を定着させる魔法だと言えますね』
「うーむ……つまり、おっぱいを大きくしたいと思って魔法を使い続ければ、おっぱいが大きくなるわけじゃな」
今までの話で何かを理解したらしいヒメの言葉に、王妃が頷いた。つまり、おっぱいは魔法で大きくなる。
『貴女の魔力であれば、なりたい姿になることが出来るでしょう。もちろん魔法の勉強をしっかりとしていればの話ですが』
「うむ。ちゃんと魔法が使えないとおっぱい以外も大きくなってしまうかもしれないしのう」
勉強の大切さを伝えるお母さんっぽい王妃であったが、ヒメの目的が豊胸なのでこれで良いのかとちょっと疑問に思ってしまう。胸を大きくする勉強なんて聞いたことねぇよ。
『それと魔法で肉体を変化させるのであれば、大切なことを考えておく必要があります』
「それはなんじゃ?」
『何のために肉体を変えたいのかという、その理由です』
「おっぱいを大きくしたい理由か……悪魔殿に喜んで貰いたいからかのう」
「俺の好みで自分の大切な身体を変えないでくれ」
「ダメなのか?」
「簡単に考えて欲しくは無いな。肉体というのは、心への影響もかなり大きいしな」
俺が元の世界の姿とほぼ同じ容姿の疑似人体を使っているのも、その辺が理由である。疑似人体である以上、容姿は自由に変えることが出来る。だが元の世界の容姿と違うために自己の同一性が崩れ、精神的に病んでしまった悪魔の例も何度か聞いたことがあった。そういう危険を回避するために俺は生まれ持った冴えない顔をそのまま再現しているわけだ。
『悪魔さんの言う通り、肉体を変えるのならば心への影響も考えた方が良いでしょう。特に誰かのために自分を変えるのであれば、本当に正しいことをやっているのかを問い続ける必要があります』
「でもおっぱいを大きくするのは正しいことだと思うのじゃ」
『肩がこるそうですし、もしかしたら胸以外の部分に筋肉がついてしまって見た目が可愛くなくなってしまうかも知れませんよ』
「そうなったら、その筋肉を落とすような魔法を……でも、それだとまた別の所がおかしくなるのかのう」
『その可能性はあります。そうして心が疲れてしまうこともあるでしょう』
「母上はそんな時、どうしているのじゃ」
『どうして自分がその姿でいたいのか、それを考えます』
「母上は……父上に愛されたいからか?」
『それもあります。ですが、それ以上に私は私のままでいたいと思っているのです』
「父上のためでなく、自分自身のために若くあろうとしているのか?」
『はい。私は私のことを大切に思っているから、私のままでいたいのです』
「難しいのじゃ……」
「難しいなぁ……」
「なんで王女様の真似をしているんですの?」
「いや、なんとなく」
「な、仲良いですよね、お二人」
否定はしないが、なんだか俺とヒメの仲が良いのは精神年齢が同じだからな気がしてきた。つまり俺は少年のハートか。中学二年生くらいか。
「結局、私はおっぱいを大きくした方が良いのか、しない方が良いのか?」
『貴女はまだ成長期ですから、もう少し後になってから考えた方が良いでしょう』
「でも悪魔殿は大きい方が好きじゃぞ」
『悪魔さんは胸が小さいからといって貴女を嫌いになるような人ではありません』
多分そうなんだけど、やっぱ胸は大きい方が……でもヒメの場合はあんま関係無いか? ごめんわからん!
「でも、少しでも悪魔殿の理想の女性になりたいのじゃ!」
『相手の理想に合わせるのではなく、相手の理想を超える女性になることが大切ですよ』
「どういうことなのじゃ?」
『私は貴女の父にとって理想の容姿をしているという自信はありません。しかし彼が思いも寄らないこと、想像もしないものを与えている自信はあります。私がいるから、あの人の人生は豊かになっている。その自負はあります』
「相手の理想を超える……」
王妃が言いたいのは相手によって自分を変えるのではなく、相手を変えるような自分になれということなのだろう。お互いを高め合う関係を築くことは、確かに素晴らしいかもしれない。
「つまり、悪魔殿が驚くくらい大きなおっぱいになれば良いのじゃな」
『違います』
「ちがうのかー」
違わないんじゃ……いややっぱ違うか!? どっちだ!? どっちだ俺!!
「悪魔殿はどう思うのじゃ?」
「だから、俺に聞くな。俺だって自分が本当はどんな女性が好みなのか、完全に理解しているわけじゃない」
「そうなのか?」
「ああ。ただ少なくとも、見た目だけでは判断できないな」
『胸の大きさのことで悩むより、悪魔さんや周りのみんなを見て、どんな大人になりたいかを考えた方が良いかもしれませんね』
「うむ……そうかも知れぬのう」
「まぁ、慌てるな。その内、どうすればいいか分かるかもしれない」
『貴女の魔力なら成長してからでも胸を大きくするのは間に合うと思いますしね』
「それなら、それが出来るように魔法をちゃんと勉強した方が良さそうじゃな」
ヒメの中で結論が出たのか、彼女は改めてマンガを読み始める。そして俺の部屋は、4人の女性が黙ってマンガを読む引きこもりくつろぎルームとして完成してしまった。
「そういえば、王妃。なんでこの部屋に来たんだ?」
『なにか衛兵を呼ぶような面白いことが起きているとの連絡が入ったので、急いで来ました』
「…………」
間違いなく美人である王妃のそんな言葉を聞いて、思う。
やっぱ女性は中身が大事、とても大事!!
俺をオモチャにするような性格に育たなければ、ヒメの胸の大きさなんてどうでもいいんじゃい!
どうでもいいんじゃぁぁーーーーい!!
勇者カウンター、残りどうでもいいんじゃーーい!!
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