第48話 彼女は英雄になれるのか
いつもの部屋のいつものタタミの上の、さらに上。魔王城の屋上で俺と魔王は接近する円盤状の飛翔体を眺めていた。
「思ったより予定通りに来たね」
「俺はいつ来るか聞いて無いけどな」
「そうだっけ?」
だからさっきまでのんびり部屋で本を読んでたんだよ! 半強制的に連れて来られてちょっとイライラしとるんや!
「こっちのお願い聞いてくれるかなぁ、彼女」
「どうだろうな。面白いと思ってくれればやってくれるんじゃないか」
「そう思ってくれるように色々と考えたから、上手くいけばいいな」
その色々と考えた事柄についても俺は聞いてないんだけどね。ホウレンソウをちゃんとしないと俺が動けないんだぞ! 動いたところで何か出来るわけじゃ無いんだけどさ。
円盤状の飛翔体がゆっくりと降下し、魔王城の屋上に着陸する。その上に乗っているのは、暴風の王。見た目は少女、中身は子ども、魔力は魔王という危険な自由人である。魔界には彼女の領地もあるのだが、地上で遊び惚けている彼女について領地にいる人々はどう思っているのだろうか。多分何も期待していないんだろうけど。
「来たよ~、金屑くん」
「ありがとう、暴風の王。早速だけど話がしたいから、中にどうぞ」
「今日はヒメちゃんいる?」
「学校に行っているよ。夕方には帰って来ると思うんだけど」
「それじゃあその時間までゆっくりしよっと。お菓子ある?」
「もちろんあるよ。他にも食べたいものがあったら言ってね、用意するから」
「やったね」
暴風の王は嬉しそうに円盤から飛び降り、屋上に足を付ける。なんか親戚の子って感じだが、立場的には魔王と対等の王なわけで。扱いを間違えると荒土の王あたりからお叱りを受けるかもしれない。おじいちゃんかよ。
「悪魔くんも元気そうだね」
「くんはやめてくれ」
「それじゃあ、悪魔くんさん?」
「……悪魔くんでいいッス」
頭の中で奇妙なメロディが流れそうになるが、疑似人体のバグか何かなので気にしないことにする!
「それじゃあ金屑くん、お邪魔するね~」
「はいはい。どうぞどうぞ」
城内に入っていく魔王と暴風の王。これからする話の重要さを考えると、まったく気の抜けたやり取りである。果たしてこの少女は、本当に勇者への切り札となりうるのだろうか。
一抹の不安を覚えつつ、俺も2人の後に続いた。
「それで、何か私にお願い事があるんだよね、金屑くん」
いつもの部屋のいつものタタミの上。大量の菓子をむさぼり喰ったり、メアリを捕まえて「これメイド服って言うんだよね? いいな~かわいいな~」とか言いながらスカートを何度もめくったりと、やりたい放題な時間を過ごした暴風の王がようやく本題に入る。
「うん。頼みたいことがあるんだ、ちょっと」
魔王が安堵した様子で言った。この城に呼ばれた理由を暴風の王が忘れていなかったことに安心したのだろうが、話が進まなかったのはお前が暴風の王の無軌道を修正しなかったのも一因だからな。まぁ、暴風の王が不機嫌になって帰ってしまったり、ストレス解消のために攻撃魔法を使われたりすると困るから仕方の無いことだが。聞いた話によるとこの子、指を鳴らして発生させた風の刃で石の柱くらいは真っ二つに出来るらしいし。
「あのね、君に頼みたいのは、勇者の調査なんだ」
先日の温泉小旅行でのことだった。女湯覗きの罰から解放されたものの1人で行動することが禁止された俺は、監視役となった魔王と男湯でだらだらしながら「勇者どうしようね」「暇そうな奴に頼めば」という感じの取りとめの無い会話をしていた。すると魔王が突然立ち上がり、「それだ!」と大声を出したのだ。
走り出しそうなくらい興奮している全裸の魔王から話を聞くと、聖獣などの勇者軍に加入しない勇者の対応にうってつけの人物に気付いたという。その人物こそ、暴風の王というわけだ。
「勇者の調査? それって金屑くんがやらないとダメなやつでしょ?」
「ボク1人だとやっぱり難しくてね。ちゃんとお礼をするから、手伝ってくれないかな?」
「お礼って、何くれるの?」
「まずはお金かな。人間たちの街に行くなら、必要になるでしょ」
「お金は大事だけど、そんなに困ってないかな~」
「だよねぇ」
「お金があるなら、私じゃなくてもっとお金が好きな人に頼めばいいのに」
「君が一番頼りになる、というより君じゃなきゃダメな仕事だからね」
「どういうことなの?」
暴風の王が首を傾げる。俺も話をちゃんと聞くまではどうして彼女が適役なのか分からなかったから、当然の反応であろう。
「まず、ボクが今困っているのは勇者になった聖獣たちがどこにいるのか分からない、ってことなんだよね」
「みんなで探せば見つかるんじゃない?」
「そのためには大勢の人が冒険に出ないといけないけど、そんなに沢山の人は集められないんだ。準備のためのお金もいっぱいかかるしね」
「でも、私1人だけじゃ聖獣さんのいる場所なんて見つけられないよ?」
「そうでも無いんだよね」
魔王がニヤリと、悪い笑みを浮かべる。相手を説得する場面でその顔は逆効果だぞ、バカ!
「ボクたちが今まで遭遇した勇者って、どうも魔力が強い魔族を狙っているみたいなんだよね」
「へぇ~、そうなんだ」
「ということは、魔力が強い魔族の近くには聖獣が現れやすいかもしれないんだ」
「そっか、だから最近私に襲い掛かって来る人や鳥が多いんだ!」
思い当たる節があるらしく、暴風の王がうんうんと頷いた。
「もし君の近くで森が騒がしくなったり、獣の声が沢山聞こえたりしたら、きっとそこには聖獣がいると思うんだ」
「そういえば、空を飛んでると地上の森がざわざわしてることもあるね」
「多分、そこには聖獣がいる。君が空を飛ぶだけで、聖獣の住処が分かるかもしれないんだ」
「それを見つけて欲しいってわけなんだね」
「見つけるだけじゃなくて、出来れば退治もして欲しいんだ」
「そこまでやって欲しいの?」
「うん。だって、君は強いからね」
大真面目な顔で魔王が言う。事実、その点は非常に重要であった。
聖獣の住処を探す方法としては、地上からの探索と空からの探索に大別される。地上からの探索は誰でも出来る反面、装備も充実させなければならないし、戦闘となった際に生存するだけの力が求められる。今までに遭遇した聖獣の群れのことを考えると、相当な手練れであっても命を失う危険が大きいだろう。
一方で空からの探索では陸上の聖獣からある程度の距離を保てるため、戦闘に入る危険は少ない。しかし聖獣の住処を正確に発見することは難しいだろうし、勇者軍に参加していない人間の勇者を見つけることも困難だろう。また、鳥のように空を飛ぶ聖獣と遭遇する危険もある。
どちらの探索にしても、命の危険を伴うのは大きな課題である。マリアやメアリといった強力な魔族であっても聖獣の群れには苦戦していたわけだし、それなりの大部隊で調査を行うのが現実的と言えた。
だけどたとえば、聖獣の大群を1人で蹴散らせるくらい強くて、空と陸を自由に行き来できて、探すまでも無く聖獣が寄って来るような、そんな理想的な人材がいたとしたら――
はい、いました。しかも暇そうです。
「だけど私だけだと時間かかると思うよ~」
「ゆっくりやっていいよ。だけどもし魔族が住んでいる場所の近くに聖獣や勇者が現れたら、すぐに向かって欲しいんだ」
「みんながやられちゃうとかわいそうだもんね」
「うん。それともう1つ、君にやって欲しいことがあるんだ」
「まだあるの?」
「難しいことじゃないから。えっとね、もし地上で困っている人やお腹が空いている人がいたら、魔族でも魔物でも人間でも関係無く、助けてあげて欲しいんだ」
え、なんで急に善人みたいな提案をしてるのコイツ?
「困っている人を助けるお仕事をするの?」
「うん。聖獣を見つけて倒すだけだとつまらないでしょ。だから、困っている人を助けるのも君の仕事に加えたいんだ」
「それはちょっと面白そうかな~。良いことすると気分がいいからね」
「君には悪魔さんの世界にいる、ヒローみたいな人になって欲しいと思っているんだ」
「ヒロー?」
ヒロー。俺も知らねぇぞそんな奴。
「ヒローってのはね、悪いやつを倒して困っている人を助ける、正義の味方なんだよ。この世界の言葉で言えば、英雄のことだね」
……ヒーローのことかぁ!
「えっ、ということは、私が英雄になるの?」
「悪魔さんの世界の本には、お腹が空いている人にごはんをあげて悪い人を一撃でやっつける、空を飛ぶヒローのことも描いてあってね。そういう人に君がなれたら面白いなぁって思ってるんだ」
ちょっと心当たりがあるけど、多分そのヒーローは円盤に乗ってねぇ。
「なにそれカッコイイ! 私もなれるかな!」
「なれると思うよ。そのための協力も惜しまないつもりだしね」
「うーん、カッコイイなぁ……ちょっと面倒臭い気もするけど、楽しそうだし……」
「どうかなどうかな」
英雄を作り上げようとする悪い大人と、騙されつつある少女の図。
「えっとね、それじゃあこっちからも1つお願いいいかな?」
「なになに」
「私の領地にお金をあげてくれないかな」
突然お金のやつが現れた!!
「え、なんで?」
「私の領地の偉い人たちがね、金屑くんに何か頼み事されたら代わりに領地へお金をあげる約束をして欲しい、って言っててね。私も王様なのに領地のことはほとんどやってないし、これくらいはやらないとダメかなー、って思ってるんだ」
「う、う~ん……確かに君に頼みごとをするのなら、領地への資金援助は対価として当然かもしれないけど……」
「私は困っている人を助けるんでしょ? だったらまず、自分の領地の人たちを助けないとダメでしょ?」
騙されそうだった少女が正義の意見で悪い大人をやっつけようとしている!! 行け、正義の娘!!
「……分かったよ。君に色んな頼みごとをしておきながらお金を払わないのも、良くないからね」
「よかった~。これで領地の偉い人に怒られないですむ~」
「それじゃあ君の役目を整理するね。地上の色んな所を飛んで、聖獣がいそうな場所を見つけて調査する。それで、聖獣が襲ってきたらやっつける。それと、もし困っている人がいたらご飯をあげたり傷を治したり、街や村まで連れて行ってあげたりしてね」
「わかったよ~。人間の勇者が襲って来た時も倒しちゃっていいんだよね?」
「良いけど、人が住んでいる場所で戦っちゃダメだからね」
「どうして?」
「君の攻撃が他の人や建物に当たっちゃうと大変だし、人間にとってはその人は悪い人じゃないかも知れない。だから街とかで勇者に会ったら、空を飛んで逃げてね」
「ややこしいなぁ。でも正義の味方だから、人を困らせちゃダメだよね~」
「そうだね。君ならきっと出来るよ」
「もし私が活躍したら、みんなに褒めてもらえるかな」
「助けた人はもちろん感謝するだろうし、君が頑張ったら王妃が君のことをマンガにしてくれるかも知れないよ」
「本当!? 私のマンガかぁ……楽しみだな~」
タイトルは『魔王少女暴風ちゃん』あたりか。もしくは『それいけエンバンちゃん』か。
「それじゃあ、交渉成立かな。必要なものは準備するから、あとはゆっくりしてて良いよ」
「それじゃあお言葉に甘えてゆっくりするね~。正義の味方の英雄として、ちゃんと頑張るから~」
そう言って寝転がる暴風の王。うん、コイツは絶対にちゃんとやらずに飽きるタイプだ!
その後、帰って来たヒメとお菓子を食べながら少女トークをし、円盤に地図や食料、回復魔法が発生する携帯用魔術装置――バンドーサンという正式名称は違和感があるから使わん!――などを搭載して、暴風の王は城を飛び立って行った。
「また来てなのじゃ~!」
手を振って見送るヒメ。同年代の友人として、暴風の王とヒメは気が合うのかもしれない。でも暴風の王の実年齢は多分10代じゃなくてつまり同年代じゃないからややこしいわ!!
「それで魔王。暴風の王はどれくらい頼りになると考えているんだ」
「うーん。彼女は人間たちに友好的だから、悪いことにはならないと思うんだよね。結果が出なくても、襲って来た勇者を街中で倒すようなことが防げるのなら十分だと思うよ」
「そこまで期待して無いってことか」
「やらないよりはずっと良いよ。こういうことを積み重ねながら、少しでも多くの魔族に安心して暮らして欲しいんだ」
「勇者を倒すことよりも魔族の生活が大事か。王様みたいなこと言いやがって」
「ボクは王様だよ!?」
「まぁ、鳥の聖獣あたりがいたら倒してくれるだろうし、その辺は期待しても良いかもな」
「王様だよ!?」
「うるせぇわ」
俺は魔王を無視して、勇者カウンターをちらりと見る。
勇者カウンター、残り8651人。
平常時には1日10人も減らないこの数字が、少しでも多く減ることを期待しよう。
翌日の夜。俺は日課である勇者カウンターの確認を行った。
「うおぁわぁぁぁぁぁっ!!???」
勇者カウンター、残り8181人。




