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勇者が不死身すぎてつらい  作者: kurororon
第2部 勇者が不条理すぎてつらい
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第56話 悪魔とマリアは雌雄を決するのか

 この世界に戻ってきて、いつの間にか半年くらい経っていた。初夏だった季節は冬となり、年が明けた城内にはほんの少しおめでたい雰囲気が漂っている。

 思えばこの半年、色々なことがあった。金髪美少女が許嫁になったり、メイドにバカにされたり、この世界を作った奴が地上の人間に最低な介入をしたり、メイドにロリコン扱いされたり、温泉で女湯覗いたり、メイドに殴られたり。

 そして今。俺は魔王城地下にある円形闘技場にて、そのメイド、マリアと対峙していた。お互い革製らしき厚手のグローブを両手につけ、まるでボクシングの試合のようであった。

 ……どうしてこうなった?


『さて、間もなく始まります悪魔さんとマリア嬢の宿命の対決! 実況は私、ぞんざいさんがお送りします! このあだ名は悪魔さんが付けて下さったので、これからも名乗っていきたいと思います!』


 ぞんざいさんの実況で湧き上がる客席。今日のぞんざいさんは扱いがぞんざいじゃない!


「悪魔さん、頑張って~」


 んで如何にも実況をやりそうな魔王は呑気に王妃と並んで俺を見下ろしてるし! 何の説明も無くグローブを装着させ、闘技場内に送り込んだ恨みは後で存分に晴らさせてもらうからな! 具体的には尻にタイキック。


「悪魔殿、頑張ってなのじゃ~」


 がんばるっ!


『それでは試合前に、お二人に意気込みを述べてもらいましょう! まずは悪魔さんからですっ!』


 邪魔されずに喋れるためか、テレフォンを握るぞんざいさんのテンションは高いように感じる。滑舌が悪く無い辺り、伝令として色々な相手と連絡した経験によって実況という大役を任されたのだと推測出来た。よかったね。

 そして、俺の隣に男性魔族が近寄って来て「どうぞ」とテレフォンを差し出して来た。うん、それで俺何喋ればいいの?


『さぁ悪魔さん、どうぞ!』

「……」

『どうぞ!』

「……なんでこんなことになったの?」

『それは私がお答えしますわっ!!』


 天井から増幅されたマリアの声が響く。闘技場の上の彼女はメアリを横に従え、左手のグローブで掴んだテレフォンを顔の横に持ち、そして握りこぶしにした右手を俺に向かって突き出していた。


『私は常日頃から、強い相手と戦いたいと思っていましたわ! 何故なら! 強くなりたいからですわっ!』


 堂々とした様子で喋るマリアさん。使っているのは電話機なのだが、用法としてはマイクなんだよね。そういう用途による分化が出来てないのは仕方ない所か。


「どうぞ」


 俺の隣の魔族がマイクパフォーマンスを催促する。だから、言うことが無いんだよ!

 

「どうぞっ!」


 ちょっとイラついた様子でマイクじゃなかったテレフォンを押し付けて来るっ! わかった、わかりましたよ!

 俺は観念して右手でテレフォンを掴む。グローブが厚手すぎて持ちにくいわ!


「で、なんで俺が相手なんだ? 魔王でいいじゃん」

『魔王様はお忙しいですからね!』


 そのお忙しい奴、客席から俺たちをニヤニヤ眺めているんだけど。


『何より、私が望んでいるのは魔法を使った戦いでは無く、純粋な格闘戦、肉体のぶつかり合いですわ! その点においては、悪魔様がこの城において最適の相手なのですわよ!』


 メイド服着てる巨乳の美人に肉体のぶつかり合いを求められるのってすっごいエロい感じするんだけど、相手はゴリラだしな……


「ってことは、この勝負は魔法禁止か?」

『その通りですわ! どちらにしろ、悪魔様には魔法は通じないようですしね!』


 確かに俺の疑似人体には魔法無効化機能が搭載されているのだが、別に常時その機能が作動しているわけじゃなくて……まぁ、ややこしくなるので黙っておこう。


「殴り合いをやるとして、ルールはどんな感じなんだ」

『はい! では実況の私がこの戦いの取り決めを』

『足の裏以外が地面に着いたら負け! それだけがこの戦いの取り決めですわっ!』


 あ、ぞんざいさんが説明取られた。どこまで行っても扱いがぞんざいである。


「そうなると、寝技とかは無しの打撃戦になるか」

『ね、寝技!? 何を言って……』

「なんか勘違いしてるようだが、関節技とかのことだぞ」

『も、もちろん分かっていますわっ! そんなものを許したら寝技ばかり狙うでしょう、貴方という男はっ!!』


 客席にいる女性陣から「変態!」「女の敵!」「悪魔殿にそんな度胸無いと思うのじゃ」という野次が飛んでくる! 何もしてないし全部マリアの言いがかりなのにひどいっスよ。負けてもいいから寝技かけたくなっちゃうよ?


「それで、勝つと何か貰えるのか?」

『はい! それでは実況の私』

『悪魔様が勝った場合、私が昨年殴ったり蹴り飛ばしたりした男たちの前でこのスカートをたくし上げますわ! 屈辱ですわっ!』


 観客席で盛り上がる男たち! そんなだから魔王城は交際している男女が少ないって魔王がボヤく事態になっているんだぞ、分かっているのかオイ!


「俺が負けた場合は?」

『私が昨年殴ったり蹴り飛ばしたりした男たちが、上半身裸になって城の外で筋肉を鍛えることになっていますわ! 筋肉を鍛え、男としての格を上げて貰いますからね!』


 今度は女性たちが観客席で盛り上がる。これは男たちが恥ずかしい目に遭うのが楽しいのか、それとも筋肉を見れるのが楽しいのか。王妃の方を見ると、早くもスケッチブックのような物を持って準備していた。気が早い!


「お前に殴られた奴ってことは、当然俺も含まれるんだな」

『もちろんですわっ! 悪魔様が来てから城の男たちがよりいやらしくなったと、皆様申しているのですわ! その報い、しっかりと受けていただきますわ!』


 その件については確かに俺のせいだわ、ごめん。やっぱ本って精神に訴えかけるものだからエロスの精神も助長しちゃうよねー。これは文化というもの原罪だわー。でも女性陣もその点は同じじゃないかね? 寝技という言葉にいやらしいことを想像するマリアさんとかさ!

 というようなことを思ったが、口にすると城の女性陣からの好感度が下がるので言わない。


『それでは早速始めましょう! 構えて下さりませ!』


 マリアはテレフォンをメアリに渡し、両手を顔の前で構える。俺もテレフォンを返却し、構えを取る。

 メアリと男性魔族が退場し、闘技場の上には俺とマリアの2人だけが残る。魔法を使わない純粋肉弾戦。負ける気はしないが、問題が無いわけではない。それをどうするかだが……


『それでは試合開始の合図をさせて頂きます! 試合、開始!!』


 ぞんざいさんの開始宣言と同時に、マリアが一気に距離を詰めて来る。放たれるストレートのパンチを、俺は戦闘用出力で避ける。そしてそのまま、バックステップで距離を取る。


「流石にすばしっこいですわね!」


 爽やかな笑顔でマリアは構えなおす。ゴリラが楽しそうで良かったよ、うん。

 とはいえ、こっちは避けなければならないので大変である。同調加速(シンクロ・アクセル)が発動している場合ならば攻撃が当たっても人工知能の補助で転倒する危険は無いが、今の俺は人工知能による姿勢制御に頼ることは出来ない。戦闘用出力と反応速度の強化はあるものの、攻撃が当たって身体が宙に浮いた場合は足の裏以外のどこかが地面に触れることは必至である。

 そうなると回避をしながら攻撃をする必要があるのだが、攻撃についても問題があった。

 再び攻撃してきたマリアの拳をかわす。隙が出来た彼女の脇腹にパンチをかます、絶好のチャンス。だが、俺はそれを見逃して距離を取った。

 三度(みたび)向かい合う俺とマリア。俺はマリアの全身を改めて見る。彼女を殴るとしたら、一体どこを殴れば良いのだろうか。俺は思考を巡らせた。

 まず顔。却下。客席に女性陣もいるわけだし、女性の顔を殴るのは危険が多すぎる。

 次に胸。却下。絶対にセクハラ扱いされる。

 腹。却下。ビジュアル的に俺が悪者だ。女性の腹を平気で殴る男とか、評判が下がりまくるわ!

 股間。アホか!

 脚。却下。骨折させないと倒れそうにないし、そんなことしたらやっぱり面倒臭いことになる。

 さて、そうなると狙うは…………え、どこ殴れば良いの?


「隙ありですわっ!」


 マリアが姿勢を低くして、下から上に向かって拳を振り上げる。危うい所で回避するが、当たっていたら確実に負けていただろう。そしたらこの寒い中、上半身裸で屋外筋トレなのだ。いやなのだ。

 距離を取りながら、俺はあることに気付く。マリアの身体の前面には攻撃を当てられる箇所が無い。だが背後、背中ならどうだろうか。相手の勢いも利用すれば、すんなりと倒れてくれるのではないか。

 そんなことを考えながら、勢い良く殴って来たマリアの横をすり抜けて背後を取る。チャンスだ。でも戦闘用の出力で思いっきり殴ると背骨折れるかもしれないから、ちょっと弱めに背中へパンチ!

 しかしマリアは素早く身を翻し、反撃をかましてくる。俺はどうにかそれをかわして、ゴリラから距離を取る。


「そんな弱腰の攻撃では、私に当てることなんてできませんわ!」


 マリアが挑発してくる。こっちがちょっと優しくしたらこれだよ!


『さて、攻撃をかわしながら隙を狙う悪魔さんと、攻撃の手を緩めないマリア嬢! 今のは惜しかったと思いますが、どう思いますか解説の王女様!』


 そういえば実況いたね。喋らないので存在忘れてたわ。


『悪魔殿は優しいからのう。手加減していると思うのじゃ』


 ヒメの余計な一言で観客席から「ちゃんとやれー!」「裸になりたいんですか!」「ヘタレ!」という野次が飛んできた。逃げて良いかな?

 その後もマリアの攻撃をかわしながら背中への一撃を狙うが、どうにも当たらない。ゴリラだと思っていたが、むしろ俊敏性の高い動物なのでは無いかと考えを改めてしまいたくなる。たとえばハイスピードゴリラとか。


「なかなか捕まりませんわね。こうなったら、奥の手を使いますわよ!」


 奥の手?


「メアリ、来なさい!」


 マリアの呼びかけに応じ、メアリが闘技場内に入って来る。え、2対1にするの?


「今こそ奥義、ダブリュンを使う時ですわ!」


 ダブリュンってなんだっけ……ああ、そういやコイツら魔力を片方に集中させる魔法を使えたんだっけ。それでメアリの力をマリアに加えて……


「ちょっと待った。魔法禁止じゃ無かったのか、この勝負」

「禁止なのは攻撃魔法だけですわ!」


 そんなこと言ってねぇよ。


『これはどうなのでしょうか、審判の王妃様!』


 王妃はスケッチブックに何やら書いてから、それを実況席と俺たちに向けた。


『面白いから問題無し、とのことです!』


 これボクシングだと思ってたけどむしろプロレスだったかぁ……

 そして王妃の承認により合体魔法を開始するメイド2人。合体とか、状況としては確かに面白いから困る。新年の見世物なのだから、こういう展開は許容せざるを得ないか。

 メアリの魔力がマリアへと注ぎこまれ、メアリの身体が力を失って崩れ落ちそうになる。それをマリアが受け止め、地面の上へと横たえた。合体完了ってわけだな。


「こ、これで私はメアリの力も加わった、スーパーマリアさんです!」


 マリアが恥ずかしそうな表情で腰に手を当てて胸を張った。


『ちなみに「スーパー」とは凄い、のような意味だそうです!』


 実況が丁寧に説明し、マリアの顔がさらに赤くなる。


「それでさ、メアリ」

「は、はい!」


 マリアが応答する。合体魔法ダブリュンは大量の魔力を片方に送るため、精神的な干渉も行ってしまうという欠点もある。よって、今のマリアの身体を動かしているのはメアリで間違いなさそうだ。


「あ」


 慌てて口を押えるマリアじゃない人。天然すぎてむしろ計算なんじゃないかと思えてくるわ……


『何かあったのでしょうか、どうなのでしょう解説の王女様!』

『大丈夫なのじゃ。合体の後はちょっとだけ調子が出ないだけなのじゃ』


 意識が乗っ取られたことを言わないヒメの優しさに俺がノックダウンされそうだよ。


「と、とにかく行きますわよ!」


 頑張ってマリアの口調を真似しながら、メアリが駆け出す。構えはともかく、速度はマリア単体の時よりも速い。俺は早めに身体を動かして、その攻撃を避ける。

 攻撃をかわされたメアリは勢い余って俺を通り過ぎ、よろける。その背中へ、俺は軽く拳をぶつける。


「きゃ」


 体勢を崩し、メアリがあっけなく地面へ転倒する。

 …………うーん。


『決着、決着です! 合体魔法で強化されたはずのマリア嬢、その力を上手く扱えず逆効果となってしまったようです! よって勝者は悪魔さん、悪魔さんです!』


 なんだかんだで俺の勝利に湧く客席。こっちとしては消化不良なんだけどな……


「悪魔さん、面白いこと、面白いことやって!」


 魔王がムカつくので後ほどアイツで鬱憤晴らしすることに決めた。




『さて、それでは負けたマリア嬢、屈辱のスカートたくし上げです!』


 マリアの前に並ぶ、俺を含めた約10人の男子。客席から女性のブーイングを受けながら、マリアに睨まれる。これ、罰ゲームじゃね?

 

「感謝していただけます!? 私のような超絶美人があなた方のような男たちに下着をお見せするのですからねっ!」


 え、下着が見えるくらいたくし上げてくれるの。マジで?


「ふふふ、どうですどうです、興奮してきましたか?」


 少しずつスカートの裾が上がり、マリアの膝が露わになる。


「嬉しいですわよね、幸運ですわよね貴方たちは、本当にもう、この幸せ者!」

「……なぁみんな、どう思う」


 1人の男がそう言って、周囲の男性魔族と顔を見合わせる。


「なんか思ってたのと違うんだよな……」

「やっぱり? 俺もなんか違うと思うんだよな」

「私もこう、明るくやられるとあんまり嬉しく思えないんです……」


 なにやら急速に冷めていく男たち。それが意外だったのか、マリアは目をぱちくりさせている。


「すまない、マリアさん。アンタに殴られたのはそもそも俺たちが失礼なことを言ったからだよな。悪かった」

「私も謝ります。もっと女性には思いやりを持つべきでした」

「俺も悪かった。これからは気を付けるよ」

「俺も」

「俺も」

「私も」


 次々に頭を下げる俺以外の男性陣。そして彼らは、スカートを途中までたくし上げたマリアを放置して場外へと去っていった。

 残るは半端なマリアと、俺。


「……」

「……」

「……悪魔様はなんで残っているのですか?」

「見たいから」

「同情ならいらないのですけれども」

「同情だと思うか?」

「……仕方ない人ですね」


 呆れたように笑い、マリアは再びスカートの裾を上げていく。

 それに視線を取られていたら、突然あごの下を何かが直撃し、俺は後ろへと吹っ飛ぶ。

 空中で見えたのは、俺を蹴り上げたマリアの右脚と、白のレースの……

 ああ、この世界の下着も割とオシャレだな……

 そう思いながら、俺は地面に落下する。


「ば、バカじゃないですか!? バカ! バーカ!」


 客席の笑い声に混じるマリアの罵倒が、何故か微笑ましかった。


 

 

 その後、俺は魔王を闘技場の上に呼び、後ろを向かせた。

 魔王は俺のタイキックを尻に受けて吹っ飛び、見事に闘技場の壁へとめり込んだとさ。

 めでたしめでたし。

 

 

 勇者カウンター、残り5260人。

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