第51話 勇者の軍勢は逆襲を果たすことが出来るか
魔王城の北にある関所の門の上で、俺と魔王は大人数の兵士と共に勇者の到着を待っていた。冬の色が濃くなってきた風は冷たく、しかし集まった男たちの熱気は生暖かい。温度が入り混じって、なんだか気分が悪くなってきた!
「勇者たちは今回もちゃんと疲れといてくれてるかなぁ」
少しだけ不安げに魔王が呟いたが、勇者カウンターの減少値から間違いなく勇者軍は打撃を受けている。前回と同様に落とし穴の魔法であるドロヌーと幻覚を引き起こす魔界植物を勇者の行軍ルートに仕掛けたのだが、それらへの対策は十分では無かったようだ。
解呪の魔法を道全体に施したり幻覚を防ぐ魔法を使用したり、対策は簡単に思いつく。しかし魔王の話では人間が魔力を回復する方法は薬や休息がほとんどで、魔王のように魔導石を使った高速魔力回復は出来ないらしい。そうなると勇者軍にいる魔法使いの人数と物資では対処しきれない量の罠が仕掛けられている場合、行軍速度を落とすかもしくは罠を覚悟で進むしかない。そして今回は後者を選んだようである。
「勇者には冷静な判断力が無い。恐らく、相当疲弊した状態でやってくるだろうな」
「敵意って怖いね。ボクも誰かを嫌いになりすぎないよう注意しないと」
お前は他人に興味無いから無用な心配だと思うけどな!
「だが、何の対策もしていないとは限らない。相手がビリビリへの対策をしてきたらどうするんだ?」
戦闘が始まった場合、こちらは敵を麻痺させる魔術装置であるビリビリを連射するしか戦術が無い。それを戦術と呼ぶのかどうかは微妙な所だが、相手を殺さない戦い方としては効率的である。
「相手がどんな対策をしてくるかでこっちも対応を変えるよ。ボクなら大体のことは解決できるし」
大口を叩く魔王であるが、コイツはいざとなったら超高速化と攻撃魔法を併用して4000人くらい簡単に殺せそうなので嘘とも言い切れない。もうコイツ1人で良いんじゃないかな。部下の皆さんは寒いから帰っていいっス。
「おっ、やってきたね」
魔王の言う通り、北に繋がる道の果てに人間たちの大群が見えた。あれが陽動で別方面から本命の勇者が潜入するとかだと怖いなと一瞬思ったが、一番倒すべき相手である魔王がここにいるのであんまり意味は無さそうだ。城に入られても変なメイドが蹴り倒してくれるから問題無いだろうし。そう考えると有事の際は便利だな、あのメイドゴリラ!
「それじゃあ、みんな準備はいい?」
門の上にいる100人程の男性魔族が、いつの間にか40人の列2つと20人の遊撃役に分かれていた。ふざけているようで、いや実際ふざけた連中なのだが、練度自体は低くない。やることは整列してアホみたいに電撃飛ばすだけだから、練度が低かったらそれこそ完全なアホ集団なんだけどな!
「今回も前回と同じ、正面は君たちに任せてボクは背後から攻める。ただ勇者たちも対策をしている可能性が高いから、ボクはそれを潰すのを優先するからね」
「はい! 頑張ってください!」
兵士たちが一斉に魔王にエールを送る。いやいやお前らも頑張るんだよ!
「あと悪魔さんは念のためこれを守っといてね」
そう言って魔王は、遊撃役の魔族から受け取った丈夫そうな箱を俺の前に置く。
「なんだこれ?」
俺が箱を開けると、中には宝石のようなものが付いた指輪がいくつも入っていた。
「高純度の魔導石だよ。標準魔導石と比べて精製に凄い手間がかかる貴重品だから、失くさないようにね」
「なんでこんなに大量に……いや、備えあれば憂いなしか」
「今の言葉、悪魔さんの世界のダジャレってやつだよね!? もう一回言って!」
「ダジャレじゃねーよ! ことわざってやつだよ!」
……慣用句だっけ? どっちだ?
「コターザ?」
「敵が目前に迫ってるのに妙なことを気にするな! とにかく、俺はこの高感度の魔導石を守ればいいんだな!」
「高純度魔導石だよ、悪魔さん。超高速化をいっぱい使うかも知れないから、悪魔さんがちゃんと守ってくれないとダメだよ」
「わかった」
俺は箱のふたを閉じて、その上に腰掛けた。
「……悪魔さん、それだと取り出しにくいんだけど」
「一番安全な守り方だ」
決して立っているのが疲れるとかそういうのではないぞ。
「しょうがないなぁ……っと、そろそろ遊んでる場合じゃなさそうだね」
遊んでる自覚はあったんだな。勇者たちは大分近づいてきており、この距離ならビリビリの電撃も届きそうである。
「それじゃあ前列、攻撃開始!」
魔王の合図で40人が前に出て、ビリビリから電撃を発射する。命中すれば勇者たちは麻痺して地面に倒れるはずだが……
「あっ」
「おお」
半透明のバリアのようなものが勇者たちの付近に現れ、電撃を防ぐ。そして勇者たちは進軍速度を速め、こちらに向かってくる。
「魔王様! どうしましょう!?」
「もう1回撃ってみて」
魔王の指令で兵士たちが再度ビリビリを使用するが、勇者たちの防御魔法がそれらを無効化する。
「なかなかやるね。ビリビリを防ぐには結構強い防御魔法が必要だと思うんだけど」
「呑気に言ってる場合か。本当にどうするんだ」
「方法はだいたい分かったから、ちょっと行ってくるね」
そして、世界が静寂に満たされる。魔王の超高速化と、俺の同調加速の発動。この状態なら魔王は一方的な攻撃が可能であるが、果たして何をするつもりなのか。
「ほいっ、ほいっ」
勇者の方では無く門の後ろに向かった魔王が、なんか掛け声を発している。恐らく階段状に組まれた足場を降りているのだろうが、一体後方に何の用があるのだろうか。
少しすると、大きな木箱を持った魔王が勇者たちの方に駆けて行くのが見えた。魔王は勇者たちの眼前に木箱を置くと、そこから枷のようなものを取り出す。
なるほどな、と俺は納得する。魔王が勇者たちに装着させ始めたのは、魔力を霧散させる手枷と足枷である。防御魔法を使える勇者にそれらを付ければ、ビリビリの攻撃が無効化されることは無い。相手を殺さず捕虜として国に返すことを考えれば、適切な対応だろう。超高速化の使用が前提となるため魔力の消費が激しいのと、俺が待ってなきゃいけないことを除けば問題は無い。俺が待ってなきゃいけないのは大問題だが。
そんなこんなで10分くらい経過した。同調加速は魔法のような都合のいい加速では無いため、下手に動くと衝撃で周囲が大変なことになる。そのため人工知能を経由しなければ動けず、俺自身も身体を動かしている感覚が薄い。だから何というか、精神的に凄い疲れる。っていうか疲れた。自由に身体を動かせるって素晴らしいんだと実感するわー。筋トレとか始めたくなるわー。
脳内で文句を垂れ流していると、魔王が勇者から離れてこちらに戻り始める。防御魔法の使い手全員に枷を装着させたわけでは無いようだが、追加の枷を取りに行くのだろうか。
と思ったら、俺の横に来た。まだ終わってないぞ。ああ、面倒だから残りは殺すことにしたのかな? この人でなし! 人間じゃ無いけど!
そして、世界が動き出す。超高速化と同調加速が解除され、足枷のせいで勇者たちの一部が転倒する。それに巻き込まれて他の勇者も転び、折り重なって倒れる。行列って怖いな。
「前列、ビリビリ発射! あと悪魔さんそこどいて!」
「あいよ」
俺は魔導石の入った箱から腰を上げる。魔王は手に嵌めていた指輪を床に置き、箱の中に入っていた指輪を新たに嵌める。
「魔力切れか?」
「うん。余裕は少しあるんだけど、念のため適度に補充しておかないとね」
「ちなみにその指輪1個で何分くらい超高速化が使えるんだ?」
「1分くらいじゃない? 標準魔導石の60倍くらい魔力が溜められるから」
「60倍か……高純度というのも伊達じゃないな」
「ダーティ?」
伊達という言葉も無いのかこの世界。伊達政宗いないから仕方ないか。でも伊達という言葉の由来って正宗だったっけ。学が無くてわかりません!
「ダーティって」
「そんなことどうでもいいから早くしろ」
「そうだね」
指輪を装備し終え、魔王が勇者たちの方に向き直る。一部の勇者を無力化したためビリビリもある程度効いているようだが、戦線が崩壊する程では無い。距離が詰まってしまえば勇者たちは犠牲覚悟で突撃をしてくるだろうし、急ぎの対応が必要である。
「ビリビリもっと撃って!」
ビリビリの電撃は道に広がる勇者の左側半分には効いているようだが、右側の半分には防御魔法で防がれている。魔王が枷によって拘束したのは左側の最前列付近にいる勇者であり、このことから防御魔法の範囲は狭く、魔法の使い手も最前列に集中していることが推察された。
そして再び、世界が静かになる。超高速化を使用した魔王が門を降り、枷の入った箱を持って勇者たちに近付く。明らかに防御魔法を使っている態勢の勇者を選んで手枷と足枷を装着させながら、道の右端まで動いて行く。
そこで魔王は何やら考えるような仕草をして、防御魔法を使っていないだろう勇者にも枷を装着させていく。ははーん、さては余った手枷と足枷を持って帰るか使っちゃうかでちょっと悩んだんだな。えっとだな、どうせ壊れないんだからその場に置いて行け!! 魔力がもったいないでしょ!
箱に入った枷を使い切ったらしい魔王が俺の横に戻って来た。時間にして、合計20分強。確か標準魔導石1つで超高速化が1秒使えるらしいから、単純計算で1200個分。領民からの魔力徴収があってこその大盤振る舞いである。ちゃんと感謝しなさいよ。
世界が動き出し、喧騒が俺の耳に痛いほど響く。無音から騒音へと急に変わるから、ホント耳に悪いんだよ。魔王が超高速化を使いそうな場面では耳栓でもしようかな。魔王が外しに来るから無意味だわ。
門の上から放たれる電撃は、勇者たちを次々と麻痺させていく。どうやら防御魔法を使える勇者は全員無力化されたようだ。あとは前回同様、兵士たちがビリビリを連射して魔王が勇者の後方に回れば完全勝利となる。長い戦いだったが、俺と魔王以外は体感時間2分くらいなのでかなり意識の差がありそうだ。調子に乗ったら説教だからな、魔王軍の諸君。
「どうにか対応できたみたいだね」
「そうだな。最前列以外にも防御魔法を使える勇者がいるかも知れないが」
「そんな戦力の分散みたいなことはしないと思うよ。いるとしたら、一番後ろかな」
「前回、お前が後ろから攻めたからな」
「というわけで、今回は最初から相手の真ん中でエレクトウェーブを撃つことにするよ」
ビリビリの電撃を広範囲に発生させるエレクトウェーブは、敵のど真ん中で使えれば非常に強力な魔法である。そして魔王は超高速化で敵の只中に難なく入り込むことが出来る。卑怯。
「じゃ、行ってくるね」
魔導石の指輪を嵌め終えた魔王がそう言って、超高速化を使う。本日3回目であり、俺の同調加速も当然3回目である。どうせ身動きしないんだし、もう同調加速じゃなくて同調加速って呼ぼうかな。そんなことしたらテンションがさらに下がるだけだから、やるべきじゃ無いんだけど。でもそのくらい待ってる時間って暇なんだよ! 疑似人体の人工知能も音楽を脳内で流すみたいな暇を潰す機能を用意しとけよ! 大昔の深夜ラジオ番組とかでもいいぞ!
そのようなくだらないことを考えている間に、魔王との距離が開いて同調加速から解放される。その後ぼーっと門の上から戦闘を眺めていたら勇者たちは全滅し、魔王がのんびりと勇者たちを踏みながらこっちに戻って来るのが見えた。
捕虜にするための拘束作業が残っているが、ひとまずはお疲れさまだ。4000人近い勇者を相手に、魔王も部下のみんなもよく頑張った。もちろん俺も頑張って…………
……頑張って、金縛りに耐えてたよ?
勇者カウンター、残り6262人。




