第50話 コタツは彼を封印するのか
「この辺か?」
「う~ん、もうちょっとこっちじゃない?」
いつもの部屋のいつものタタミの上で、正方形のテーブルに乗せる布の位置を調節する俺と魔王。あとそれを見ている王妃。
「こうか?」
布の位置を調整する俺。ちなみに俺は科学の粋を集めて造られた高性能疑似人体を与えられ、この世界の繁栄と安定のために派遣された男である。今はコタツの設置をしている。
「あっ、ちょっとシワになっちゃう」
布を伸ばしてシワを解消する魔王。ちなみにコイツは大魔王と女神という世界の二大頂点を倒し、現在実質的に世界で最も強大な権力者と言える男である。今はコタツの設置をしている。
「この辺で良いかな、王妃」
魔王の問いに頷きで返す王妃。ちなみに王妃は……だんだん虚しくなってきたからやめよう。
「それじゃあ置くね。悪魔さん、そっとだよ」
「分かっている」
俺と魔王は慎重に布を下ろす。布はコタツの四辺に偏りなく広がり、目立ったシワも見当たらない。
「いい感じだね。それじゃあ、板を乗せようか」
魔王はタタミに置いてあったコタツの天板を持ち上げる。
「なぁ、なんで俺たちがコタツの設置をやっているんだ? マリアやメアリに任せても良いんじゃないか?」
「ダメだよ悪魔さん。こういう季節の仕事をちゃんとやらないと、なまけ者の王様になっちゃうよ」
その言葉に王妃も同意を示す頷きを返した。確かに季節の行事などは王として大事な仕事だろう。だけどコタツの設置は別に季節の行事でも無いしもっと別のことやった方が民草のためになると思う!
「それにここは悪魔さんの巣なんだから、悪魔さんとボクが責任もってやるべきだよ」
「それを言われると……いや待てお前に責任は無いだろ」
「飼い主として……」
「コタツぶっ壊すぞ?」
「ごめんごめん冗談冗談。でもこういうことするのって楽しいでしょ?」
魔王がコタツの上まで天板を持ってくる。俺は魔王と反対側の辺を持ち、板を支える。
「楽しいわけじゃ無いが、全部人任せにするよりかは気が楽かもな」
「そうでしょ。コタツはのんびりするためのものだから、気兼ねなく楽しめるようにしないと」
「そういうもんか。まぁ、マリアなんかにやらせたらコタツに入るたびに『良い御身分ですわね』とかの嫌味を言われそうだしな」
「言いそうだね」
2人で天板をゆっくりと置き、ついにコタツが完成する。
「よし、コタツ完成だね!」
「ああ」
「早速入ってみよう!」
俺と魔王がコタツに足を入れようとすると、既に王妃の足がコタツに入っていた。いつの間にか座布団みたいなクッションまで敷いてるし! 良い御身分ですわね!
「王妃もコタツ大好きだよね」
『大好きです』
「ボクのことは?」
『大好きです』
「ボクもだよ~」
「急にいちゃつくのやめてくれないか。あと王妃が手帳の文字を使いまわしたんだけど、そんな愛情表現で良いのかお前は」
「愛情は文字じゃない、行動や態度だからね」
使いまわしって行動自体に愛が感じられないんだけど!
『悪魔さんの前ではあまりお熱いことをしたく無いんです』
王妃が言い訳のようなことを手帳に書いたが、照れ隠しなのかふざけているのか俺に気を配っているのかがわかんない! 見た目に依らず熟年夫婦だからこの2人の関係は分かりづらいぜ!
「それじゃあ温度を調節するね」
魔王はコタツの中に手を入れ、何かをいじり出す。熱を出す魔術装置の出力を調整する調節器とかいうのが付いているらしいので、それを操作しているのだろう。ツマミという存在の名称と形状を教えておけば良かったかな……
「おっと、温かくなってきたね」
コタツの中の温度が少しずつ上がって行く。俺の世界のコタツと比べて温度調節などで面倒な点はあるが、これがコタツであることに疑問は無い。よって気分は既にだらけモードだ!
「やっぱりコタツは良いね……もう出たくないなぁ……」
魔王封印装置、コタツ。
「あっ!? コタツがありますわっ!!」
入口からうるさい声が聞こえてきた。マリアアンドメアリのかしましメイドーズである。帰れ。
「王妃様! 今年もよろしいでしょうかっ!?」
マリアの言葉に王妃は頷いて、対面を手で示した。
「失礼致しますわっ!」
「し、失礼します……」
タタミに上がったマリアとメアリは王妃の対面に2人並んで座り、足をコタツに入れた。現在コタツの中には男子の足が4本、女子の足が6本である。ごちゃごちゃしてるわ!
「狭くないのか、お前ら」
「平気ですわ! コタツは選ばれた者しか入れない名誉ある席! 従者である私たち2人は入れるだけでも光栄なのですわよっ!」
コタツはそういうもんじゃ無い。あとお前らメイドではあるけど元々魔界の貴族的立場に近いはずだからそんなに気にしなくても良いんじゃ。いや、むしろあんまり気にしてないからコタツに入って来たのか。
「わ、私たちがコタツに入っても良いのは、王妃様がお許しになってくれたから、なんです」
「そうなのか?」
メアリの言葉の真偽を王妃に尋ねると、彼女は『そうです』と書かれた手帳を俺に見せた。
「そうか……」
今は5人入っているが、俺がいなければ丁度4人になるからバランスが良い……いやちょっと待てヒメがいるから結局5人じゃん。というかヒメが帰ってきたら6人になるぞどうするんだオイ。
『コタツはみんなで入った方が楽しいですから』
「ボクは王妃と2人の方が良いんだけど、王妃が楽しいならそっちの方がいいよね」
『それとメイド服を着た女性がコタツに入っている姿はなかなか趣がありますし』
大丈夫か、王妃!?
『加えてちょっと窮屈そうに身を寄せ合っているのをのんびり観察できる点も良いですね』
マジで大丈夫なんですか、王妃!!??
「ボクにはよく分からないけど、王妃が楽しいならそっちの方がいいよね」
お前はもう少し嫁の趣味に疑問を持てよ! 口出ししないのが夫婦円満の秘訣なのかも知れないけどさぁ!
「ああっ!! コタツなのじゃ!!」
また元気なやつが出てきたぞ。学校から帰ってきたヒメちゃん13歳です。
「王女様もお入りください! なんなら私たちがどきますわよ!」
「大丈夫なのじゃ」
そう言ってヒメはタタミに上がるものの、立ち止まって考え出してしまう。
「どうした?」
「いや……どこに座れば良いのかちょっと迷っているのじゃ……」
『好きな所に座れば良いのですよ』
王妃がアドバイスを授ける。お母さんだ。
「う、うむぅ……」
ヒメは益々考え込む……というか俺の方をチラチラ見ている。
母である王妃。父である魔王。そのどちらかの隣に座るのが妥当ではあるが、13歳という年頃を考えると親離れが出来ていない雰囲気も受ける。
ということは、メイドの間に挟まるのが一番だな。若い娘さんが家族でも無い男と並んでコタツに入るなんてけしからんし!
そして、ヒメは少し恥ずかしそうにしつつ俺の隣に座り、コタツに入った。ですよね。
「ヒメはやっぱり悪魔さんの隣が良いんだね」
魔王がニコニコしながら言った。娘をからかうような発言はよしたまえ!
「だ、だって……」
何か言葉を紡ごうとモジモジするヒメであったが、どうにも言葉が浮かばない様子だった。
『私の隣だと文字を書くときに邪魔にならないか気にしちゃうから悪魔さんの隣に座ったんですよね』
「ちが……そ、そうなのじゃ! そ……そうじゃないけど、そうなのじゃ!」
どっちや。
「ボクも王妃とくっついてコタツに入りたいんだけど、禁止されてるんだよね」
『みんなの前では王様らしくしてくださいね』
「うん」
うん、じゃねぇよ全くしてねぇよ6人でコタツ入ってる王様なんていねぇよバカなのアホなの。
「悪魔殿は……狭く無いか?」
「ヒメはそんなに大きくないからな。気にならない」
「む……すぐにもっと大きくなるのじゃ」
「そうか」
「ああやって悪魔様は素っ気ない態度をしつつ、内心ではドキドキしているのですわよ、メアリ」
「は、はい。勉強になります」
「オイそこの2人こっちに聞こえる声で勝手な妄想を押し付けるな」
「あ、悪魔殿はドキドキしてくれているのか?」
「してない」
「それなら、もしぎゅーっと抱き着いたら」
「ドキドキするからやめてくれ」
「本当に仲良いね、2人とも。なんだか妬けてきちゃうな〜」
何故お前が嫉妬する。
「やっぱりコタツってさ、体だけじゃなくて心もポカポカしてくるよね~」
気持ち悪いこと言いだした!!
「いいよね、コタツ……」
「魔王様っ!! 大変ですっ!」
また入口に奇妙な奴が出てきたぞ。彼は伝令として時々この部屋に連絡を伝えに来る、通称ぞんざいさんだ。
「ゆ」
「ごめん、帰って」
「帰ってくださいます!? 今は家族でコタツに入って団欒のひと時を過ごしているのですからっ!」
お前は家族じゃない。俺もだけど。
「ご、ごめんなさい、今はちょっと間が悪いみたいです……」
「戻った方がいいのじゃ」
口々にぞんざいさんを邪魔者扱いするコタツの民!
「あ、あんまりです皆さん! 大変なことが起きたのに!!」
「今はコタツが優先かな」
王様らしくしろと釘を刺されたばかりなのにお前は何を言っているんだ。
「くっ、ですが諦めませんからねっ!!」
ぞんざいさんは敗者のような捨て台詞を残して廊下を走って行った。結局何があったのだろうか。
「まったく、時間と場所をわきまえて報告はやって欲しいよね」
国家元首にあるまじき発言であった。
「もしも緊急の事態だったらどうするんだよ」
「それならわざわざこの部屋まで来ないで、テレフォンで知らせるでしょ」
その時、部屋の片隅に置いてあった連絡用魔術装置テレフォンから何やら声が聞こえてきた。着信を伝える灯りも点滅しているし、これは応答しないといけない様子である。
「コタツから出ないと取れないからなぁ……別にいいかな……」
よくない。
夫のだらけっぷりを見てか、王妃がコタツから出てテレフォンを取り、すぐにコタツに舞い戻った。そしてテレフォンを魔王に渡した。
「ありがとう王妃。寒くなかった?」
王妃は首を横に振って微笑む。魔王のようなダメ魔族には出来すぎた嫁だよ……
「それで何? 今忙しいんだけど」
魔王がテレフォンの通話先に不機嫌そうな声で応答する。コイツ、強く無かったら部下に下克上されてるわ。
「え!? 本当に!? なんで最初にテレフォンで知らせないでわざわざ……いや、ちゃんとテレフォンから声が出てたら応答するって!」
魔王、嘘をつくな!
「とにかく分かった、行きたくないけどすぐに行くね」
魔王はテレフォンの通話を切り、大きなため息を吐く。
「何があった」
「えっとね、勇者の軍勢が進軍を開始したって」
「早すぎるだろっ!? 前回から1か月くらいだぞ!!」
「それだけ気が急いてるってことだろうね……というわけで、仕方ないけど行ってくるね」
「俺も行こうか?」
「悪魔さんがいてもしょうがないから、コタツでゆっくりしてていいよ」
言い方ぁ!!
「じゃあみんな、ボクの分までコタツを楽しんでね」
魔王はそう言って、名残惜しそうな様子で部屋を出て行った。
「……」
勇者の持つ魔族への敵対心は、間違いなく冷静な判断力を奪っている。そうなると、勇者たちは時が経つと共にどんどん狂暴化してしまうのでは無いだろうか。暴風の王による聖獣の討伐によってその速度が増していると考えると、勇者たちの動向をもっと把握しなければ危険だと言える。
「……1人分空いたのじゃ」
「ん?」
ヒメがポツリと呟いた言葉に、思考が中断させられる。俺の対面の席には魔王が座っていたが、今は誰も座っていない。なので、1人移動すべきだろう。
「あっちが空いたから、ヒメが」
何故か俺の服の裾を掴んでくるヒメ。
『マリア、あちらに座りなさい』
「よろしいのですか?」
『いつも2人だと窮屈でしょう。たまには正しくコタツを堪能しても良いと思います』
「ではお言葉に甘えて……」
王妃の指示でマリアが魔王の座っていた場所に移る。そして、ヒメが俺の服の裾を離した。
「王女様、なんだか嬉しそうですわね」
「えへ~」
ヒメが気の緩んだ笑顔を見せる。なんなのこの子。
『悪魔さんはもっと自信を持っても良いと思いますよ』
「突然どうしたんだ?」
「悪魔様が思っている以上に女の子は強くてワガママなのですわ!」
「お前まで突然どうしたんだ」
「わ、私は王女様が望むなら、応援したいなって、思います」
「だからどうしたんだお前ら」
「えへ~」
「お前はどうした」
女性4人とコタツに入るというハーレム的状態なのだが、女性陣が何を考えているのか分からないので居心地は悪い。これはちょっと、俺も席を外した方が良いか。
「悪い、俺もやっぱり魔王の所に」
「ダ、ダメなのじゃ!」
「ダメですわっ! そういう所がダメなんですわっ!」
「だ、ダメです! あ、頭悪いんですかっ!」
『悪魔さん、もっと勉強してください』
なんなの!? マジでなんなのもう!! ヒメが俺に好意を持ってるのは分かるけど、並んでコタツに入ってないといけないのはなんで!? 女の子ってわかんない!
「……分かった。コタツからは出ない」
「えへ~」
ヒメがまたしても気を緩めた顔を見せる。ああもうどうすれば良いんだよ俺は。コタツから出なきゃ良いのか?
……やっぱりコタツって、何かの封印装置なんじゃないか?
勇者カウンター、残り7156人。




