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勇者が不死身すぎてつらい  作者: kurororon
第1部 勇者が不死身すぎてつらい
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第5話 悪魔は偏りを見直すことができるのか

 常識というのは大事である。非常に大事である。他者と有効な関係を築くために、またトラブルを避け日常生活を安心して暮らすために、常識は無くてはならないものである。

 しかし、常識をかなぐり捨てなければならない場合もある。新しいことに挑戦する時やルールの無い勝負の時などは、常識に捕らわれてはいけない。常識を持つ者たちから突出するためには、非常識さが求められるのだ。

 とは言ったものの、常識から脱却するのも難しいわけで……



 いつもの部屋のいつものタタミの上のいつものコタツ。その上で、俺と魔王は戦いを繰り広げていた。


「王手」

「……ねぇ悪魔さん。もしかして、ボクのこといじめてない?」


 将棋盤の上にある駒は、1枚の王将を除き全部俺の駒である。盤の上に無い持ち駒の方も、当然全て俺の駒である。


「どうした? 逃げろよ」


 それほど将棋が強いわけではないが、初心者である魔王を圧倒するくらい俺には容易いわけで。日頃の鬱憤はここで晴らす。


「もう負けでいいよ……」

「詰んでないぞ」

「どうせ、いつでも詰ませられるんでしょ……?」


 うん。


「仕方ないなぁ……」


 魔王が王を逃がす。


「王手。詰みだな」

「はぁ……」


 憔悴した様子の魔王。ざまぁ。ざまぁざまぁ。


「ボクじゃまだ勝てないか……」


 魔王が落ち込み俺が優越感に浸っている所に、姫様がお茶を乗せた盆を持ってくる。


「ありがとう姫」


 コタツの上に置かれた盆にはお茶に加え、皿に盛られた菓子が乗っていた。


「このお菓子は初めて見るね」

「クッキーだな」

「クッキー? 悪魔さんの世界のお菓子?」


 どうやらこの世界にはクッキーが無いらしい。噂ではクッキーが農場や鉱山で取れる異世界も存在するらしいが、この世界ではそんな異常な現象は起きないようだ。


「小麦や牛の乳……鳥の卵に砂糖とかで作るお菓子だな」


 実はあんまり知らないんだよ、お菓子の材料とか。


「悪魔さんの世界にあるのと同じかは分からないけど、この世界にも小麦や牛の乳はあるね。姫がそういう使って作ったの?」


 姫様は笑顔で頷いた。この世界で初めてクッキーを作った人間になるのか、こりゃ。


「食べていいかな?」


 もちろんと言わんばかりに姫様は再び頷く。魔王がクッキーを1枚取り、かじる。


「うん……うん、これはおいしい。さすがだよ姫」


 魔王はコタツに入った姫様の頭を軽く撫でる。姫様が嬉しそうに目を細めた。


「俺も食べていいか?」


 頷く姫様。拒否されたらどうしようかとちょっとだけ心配したぞ。


「ふむ……」


 1枚手に取る。手触りは普通のクッキーだった。問題は味だが……


「…………うまいな」


 普通にクッキーの味をしていた。俺が持ってきた本の中にレシピが書いてあったと考えられるが、それを見事に再現したと言えるだろう。


「凄いな」

「悪魔さんに褒められたね。やったね姫」


 さらに姫様の頭を撫でる魔王。


「人間たちとの交易をやった甲斐があったかもね。良い食材が手に入るようになったから、こんなにおいしいお菓子が出来た」

「最近食事の味が上がったのも、食材が良いおかげか」

「それもあるけど、悪魔さんが持ってきた本の中に料理について書いてあるものも結構あるらしくてね。それを料理長や姫が研究してくれたことも大きいよ」

「なるほどな……」


 料理長って確かあの体格の良い最強女キャラだよな。あの人が本読んでる姿って想像できないんだが。


「さて、お菓子とお茶を頂きながらショーギ……と行きたいとこだけど」


 魔王は立ち上がり、姫様の肩に手を置く。


「悪魔さん、次は姫とショーギをやってみてよ」

「は?」

「姫も一緒に勉強したからね。もしかしたら悪魔さんに勝てるかも知れないよ」


 ないないないないそれは無い。


「まぁ……いいけど」


 魔王と位置を交換し、俺の対面に座る姫様。その実力は未知数だが、たとえ才能があったとしてもこの短期間で俺を越えるのは無茶だろう。魔王よりは強い可能性はあるが、俺が負ける可能性はまず無いだろう。

 だが、油断は禁物だ。一方的に俺が勝たないように、それとは逆に姫様が予想以上の実力を発揮しても動揺しないように、慎重かつ冷静に指すべきだろう。

 駒を並べ終え、俺は頭を下げる。


「先手はそっちでいい。お願いします」


 姫様も頭を下げ、戦いが始まった――




「……負けました」


 あれぇぇぇ~?


「すごいよ姫!」


 魔王が姫様を抱きしめ、姫様がにこやかに表情を崩す。


「ごめん、もう1回勝負したいんだけど。今度はこっちが先手で」




「……負けました」


 あれれれれれぇぇぇぇぇ~~?


「悪魔さん、もしかして弱い?」


 そんなお前は俺にボロ負けしただろ。


「油断したね、悪魔さん」

「油断はしてない。完敗だ」


 姫様の実力が想定以上だったことはすぐに気付けた。だが、気付いた所で勝てる相手では無かった。それくらい、姫様の実力は俺を上回っていた。

 将棋がこの世界に出現して約2週間。その2週間の間に、姫様は恐ろしい才能を発揮したわけだ。


「……反省しないとな」

「なにが?」

「いや……」


 心のどこかで、やはり俺は姫様を甘く見ていたのかもしれない。言葉を発することが出来ず幼少期に幽閉されていた姫様は、自分たちより劣る部分が多い。そんな偏見を捨てきれていなかったのだろう。

 実際には料理にしろ将棋にしろ、姫様の理解度は驚異の一言である。この世界に存在しなかったものに対する理解の速さは、もしかしたら魔王以上かもしれない。その知能は、天才の域に達しているのかもしれない。

 そのことに今の今まで気付けなかった俺は、多分バカなんだろうな……


「じゃあ次はボクと勝負しよう、悪魔さん。姫が勝ったんだから、ボクも次は勝てるかもね」


 さてはお前もバカだろ。


「分かった。先手はやる」


 再び魔王と将棋を指し始めたが、俺は頭の中で全く別のことを考えていた。

 偏見。思い返してみれば、魔王には偏見らしきものがあまり見られない。偏見が無いからこそ、俺の持ってきた本から多様な知識を手に入れ、活用することが出来ているとも考えられる。

 もしこの魔王に偏見があるとしたら、それは俺の持ってきた知識に対する価値観だろう。持ってきた本の大半はこのコタツや将棋やクッキーといった、戦いに全く関係の無い内容について書かれてある。勇者を倒すことに繋がらない内容の本を、魔王とその仲間たちはバカ正直に読み解いているわけである。

 俺の持ってきた本を珍重しすぎるその偏見は、ちょっと見直すべきではないだろうか。


「王手」

「え」


 大体、将棋やってる暇あったら使える魔法とかもっと覚えろよお前は。そんなんじゃ勇者を倒すのに何年かかることやら……


「……ん?」

「どうしたの悪魔さん?」

「いや……何でもない」


 魔王が勇者を倒すのは常識であり、この魔王にも勇者を倒そうという意思は見られる。だが、本当にそれがコイツの目的なのだろうか。

 もしかしたら、俺と契約したのも別の目的があってのことではないのか?

 そうだとしたら、勇者を倒すのを急がないのも納得が行く。勇者を倒してしまえば契約は終了し、俺は元の世界に帰る。しかし勇者を倒さなければ、最長で100年間、俺の持ってきた本から知識を得ることが出来る。それほどの時間があれば、全ての本を読み終えることすら十分に可能だろう。そこから得られる発想や魔法、技術の中に、魔王が求める何かがあるのかも知れない。

 だが……


「王手。詰みだ」

「ええ……」


 それが俺の偏見である可能性も高い。単純に、魔王が自身の好奇心やらなんやらに負けていることだって考えられる。それにどちらにしろ、俺がやることは変わらない。

 契約が終了するまで、コイツに付き合うだけだ。


「悪魔さん、もう1回」

「分かった」

 

 だからせめて、遊び相手としてはもう少し強くなってもらいたい。


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