第58話 三人娘は特訓するのか
いつもの部屋のいつものタタミの上、コタツに入ってだらだら過ごしていたさっきまでの俺。
「奥義……ダブリュン!」
過ごせなくなった今の俺。
「どうじゃ?」
「や、やっぱりダメみたいです」
俺の左側には仰向けの姿勢でコタツに入っているメアリと、メアリの頭部の先に座る元マリアがいた。今は中の人が違う。
俺の正面にはヒメが座っており、元マリアに向けて手をかざしていた。数秒後、元マリアが項垂れたと思ったら、元気よく顔を上げて「どうでしたか王女様!」と尋ねる。
「意識を失っていたのだから失敗に決まっておるじゃろ……」
そりゃそうだ。脳味噌までゴリラの脳ゴリラになってしまったか……
「また失敗したのですか……やはり私はもっと強くなる必要があるようですわね」
「あのさぁ」
蚊帳の外にいた俺だったが、いい加減素朴な疑問を呈することにした。
「なんでこの部屋で練習しているんだ?」
「コタツがあって暖かいからに決まっておるじゃろ」
「外の方が広くて良いんじゃないか?」
「使った者が意識を失う魔法なんて、外で練習したら危ないのじゃ。何より、寒いしのう」
「確かにな……」
マリアとメアリが先ほどから練習しているダブリュンとかいう魔法は、メアリの魔力の大半をマリアへと流す魔法である。しかしメアリの魔力だけでなく意識までマリアに流れ込んでしまい、しかもマリアの意識はそのメアリの意識に完全敗北して休眠状態に入る。実質、身体を奪われた形になるわけだ。
「もう一度やりますわよ、メアリ!」
「は、はい!」
そう言ってマリアの背中に仰向け状態のまま手を当てるメアリ。寝ながら魔法練習とは楽そうに見えるが、使うたびに意識が身体を移動するのだから割と疲れるのかもしれない。あと気になってるんだけど、意識失うのになんで眼鏡かけっぱなしなの? 割れると危ないから外したらどうかな。眼鏡外した顔って温泉覗いた時くらいにしか見たこと無いから、ちょっと見たいんだけど。
「奥義……ダブリュン!」
あと何で魔力を受け取る側が魔法の名前言うの? 魔法の名称を言うこと自体に意味が無いのは知ってるから、やっぱ気分の問題なのか。脳ゴリラでも精神はゴリラほどタフでは無いのかもしれない。ゴリラの精神が強靭かどうかは知らないけど。
「どうじゃ?」
「だ、ダメです……」
またしてもメアリに身体を乗っ取られるマリア。メンタル的にはメアリよりマリアの方が強そうなのだが、マリアの精神に何か問題でもあるのだろうか。あるけどさ。
「ふむ……悪魔殿はどう思う?」
「えっ!? 俺!?」
急に話を振らないでください。すっとんきょーな回答をしてバカにされるの嫌なんですよ!
「そうだな……マリアの気合が足りないというより、メアリの気合が強すぎるんじゃないか?」
「そ、そうなん……でしょうか……」
ちょっと落ち込む仕草を見せる、中身がメアリなマリア。
……なんだろう、普段と違う様子がちょっといいな。
「なぁメアリ」
「は、はい」
「ちょっと、『ご主人様』って言ってみてくれ」
「ご、ご主人様……?」
メイド服の巨乳美人が、小首をかしげて気弱そうな表情で言った。
「ヨシ!」
「……」
ヒメがコタツの上に身を乗り出し、俺の両頬を左右に引っ張った。
「なにをふふ」
「許嫁の前で、他の女に見惚れているからじゃ」
お怒りのご様子のヒメちゃん。子どもめ、ハハハ。
「ひひは、ヒヘ」
「何を言っているのか分からないのじゃ」
ちょっとだけ怖いんですけど。この辺りは王妃の娘って感じだな。
「はなひへふへ」
「私のことを可愛いと言ってくれたら離すのじゃ」
「ははひひ」
「ちゃんと言うのじゃ」
無茶言うなよ! なんで今日は嫉妬深いのよ、ヒメちゃん! お兄さん、困っちゃうわよ!
「ははひひへふ」
「ダメじゃ」
「……」
俺はヒメの顔をじっと見つめる。怒った表情であるが、何故だろうか、少し不安げな雰囲気も感じる。俺に対する好意は子どもらしい視野の狭さや背伸びの類だと思うのだが、その中にあるちょっとした女性らしさというのは、何というか……
「……ははひい」
「……ありがとうなのじゃ」
ヒメが俺の頬から手を離す。何か通じたらしいが、何で通じたのかはわからない。
「……その」
「ん?」
「……ご主人様♪」
「ぐぼはぁっ!?」
急に笑顔で俺をご主人様と呼ぶヒメの攻撃で俺のライフが一気に削られる!! 不意打ちとは卑怯な、それでもあの魔王の娘か! あのバカの娘らしいよねこういう手口は!!
「どうじゃ?」
「お前が一番だ」
「えへ~」
色気は無いが可愛いのは認める。色気は無いが。
「あ、あの、そろそろ元に戻してもらってもいい……ですか?」
放置されていたメアリ・イン・マリア、略してメアリアが水を差す。いや、むしろ魔法の練習を邪魔しているのは俺だよね。
「今やるのじゃ。ん~と」
ヒメは目を閉じて集中を始め、メアリアに手をかざす。その手は微かに光を放っているが、この光は一体何なのだろうか。魔力が可視化しているのか、それともこの光でもって合体した2人をほどく結び目を探しているのだろうか。どちらにしろ、属性としては光属性っぽいな。魔王の娘なのにね。
「ハッ!? おはようございます!」
マリアが復活し、メアリも元の身体で頭を上げる。
「お、お姉様、今、悪魔様と王女様がとてもいい雰囲気で……」
余計なことを言うなバカ娘!!
「なんですって!? 私が気を失っている間にどんなやりとりを行ったのですか!!」
「えへ~」
「悪魔様、正直におっしゃってくださります!?」
「お前らは何故俺とヒメがイチャイチャするのを面白がるんだ?」
可愛い王女がいやらしい男に懐いてる姿なんてムカつくだけじゃね? 自分で言うのもなんだけどさ。
「悪魔様の顔さえ修正すれば尊いですからね、王女様が悪魔様に好かれようとする姿は!」
尊いってなんだ……?
「顔さえ修正すれば!」
「顔のことは言わないでくれ」
ちょっと傷付くよ。
「か、顔は悪いですけど……」
「やめて」
悪くはないよ普通の凡庸の平均だよ……多分そうなんだよ……
「悪魔殿の顔は父上のように整っていないが、決して悪くは無いと思うのじゃよ」
ヒメは優しいなぁ! それでも格好良いと思われてないのが俺の現実だ!
「俺のことはどうでもいい。それより、マリアは合体している間に何か気付いたこととか無いのか?」
「眠っているような状態なので何もありませんわ!」
本当に身体だけの女である。
「メアリの力にお前が負けているのが原因だと思うから、ここはメアリが渡す魔力を減らす方向で行った方が良いんじゃないか?」
「何を馬鹿なことを言うのですか! 全力じゃない合体なんて、合体とは言えませんわ! それなら合体しないで、2人で戦った方がまだマシですわ!」
マリアの言うことにも一理ある。というより、合体しない方が強いんじゃないか?
「合体するんじゃなくて、1つの攻撃魔法を2人で使うようなのはどうだ?」
「私が強くなってないじゃないですか! そんなの嫌ですわ!」
ワガママゴリラ! こんなに我が強いのに身体を乗っ取られるなんて、まったく皮肉な女だな!
「そうなると……たとえば逆に、メアリの身体にマリアが魔力を渡すってのはどうだ?」
「私は魔力を受け取る側の魔法しか使えませんわ! それに、私は私の身体で戦いたいのですわ!」
「胸が大きくなるぞ」
「胸なんて飾りです! 卑猥な人にはそれが分からないのですわ!」
なんかパクリっぽい言葉が出てきたが、そもそもこの異世界自体がゲーム世界のパクリっぽいので今更ツッコまない。
「それじゃあ、ヒメがマリアに魔力を渡すのはどうだ?」
「おっぱいが大きくなるのか!?」
「ちょっと王女様!? 絶対にやめてくださいねっ!」
「だけど、悪魔殿はマリアのような身体が好みのようじゃし……」
「人の身体を物みたいに扱うのはやめてください! 私は身体だけの女じゃありませんから!」
身体だけの女だよ、お前は。
「でもダメじゃな。私がマリアの身体を自由にできるとは限らぬしのう」
表現がいやらしい。
「何より、私の意識の方が眠ってしまったら魔法で元に戻れぬからのう」
「言われてみればそうだな」
「その間、悪魔殿が私の身体を守ってくれるか?」
「ああ。だから、ちょっと合体してみてくれ」
「絶対にお断りですわよ! 王女様が私の身体で、悪魔様にあんなことやこんなことをしたら死にたくなりますからね!」
「つまらないのう」
「つまんねぇのう」
「……お二人とも、私を何だと思っているのですか?」
「大切な遊び相手じゃよ」
「目の保養」
「…………メアリ、貴女はどう思います?」
「は、はい、お二人とも、ちょっと、あの、ひどいと思います」
いいんだよ、身体だけのメスゴリラに人権は無いんだからな! だってゴリラだから! でも動物をいじめるのは最低だな。
「ちょっと言い過ぎたな。すまん」
「え、ええ。分かればよろしいのですわ」
「すまないのう、マリア。でもちょっと身体を貸して欲しいのは本心なのじゃ」
「俺からも頼む」
「やらないと言っていますでしょ!? 王女様、本当にそれで良いのですか!?」
「悪魔殿が喜ぶなら良いのじゃよ?」
「ヒメがそう言うのなら、良いと思うぞ」
「悪魔様はなんですか、王女様の今の身体じゃ満足できないのですか!?」
表現がいやらしい!!
「当たり前だ。だって子どもにいやらしい目を向けてたら変質者だろ」
「向けても良いのじゃよ?」
「もっと大人になってからな」
「今すぐ大人の身体になるのじゃよ」
「だから本当にやめてください! 泣きますわよ!」
ちょっと見たい!
「ただな、マリア。お前とメアリの特訓にヒメは付き合ってくれてるんだ。少しくらい遊んでも良いんじゃないか?」
「私は2人に付き合っているつもりは無いのじゃよ。これは私の特訓でもあるのじゃからな」
「マリアとメアリの合体を解くのが特訓に……なるな、一応」
マリアとメアリの合体魔法は大量の魔力が移動する経路を作り出している。その経路を安全に断つヒメの解呪魔法は、たとえばある魂から別の魂への魔力的干渉を断つことも出来るかもしれない。
勇者の断片に苦しむマナを救いたい。そんなヒメの想いが、微笑む彼女から伝わって来るように思えた。
「ヒメ、ちょっと」
「ん? なんじゃ?」
俺が手招きすると、ヒメの小さな頭がコタツ越しに近づく。
「……」
俺は無言で、その頭を撫でた。
「えへ~」
ヒメは嬉しそうに目を細める。顔を赤らめるとかもっと恥ずかしがってくれた方が面白いのだが、心が和むのでこれはこれで良いか。
「……急に尊いことを始めましたわね」
だから尊いってなんだよ……
「わ、私はいいと、思います」
メアリをなでなですれば面白い反応がありそうだが、今は本当にヒメを褒めたい気分なのでやらん。
「さて、ヒメの特訓でもあるのなら、お前ら2人にはもっと合体魔法の練習をしてもらわないとな」
俺はヒメの頭を撫でるのをやめ、腑抜けていたメイド2人に言った。
「分かってますわよ……繰り返し何度もやれば、私が意識を保つための糸口が見つかるかも知れませんしね」
「わ、私も頑張ります。お姉様と王女様に負けないよう、全力でお支えします」
「その意気ですわ、メアリ。手を抜かれてしまっては、姉代わりとして失格ですからね」
マリアはそう言って背を向け、メアリは仰向けになってマリアに手を当てる。もし2人の合体が強化されれば、今後現れるであろう複数の断片を持つ強力な勇者にも対応できるかもしれない。世界の各地でそのような勇者が現れた場合、マリアとメアリはきっと貴重な戦力となる。2人の頑張りは決して、無駄な遊びなどでは無いのだ。
「奥義……ダブリュン!」
気合が入ったマリアの声が、いつもの部屋に響き渡った。
「だ、ダメみたいです……」
「やっぱダメかー」
「ダメなのじゃなー」
ダメだった。
勇者カウンター、残り4567人。




