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勇者が不死身すぎてつらい  作者: kurororon
第2部 勇者が不条理すぎてつらい
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第60話 勇者たちは新たな出資者を得るのか

 いつもの部屋のいつものタタミの上、俺と魔王はコタツに入りながら、ミカンを食べていた。

 ……マジでかごに入ったミカンがあるんだよ。中世だか近世の洋風ファンタジー世界なのに。


「やっぱりコタツといったらミカンだよね」


 お前の世界にそういう文化ねぇだろ!! そもそもコタツ自体が15年くらい前に発明されたものだし、あたかも昔からそういう風習があったような言い方はやめてくれ。


「それにしても……この世界にもミカンがあったんだな」

「うん。霊木の王の領地で見つかったんだ。栽培している人はあんまりいないみたいだけど、コタツで食べる習慣が広まればもっと栽培する人が増えると思うよ」

「それはありがたい話だな」


 異世界においては俺の世界と同じ動物や植物がそのまんま再現されていることも多いから、こういうことは不自然なことでは無いのだろう。一方で異世界特有の生物も存在しているため、生態系についてはまだまだ謎が多い所である。もしかしたら、俺が今食っているミカンもミカンに限りなく近い別の種かもしれない。


「……」

「どうしたの悪魔さん?」

「……このミカン、毒とか無いよな?」

「無いと思うよ。生息していた地域では昔から食べてたみたいだし」

「なら大丈夫か」


 俺はミカンを2房ほど一気に取り、口に入れる。うん、ミカンだ。変な勘繰りをせず、これはただのミカンだと信じようじゃないか。この世界の植物ってそういえば意志を持っているのもいたなー、とか頭の中をよぎったが、果実の中に脳があるわけないしな!

 …………異世界って疑い始めるとどんどん気持ちが悪くなってくるわ。


「もぐもぐ」


 その点ではバカがアホな顔して普通に食べている姿に感謝しないといけないのだろう。異世界は何も考えないバカでも生きていけるんだって思えるからな!


「ところでさ」


 俺は何も考えずミカンを食べる。何も考えなければ、ミカンはミカンだった。


「うん」

「こんなにのんびりしてて良いのか?」

「なんで?」

「なんでじゃねぇよ。勇者の軍勢のことがあるだろ」


 先日、捕虜となっていた勇者たちが帰国するために乗っていた船が、不幸にも大嵐に遭遇してしまった。まぁ、実際の所は不幸というよりも冷静な判断が出来なくなった勇者たちが嵐の情報を信じずに船を乗っ取って勝手に突っ込んだためなのだが、とにかくそれによって1500人くらいの勇者が死亡してしまったのである。


「半数が死んで、残りは1500人強って所か。大幅に人数が減ったんだから、動きに変化があるはずだろ?」

「うん。でも情報はちゃんと入って来てるから、心配ないよ」


 ミカンを頬張りながら、魔王が呑気に言った。本当に大丈夫かよ。


「具体的に、どんな情報が入って来ている?」

「えーとね、まずは勇者たちの人数だけど、だいたい1800人だね」

「1800人か……そうなると、勇者の軍勢に所属していない勇者は1000人……いや、大半が聖獣だと考えると1000体と言った所か」

「そっちは暴風の王が対処する感じかな。もちろん、地上で生活している魔族のみんなから聖獣の目撃情報は収集するけど」

「死んだ勇者の断片が聖獣に渡っていたら、そいつらは狂暴化する可能性が高いな。そうなると、目撃情報も増えるか」

「発見はしやすくなると思うけど、強くもなっているはずだから暴風の王じゃないと倒せないかもね。そこは上手く連携してどうにかするよ」


 暴風の王は謎の円盤で移動できるため、目撃情報への対応も早いだろう。本格的に空飛ぶヒーローっぽくなってきたが、乗っているのが円盤なので悪役っぽさが抜けない。ここはヒーローらしく巨大ロボで……いや、それはそれで悪役っぽいわ。そもそも巨大ロボなんて作れねぇだろうし。


「あと勇者の軍勢はね、装備を整える方向で行くみたいだよ」

「装備を整える?」

「人数が減った分、装備で戦力を補うつもりみたいだね。商人さんたちから丈夫な防具を買ったり、あと魔導具と呼ばれるような武具も集めてるみたい」

「今更って感じもするが、人数が多かった頃には費用の関係で出来なかったんだろうな」

「そうみたいだね。特に食糧の問題は大きいからね」

「それが半分になったんだから、その分を装備費に充てられるってわけか」

「それでも出資する人が増えないとあと1回しかこの城には攻められない、っていうのが商人さんたちの見立てだったけどね」

「そうなると、次の1回が終わった後にどうするかだな……」


 装備が整ったとしても、魔王軍の電撃殺法……いや、殺してないから電撃捕縛法か……? どっちでもいいんだけど、それを防ぐことが出来なければ勇者たちに勝機は無い。そして電撃を防いだとしても魔王は超高速化でなんでもやってしまうため、対策の対策がすぐに行われる。

 つまり、装備を整えるのは無意味なのである。すっごいかわいそ。

 そんなわけで、次に勇者の軍勢が侵攻してきても恐らく全員収容所送りだろう。問題はその後どうするかである。身代金を払ってくれる者がいない限りはずっと拘束するべきだろうが、さっき魔王が言ったように食糧費の問題がある。勇者にはその辺の草でも食わせておけ、ということも出来なくは無いのだが、そういうことをしてバッタバッタと死なれると魔王の悪逆非道が人間たちにバレることは必至である。捕虜をちゃんと扱わなければ勇者以外の人間たちから危険視される恐れがある以上、食費をあまりケチるわけには行かないだろう。


「出資者が増えなかったら、確かにあと1回で終わりなんだけどね」

「ん?」


 気になる言葉を魔王が口にした。まるで、出資者が増えたような……


「……勇者の軍勢に出資しているのって、本人も勇者かもしれない2人の貴族だけなんだよな」

「うん。でも最近、新しい出資者も現れたみたいなんだ」

「そういうことは先に言えやっ!」

「うわぁ!」


 魔王に向かってミカンの皮を投げつける俺! 慌てて両手でブロックする魔王! 食べ物で遊ぶのはお行儀が悪いのでよい子のみんなはマネしないようにっ!


「新しい出資者って、なんで今になってそんなのが出てくるんだよ」

「よく分からないんだけど、勇者たちが困っているのを見かねて手を貸しているみたいだね」

「どこのどいつなんだ?」

「商人さんたちを経由して支援しているみたいだから、正体は不明だね。それなりにお金持ちみたいだけど」

「そもそも、今の勇者たちを支援して何の意味があるんだ?」

「なんだろうね。勇者たちを使って何か企んでいるのかもね」

「……その新しい奴は、次の侵攻にも出資するのか?」

「次の侵攻は今までの出資者である貴族の人たちが費用を負担するみたいだね。多分、それで貴族の人たちの資金は底を突くね」

「そうなると、その後は新しい出資者の意向で動くことになるのか……」


 これは少し問題なのではないか。今までは愚直に魔王城を狙ってきたため、対処もしやすかった。だが新しい出資者が魔王城では無くその辺の魔物や魔族を討伐する方針を取ったのなら、対応は非常に難しいのではないか。徐々に魔族の生存圏を奪われると共に、人間たちの間で勇者の名声や評価が高まる危険もある。そうなると、魔族と人間の全面的な戦争に発展する可能性すら否定できない。やべぇよやべぇよ。


「新しい出資者について、商人から何か情報は入って来てないのか?」

「あんまり入って来てないね。でも今までと同じように、勇者たちには魔王城を攻めて欲しいって言ってるっぽいよ」

「そうか……とりあえず、最悪の事態は避けられたか……」


 魔王が落ち着いているのは、その情報を得ていたからだろう。行動の方針に変更が無いのであれば、こちらも今まで通りの対処で良い。まったく、無駄に驚かせやがって。

 それにしても、新たな出資者は何を考えているのだろうか。勇者たちに今まで通りの戦いをさせて、何の意味があると言うのか。成果が出ていない活動に資金を提供するということは、その活動自体が目的というわけでは無いのだろう。もしかしたら、勇者たちに魔王城侵攻を諦めさせるためにあえて侵攻を継続させるつもりなのだろうか。

 そうなると、魔王城侵攻を諦めた勇者たちを戦力として使って別の戦い……他国との戦争などに用いる気なのか。だが、勇者たちが魔王城侵攻を諦めるとは到底思えない。それを見抜けないマヌケなのだろうか。


「もぐもぐ」


 こっちが頑張って考えているのに、バカがミカンを食べまくっているので非常にムカつく。お前ももう少し危機感を覚えろ。勇者たちを魔王城に突っ込ませるという、無意味な活動に金を投資する謎の存在が現れたんだぞ。勇者だとしたら参入が遅すぎるし、そうなると別の目的を持った人間……人間……?


「もぐもぐもぐ」


 いや……人間とは限らないのではないか。たとえばどこかの魔族が、勇者たちを戦力として用いて人間たちに争いを起こさせようとしているとか。しかし勇者たちが魔族を狙って襲うことは周知の事実であり、運用は難しいはずだ。となると、やはり勇者に魔王城を狙わせることで他の場所への危険を下げるのが目的……


「もぐもぐもぐもぐ」

「……」


 勇者の軍勢に魔王城を襲わせて、得をする者。そして、金持ち。あと商人との繋がりも強い奴。そんで魔族。

 これらから考えられる、新しい出資者の正体とは――


「もぐもぐもぐもぐもぐ」

「お前かーーーーっ!!」

「さすが悪魔さん!」


 指を差した俺に対し、親指を立てて応える魔王。おま、おまえー! おまえー!!


「もしかしたら気付いてくれないかと思ったけど、やっぱり悪魔さんはボクのことよく分かっているんだね……」


 魔王が頬を緩ませていてめっちゃ気持ち悪い。


「まさかお前が勇者の軍勢を支援するとは……バレないのか?」

「ボクが直接顔を出すわけじゃ無いし、商人さんたちには勇者たちに知られないよう注意して欲しいって言ってるから、多分大丈夫でしょ」

「相当金がかかるだろうに……いいのか?」

「勇者たちが別の場所を襲って、それで魔族や魔物がたくさん死んじゃうことを考えれば安いものでしょ」

「命は金より重いってやつか」

「もちろん出費は痛いんだけど、上手く抑えるよ」

「まぁ、敵の動きを操作して情報も得られると考えれば、悪くない買い物かもしれないが……」

「それに、勇者の数も減らしやすいしね」

「何をする気だ?」

「えっとね、まず魔王城を攻める時に持ってく食糧の質を落とそうかと考えているんだ」

「マズい飯で戦わせるのか。最低だよお前は」

「だってお金かけたくないもん! それに質の悪い食事なら、体が悪くなって死んじゃうかもしれないし、悪魔さんの世界でいう所の一石両得だよ」


 一石二鳥と一挙両得が混じってるぞバカ。他人の世界の文化は正しく学びなさい。


「飲み水とかも質を落としたいかな。病気になってくれるかもしれないし」


 汚いな、さすが魔王汚い。


「装備も見かけや丈夫さだけ良くて、実戦向けじゃないのを支給したいかな。動きが遅くなるのが良いね」

「徹底的に内部から敵を弱らせるわけだな……悪魔かよお前は」

「悪魔は悪魔さんでしょ?」


 お前の方が性格的には悪魔だよ、いや本当に。


「でもこれで、安全に勇者たちの数を減らせるようになるよ。あとは暴風の王が聖獣を倒してくれれば、地上の魔族を襲撃する勇者はかなり減ると思うな」

「それはそうだが……商人たちはお前を危険視するんじゃないか?」

「この前の一件で勇者たちが商人さんたちに酷いこと言ったせいか、商人さんたちも勇者たちに敵対意識を持っちゃったみたいでね。勇者の軍勢を支援する中で商人さんたちにもお金をたくさん払うし、問題は無いと思う」

「それでも警戒はされるだろ」

「元々、本当の信用なんてされてないんだからいいんじゃないかな」

「……それもそうだな」


 商人との関係は良好だが、それは金による関係でしかない。逆に言えば、金さえ払えばある程度の非道も容認してくれるのだろう。

 

「なんにしても、これで問題はかなり減ったように思うよ」


 魔王がかごの中のミカンを取り、皮をむく。


「だと良いけどな……」


 俺もミカンを取る。ふと、魔王の前にあるミカンの皮に目が行く。


「お前、何個ミカン食べた?」

「えっと……10個くらいかな?」


 こんなミカン星人に踊らされる勇者たちが、ちょっと哀れに思えた。



 勇者カウンター、残り2865人。

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