第42話 魔王軍と勇者軍は激突するのか
魔王城からちょっと離れた、石造りの関所。砦と形容できる程に大きな門の上で、俺と魔王は100人くらいの男たちと勇者を待ち構えていた。むさくるしいわ!!
「そろそろ来るはずなんだけどねえ」
魔王が北の方を見ながら言った。
「空中部隊からの緊急連絡も無いし、何か起きたわけじゃ無いはずだけど」
「単純に行軍速度が落ちてるんじゃないか?」
「そうなのかなぁ」
魔王はイマイチ納得していない様子だが、お前昨日までの勇者カウンターの減り方を見て想像出来ないのかよ!! 勇者軍ものすごく疲弊してるはずだぞ!
「ちょっと空中部隊に連絡してみよっと」
そう言って魔王はテレフォンを取り出し、空中部隊とやらに連絡を始める。ところで魔王軍の空中部隊ってどんな生き物に乗っているのだろうか。ワイバーンとかグリフォンとかペガサスとか、あるいはドラゴン……いや、空飛ぶカバや空飛ぶゾウや空飛ぶネコという珍妙生物の線もあるな!
「空中部隊って何に乗っているんだ?」
「大きな鳥だよ。魔界では暴風の王の領地近くにいっぱいいるんだ」
思ったより普通でつまらねぇ。
「あ、そっちの様子はどう?」
『なにも変わりないですー』
大昔にどっかで聞いた覚えのある独特な声がテレフォンから聞こえて来た。どこで聞いたんだっけこの声……まぁ、どうでもいいか。
「勇者たちはまだ来ないかな?」
『もうすぐ関所からでも見えるとおもいまーす』
「行軍の速度はどう? 落ちてる?」
『わかりませーん』
「あ、そう。それじゃあ戦闘に巻き込まれないように気を付けてね」
『わかりましたですー』
テレフォンから顔を離し、魔王が溜息を吐く。
「どうした?」
「なんかさ……ボクの配下の女の子たちって、変な子多い気がしてさ」
「そうだな」
「どうしてかな?」
「まともな女性なら地上の魔王軍で働いたり、魔王城のメイドやったりしないからだろ」
「そんなこと…………うーん、もしかしてそうなのかな」
魔王は周囲の男たちを見回しながら「みんなはどう思う?」と意見を求めた。
「私がモテてない時点で魔王城の女性はおかしいと思います!」
「やはり女性は家をしっかりと守って旦那が帰ってきたら『おかえりなさい。ごはんにする、それとも……私にする?』と言うべきかと」
「普段は冷たく当たって来るけど、実は素直になれないだけで内心は私のことが大好きという女性もいるかもしれませんよ」
「厳しい女性教官が昼寝している姿を偶然見てしまって、それに見惚れていたら教官が目を覚ましてしまい顔を赤らめながら照れた様子で私を叱って来る、という事態を待っているんです!」
それぞれに独自の意見を口にする男たち。そうか、魔王軍は女性だけじゃなくて男性もおかしいんだ!!
「よくわからないけど、この雰囲気に馴染める女性ってあまりいない気がしてきたよ」
そうだね。
「仕事はちゃんとやってくれるし、多少言葉遣いが悪かったりしても気にしない方がいいのかな」
「そもそもお前が王をやっている時点で、部下に規律を求めるのは難しいと思うぞ」
「どうして?」
「お前、人前で膝枕されてたりするじゃん」
「人前で膝枕を堪能する人は尊重しなくて良いとでも言うの、悪魔さんは?」
「当たり前だ」
魔王が周囲の男たちに「ねぇねぇ、悪魔さんがひどいこと言ってるんだけど」と同意を求め始める。
「率直に申し上げて膝枕されているのは超ムカつきますね!!」
「魔王様じゃ無かったら呪ってますよ」
「だけど悪魔さんも相当恵まれていると思いますよっ!」
「2人とも私たちの敵だっ!」
男たちが喧々囂々となる関所の門の上。これから勇者軍団を迎え撃つはずなのに、なんで味方同士で険悪になってるんだよっ!?
「待って待って。つまり、ボクってそんなに尊敬されてないってこと?」
「尊敬はしていますが、それはそれとして殴りたいときはあります!」
1人の魔族の言葉に、多くの者が頷いた。俺も頷いた。
「えー、それってなんかひどくない?」
「だったら私たちにもっと女性との出会いの場を提供してくださいよ! 城の近くに歓楽街を作るとか!」
「城下町は教育を重視した街にしたいから、それはちょっとダメかな」
「それならいっそ、城内に女性とお酒が飲める新しい酒場を」
「いや待て。そんな場所に通っては女性が離れる一方では」
「確かにそうっすね! だったら週に1回城内の男女で食事会をするとかどうっすか?」
「それだ、それで行こう!」
「あのー、みんなちょっと待ってね。そういう話は勇者たちを倒してからやって欲しいんだけど」
その言葉によって、渋々といった感じではあるが静けさが広まって行った。まったく、緊張感が無いのは上司も部下も同じだな!
「やれやれだね。それで勇者は……」
俺と魔王は北へと続く道に視線を向けた。
道を南下している勇者の大軍が、よーく見えた。
「いつの間にかすごく近づいてきてるよ!?」
「アホやってる場合じゃ無かったな。それで、どうする」
「みんな、配置について!」
その合図で、すぐに男たちが俺と魔王の前に整列した。門の端から端まで並んだ1列、約40人。彼らの手には先端が二股の長い棒、遠距離の敵を麻痺させる魔術装置であるビリビリが握られている。
「ビリビリを使うのは、勇者たちが目印の木を越えてからだからね! もし魔法や矢に当たったら、すぐに後ろの人と交代すること! あと分かってると思うけど、ビリビリは魔導石だけじゃなくてみんなの魔力も使うから魔力が足りなくなったと思ったら後ろに下がってね!」
魔王の言葉に「はい!」と気合の入った声で答える男たち。ふざけているようで、やる時はやるようである。それが魔王の治める領地の気風なのだろうな。
「それじゃあ前列の人は準備して! 後列の人もすぐに代われるようにして、治療と防御担当の人は周りをよく見ること! わかった!?」
男たちは大きく返事をした後、すぐに動き出した。前列の40人程が俺と魔王より前に出て、門の上から勇者を狙う。後列の40人程はその後ろで膝を立ててしゃがみ、さらにその後ろでビリビリを持たない約20人が間隔を開けて立つ。
これらの100人程度に加え、門の裏には200人の人員が配備されている。木で組まれた階段状の足場が門の上と地面を繋いでおり、それを使って人や物品が素早く移動できるようになっていた。即座に復帰できない負傷者と予備人員の入れ替えも容易に行えるため、門の上の人員が不足することはまず無いだろう。
「それじゃあ悪魔さん、ボクも行ってくるね」
邪魔にならないよう後方に移動していた俺に、魔王が声をかけてきた。
「ああ。一応、気を付けてな」
「心配してくれるんだね。やさしいなぁ……」
「訂正する。囲まれて剣で叩かれてこい」
「大丈夫だよ、そんなヘマしないから」
「だろうな」
以前の勇者との戦いでもそうだったが、コイツは敵に対して容赦が無い。飄々としつつも油断無く敵を倒すその姿勢は、ぶっちゃけちょっと怖いんだよ!
「もし誰か大怪我したら助けるの手伝ってあげてね」
「俺は知識以外の協力はしないことになってるぞ」
「またまた~」
にやにやしながら魔王が「ご冗談を」って感じで右手を振る。いや冗談じゃなくてマジで協力しないっての!! まあ、そりゃ目の前で死にそうな奴がいたら助けてしまうかもしれないがそれは協力じゃなくて……ええい、説明するのが面倒くさいっ!
「じゃ、行ってきます」
「早く行け」
次の瞬間、周囲の動きが止まる。超高速化の使用と、それに対応する同調加速。魔王は静止した男たちの横を通り過ぎ、門を降りて行く。向かう先は、勇者の軍勢の後方。敵の背後である。
勇者たちは関所であるこの門に向かってくる。門の上に魔族が大勢いるため、それは必然だろう。だが魔族たちは弓矢や大抵の魔法よりも射程が長いビリビリを装備しており、勇者たちは攻撃するより先に電撃によって麻痺させられるだろう。門に近付くことは困難であると言える。
その上で、魔王が後方から攻撃を仕掛ける。広範囲の敵を麻痺させるエレクトウェーブと超高速化を使い、一方的に敵を無効化させる。道の両側は深い森であるため、この襲撃は敵の退路を断つことにもなる。そうなれば、恐らく勇者軍のほぼ全員が捕虜となるだろう。ここまでの行軍で死んだ勇者を除いてだが。
にしても…………同調加速まだ終わらないのか? 時間停止並の高速運動を行う魔法が近くで使われている場合に自動で発動するとかそういう仕組みだったはずだが、近くってどのくらいの距離だ? 100メートルとか200メートルか? 1キロメートルとかだったら、魔王が1キロ歩くまで待たなきゃならないが、それだと数分くらい微動だにせず待たなきゃいけなくなるな。人工知能が制御してるから肉体的にはつらくないのだが、精神的にムズムズする。早く終われや。
そのようなことを思っていたら、急に喧騒が戻って来た。どうやら魔王がある程度離れたようだ。よかったよかった。
「通過したぞっ!!」
突然、前列の兵の1人が声を上げた。約40人の前列が次々にビリビリを掲げ、その先端に電撃を発生させる。そして「うおーーっ!」だの「死ねやぁーー!」だの「どーん!!」だの言いながら、その電撃を勇者たちに向けて放った。声を出さなければファンタジー世界っぽくて好印象なのに、なんか台無しだよ! ってか「死ねや」って言ったやつ、自分が使っているのが非殺傷系の魔法だってちゃんと分かってるよなっ!? 大丈夫か!?
前列の隙間から勇者たちの様子が少し見えた。最前列付近の兵が倒れた勇者軍はほとんど足が止まっており、そこに上方から電撃が襲い掛かる。それに当たった者は地面に倒れ、さらに全体の速度を低下させる。
それだけでなく、勇者の中には後方を気にしている者が何人かいた。恐らく前方の魔族では無く、後方の魔王を気にしているのだろう。前門の麻痺、後門の魔王。後ろから前から襲われ、勇者軍は攻撃することが出来ないほどの混乱に陥っているようだ。
さしたる反撃も無いまま、数分が過ぎた。後列の奴らは地面に座り込んで雑談をし始め、治療と防御担当の連中はあくびをしている。お前ら前列に全部任せてんじゃねぇよ、少しは助け合えよ!!
そして見えて来た、後方から迫る魔王の姿。直後に、同調加速が発動する。すぐに終わる。魔王の近くで電撃が光る。勇者倒れる。そしてまた同調加速が発動して、すぐに終わる。魔王の近くで電撃光る。勇者倒れる。発動、光る、倒れる。発動、光る、倒れる。ええい、どうせ超高速化使わなくても楽勝なんだからもう使うんじゃねぇ! 気持ち悪くなってきたぞ!
次第に前列から放たれるビリビリの光も少なくなり、前列から離れる者も出てきた。空いた空間から北の方向を見ると、大量の人間や馬がまるで死んだように地面に倒れていた。光景としては虐殺だが、実際は全員麻痺しているだけである。倒れた時の打ち所が悪ければ死んでるかもしれないけど。特に馬。
そんな死体同然の身体で埋め尽くされた道を、金髪の青年がニコニコしながら歩いてきた。殺すのでは無く、無力にすることによる勝利。それはもしかしたら、勇者たちにとって死よりも屈辱なのではないか。ならばアイツは間違いなく勇者の怨敵、魔王なのだ。
「悪魔さ~ん、終わったよ~」
俺に向かって手を振る魔王。勇者の存在など非力で無価値だと言わんばかりのその姿に、俺はほんの少しだけ、嫌なものを感じた。その感情を一言で表すとしたら――
「若干引くわ~」
「何言ってるの悪魔さん?」
引くわ~。
勇者カウンター、残り8753人。




