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勇者が不死身すぎてつらい  作者: kurororon
第2部 勇者が不条理すぎてつらい
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第41話 魔王は膝枕されたいだけの人生なのか

 いつもの部屋のいつものタタミの上、俺は静かに本を読んでいた。今日は珍しく王妃と魔王がテーブルの向かい側でのんびりしており、妙に懐かしい感じがした。


「あ~……う~……」


 だが、王妃に膝枕されながらなんか唸っている魔王はハッキリ言ってうるせぇ! 娘に見られたら恥ずかしい父親だと思われるし、部下に見られても恥ずかしい魔王だと思われるぞ!! 俺はずっと前から魔王は恥ずかしい奴だと認識してるから良いんだろうけどさ!


「う~……う~……」

「そのうーうー言うの、やめない?」


 本を読むのに集中できないので、俺は文句を言う。そっちも疲れているんだろうけどさ、だったら静かに寝るか自分の部屋で膝枕されててくれませんかね?


「いやだって、疲れちゃって疲れちゃって……」

「まぁ、霊木の王と荒土の王の所は結構疲れたからな」


 馬車での長距離移動に聖獣との戦い。流石の魔王もお疲れか。


「それもあるけど、他にも色々あってね……」

「色々?」

「だから今日は、ずっと王妃の膝の上で休むことにしたんだ」

「ああ、うん。だったら自分たちの部屋でやれ」

「この部屋が一番落ち着くんだよね。やっぱり膝枕はタタミの上が一番だよ」

「でも王妃が疲れるだろ」


 俺がそう言うと、正座をしていた王妃が手帳に返事を書いて見せてきた。


『時々姿勢を変えますから、大丈夫です』

「そうか」


 それにしても、この王妃はいつ正座を覚えたのだろうか。俺が魔王と契約した当初から正座をしていた気がするが、何かの本で学んだか……いや、俺が正座した姿を見てそれを真似した可能性の方が高いな。王妃の学習能力を思えば、俺を観察してタタミの上での座り方を学ぶくらい造作も無いだろう。その使い道が魔王の頭を膝に乗せるためってのは納得できないけどな!


「だけど、勇者の軍勢がそろそろ攻めて来るはずだろ? なのにゆっくりしてて良いのか?」

「だからこそゆっくりするんだよ。勇者が攻めてきたら、こうやってのんびりすることも出来ないからね」

「なるほど」


 なるほどと言ってしまったが、これ怠けてるだけなんじゃねぇか!?


「本当は勇者なんて相手したくないんだけど、あっちが攻撃してくるんじゃどうしようも無いんだよね。みんなが穏やかに過ごせればいいのに」


 魔王が美人の奥さんに膝枕されながら呑気なことを言っているから、人間の集合的無意識が殺意に震えているんじゃね? だとしたら、それをクリエイターが利用して勇者の攻撃性を高めているのか!? つまり、魔王が膝枕されると勇者が凶暴になるってわけだ!

 ……バカなこと考えてないで、読書に集中しよう。

 

「悪魔さんも膝枕してもらったら?」

「……王妃に?」

「違うよ。これはボクの枕だもん」


 それもちげぇよ。


「ヒメに膝枕してもらうんだよ」

「犯罪だな」

「え、格好良い」


 だから犯罪は格好良いワードじゃねーよ!!


「でもそういえば、ヒメに膝枕したことはあったな」

「悪魔さんが枕になったの?」

「ああ」

「うーん……でもそういうのも良いのかな」


 そう言って魔王は起き上がり、正座をする。


「ちょっと王妃、ボクの膝を枕にしてみて」


 その言葉に、王妃は手帳をテーブルの上においてゆっくりと魔王の膝に頭を預けて横たわった。

 めっちゃニヤニヤした顔でな!!


「そうか、王妃はこういう風にボクの枕になってくれてたのか……なんだか、心がぽかぽかするね」


 魔王が王妃の髪を撫でながら気持ち悪いことを言った。そして王妃はもうすっげぇ嬉しそうで、お前らもう自分たちの部屋に帰れ。


「魔王様、大変ですっ!! 勇者のぐ」

「ごめん! 今忙しいから後で!!」


 部屋の前に慌てた様子で駆け込んできた伝令を一蹴する魔王。なんかすげえ大切なことを伝えに来たみたいですけど!?


「ですが、本当に非常事態な」

「やることはもう伝えてるでしょ? その通りにやればいいから」

「それはそうですけど……」


 落ち込む伝令こと、ぞんざいさん。もしかしてタタミというくつろぎ空間のせいで、この人に対する魔王の態度が悪くなっているのだろうか。休息モードを邪魔されるのは気分が悪いし、ありえる。


「それじゃあ、手筈通り各所に連絡お願いね。もし何かあったら教えてね」

「……その時はちゃんと連絡を聞いてくれるんですよね?」

「え、あ、うん」


 聞きそうにない!


「ちなみにですけど……何が起きたかちゃんと分かってるんですよね」

「勇者の軍勢がこの魔王城に向かい始めたんでしょ?」

「ええ、はい。その通りです、その通りですよ」


 ちょっと不機嫌になるぞんざいさんであった。そりゃ、上司に重要な連絡をしに来て「ああ例の件ね。マニュアル通りに対応しといて」などと返されたらイラっとして当然である。魔王はもう少し部下を労わるべきじゃないですかね。


「そういえば、どうしていつもわざわざ部屋まで来て知らせてくれるの? テレフォン使えばいいのに」

「魔王様、テレフォンで連絡すると応答しないとき多いじゃないですかっ!!」

「休むときはしっかり休みたいんだよね」

「それじゃあ、私も休む時はしっかり休んでいいんですか?」

「うん」

「やった! それじゃあ、連絡頑張りますね!!」


 急に態度を変えて、ぞんざいさんが去っていった。さては無茶苦茶忙しい時に「今日は非番の予定なので」とか言って休むつもりだな、あの人! でも本当に忙しい時は無理矢理引っ張り出されるか、さもなければ別にいなくても問題無い人扱いされて後で悲しくなるパターンになると思う。魔王軍は働くにしても休むにしても、真面目にやりすぎると損をする組織ではなかろうか。


「あ~、思ったより早く動き出しちゃったな~」


 王妃のほっぺをつんつんしながら魔王が言う。緊張感が無さすぎるわ。


「こんな所でのんびりしてて良いのか? お前もやることあるんだろ」

「準備はちゃんとしていたからね。今日1日くらいはやることが無いと思うよ」

「具体的にはどんな準備をしたんだ?」

「まずは商人の人たちへの連絡準備だね。特に陸路で魔王城と交易している人たちへの連絡かな」

「陸路ってことは、勇者たちが侵攻してくる道を使っている商人か」

「うん。北の道は当分使えなくなるからね」


 この魔王城は周囲を森と海に囲まれており、人間たちの街に行くには城の北から続く道を使うしかない。交通の要所にはとてもじゃないがなりそうに無い立地であるが、防衛についてはむしろ優れていると言えるだろう。北の道も左右のほとんどが森となっている長い一本道であるため、例の地面を落とし穴に変えるドロヌーとかいう魔法を使う地形としては非常に適している。あれ? もしかしてこれ楽勝なんじゃ?


「勇者が北の道以外から攻めてくる可能性は?」

「勇者の人数が3000人くらいだから……」

「ちょっと待て。3000人?」

「うん」

「そんなに?」

「もっと多いかもしれないけど、最新の情報ではそのくらいだって」

「倒せるのか?」

「劫火の王の所と戦った時よりは楽だと思うよ」


 そういえばコイツ、魔界で戦争して普通に勝ってたな。勇者1人と魔族1人の力が同等と考えると、確かに楽な戦いかもしれない。


「3000人で攻めるとしたら北の道を使うか海から攻めるしかないんだけど、船を用意したって情報は無いから北から来るしか無いよね。だからその道にいっぱい仕掛けをしておくんだ」

「そんな道を使ったら商人が死ぬな」

「だから陸路の封鎖をちゃんと連絡しておくよ。それと、勇者を支援した国に女神信仰じゃない商業国家の人たちを通じて抗議文も出すよ」

「内容は?」

「大魔王様に地上侵攻を中止するよう説得し、地上と魔界双方の平和的発展に尽力している私たちを攻撃するなんて、あまりに野蛮ではないですか、みたいなことを書いたよ」

「意外とまともなことを書いているな」

「当たり前だよ。今回、ボクらは被害者なんだから」

「まぁうん……そうなのか?」

「そうだよ。だから抗議文にも嘘は書いてないよ」


 確かに魔王は大魔王を説得したし、地上と魔界の発展を目指している。だけど大魔王は説得という名の暴力で倒してるし、地上と魔界の発展だって実情は地上における魔族の影響力を増大させてるだけである。嘘じゃないけど本当でもない微妙な抗議文だなこれは!


「これからは海路を使った交易が中心になるから、そのための見直しも必要だよね。勇者のせいで交易は結構な損害が出るかもしれない」

「金の問題は深刻化するとマズいな。何か補填する当てはあるのか?」

「うん。勇者をたくさん人質にすれば、身代金がいっぱい貰えるかもしれないんだ」


 誘拐魔の王! 略して魔王!


「人質にした勇者を捕える収容所も作ってあるんだ。勇者から魔力を吸収する魔術を仕込んであって、勇者の力を弱めながら魔導石に魔力を補充することも出来るんだよ」


 人間を資源として考えている節があるぞこの男!! やはり魔王は倒さないとダメなのでは?


「だが、数が数だけに人質にするのはなかなか難しいんじゃないか?」

「普通に戦うとそうだよね。だから城までの道に勇者たちを疲れさせる魔法とか仕掛けるんだよ」

「疲れさせる魔法?」

「うん。たとえば悪魔さんにこの前見せた、ドロヌーだね」

「あれか。でもあれは引っ掛かると死ぬんじゃ無いか?」

「運が悪いとそうだけど、きっと勇者たちなら頑張って仲間を助けられると思うんだ」

「どうだろうな」

「助けるのは大変だから、ドロヌーをいっぱい仕掛ければみんなすっごい疲れるよね」


 発想が外道。


「それで、いくつくらい仕掛けるんだ?」

「印刷工房で1000枚くらい魔法陣を設置する巻物を作ったから、とりあえずそれ全部かな」

「つまり、1000個の落とし穴が魔王城までの道に仕掛けられるわけか……」


 おいおいおい、死ぬわ勇者軍。


「だけどそれだけの量、ちゃんと仕掛けられるのか? 仕掛けている途中で間違って落ちる可能性もあるだろ」

「うん。だから暴風の王の領地にいる魔族を雇って、ドロヌーを仕掛けてもらうことにしたんだ。あそこの魔族は宙に浮く魔法が得意な人が多いから、安全に設置してくれるはずだよ」

「なるほどな」


 いわばバイトで戦士を雇うって感じか。戦わないから戦士というより作業員だけど。


「他にも、霊木の王から買った植物も植えるんだ」

「どんな植物だ?」

「なんか変な臭いを出す花なんだよ。それを嗅ぐと、気分が悪くなったりするんだ」


 ラフレシアかな?


「臭いを嗅ぎすぎると幻覚が見えたりもするそうだし、勇者たちも疲れると思うよ」

「だけど魔法で防がれる可能性もあるんじゃないか?」

「それはそれで魔力を使うわけだから疲れるはずだよ。3000人全員がそういう魔法使えるわけじゃ無いと思うし、厄介だと思うよ」

「花を除去されたら……それも疲れるから良いってわけか」

「そうだね。とにかく進軍をしにくくさせて、戦う力を削ぐのが第一だよ」

「それで、その花はどれくらい植えるんだ?」

「500株くらいかな。暴風の王の所から雇った人たちに護りの魔法をかけて、ドロヌーを設置するついでに植えてもらうんだ」

「……給料いっぱい払う必要がありそうだな」

「安全が第一だから仕方ないよ。宙に浮けない人にやらせてもし死んじゃったら、もっともっとお金がかかるし稼いでくれるはずだったお金も手に入らなくなっちゃうからね」


 お優しいように見えて損得勘定が強い!!


「それにしても、もっと直接的な手は打てないのか?」

「直接的な攻撃は魔王城に近付いてからだね。城に近い関所に防衛線を張るつもりだよ」

「それより前の位置では小賢しい手しか使わないってことか」

「ボクらが被害者である、って立場は崩したくないからね。人間たちの街に一番近い関所の辺りには警告文を書いた看板もたくさん立てて、引き返すよう促すこともするよ。効果は無いだろうけど、警告に従わなかった方にも責任があるって言えるし」

「大量の罠を仕掛けておいてよく言うよな」

「危険だと分かっている場所にある罠なら回避出来なかった方が悪いとも言えるし、少なくともボクらが先に攻撃をしたことにはならないよ」

「それで人間たちが納得してくれるかねぇ」

「納得してくれないかも知れないけど、ある程度の被害を出しつつなるべく友好的に勇者を返さないとどんどんこっちが不利になるからね。仕方ないよ」

「仕方ない、か」


 そもそも今回の勇者との戦い自体、避けることの出来ぬ仕方ないことだ。仕方ない、仕方ないと諦めるしかない勇者たち。まるで定められたことのようで、それは少しつらくて、少しムカつく。


「あーーーっ!! 父上が母上を膝枕してるっ!!」


 突然、部屋の入口からヒメの大声が響いた。学校お疲れ様です。あとのじゃのじゃ口調忘れてますよ。


「うらやましいのじゃ~……うらやましいのじゃ~」


 ヒメが俺と王妃を交互に見ながら、部屋の中に入って来る。これはつまり、やれと?


「…………はぁ」


 俺はタタミの上に正座し、膝をポンポンと叩く。


「流石悪魔殿なのじゃ! 話が分かるのじゃ!」


 ヒメは勉強道具が入っていると思われる鞄を置いてから、俺の膝に頭を乗せて寝そべる。娘と母が、テーブルの脚を挟んで向かい合う。


「えへ~」


 にやけ合う娘と母。性格は父親似だと思ってたが、もしかして王妃と似ている部分も結構多いのか? まさか、妙に俺に懐いているのも実は父親ではなく母親の性格が遺伝したから……? 魔王一家、全員性格は甘えんぼさんかっ!!


「やっぱり膝枕は最高だよね~」


 魔王の言葉に、俺はこの世界における正座と膝枕に対する認識が妙なことになりそうな予感がした。でもタタミというものがここにしか無いからまぁ、大丈夫だろう。

 …………タタミが量産されて膝枕がブームになってしまったら、責任取ってモテない男女のための政策を打ち出すんだぞ、魔王。



 勇者カウンター、残り9094人。

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