第45話 魔王たちは冬の商戦に備えるのか
「第1回、今年の冬は何を売ろうかな会議~!」
いつもの部屋のいつものタタミの上で、魔王が謎の宣言をする。その言葉に王妃とメアリは拍手を返すが、俺とマリアは冷ややかな目を返した。バカが感染するからな!
「というわけで、今日は冬に地上で何を売るかを決めるよ」
テーブルには俺と魔王と王妃、そしてマリアの4人が着き、メアリはマリアの後ろに座っていた。そしてテーブルの上にはカラフルな本……っていうかこれ通販のカタログじゃねぇか!? 魔王に渡した本は古本屋で適当に一括購入したものとはいえ、なんで通販のカタログが混じってんだ? 誰が買うんだよこんな本。俺は買っちゃったみたいだけど。
「悪魔さんの世界にある便利なものが沢山載ってる本もあるし、それについて詳しい悪魔さんもいる。今年の冬は良いものが売れそうだね」
「はぁ」
「もっとやる気出してよ、悪魔さん。かなり重要な会議なんだから」
だったら会議の名前をもうちょい立派なものにしろや!
「なんたって、今年は勇者関連で相当お金がかかってるからね。地上でもどんどん物を売らないと後で大変になっちゃう」
「勇者たちを引き渡すときの身代金でどうにかならないのか?」
「えっとね、引き渡しは商人のひとたちを経由しないと難しそうで、そうなると商人のひとたちの取り分が発生するんだよね。そういうの考えると黒字にはならないかも知れないんだ」
「なるほどな」
商人はお金に関してはしたたかであるから、結構な額を取られるだろう。まぁ、カモになっておいた方が良いお客様として扱われるので考えようによってはそれで良いのかもしれない。
「というわけで、どんどん売れる商品を提案して欲しいんだ。コタツや縦置きコタツは今年も売れると思うけど、もっと色々売らないとごはんのおかずが寂しくなっちゃうからね!」
「メシが寂しくなるのは嫌だな……それで、何か売れそうなものは考えているのか?」
「えっとね」
そう言って魔王はカタログをパラパラとめくり、ある商品を指差した。
「これって作れないかな」
電子レンジね。
うん、無理!
「なんかご飯をあっためる道具みたいなんだけど、火の魔法とかで作れるかな?」
「これは食物の内部にある水分を振動させることで温度を上げるんだが……そんな魔法あるか?」
「ごめん悪魔さん、よく分からなかったからもう1回言って」
「これを作るのは無理だな!」
「えー」
「冬まで時間ないし、もう少し簡単なものを作らないか?」
「うーん、確かにそうだね……冬に便利な道具だと思ったのに、残念」
がっかりする魔王であったが、馬車で移動している時代に電子レンジを使うようなことになったらこっちは頭がおかしくなるぞ! 技術はもっと順を追って発展させてくれや。
『新しいものを作るのではなく、魔界で使っている物を売るのはどうでしょうか?』
王妃が手帳をテーブルの上に置いて、意見を述べた。
「なるほどな。魔界で売れているものなら地上でも売れることが期待できるな」
「なにを売れば良いかな?」
魔王がそう言うと、王妃はカタログをパラパラとめくってある商品を指差した。カタログ便利だな!
『これは手に塗る軟膏ですよね』
ハンドクリームの写真を指差しながら、王妃は手帳に書いた文字を見せる。
「ああ、そうだ」
『魔界でも水仕事のあとに使っています。冬は肌が乾燥するので重宝するんです』
「私たちも良く使っていますわ! メイドにとっては必需品なのですわ!」
マリアが口を挟んできた。その後ろでメアリも頷いており、どうやら女性陣イチオシの商品らしい。
「手の乾燥って、バンドーサンで治せないの?」
「……魔王、今なんて言った?」
「手の乾燥ってバンドーサンで」
「坂東さんって誰や?」
「簡単な回復魔法が発生する携帯用魔術装置のことだよ。悪魔さんの世界だとそういう応急手当に使う道具をバンドーって言うんでしょ?」
ああ、バンソーコーとバンドなんちゃらが混ざってそんな言葉に……いやいやサンは付かねぇだろサンはっ!?
『悪魔さんの世界ではバンソウコウと言うんですよね?』
「あ、ああ。そっちが正解だ」
なんか王妃の方は正しく理解しているし! だったら訂正してくださいよ、奥さん!!
「ふ~ん。でも今更変えられないし、悪魔さんの世界のものとはちょっと違うからバンドーサンでいいよね」
よくねぇよ。その魔術装置を使うたびに坂東さんという知らないオッサンの顔を想像しないといけない俺の身にもなれや。いや、オッサンと決まっているわけじゃないけどさ。
『バンドーサンは一時的にはひび割れなどを治せるのですけど、すぐにまた乾燥するので軟膏の方が良いんです』
「なるほどね。じゃあ手の軟膏を地上でも売ってみようかな。霊木の王や荒土の王の所から材料を買えばすぐに生産できるしね」
「既存の商品は生産体制が整っているのが強みだな。冬まで時間もあんまり無いし、新商品を作るより魔界で流行っているものを売った方が良いんじゃないか?」
「それなら王妃様のマンガを売るべきですわっ!」
大声で妙な提案をするマリア。それは流石に売れ……うーん、どうだろ。
「冬は室内で過ごす時間も増え、地上の人間たちも退屈しているはずですわ! そこに王妃様のマンガをぶつけるのです!」
マンガをぶつけるという表現はあんま聞いたこと無いぜ! 武器なのか、マンガは!?
「王妃様のマンガは面白いだけでなく、人間たちと魔族の交流を描いたものも多いので相互理解にも繋がると思いますわっ! 勇者との戦いで悪化の恐れがある人間たちとの関係を少しでも改善するために、ぜひ王妃様のマンガを地上で売るべきですわ!」
長い黒髪を揺らしながら熱い思いを叫ぶマリアさん。暴走しているようで、その言葉には頷ける点もあった。
「物語によって人々の意識が変わるというのは確かにあるな。女神信仰が強くない地域なら売っても良いんじゃないか」
「流石悪魔様、マンガの力を理解していますね!」
マリアが俺を褒めるが、俺はマンガだけに限定して言ってるわけじゃ無いからな。書物による社会への影響というのは俺の世界の歴史ではよく見られる現象であるし。
「それじゃあ王妃のマンガも売ってみようかな。王妃はどう思う?」
『印税が増えるので、私は嬉しいです』
悪戯っぽい笑顔で王妃は手帳の文字を見せる。あるんだ、印税。いや、王妃のことだから魔王に説明して作ったんだろうな。ホント、強くなったもんだわ……
「それじゃあ軟膏とマンガは売るとして……やっぱり新商品も欲しいかな」
「作るなら簡単なものだな。どういうものがあると便利なんだ?」
「冬は寒いから、暖かくなるものが良いよね。火を付ける道具とかないかな?」
「……」
俺は無言でカタログをめくった。というか、そこまでイメージ出来てるなら作れるよな!? 棒の先端から火の魔法が出る魔術装置とかさっ!!
「これでいいか?」
「なにこれ?」
俺が指差したのは柄の長いライターである。
「ここの部品を引くと、こっちの先端から小さな火が出る道具だ。これなら作れるだろ?」
「なるほどね。火の出る部分は熱が伝わりにくい金属で出来てるのかな?」
「多分な。他の部分は熱に強いわけじゃ無いが、火が小さいから燃える危険も少ない」
「これは良さそうだね。火の魔法が苦手な人でも簡単に火を起こせるし、火打石を使うより安全かも」
「そうなんだが……お前はどうしてこういう発想が浮かばなかったんだ?」
「少しはあったけど、出来れば一番良いものを作りたいでしょ? そうなると悪魔さんの世界のものが一番良いかな、って」
「あまり俺の世界を目標にし過ぎるなよ。魔法なんていうものがあるんだから、俺の世界より良いものが作れる可能性もあるんだぞ」
「それは次の世代に任せるよ。ボクは悪魔さんの世界のものをもっと作ってみたいんだよね」
パクることに生涯をかけるつもりか、コイツは!
「それで悪魔さん、この道具の名前は?」
「……ライター」
「ライチャー?」
ぶっ殺したい。
『ライターですね。発音が少し難しいかも知れません』
そうなの?
「じゃあライチャーで良いよね」
頷く王妃。ああ、片言の言葉が異世界に広まって行く……でもよく考えるとライターも英語ではもっと違う発音なはずだし、別にいいか。いいのだろうか。
「さて、あと1つくらい新商品が欲しいんだけど、悪魔さんなにか思いつかない?」
「冬だろ。そうなると暖かい飲み物が欲しいな」
「暖かい飲み物かぁ。家の中ならすぐ飲めるけど」
「そうなると家の外で暖かい飲み物か……」
あ、思い当たっちゃった。俺はカタログをめくり、その写真のあるページを開く。
「これだな」
「なんなの、この筒みたいなの」
「水筒だ。魔法瓶と呼ばれている」
「えっ!? 悪魔さんの世界にも魔法があったの!?」
「魔法みたいな瓶であって、魔法そのものじゃない」
「なんだ。つまんない」
さんざんアイデア盗んどいて俺の世界のことつまんないとか言うな!!
「それで、これはどんな道具なの?」
「中に入れた液体が冷めない」
「やっぱり魔法だ!」
「違う。原理的には熱が逃げないよう……説明は面倒だから省くが、お前たちなら魔法で再現できるだろう」
別に原理を詳しく説明できないとか、そういうんじゃないんだからね!
「熱を出す魔法を使って……でも熱くなり過ぎちゃうかな」
「中の温度を測るようにすれば良いんじゃないか?」
「温度を測る魔法なんてあったかな……」
「温度計は?」
「なにそれ?」
無いのかよ!? 温度計無しでレイゾーコ作ったとかやっぱコイツら頭おかしいよ!!
「だったら、触って温度を確かめるとか」
「そっか、水筒の熱さに合わせて魔法の強さを変えられるようにすれば良いんだね。これなら暖かい飲み物を冷まさないだけじゃなくて、水をお湯に変えることも出来そうだよ」
ちょっと待て。いつの間にか魔法瓶じゃなくて電気ポットになってないか?
「それに防寒着の内側に入れれば、体を温めることも出来そうだね」
湯たんぽだ……
「これは売れそうな商品だね。絶対に作らないと」
「あ、ああ……」
「それで、名前はやっぱり魔法瓶?」
「いや、この世界だとややこしくなる……でもまぁ、魔法瓶で良いか」
ほとんど魔法瓶じゃなくなってるけどさ!!
「それじゃあ早速、城の研究班や錬金工房に連絡してライチャーと魔法瓶を作らないとね。あと軟膏とマンガの増産も準備しないと」
「そうだな」
ふざけた会議であったが、この世界を変革させるアイデアを出してしまった気がしてならない。職務上の問題は無いのだが、世界の破壊者になったみたいで変な気分である。今更なんだけどさ。
「あっ!! 魔王様、この武器作りましょう、ぜひ作りましょう!!」
カタログをめくっていたマリアが興奮気味に言った。このカタログ、生活雑貨しか載ってないはずなんだけど。
「どれどれ。あっ、格好良いねこの大剣!」
「大剣?」
俺は2人が見ている写真を確かめる。
……チェンソーじゃねーかっ!
「これはどんな武器なの悪魔さん?」
「……木を切る道具だ」
「木を切れるなんて凄い威力だね。ボクたちに作れるかな?」
「作れます、いいえ作らなければなりませんわ! そして私に使わせてください!」
俺はメイド服を着て木の伐採作業をするマリアを想像する。うん、似合う。
「よし分かった。後で仕組みを教えるから、マリア用に1個作ってみてくれ」
「良いのですか悪魔様!? 珍しく親切ですわね!」
「珍しくは余計だ」
「よかったですね、お姉様」
「楽しみですわ……!」
「……悪魔さん、何か隠してない?」
「全然」
『面白いことになりそうですね』
素直に喜ぶメイド2人、ちょっと怪しんでいる様子の魔王、全部見透かしているような表情で微笑む王妃。どんなことをマリアにやらせるか、後で王妃と相談しないとな!
後日、「うおりゃぁぁぁぁぁ!」と叫びながらチェンソー型魔術装置で丸太を切断するマリアを城のみんなで見物しました。
笑い声を出せない王妃が一番楽しそうでした。
勇者カウンター、残り8705人。




