第49話 悪魔は難しく考えちゃダメなのか
いつもの部屋のいつものタタミの上、テーブルに置いた将棋盤越しに対峙する俺と魔王。コイツと将棋するのも久しぶりなわけだが、それだけ勇者関係で忙しかったということだろう。おつかれー。
「ふふふ……どうかな悪魔さん?」
「強くなったもんだな」
「この十数年、悪魔さんに勝つため王妃や本からいっぱい教わったからね!」
それだけ勉強すれば、普通は強くなるだろう。魔王が前より強くなっているのは当然のことである。
「王妃に感謝しろよ」
俺は一手、指す。
「ショーギもそれを勉強する本も悪魔さんが持って来てくれたものだから、悪魔さんにも感謝するよ。だから感謝のしるしとして、悪魔さんを倒し……」
盤面を見ていた魔王が沈黙する。これはあれだ、助かる手が無いか考えている時の沈黙だ。
「ねぇ悪魔さん、もしかしてボクの負け?」
「早く指せよ」
「どう考えても負けなんだけど」
「俺とお前が気付いていない手があるかも知れないぞ?」
「えー」
魔王は不満そうに、テレフォンを取り出す。
「あ、王妃? ちょっと来てくれない? うん、悪魔さんの巣」
魔王は仲間をよんだ!! あとここを俺の巣と呼ぶのいい加減やめてくれない?
「王妃が来るって」
「あ、ああ」
多分無駄だと思うんだけどな……
「勝てると思ったのになぁ。悪魔さんもこの十数年の間に強くなったってことかな」
「違うと思う」
俺の世界とこの世界は時間の流れが違うので、俺は元の世界で2か月も過ごして無い。その間に将棋のことなんてほとんど考えてなかった。
つまり単純に、魔王に将棋の才能が無い。
「お前は難しい局面で間違った手を指してる気がするんだよ」
「難しいことは分からないからね!」
堂々と言う魔王。その辺が才能無いところなんだよ!!
「ショーギで難しいこと考えるより、魔法や魔術装置のことを考えた方が良いと思うんだよね。ショーギはあくまでも、遊びだから」
そういうこと言う奴は本当に才能無いからなっ!! 他に大事なことがあるとか遊びだとか、魔王のくせに逃げるなんて生意気だぞ!
「別にいいけどさ……それで、将棋なんてやってる暇あるのか?」
「なんで?」
「暴風の王だよ」
俺は異次元収納装置から勇者カウンターの変化を記録している手帳を取り出す。
「暴風の王に聖獣の調査を任せてから、相当な勢いで減っているぞ」
平均すると1日100体前後減少している。この調子だとあと80日しないで勇者が全滅するので、春には勇者のいない世界となる。雪かな?
「いいんじゃない?」
「本当に良いのか? どんな影響があるか分からないぞ」
聖獣は野生の獣ではあるが、それが大量に死ぬことで環境だけでなく人間たちにも悪影響が及ぶ危険性は否定できない。暴風の王が聖獣の群れを殺し尽くす所を見られたら、彼女の評判も相当低下するだろうし。
「多少は影響があるかもしれないけど、世界中のことを考えれば毎日もっとたくさんの動物さんたちが死んでいると思うんだよね」
「それは……そうかもしれないが」
「聖獣が住んでいる場所も人里から離れているみたいだし、あんまり影響無いと思うな」
「だけど暴風の王の動向には注意しておいた方が良いんじゃないか。こっちの目が届かない場所で何をやらかすか分からない」
「各地の指揮官には空飛ぶ円盤を見かけたら報告するように言っているよ。前の勇者の時に作った連絡網はこういう時にも役立ってくれるから、本当に便利だよね」
世界中の魔王軍が未確認飛行物体の情報を収集している!
「暴風の王がどの辺にいるのかがわかればその周囲への影響もわかるし、残りの聖獣がどこにいるのかも目星がつくよね。ただ暴風の王は1日ですごく移動するから、見失っちゃうことも多いんだけど」
「やはり不安が残るな……成果を考えれば許容できなくも無いが」
「うん。彼女のおかげで、ちょっと気付いたこともあるしね」
「何かあるのか?」
あったんならまったり将棋を指す前に言ってくれよマジで。
「えっとね、聖獣って群れで活動してるっぽいよね。暴風の王が倒した聖獣も群れで襲って来たらしいし」
今までに俺と魔王が遭遇した聖獣は、どれも群れで襲い掛かって来た。聖獣のすべてが群れで行動するかは分からないが、その傾向は強いように思える。
「だけどそれって、おかしいんだよね」
「何故だ?」
「聖獣ってすごく珍しくて、生息しているのはかなり狭い範囲だと考えられているんだけど」
「ふむ」
「それだと面積当たりの勇者の数が多すぎるんだよね」
「確かにな……」
夏に訪れた島には300体ほどの聖獣勇者がいたが、島の面積から考えると異常な密度である。聖獣が勇者になりやすいという可能性は考えていたが、それ以上の何かがあるかも知れない。
「そうなると、聖獣は群れ単位で勇者になっているのかもな」
「それって、偶然なのかな?」
「……いいや、意図的なものだ」
勇者の断片を植え付けたのはクリエイターであり、奴には目的がある。面白い戦いが見たいという、明確な目的が。
「勇者を作った奴は、俺たちと勇者を戦わせようとしている。相手が人間であれば戦いにくい所だが、聖獣であれば戦いやすい」
「つまり、より戦いが起こりやすくなるような人間や聖獣を勇者にしているってことかな」
「かもしれないな」
クリエイターは子どもなども勇者にしている素振りを見せていた。だが恐らく、それは俺を惑わすための嘘であろう。奴が望んでいるのは戦いを回避するための回りくどい努力などでは無く、シンプルな衝突なのだから。そしてそれが起こりやすくなるよう、勇者となる存在を選定したのだ。
戦え。それがこの世界を作った奴の意志なのだ。そうなると、聖獣というのは俺たちを戦いに引きずり込むための仕掛けなのかもしれない。聖獣が魔族への敵意を群れ全体で共有している以上、地上での活動範囲を広げようとしている魔族は必然的にそれらと戦うこととなる。
もし勇者となった聖獣が全て倒されたら。その場合、聖獣に植え付けられていた勇者の断片全てが人間たちへと渡る。そうなれば人間の勇者たちの攻撃性は増し、勢力を伸ばす魔族との衝突も不可避となるだろう。
奴の力が強大すぎることは認識していた。それでも手のひらで踊らされていることに、俺は腹が立ってしまう。俺や魔王だけでなく、この世界に生きる魔族や魔物、勇者にされた聖獣や人間、それに関係する者たちの運命を、奴は戦いの愉悦のために弄んでいる。細工を施し、見て楽しめるように改ざんをしている。
果たして創造者に、己の創造物を汚す権利はあるのだろうか。いや、そんな権利だの義務だのはバカバカしい。権利があっても許したくないことはいくらでもある。これもそうであるだけだ。
本当に、気に入らん。
「なんか悪魔さん怖い顔してるね」
俺の顔を覗き込みながら、魔王が雰囲気を察することなく言った。
「なぁ、魔王。どうしても敵わない相手に一発喰らわすには、どうすれば良いと思う?」
「急に何言ってるの悪魔さん。怖いよ」
「何か手はあるか」
「分からないけど、ボクと悪魔さんは前にそういうことやったよね」
「……」
不死身の勇者。魔族の始祖である大魔王。地上世界を作った女神。すべて、そもそもは魔王が倒せない相手だった。
だが、勝てる可能性があったのだ。それを俺と魔王が見つけたのだ。
「いつかは手立てが見つかるか」
「そうだと思うよ。ボクは悪魔さんのおかげで出来ないことが出来るようになったから、悪魔さんも誰かから教えて貰えるかもしれないよ」
「そういうものか」
「うん。だから、怖い顔して難しく考えちゃダメだよ。悪魔さんに余裕が無いと、心配になっちゃう」
「余裕があるのは俺よりお前の方だろ」
「そんなことないよ~。だって悪魔さんみたいに、毎日ゴロゴロしながら本読んでるだけの生活なんて送れないもん」
ケンカ売ってるのかな?
「まったく……分かった、今出来ないことは考えない。目の前の問題からまずは考えよう」
「そうだね」
魔王が微笑む。考えないというバカな部分も生きる上では重要なのではないかと、ちょっとだけ思ってしまう。
「それでだ。聖獣が多く倒されたということは、人間の勇者に何か影響が出ているかもしれない。その辺りの情報は入って来てないのか」
「えっとね、勇者の軍勢の再結成が進んでいることくらいしか情報はないかな」
初耳なんすけど。ってか、そういうことはもっと早く言え!
「人数はね、この調子だと4000人くらいになるみたい」
「前より増えてるじゃねーか!!」
そういうことは早く言えよ本当に!! なんで将棋なんて指してたんだよ俺たちは!?
「どうするんだよオイ……」
「勇者軍がまた侵攻してくるのは予想してたから、問題は無いよ」
「そうかも知れないが……前回より手強いかもしれないぞ」
「ボクは逆だと思うんだけどね。数は増えたけど、そうなると準備も時間をかけないといけないし、色々な所から物資を調達しないといけない」
「物資の調達となると、商人が関わる可能性も高いか」
「うん。商人さんたちから情報が得られれば、対策は立てやすいね。それに戦闘に入るまでは人数が多い方が大変だと思うし、むしろ前より弱くなっちゃうかも」
「戦いは数と言うが、力が発揮できない兵士じゃ意味が無いということか」
「そういうことだね」
「まぁ、侵攻まではまだ時間があるだろうし、こっちも準備を怠らないようにしないとな」
俺は肩の力を抜き、姿勢を崩す。部屋の入口を見ると、王妃が3人分のカップとお菓子、お茶を盆に乗せて部屋に入って来るところであった。お母さんかよ。
「あ、王妃。ちょっとこれ見て、これ」
王妃はタタミに上がってお盆をテーブルに置き、魔王が指さす将棋の盤面を見る。
「ここから逆転するには、どうすればいいかな?」
王妃が手帳にスラスラと文字を書いていく。
『無理です』
「やっぱダメか―」
肩を落とす魔王。
『では次は私と悪魔さんが勝負ですね』
「待て待て待て。勝てない、勝てないから」
「悪魔さん、この十数年の特訓の成果を王妃にみせてあげて!」
「俺は特訓してないっての!!」
『こちらは腕が鈍っていると思いますが、よろしくお願いします』
魔王と席を代わって、頭を下げる王妃。
「くそ、逃げちゃダメか!」
「ショーギは遊びなんだから、難しく考えないで気楽にやれば良いよ」
だからお前が弱いのはそういう所なんだよ!! って王妃が駒振って先手後手決めてるし! 十数年の間に作法まで覚えちゃってるよこの人!
『悪魔さんの先手です』
「くそっ、やってやるよ! よろしくお願いします!」
俺はやけくそ気味に、初手を指した。
勇者カウンター、残り…………やっぱあの人おかしいよ強すぎるよなんで料理出来てマンガ描けて裁縫とかも得意なのに将棋もあんな強いのおかしいよ怖いよマジ怖いって。
……勇者カウンター、残り7893人。




