第53話 悪魔と姦しい人たちはトランプでワイワイするのか
いつもの部屋のいつものタタミの上、コタツでぬくぬくしながら俺は本を読んでいた。
が。
「……暇だ」
思わず口から漏れてしまうほどに、暇だった。
話し相手になりそうな魔王は勇者たちを人間たちの国に返すための手続きが終わったので暇になるかと思いきや、魔法の研究や商人たちとの交渉で忙しいらしい。王妃もマンガの締め切りが近いらしく、2人とも最近は日に1、2回しか会う機会が無い。別に寂しいわけじゃ無いが退屈ではあるんですよ。
かと言って、部屋を出てどこかに行くには季節的に少し寒い。コタツから出るのもだるいし。結局、ひま、だりぃ、スケッチを享受するしか俺には無い……ちょっと待てスケッチってなんだ疑似人体の言語機能のバグか? 疑似人体では本来の俺の脳神経系をコピーした上で人工知能などのサポートが加わっているため、こういうことがあると凄い怖くなる。実は気付かないうちに洗脳されてたり、知らない奴らに頭の中を読まれていたりしないよな。こえー、超こえー。
「そんなに寒いのか、悪魔殿」
怖気に震えていたら、いつの間にか部屋の入口にヒメがいた。
「あれ? 学校は?」
「今日は休みじゃ」
「そうだったのか」
ヒメは後ろに従えていたメイドーズと共に部屋に入って来る。というか、コタツに入って来る。暇だったから別にいいけど、男1人と女性3人でコタツを囲むというのはどうも居心地が悪い。
俺の右隣にヒメ、対面にマリア、左隣にメアリが座り、コタツが埋まった。普段と席がちょっと違うような気もするが、この4人だけでコタツに入ることがほとんど無いから気のせいだろう。
「どうも最近日付の感覚もあんまり無いみたいでな」
「ずっと部屋にこもっているからじゃぞ」
はい。全くその通りです。
「王女様、こういう時は無職の引きこもりと言って差し上げるのが淑女らしい振る舞いですわよ」
やめろ。
「無職で引きこもりなお兄ちゃん♪」
「眩しい笑顔と可愛い声でそういうことを言わないでくれ」
「ん? 今、可愛いって言ったのじゃ!」
「言いました、言いましたよ。っていうか、なんだか父親に言動が似てきてないか?」
「父上に似てきたか……それは悪魔殿にとって、良いことか?」
「勘弁してくれ。やめてくれ。マジでやめて」
「じゃ、やめる」
ヒメはコタツの中に手足を深く入れ、上目遣いで俺を見た。あざとい。かわいい。
「それで、何しに来たんだお前ら」
「あ、そうなのじゃ。無職引きこもりお兄ちゃんと遊ぼうと思ってたのじゃ」
「やめろや」
「今日は印刷工房で作られた悪魔殿の世界の遊び道具を持ってきたのじゃよ」
「俺の世界の遊び道具?」
印刷工房が作ったということは、紙のゲームだろう。そして紙のゲームと言えば、カードゲーム。モンスターを召喚して戦う奴かな?
「これなのじゃ」
ヒメがコタツから取り出したのは、直方体の小さな木箱だった。スライド式の蓋がずらされると、中には赤色のマークが7つ描かれた札が入っていた。
「……トランプ?」
「うむ。トランプじゃ」
発音がおかしくない! それが逆におかしい!
「母上が悪魔殿の世界のマンガによく登場するこの札に興味を持ってのう。色々な本から情報を集めて再現したのじゃ」
「手に取って確認してもいいか?」
「もちろんなのじゃ」
ヒメからトランプを受け取り、何枚か見てみる。マークは俺の世界と同じで黒いスペードとクラブ、赤いダイヤとハートである。というか完全に同じだな。
「このマークの名前はスペードで良いのか?」
「その印は剣の葉じゃな。悪魔殿の世界の名前だと発音が難しいから、名前を変えたと母上は言っておったぞ」
俺からしてみればこの世界の方が名前の発音は1億倍難しいと思うのだが、異世界人の発声器官はそれだけ奇妙ということだろう。
「そっちは杖の葉で、こっちは宝石。あとこれは心臓の印なのじゃ」
「なるほど。名前は変えても意味合いはあまり変えてないみたいだな」
トランプのマークは剣だの棒だのをモチーフにしていたという話を聞いたことがある。恐らく王妃が読んだ本にもそのようなことが書いてあったのだろう。
「それぞれの印につき1から10までの数が書いてある札と、王の子ども、女王、王様が書いてある札があるのじゃ」
「そこも俺の世界とほとんど同じだな」
俺はヒメが言った王様や女王が書いてある札を探す。あった。ダイヤのキング、この世界だと宝石の王様か。どんな絵柄なのだろう。
「……」
王冠と赤い服をまとった魔王が、宝石を見せびらかしている絵であった。
「ムカつくな」
「やっぱりムカつきますよね、それ!」
「わ、私は王妃様はやっぱり絵が上手いな、って」
「絵は王妃が描いているのか?」
「うむ。じゃから女王と王の子どもは母上と私に似せて描かれているのじゃ」
どんだけ家族大好きなんですか王妃様。だが領地を支配する王族の顔を人々に覚えてもらえるという効果を考えると、それも良いのかも知れない。
「顔がちょっと美化されているのは気になるな」
「母上には父上がそう見えておるのじゃろう」
なるほどなるほど、ヒメにはここまで美形に見えてないわけね。ざまぁ。
「女王の絵はどうなっているんだ」
女王の絵を探す。見つけた。クラブのクイーン、杖の葉の女王。王冠と黒いドレスをまとった王妃が、目を伏せて杖を握っている絵。淡いタッチで本物の1.5倍くらい神秘的に描かれている。
「ちょっと……これも美化しすぎじゃないか?」
「王妃様はいつでもこのくらい美しいですわ!! 悪魔様は美しく無いとでも言うのですか!?」
「いや、そりゃ美人なんだけどさ、流石にこれは本物と違いすぎるだろ」
「母上もちょっと頑張りすぎたと言っておったのう。女王の札だけ他の札よりも印刷するのが大変になってしまったと聞いておるぞ」
どんだけ自分大好きなんですか王妃様。でもこの調子なら、ヒメも相当美化されているのではないか。
俺は王の子どもの札を探す。あった。ハートのジャック、心臓の王の子。小さい王冠を載せたヒメが、赤い液体の入ったグラスを持っている絵である。
ただし、ヒメの服は何故か王子様を思わせる男物であった。男装女子だ。
「なんで男の格好してるの?」
「母上が言うには、王の子どもの絵札は男じゃないといけないらしいのじゃ。でも近くに父上以外にいい男がいないから、男装させた私を描いたそうなのじゃ」
「そういうことか」
……俺じゃダメだったの?
「こ、この王女様素敵ですよね……普段も男性の格好をしてくれると、その、良いと思います」
「何を言っているんですのメアリ! 王女様は女性らしいからこそ魅力的なのではありませんか!」
「だ、男装してても王女様の凛々しさは失われないと、思うんです……」
「……確かに王女様ならどんな服でも女性らしく、いやむしろ男装することで女性らしさが引き立つという可能性も…………」
「2人とも、何を言っているのじゃ?」
「俺は男装をしてない方が好きだ」
「なら私は男の人の格好はしないのじゃ」
「あ、悪魔様なんてことを、ひ、ひどいです……!」
「最低ですわね、悪魔様!!」
正直な意見を言っただけなのに4つのおっぱいに怒られた。
「それで、このトランプでどんな遊びをするんだ?」
俺はトランプを手でシャッフルしながらヒメに尋ねた。
「ほー……」
ヒメが俺の手付きを興味深そうに見ている。この世界ではシャッフルするようなカードが今まで無かったのだろうか。
「そのようにして、札を混ぜるのじゃな」
「ああ。やってみるか」
「うむ。教えてなのじゃ」
俺はカードの束の真ん中辺りを抜き取って一番上に移す、簡単なシャッフルのやり方をヒメに教える。それを見ていたマリアとメアリもやり方を覚えたらしく、試しにやらせてみたらマリアはシャッフルの途中で思いっきりカードを吹っ飛ばし、メアリはシャッフルの途中でカードをぶちまけた。落ち着けお前ら。
「札の混ぜ方も分かったし、早速遊ぶのじゃ! トランプには色々な遊び方があるそうなのじゃが、一番簡単なバーバヌーキというのをやってみるのじゃ!」
……ババ抜きのことね。魔女の婆さんのことかと思ったよ。
「まず札をみんなに分けて、同じ数字の札が2枚あったらその2枚を札置き場に捨てるのじゃ」
説明をしながらヒメがカードを配り、俺たちは手札を確かめる。ペアになった札を捨てて行くと、数枚の札が残った。剣を持って微笑む魔王の絵がすげぇ不快だった。
「捨てられる札が無くなったらいよいよ本番なのじゃ。順番に右隣の人から札を1枚取り、同じ数字の札が揃ったらその2枚を札置き場に捨てる。それで最後に道化師の札を持っていた者が負けなのじゃ」
道化師の札、恐らくジョーカーだろう。絵柄は間違いなくマリアだな、うん。
「それじゃあ悪魔殿から始めるのじゃ。私の札を1枚選ぶのじゃ」
「ちょっと待った。ただやるのもつまらないし、負けたら罰を受けることにしないか?」
「なんですの急に? どうせ、負けた者は衣服を1枚 脱げとか言うのでしょう、いやらしい!」
「……その発想はマジで無かった」
「え」
やっちゃった、とでも心の中で言ってそうな気まずい表情になるマリアさん。
「マリアよ、いつからそんな恥ずかしいことを言うようになったのじゃ?」
「お、お姉様、もしかしてお姉様は私たちに服を脱いで……欲しいんですか……?」
「ち、違いますわ!! そこのいやらしい目で女性を見る男が考えそうなことを代弁しただけで」
「いやらしい目で見てるのは否定しないが、そんなことを考えるようなアホじゃ無いつもりだぞ」
「……くっ」
札を握りしめ、マリアはコタツに突っ伏す。アホが戦う前から敗北してしまった。
「それで、悪魔殿はどんな罰が良いと思うのじゃ?」
「何かそういう魔術装置は無いか? 軽い罰を与えるような」
「うむ……ちょっと聞いてくるのじゃ」
ヒメはそう言ってコタツから出て、廊下へと消える。「いやらしい……私こそがいやらしい……?」と呟くマリアとそれを心配そうに見るメアリをぼーっと眺めていたら、息を切らせてヒメが戻って来た。
「あったのじゃ! 面白いものがあったのじゃ!」
ヒメはいそいそと靴を脱いでコタツに入り、変な指輪をコタツの上に置いた。
「なんだこれ?」
「魔術研究室で昔作った玩具らしいのじゃ。魔力を込めると、指輪から弱い電撃が出るらしいのじゃ」
「ああ、そういう道具か。俺の世界にもそういう道具あるな」
これもパクったのかな?
「では、負けた者はこの指輪をつけて電撃を受けてもらうのじゃ。それじゃあ悪魔殿、札を取るのじゃ」
「ああ」
俺はヒメの顔の前に広げられた札から、1枚取る。絵柄を見ると、奇妙な服を着て奇妙なポーズをした男が描かれていた。
というか、俺だった。
「うおぉぅ!!??」
俺は驚いて思わずのけぞる。まさか、道化師役は俺かよ!! アイアムジョーカーかよ!!
「悪魔殿、分かりやすすぎるのじゃ。道化師の札を持っていることを隠すのがこの遊びの面白い所なのじゃぞ」
「だって俺が……なんで俺の絵!?」
「道化師に一番合っているのは悪魔殿だと、母上は言っておったぞ」
何も間違って無い!
「くそ、まぁいい。じゃあ、メアリ。札を取れ」
「は、はい」
俺は道化師の札を他の札より露骨に上へずらして持った。そしてメアリが素直にその札を取る。
「あぁ……」
「よっしゃ」
「卑怯ですわ! やっぱり悪魔様は卑怯者!」
「そういう作戦も良いのじゃが、2人とももう少し反応を抑えるべきだと思うのじゃ」
「勝ち負けに拘らず楽しむのがコツなんだよ」
「なるほど、それは一理あるのじゃ。流石悪魔殿なのじゃ」
そしてゲームは進んでいき、メアリ以外の手札が1枚の状態で俺の手番となった。ヒメが1位なのは確定したが、負けなければよかろうなのだ。
俺はヒメの手札に手をかける。俺のターン、ドロー!
道化師!
「私が一番なのじゃ~」
「お、おめでとうございます」
「王女様はやはりお強いですわね」
メイド2人が褒め称えるが、まさかお前らヒメを勝たせるために手加減してないよな。いや、道化師が1周してる時点でそれは考えにくいか。全員負ける気は無いらしい。
「じゃあ、札を引け」
俺は2枚の札を、片方があからさまに怪しく見えるように持った。最初の方で、メアリは目立つ札を取って痛い目にあった。つまり、目立つ札は危険だと学習しているはずだ。それを引くことはあるまいっ!!
メアリが札を引く。思いっきり怪しい札の方をな!
「あ、揃いました」
手札が1枚になったメアリからマリアが札を引き、仲良く2位となる。そして俺は自分が描かれた札を持って呆然とする。
「悪魔殿が負けじゃな」
「敗北者ですわね!!」
この負け、取り消してはくれないよな……
「分かった……罰を受けよう」
俺は指輪をはめる。俺の疑似人体は頑強な一方で痛覚とかの感覚は全く軽減されないためちょっと心配だが、弱い電撃らしいので問題は無いはずだ。
「じゃあ魔力を飛ばしてみるのじゃ。えい」
「ぐおあああああああああああああああ!!」
その時、俺に電流走る!! 予想以上に痺れたわ!!
「そ、そんなに痛いんですの……?」
「痛いわ!!」
「少し疑わしいですわね」
次の瞬間、さらに俺に電流走る!! マリアの奴、魔力込めやがったな!!
「面白い、面白いですわ!!」
「なんでお前まで魔力飛ばすんだよ!?」
「メアリ、貴女もやってしまいなさい!」
「は、はい」
「やめ」
電流走る!! 俺、悶える!!
「痛い、痛いっての!!」
「悪魔殿、そろそろ外して良いのじゃ」
「そういえば外せば電流は流れないんだよねっ!! 気付くの遅すぎたね!」
俺は指輪を投げ捨て、溜息を吐く。
「……もうやだ」
「よしよしなのじゃ」
ヒメが俺の頭を撫でる。
……なんか今日の俺、ヒメにもオモチャにされてる気がする。
「愉快ですわね、メアリ」
「で、でもちょっと、良いと思います」
「後で覚えてろよ、特にマリア」
その後、2回戦目で負けたマリアが電流喰らってブルンブルン震えていたので復讐完了!!
そして協議の結果、電撃指輪は永遠に封印されることとなった。
……何やってるんだろうね、俺。
勇者カウンター、残り5793人。




