第46話 魔王と悪魔は次なる戦いに備えるのか
いつもの部屋のいつものタタミの上、相変わらず本を読んでいる俺。思えばこの世界において、俺は相当な量の本を読んでいるのではないか。もう趣味が読書って公言してもいいよね。本を沢山読んでいる、それはつまり知的ってことだ!
「いや~、やっと肩の荷が下りたよ~」
確実に俺より本を沢山読んでるバカが部屋に入って来た。うん、やっぱ読書量と知性の相関関係は絶対じゃねぇわ。
「何かあったのか?」
「勇者たちが乗った船が港から出港したんだ。これで勇者たちが収容所を壊すのを心配したりしなくて済むよ」
「そいつは結構だな」
勇者たちは恐らく魔王城の北東にある港から船に乗ったのだろう。魔王城の北側は交易本部が拡張をしまくった結果、現在は城下町と同じくらいの広さを持つ倉庫街が出来上がっている。最初は小さかった港も倉庫街の拡大と共に北へ北へと整備され、今では大型の船舶も停泊できるようになっているとか。実は行ったこと無いからよく知らんけど。
「それで、船に何か仕込んだのか?」
「そんなことしないよ~、今回は」
次回やるのか!?
「なるべく大勢の勇者を人間たちの国に返して、こっちの態度を明らかにしたいんだ。攻撃されたら防衛するけど、決して残虐なことをしたいわけじゃない。それを示さないと人間たちと戦争になっちゃう危険があるからね」
「人間たちにこの城を攻める理由を作らせたくないわけだな」
「うん。でも勇者たちはまた攻めてくると思うけどね」
「面倒だな」
「前の勇者と基本的には同じだよね。だから、対策も同じになると思うよ」
前の勇者を倒せたのは、勇者に対する民衆の支持を減らしたことが大きい。今回も勇者軍に対する民衆の支持を減らすことが重要となりそうだな。
「だけど軍団を解体したとしても、勇者が個人個人で攻撃して来る可能性は高いぞ。散発的に襲って来たら軍団より厄介じゃないか?」
「一応城の周囲については警備を強化してるんだけど、確かにもっと備えが必要かもね。名簿が手に入るから、それも活用しないと」
「名簿?」
「今回攻撃してきた勇者の名簿だよ。引き渡しの時に使うみたいなんだけど、後で商人さんたちに譲って貰う予定なんだ」
「軍団として編成されている以上、そういう名簿もあって当然か。どこの誰だか分からない人間のために身代金を払うわけにはいかないからな」
「そういうことだね。それで、その名簿に載っている人は勇者である可能性が高いわけだよね」
「つまり勇者の身元がハッキリとするわけだな」
「まだ最初の1回だから勇者じゃない人も混じっていると思うけど、次回からは勇者ばっかりになると思うんだ。今回の戦いの結果が人間たちに広まれば、勇者じゃない人は軍団に参加しようなんて思わなくなるはずだしね」
「逆に言えば、軍団に何度も参加している人間は確実に勇者ということか」
「そういうことになるね」
「だけど次回も全員人質に出来るくらい一方的に勝てるのか? 戦法を明らかにした以上、相手も対策をしてくるだろ?」
「1年くらいあれば勇者たちにも対策は出来るかもしれないけど、そこまで待てるとはボクには思えないんだよね」
「敵意が強いから冷静な判断が出来ないってことか。そこも前の勇者と同じだとお前は考えているわけだ」
「まだ分からないけどね。念のため、ビリビリ以外にも殺さずに捕まえられる魔術装置を考えてみるよ」
スタンガンの次だから、催涙ガス辺りかな……
「それで、勇者の名簿はどう使うつもりだ?」
「呪いをかけたり、暗殺をしたり、色々使えると思うよ」
平和的に人質を返しておきながら殺意がひでぇ!!
「なんか、顔と名前がわかれば相手の心臓を止められる『死の音』って魔法があるみたいで」
「超怖いんだけど」
「悪魔さんは魔法効かないし、そもそも本当の名前分からないから通じないと思うよ」
そういや偽名どころか固有名詞でも無かったわ、俺!
「ある程度近づかないといけなくて、あと相手が強いと効かない場合もあるらしいけど、戦わずに倒せるのはいいよね」
「近づかないとダメなのか。顔を思い浮かべて名前を念じればどこからでも殺せるとかなら、もっと便利だったろうに」
「そんなこと出来たら、それはもう神様みたいなものでしょ。そういう魔法があったとしても凄い魔力を使うと思うけどね」
「まぁ、そんな物騒な魔法を使ってると性格がおかしくなりそうだしな。ところで1人ずつ呪い殺すのは効率悪いと思うんだが、もっと効率の良い呪いって無いのか?」
「悪魔さんが持ってきてくれた魔導書の中から探してるところだよ。呪いの種類が少なすぎると困るから、しっかりと調べないとね」
「種類が少ないと困るのか?」
「だって、ボクたちの仕業だって分かっちゃうじゃん」
「なるほどな」
勇者の軍団に参加した連中がどんどん心臓麻痺で死んだのなら、犯人が魔王であることは簡単に推測される。そうなれば攻撃を否定するフリをして勇者たちを殺していることとなり、魔王が人間たちから脅威として捉えられるのは必至である。それを避けるためにも自然死に見える呪いを多く併用する必要がある。
「呪いを使って勇者たちを倒すなら、ボクたちが犯人であることを誤魔化せるようにしないとね。そうすると1種類の呪いでたくさんの勇者を殺すのは良くないかも」
「だけど、それだと勇者の数が減らなくないか?」
「あんまり減らないだろうね」
「それで良いのか?」
「勇者の軍団は急いで倒さない方が良いと思う。人間たちとの関係だけじゃなくて、魔族や魔物が住む他の地域に目を向けさせないためにもね」
「オトリになって勇者を引き付けることで被害を抑えるわけだな。でもそれを長期間続けるのは難しいんじゃないか?」
「海上交易を推し進めればどうにかなると思うよ。陸路で取引してた商人さんたちには悪いけどね」
「勇者たちが交易船を襲って来たらどうするんだ」
「そういう人たちは遠慮なく倒しちゃうね。ボクたちだけじゃなくて取引相手の人間たちにも危害を与えていることになるから、倒した方が喜ばれると思う」
「海賊は許さないってわけか」
「勇者だから殺すんじゃなくて、悪いことをしたから殺す、って感じにしたいんだよね。そうじゃないと地上の人間たちも納得しないだろうし、納得しなかったら後で争いの種になるかも知れないし」
「本当に面倒くさい話だな……」
俺は天井を見上げる。先の危険を考えれば、勇者は出来るだけ倒した方が良い。だがその先の危険を考えれば、慎重に倒した方が良い。未来の可能性を考えれば考える程、今という時間は単純では無くなる。
「勇者の軍団に参加してる連中への対処はそんな感じで良いとして、それ以外の勇者はどうするつもりだ?」
勇者の軍団が3000人程度とすると、聖獣を含めて残り5000以上もの勇者がどこかに潜んでいることになる。それを放置するというのは流石にリスクが大きすぎる。
「それも襲ってきた場合は撃退する、って感じだよね。地上で集落を作って生活している魔族にはビリビリを支給したり、勇者が来た時に逃げる訓練もやるように言ってるよ」
「だけど強力な勇者が襲って来たらどうにもならないだろ?」
「そうなんだよね……勇者の数が減って行くとその分勇者1人の力は強くなるはずだから、素早く避難するための工夫を考えないといけないよね」
「聖獣なんかは一斉に襲って来たらひとたまりも無いぞ」
「うん。だから聖獣の住処を調査したい所なんだけど、大規模な調査隊は作るための人員が足りないんだよね……危険な任務になると思うし、出来れば強い魔族にやって欲しいんだけど」
「劫火の王の所に頼んだらどうだ?」
「この前相談したら『討伐はやっても良いが調査は貴様の領分だ』って言われちゃった」
「その通りだから反論しにくいな……」
「何か良い対策が思い浮かべばいいんだけど、最近疲れているからかな、あんまり思いつかないんだよね」
「勇者軍も帰ったし、少し休んだ方が良いかもな」
「そうだね。そこで悪魔さん」
不意に魔王が、懐からチラシのような紙を取り出した。
「温泉に行ってみない?」
「急に何を言い出すんだ、お前は」
俺は魔王が取り出した紙を見る。ああ、温泉のパンフレットみたいなやつだ。
「だって夏休みにハワイ建設予定地に行って以来、王妃やヒメとお出かけできてないんだよ? お父さんとして、もっと家族と色んな所に行かないとダメでしょ?」
「お前ら夫婦は引きこもり体質じゃなかったか?」
「時々旅行に行くのが、引きこもる生活を長く続けるコツだと思うんだ」
引きこもり生活は長続きさせるもんじゃねぇぞ!?
「それにボクと王妃はともかく、ヒメは遊び盛りだからね。お城や城下町以外の場所にもたくさん連れて行ってあげたいんだ」
「まぁ、それはそうだが……学校はどうするんだ?」
「秋休みになるから大丈夫だよ」
「そんなものあるのか」
「悪魔さんの世界には無いの?」
「春休み、夏休み、冬休みはどの学校もあるが、秋休みは無い学校が多いな」
「なんで?」
「……なんでだろうな。夏休みと冬休みの間が短いからかもな」
「勉強のしすぎで疲れそうだね」
「どうせ大人になったら仕事で毎日疲れるんだ。その練習だと思えばいい」
「でも悪魔さんを見てると、仕事が大変そうには思えないよ?」
「……」
やべぇ、何も言い返せない!
「そういう仕事なんだよ、悪魔は。そうじゃない仕事もある」
「よく分からないけど、悪魔さんの仕事は楽ってことだね」
うん。
いやいやいや違う違う違う。異世界から離れられなかったり肉体の健康維持に使う費用のせいで給料が安かったりで決して楽してガッポガッポじゃないからな!
「それで、どうする? 悪魔さんも温泉行く?」
「当然行く」
「だよね。そこの温泉は魔界にあるんだけど、最近妙な噂があってちょっと気になるんだ」
「噂?」
「なんかね、男湯に入った人が倒れる不思議な現象が起きてるんだって。もしかしたら何かの呪いかもしれないし、調べたいんだ」
「呪いの温泉か。よし、他の場所にしよう」
「えー。悪魔さんなら呪いなんて効かないから良いでしょ? それにそういうことを解決するのも、魔王の仕事だよ」
「絶対違う」
「この前読んだ本で人殺しの犯人を当てる主人公がカッコ良かったから、ボクもそういう謎解きがしたいんだよね」
やっぱバカだ、コイツ!!
「温泉で休んで、楽しく謎を解いて、もしかしたら新しい呪いを見つけられるかもしれない。いいことづくしだよ?」
「うーむ……」
「あとその温泉は悪魔さんの世界の温泉をお手本にしてるから、果物味の牛乳もあるよ」
「マジかよ!?」
あるの!? フルーツ牛乳あるの!?
「行くよね?」
「行く」
こうして俺は、魔王たちと一緒に温泉に行くことになった。
その温泉であんな事態が待っているとは、夢にも思わずに――
勇者カウンター、残り8686人。




