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勇者が不死身すぎてつらい  作者: kurororon
第2部 勇者が不条理すぎてつらい
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第43話 かつての剣士は語り終えるのか

 いつもの部屋のいつものタタミの上で、ぼーっと天井を見つめる俺。別に物思いに耽っているわけでは無く、単純に疲れたのである。


「いやー、昨日は疲れたね悪魔さん」


 そしてさらに疲れを増加させるであろう厄介な奴が部屋に入って来た。昨日の今日なんだから休ませろや!


「まさか勇者と戦うよりも勇者を収容所に運ぶ方が大変だとは思わなかったよ」

「麻痺している約3000人を荷車や荷馬車で運ぶんだから、そりゃ疲れるだろ」

「これなら悪魔さんの世界にあるタラック? だっけ、そういうのも作っておけば良かったよ。タラックにぶつかると時々別の世界に行けるって伝説もあるみたいだし、試しても良いかも」

「その伝説は嘘だ」

「えー、残念」


 論理的に考えてトラックにはねられて別の世界に行けるわけないだろ。それで死ねば行けるかもしれないけど、死んで異世界に行ったという例は聞いたことが無い。


「それで悪魔さん、ちょっと付き合って欲しいんだけど」

「やだ。疲れた」

「悪魔さんって昨日、ほとんど何もしてなかったでしょ? ボクたちが勇者を運んでいる時も見てただけだし」

「知識の提供以外は協力しない。そういう契約だ」

「ただ面倒臭いだけでしょ?」


 うん。


「勇者たちの中に1人、気になる人がいてね。せっかくだから悪魔さんにも確認してもらいたくて」

「俺が行く必要があるような奴なのか?」

「分からないけど、ボクたちが持っている魔術装置だと測定できない何かがあるかも知れない。万が一も考えて、一緒に来て欲しいんだ」

「それほどの相手か。誰なんだ?」

「今回の勇者たちを率いていた、軍団長みたいな立場の人だよ」

「ふむ」

「15年くらい前は、勇者と一緒にこの城に来たこともあるんだ」

「それって……」

「かつての勇者の、仲間だよ」



 

 何棟かある収容所の一つ。その廊下を俺と魔王は進む。石造りの収容所は丈夫そうに見えるが、実際はかなりの突貫工事なため耐久性はそれほど無いそうだ。とはいえ勇者たちは手と足に魔力を霧散させる枷を付けられている上に、収容所の各部屋には魔力を吸収する魔法陣が描かれているため脱獄は難しいだろう。

 俺たちが今進んでいる廊下は連絡路のようなもので、勇者たちが収監されている部屋とは金属板を埋め込まれた壁で隔たれているそうだ。魔王が近くにいることで勇者たちが反応し、魔力を高める危険性も考えられる以上、そのような安全策は無駄では無いだろう。勇者たちが侵入する危険性が少ないためか、廊下の所々に勇者たちから取り上げた装備が積んであり、廊下の隅には配管のようなものも見えた。

 

「さっきから気になってたんだが、この廊下にある管は何だ? 水道管にしては細く見えるが」

「それは勇者たちから吸収した魔力を運ぶための管だね。魔力が通りやすい金属を針金にして、魔導石に溜めるための部屋まで繋いでいるんだ。魔導管って言えばいいのかな」

「これを使えば逆に魔力を……」

「ん? なに?」

「いや、何でも無い。早く進もう」


 危うく「これ使えば魔力を魔術装置に注入することも出来んじゃね?」と言いそうになった俺である。そこから発展して発電所とか電力網とか出来ちゃったら、世界があっという間に近代化してしまう。そういう急速な技術進歩は何が起こるかわからないから出来る限り回避したいところなのだが、めっちゃ今更な気がしてならない! だけど念のため、今後も気を付けるよ!


「この先だよ」


 ある扉の前で立ち止まる魔王。その扉を魔王が開くと短い廊下があり、そこで待機していた2人の男が俺たちの方を見た。鎧と兜を装着している、魔王城の周囲で働く魔族としては珍しい重装備の2名。それだけこの先にいる者を危険視しているのだろうか。


「ごめん、待たせちゃったかな」

「いえ。ですが、久しぶりに着ると重いものですな、鎧も兜も」

「相手は恐らく今回捕まえた勇者の中で一番強い人だから、本当に気を付けてね。悪魔さんにも来てもらったけど、絶対に安心ってわけじゃないし」


 なんだか最近、肉の盾みたいな扱いされてないか俺?


「それじゃあ、入ろうか」


 短い廊下の先にある重い扉が開かれると、がっしりとした体つきの男が椅子に繋がれているのが見えた。男との間には扉付きの鉄柵があり、それが部屋を2つに分けているため俺たちと男が直に接することは無い。それでも男の敵意に満ちた眼差しからは、手枷も足枷も鉄柵も破り、魔王を殺してしまうような迫力が感じられた。

 この世界において、15年。その間に、その男はどんな日々を送って来たのだろうか。剣士として勇者と共に何度も魔王に敗れ、何度も生き返った男。そして最後には勇者を見限り、使命を捨てた男。その男が再び魔王討伐の使命を()()()()()()、以前よりも険しくなった顔で俺と魔王の前にいた。

 

「久しぶりだね」

「魔王……!」


 憎悪が滲む声。それはどんな獣よりも恐ろしい、殺意の唸りであった。


「……悪魔さん、何か測定する道具出しといて」


 小声で俺にそう言って、魔王は鉄柵に近付く。俺は繋がれた剣士に見えないよう廊下で異次元収納装置を呼び出し、メガネ型計測装置を取り出した。それをかけて剣士を見ると、その異常さがよく分かった。

 地上の人間と魔族では、魔族の方が明らかに魔力が高い。だがその剣士の魔力は不安定に揺らぎながらも、並の魔族よりずっと高い値であった。魔王には及ばないものの、魔族の中でもかなり強い魔力を持つマリアに匹敵する程の力。その魔力は床に描かれた魔法陣や四肢の枷によって散り散りになっているが、仮にそれらが無ければ収容所を破壊し、魔王城や城下町に甚大な被害を出すことすら考えられるだろう。


「どうしてあの勇者を捨てた君が、今度は自分自身が勇者になってボクを倒しに来たのかな?」

「俺は……今になって過ちに気付いたのだっ! 貴様は殺さねばならない、倒さねばならないのだっ!!」

「15年前ならともかく、今更そんなこと言われても困るんだけどなぁ……」

「あの頃の俺は、どんなに悔やんでも悔やみきれない、本当に愚かだった……あの神聖な使命を、あの勇者を、俺は……」


 歯を食いしばる剣士の顔は、魔王だけでなく自分自身まで憎んでいるように見えた。憎しみ以外の感情を捨ててしまったかのようなその姿は、痛々しいほどに憐れであった。


「全ては、貴様のせいだ、貴様によって俺の弱い心は挫かれ、取り返しのつかない間違いを犯してしまった。貴様に会うまでの輝かしい日々を、俺は裏切ってしまった。あの日々、祝福された日々……」


 そして、剣士は語り出す。かつての勇者と、その仲間たちの苦難を。




 女神様に選ばれた俺は、啓示の通りに勇者と共に旅をした。

 洞窟に潜む邪悪な魔族を倒し、村々を荒らす凶暴な魔物たちを退治した。魔を打ち倒せば打ち倒すほど、俺たちは自分たちの成長を感じた。そして、女神様からの祝福を感じた。

 街に行けば人々の期待の声が俺たちの力を後押ししてくれた。俺たちの進む道は正しく、故にどれほどの困難も乗り越えられるのだと。そう信じられた。

 貴様に会うまでは。

 貴様は、卑劣な手で俺たちを何度も殺した。それどころか俺たちが倒さねばならない魔物どもを隠し、奴らが奪った金品を無価値な金属とすり替えた。貴様は俺たちを恐れ、俺たちが為すべき正当な使命を妨害した。

 そのような悪辣にも耐えて貴様の前に立てば、貴様は邪法で以って俺たちを辱めた! 命だけでなく、人々の善意で得たもの、誇りを捨ててまで手に入れたものすら奪った! 邪悪の権化、打倒しなければならない敵! 貴様はまさに人間の宿敵、魔王だった!

 なのに俺は、俺たちは諦めてしまった……貴様によって唆された教会の人々、王家に関わる人々、罪無き人々の、落胆、失望……それでも貴様を倒そうと何度も、何度も挑んだ! だが、貴様は俺たちの心を、使命を踏みにじった!!

 祝福も、輝きも、いつの間にか失われていた。俺は、貴様に敗北したのだ。女神様を信じる心が、勇者と進む使命を貫く意志が、貴様に敗れたのだ。

 もはや俺に、勇者と歩む資格は無かった。それが誤りであり、どんな困難でも乗り越えられると、信じたかったのに。それを信じられなくなるほどに、俺は……俺は……




 沈黙する剣士を俺たちはじっと見つめた。魔王がかつての勇者たちに行ったことは、魔王とその配下が生き残るためには仕方の無いことではあった。それによって勇者とその仲間がどれほどの苦痛や屈辱を受けたかについて、俺はなるべく想像しないようにしていた。考えればきっと、自己嫌悪に陥ってしまうから。

 魔王や俺は正義では無い。だが魔王は生きるために殺し、勇者たちは殺すために生きた。明日も生きていたいと願う凡庸な存在として、どちらを肯定すべきかは明白だった。

 生きるための邪道と殺すための正道であれば、俺は邪道を進みたいと思う。どうせ完全な正義など、人の領域では無いのだから。


「……だけどそんな俺に、再び天啓が下った」

「天啓? それは、女神からの天啓かな」

「女神様……違う、もっと大きく……輝きに満ちた……」

「魔王! 気を付けろ!」


 メガネ型計測装置が魔力の高まりを検知し、俺は咄嗟に声を出した。単純な魔力の増大では無い、まるで別の誰かの魔力が剣士の内側から湧き出しているような、不気味な高まりだった。


「道を間違えた俺に贖罪の機会を与えてくれた……死んだ者たちの魂を俺に受け継がせてくれた……あの輝かしい日々と同じ……祝福……」


 ギシギシと、奇妙な音がした。それは剣士の両手足に嵌められた金属製の枷が軋む音であった。


「貴様に殺された者たちの願いが……偉大なる輝きからの使命が……俺を、俺を祝福するすべてが、殺せ、貴様を殺せと、輝く、轟く、叫ぶ……!」


 そして、枷が裂ける。


「――!!」


 言葉にならない雄叫びを上げ、剣士が突進する。鉄柵を容易く吹き飛ばし、魔王の顔にその右手が届こうとしていた。

 その瞬間に、全ては止まった。同調加速(シンクロ・アクセル)。そして、超高速化。かつて剣士を何度も殺したその魔法が、またしても彼の攻撃を無力化した。超高速化はクリエイターも使っていた魔法であり、つまり剣士に勇者の断片を植え付けた連中と同じ力である。勇者という使命を与えた存在により近いのは彼では無く、敵である魔王なのだ。その皮肉は、あまりに残酷だった。

 魔王は部屋を出て、連絡路の方へと向かう。そして勇者たちの持ち物であろう、一振りの剣を握って戻って来た。


「ごめんね」


 そう言って魔王は剣を振りかぶり、躊躇無く振り下ろした。

 



 俺は瓶型の捕獲器を操作しながら、メガネ型計測装置で魂の様子を見る。以前はどこかの教会へと転送されていた剣士の魂は、遺体の上に浮かんでいた。通常の人間よりも大きいその魂には、(こぶ)のようなものがいくつか付いている。恐らく数人の勇者の断片を受け継いだのだろう。

 捕獲器により、魂が光の糸となる。だが勇者の断片は形を保ったまま、次第に消えて行った。捕獲器に収まったのは、かつて不死身だった剣士の魂だけだった。


「終わったぞ」

「お疲れ様。それで、何か分かった?」

「勇者の断片がいくつか付いていたが、それは回収できなかった」

「やっぱりダメだったんだね。そうなると、その断片はまた別の人の所に行くのかな」

「だろうな。この剣士みたいに元々の魔力が強い奴に渡らなければ良いけどな」

「そうも行かないと思うけどね」


 そう言って魔王は床に腰を下ろし、剣士の遺体を見つめる。


「本当は殺すべきじゃ無かったんだけどね」

「拘束出来るような相手じゃなかったんだから、仕方ないだろ」

「そうだね……下手に拘束しようとしたら誰かが死んでたかもしれない。だから、仕方ない。仕方ないんだけど……」

「そんなに嫌だったのか?」

「仕方ないことが多いと、嫌になるんだよね」


 仕方ないと諦めること。言うなればそれは、可能性の放棄。魔王が一族として目指す可能性の探究とやらとは真逆のもの。どうにかする力が無い故に何かを捨て去る、無力の表明。


「勇者たちを率いていた剣士さんを殺しちゃったから、きっと他の勇者たちは怒ると思うし、人間たちもボクたちへの警戒心を高めると思う。勇者たちを支援した国々には正直に謝るつもりだけど、あんまり効果は無いかもね」

「むしろ逆効果かもな」

「そうなると商人さんたちを通じて女神信仰の弱い国との関係をもっと強くしないとダメだろうね……ゆっくりやるつもりだったけど、そうも言ってられないかな」

「命一つで随分と事態が悪化したわけだな」

「命が重いのは当たり前だから仕方ない……ううん、仕方ないんじゃない。これはきっと、受けなきゃいけない罰なんだよね」

「罰、か」


 俺たちは正義では無い。だが、罪から逃げるような外道になど落ちたくは無い。


「良いじゃないか。悪いことをしたら報いを受ける。それが人ってものだ」

「そうかな……」

「そうだろ。もし他人を殺しても許されるような存在になったら、それは人として扱われていないことになるからな」

「そう……だね。剣士さんを殺しちゃったことを咎めてくれるのなら、それはボクたちがそうしない可能性を考えていたってことだしね」

「ああ。だから人らしく罰を受けて、乗り越えればいい」

「うん。なんだか、今日の悪魔さんは前向きだね」

「お前が苦労するのは面白いからな」

「それひどくない!?」


 魔王が不服の声を上げながら立ち上がる。


「少しひどいくらいが良いんだよ。悪魔だからな」

「悪魔さんにも、そのうち罰が下るよ?」

「かもな」

「いいの?」

「いいさ」

「……何しようかな」


 魔王がなんか悪いこと企んでる顔してる!! 明日が怖くなってきたぞ!


「まぁ、勇者たちを返してからにするよ」

「やり過ぎたらやり返すからな」

「悪魔さんは優しいから、そんなことしないよ」

「そうだな」


 嘘でーす!


「……ありがとね、悪魔さん」

「うん?」

「ちょっと、元気出てきた」

「そうか」

「魔王らしく、ちゃんと嫌われる覚悟をするよ」

「頑張れよ」

「後で慰めてね」

「それは王妃に頼め」

「それもそうだね」


 魔王は微笑み、俺たちのやり取りを見ていた部下たちの所に歩いて行った。そして、剣士の遺体の扱いについて話し始める。

 俺たちの道は正義では無く、因果応報による困難も多く待ち受けているだろう。だが笑えるような、くだらない時間もたくさんあるはずだ。悪いこともして、罰も受けて、それでも笑う。それが人であると、俺は思う。

 だから目の前で死んだ男のように、正義と憎しみで全てが染められてしまうのを認めるわけにはいかない。そんなことを強いる奴を、見過ごしたくはない。

 俺は自分の中で、あのクソ野郎を殴ろうという意志が一層、強まるのを感じた。


 

 勇者カウンター、残り8744人。

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