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勇者が不死身すぎてつらい  作者: kurororon
第2部 勇者が不条理すぎてつらい
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第44話 不条理は彼女にも降りかかるのか

 いつもの部屋のいつものタタミの上。俺は落ち着かない気持ちを抑えるため腕立て伏せを行っていた。勇者との衝突、手の届かないムカつく敵。何か出来るわけでも無い自分。様々なものに対する鬱憤を腕の運動に変換する。

 100回。まだまだ行けそうだ。というか、全然疲れない。強力な疑似人体だから当然と言えば当然であるが、本来の俺であればとっくにギブアップしてる回数を易々と行えるのはちょっと楽しい。その反面、筋肉を鍛える効果は薄いのだろうが、気分転換が目的だからいいのだ。

 200回。俺は腕立てを止めてタタミに寝転がる。

 飽きた。


「何してんの、悪魔さん?」


 いつの間にか部屋の入口にいた魔王が、俺の方をじっと見ていた。


「気分転換だ」

「そうなんだ。ボクのことは気にせず続けて良いよ」


 もう飽きたから続けたく無いんだよ!!


「……それで、何か用があるんだろ?」


 俺は起き上がりながら魔王に尋ねた。


「うん」


 魔王は靴を脱いで、タタミに上がる。テーブルを挟んで座った魔王の視線から、普段とは違う真剣さを感じた。


「……何があった?」

「悪い知らせと悪い知らせがあるんだけど、どっちから聞きたいかな?」

「同じじゃねーか!?」


 ふざけてるのか真剣なのかどっちかにしなさい!!


「それじゃあ、悪い知らせの方から伝えるね」


 ……どっちだ?


「勇者たちが進軍してきた道からドロヌーを撤去する作業をしてるんだけど、思った以上に勇者たちの遺体が多かったんだ」

「まぁ、そうだろうな」


 勇者の進軍中に減った勇者カウンターの数値は300を超えている。他の地域で死んだ勇者もいるだろうが、勇者の軍勢に参加した者が数値の大半を占めていることは予想が付いていた。落とし穴の魔法であるドロヌーは軽く死ねるレベルの落とし穴を発生させるわけだしな。


「一応遺体は回収してるんだけど、扱いをどうするかがちょっと難しくてね……損傷が激しい遺体も多いし、これを人間たちの所に返すとボクたち魔族への心象も悪くなるかもしれない」

「じゃあ返さなきゃ良いんじゃないか?」

「でもその人たちの家族はちゃんと遺体を埋葬したいと思うだろうし、どうしようかな」

「死んだ勇者全員の遺体を回収できるのか?」

「多分難しいと思う。それと回収した後に腐敗しないようレイゾーコで保管しないとだけど、その数も足りないと思う」


 レイゾーコの使い方が間違っているような気もするが、冷気を出す保管庫という意味では間違っていない。変に日本語が伝わるとこういう時に齟齬が起きそうになるわー。


「そうなると、答えは決まっているだろうな」

「……こっちで埋葬するしかないかな」

「ああ。今の俺たちに道義的な最善を行う余裕は無いだろう。悪になることを覚悟するしかない」

「戦いって本当にイヤだよね。なりたくも無いのに悪い人になっちゃう」

「善人ぶって死ぬよりはマシだろ」

「そうだけどね。もっと平穏な世界になれば良いのにね」


 残念ながら、それを退屈だと思う奴が世界の外部から監視している。そいつを排除しなければ、そんな世界は実現しないかも知れない。


「まずは勇者の問題を片づけてからだな。その後で地道に頑張るしかない」

「そうだね。それじゃあ、勇者の遺体は収容所の近くに共同で埋葬することにするよ」

「それで良いだろう。丁重に扱ったことを示せれば、少しは納得されるはずだ」

「うん」

「で、もうひとつの悪い知らせってのは?」

「そっちの方が大変なんだけどね……」




 翌日。俺は噴水広場のベンチで人を待っていた。

 秋の午後。広場にはあまり人がいないが、遠くに見える市場からは活気が感じられる。勇者の進軍があったにもかかわらず、城下町は比較的平和なようだ。まぁ魔王軍に人的被害は無かったわけだしそんなものか。

 広葉樹が色づき始め、日差しも柔らかくなる穏やかな時節。それでも、どこかに陰りはある。それと向き合わなければならないことに、俺は少し憂鬱な気分となる。


「お待たせしたのじゃ」


 俺を見つけて走って来たヒメが、笑顔で言った。元気そうな彼女であるが、内心ではどうなのだろうか。恐らくは俺よりもずっと不安なのだろう。だったら年上の男として、俺はもっとしっかりすべきである。がんばろう。


「いい天気じゃな」

「ああ」


 ヒメは俺の隣に座り、鞄を地面に置く。どうやら学校帰りのようだ。


「学校はどうだ?」

「楽しいのじゃ。新しいこともたくさん覚えられるしのう」

「今日は何か覚えたか?」

「今日は一次ホテー式という変な計算を勉強したのじゃよ」


 …………この世界って今まで方程式無かったのかな。それはそれで問題だぞ。


「悪魔殿の方はどうじゃ。最近忙しいみたいじゃが」

「確かに忙しいかも知れないが、俺は魔王の近くにいるだけで何もしてないからなぁ」

「悪魔殿がそばにいるだけで父上は大助かりだと思うのじゃよ。安心できるからのう」

「そういうもんかね」

「そういうものなのじゃ」


 うんうんとヒメが頷く。こいつら親子の俺に対する信頼って謎だよな……


「……そろそろ大学校の授業も終わったみたいじゃな」


 市場の方を見ながらヒメが言った。確かに学生らしき若者が何人も歩いているのが見える。


「……そうだな」


 ということは、そろそろ彼女が来るということだ。俺は肩の力を抜き、緊張をほぐす。

 魔王が告げた、悪い知らせ。それは孤児院にいる人間の1人に、勇者の兆候と思われる急激な魔力の増大が見られたことだった。

 その1人とは、マナ。

 年の離れたヒメの友人であり、俺とも多少面識のある女学生。性格は優しく、真面目で、本当に、本当に良い子である。

 その彼女が勇者となってしまったのなら。それはあまりにも、不条理なことであった。


「お前は……どこまで聞いている?」

「マナの呪いについてか?」

「呪い……そうだな。呪いのことだ」


 魔王が言うにはマナに勇者の兆候が現れたことを知っているのはマナ本人と孤児院で世話をしている魔族、爺様こと学校長、あとはヒメと王妃だけらしい。それ以外の者には伝えないよう強く言っているらしく、勇者の断片があることで魔族から差別される危険は少ないと思われた。だが、勇者として魔族を攻撃する危険は決して減ったりしない。


「人間たちの間ではやっている、魔族を嫌いになってしまう呪いだと父上から聞いているのじゃ。この町には魔族がたくさんいるから、マナが心配なのじゃ」

「自分が嫌われることよりも、マナのことが心配か」

「うむ。マナはきっと、他の者を嫌わないよう無理をしてしまうのじゃ。それが心配なのじゃ」


 ほんの少し、表情が陰るヒメ。俺がここにいるのはマナに会いたいと望んだ彼女を護衛するためでもあるが、ヒメ本人は自分が襲われる可能性など微塵も考えていないようだった。

 確かに、マナは心優しい少女だ。勇者の断片が魔族を殺せと呼びかけようと、きっと強く抵抗するだろう。俺と魔王が遭遇した勇者は全て殺意に満ちていたが、そうではない勇者はどのような思いで日々を過ごしているのだろうか。不合理な敵意に悩み、自分を責めてはいないか。他人を傷つけるくらいなら自分が死んだ方がマシと、そんなことを考えてはいないか。

 段々と心配になってきた。マナは、大丈夫だろうか。苦しみにやつれてはいないだろうか。


「お待たせしました、ヒメちゃん。それと、悪魔さん」


 パンを3つ抱え、満面の笑みを浮かべるマナが現れた。

 あれぇ!? 思ったより元気そう!?


「学校お疲れ様なのじゃよ、マナ。そのパンはどうしたのじゃ?」

「さっき市場でパン屋さんに声をかけられて、ヒメちゃんと悪魔さんに会うって言ったらくれたんだよ」

「でかしたのじゃ! 3人で食べるのじゃ!」

「うん、一緒に食べよ。悪魔さんもどうぞ」

「あ、ああ。う、うん」


 多少戸惑いつつ、俺はマナからパンを受け取る。ヒメはもう口に頬張っている。


「はっほうのあほはほはははへふはらほう」

「何を言っているんだお前は」


 小動物のように口の中をパンでいっぱいにしながらヒメが何か言い、それを見てマナが微笑む。そして彼女も、ヒメの隣に座ってパンを食べ始めた。俺も遠慮無くもぐもぐすることにする。


「……調子はどうだ、マナ」

「はい、それなりに元気だと思います。前よりちょっと疲れやすくなった気はしますけど」

「嫌なこととかは無いか?」

「皆さん優しいから、嫌なことなんてありません」


 マナの表情に無理をしている雰囲気は感じられなかった。どうやら今のところ、勇者の断片による影響は薄いようだ。もしかしたら、勇者であるというのも何かの間違いかもしれない。

 ……いや、それは楽観が過ぎる。俺は彼女が直面している現実に向き合わなければならない。ヒメを守るだけでなく、マナに正確なことを伝えるのも俺が魔王に任された仕事だ。そのためには最悪の事態すら想定しなければならない。

 つらい。


「腕輪をしてるらしいが、重くないか?」

「これですか?」


 マナが左腕を上げ、魔導石の付いた鈍色の腕輪を俺に見せる。マナの魔力を吸収し、魔導石に蓄える腕輪型魔術装置。万が一、マナが勇者の断片に飲まれた場合でも他人に致命傷を与えないための処置である。これにより安全性は高まっているが、一方で日常生活や学校の授業においてマナは魔法が使えない状態にある。


「あまり気にならないです。魔法が使えないのは少し不便ですけど」

「そうか……すまないな」

「なんで悪魔さんが謝るんですか?」


 不思議そうな顔でマナが首を傾げた。


「魔王や魔族の都合で苦労をかけているからな」

「苦労なんてそんな……むしろ、この腕輪があるから安心して学校に行けているんだと思います」

「それでも1人だけに負担を強いるのは、どうも気になってな」

「……やっぱり悪魔さんは優しい人なんですね」


 少し寂しげに、マナが笑う。


「悪魔さんだけじゃなくて、孤児院のみんなも優しいです。私の呪いについて知ってる人はみんな、とても優しいです」


 優しさに感謝する言葉。だが、そこから嬉しさの感情は伝わってこない。


「私は、また捨てられても仕方ないと思っているんですけどね」

「……」


 家族に捨てられ、孤児として魔族に引き取られた少女。その少女の居場所が再び奪われようとしている。それなのに彼女の声は、諦めの色を帯びていた。

 大勢のためなら自分が犠牲になっても仕方ないという、そんな価値観が彼女の中に根付いてしまっているのではないか。俺はそんな危惧を覚えた。


「仕方なく無いのじゃ」


 パンを食べ終えたヒメが、力強く言った。


「父上も城の者も、もちろん学校や孤児院、町のみんなも、マナが元気になるためなら頑張れるのじゃ」

「だけどヒメちゃん、私は」

「マナがどう思っているかは関係無いのじゃ。私も悪魔殿も他のみんなも、優しくしたいからマナに優しくするのじゃ。もし本当に捨てられても仕方ないなら、優しくなんてしないのじゃ」

「……そうだな。少なくとも魔王はそういう奴だ」


 あいつ、必要な時はマジで容赦なく殺すしな!


「だから、気にせず楽しく過ごすのじゃ! 喜んでもらえないと、優しくする甲斐も無いからのう」

「うん……ありがとう、ヒメちゃん」


 ヒメの言葉が励ましとなったのか、マナの表情には少しだけ元気が戻ったように感じた。やっぱり一番頼りになるのは友情パワーってことかね。


「あの……悪魔さん」

「なんだ?」

「私の呪いは……治るんでしょうか」

「……今のところ、分からない」


 俺は正直に答えた。不安を抱えている者を誤魔化すべきではない。魔王も同意見であり、だからマナにはなるべく真実を伝えることになっていた。


「大丈夫じゃよ、マナ。父上も悪魔殿も、出来ないと思われていたことをやるのが得意なんじゃ」


 得意ってわけじゃないからな! 本当に出来ないことは出来ないからな!


「だから今は治せなくても、そのうち治せるようになるのじゃ! そうしたら、もっと元気な顔で笑って欲しいのじゃ!」

「うん……約束する。今は少し疲れた顔になっちゃうかもだけど、治ったらヒメちゃんより元気に笑うから」

「その意気じゃよ、マナ。父上と悪魔殿を信じれば、必ず救われるのじゃ!」


 どんな宗教ですか?


「そうだよね。信じないと、ダメだよね」

「うむ。みんなのことを大切に思うのなら、みんなのことを信じるのじゃ」

「だったらまず、ヒメちゃんを信じてみようかな」

「もちろんなのじゃ!」

「あと、悪魔さんも」

「ついでかよ」

「そうかもしれません」


 クスクスと、悪戯っぽくマナが笑う。それにつられて、ヒメも微笑んだ。

 少女たちの笑み。それは希望が残っていることを、穏やかに示していた。




 孤児院の手伝いのため、マナが噴水広場を去った後。夕暮れの中、ヒメがぽつりと言った。


「悪魔殿」

「ん?」

「マナは、本当に大丈夫かな……」


 さっきまでの態度とは真逆の、弱々しい言葉。大切な友人を励ますため、ヒメは気丈に、元気な振りをしていたのだ。

 俺はヒメの頭を、くしゃくしゃと撫でる。


「な、なにをするのじゃ!?」

「信じろ。マナのことも、魔王のことも」

「……そうじゃな。だけど信じているからこそ、怖いこともあるのじゃ」

「どういうことだ?」

「悪魔殿は呪いが治るかどうか分からないと言ったじゃろ。だから、もしかしたら、治らないかもしれないって……」


 目が潤みだしたヒメを、俺はちょっと慌てながら撫でる。もうすんげぇ撫でる。


「確かに今は分からない、でもどうにかなる! 多分!」

「悪魔殿は……悪魔なのに嘘がつけないんじゃな」

「ああ!」


 不安を抱えている者は誤魔化さない、それが流儀!


「まったく……変な男じゃな」


 そう言ってヒメは大きく息を吐き、鞄を持った。


「そろそろ帰るのじゃ。父上と母上が心配するからのう」

「ああ」


 2人、並んで歩き出す。不安は多い、だが――


「……あの、悪魔殿」

「今度は何だ?」

「ちょっと……手を繋いでもいい……かな」


 俺は無言で、ヒメの片手を握る。


「えっ!? あ……あの、え、えっと」


 ヒメの顔を見ると、夕焼けのせいかとても紅く見えた。

 

「行くぞ」

「あ、う、うん。そうだね、じゃなかった、そうじゃな」

「手を繋いでいる間はその話し方禁止な」

「な……!? わ、わかった……よ」


 俺の手を握り返す、頑張り屋の少女。少しずつ暗くなっていく町が、どこか寂しく思える。


「……私、もっと勉強する。マナのために何かしたい……から」

「良いと思うぞ。お前は魔王より才能があるような気がするしな」

「お世辞はいいのじ……じゃない、お世辞はいいよ」

「お世辞じゃない。俺は本当に、そんな気がしている」

「……ありがと」

「ああ」

「……」

「あとやっぱのじゃのじゃ言ってない方が可愛いわ」

「そ、それは私の勝手なのじゃ!」


 抗議するヒメ。道の左右に建つ家々で明かりが灯り始め、寂しさが温かさへと変わって行くように感じた。

 不安は多い。だが、希望を捨てるには早すぎる。自分たちよりも遥かに強大な事象に抗うのが人というものならば、まだまだ抗い足りない。可能性は山のようにある。

 信じよう。マナのことも、ヒメのことも。そして俺自身のことも。一応、魔王のことも。

 生きている限りは、きっと無力では無いのだから。



 勇者カウンター、残り8733人。

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