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勇者が不死身すぎてつらい  作者: kurororon
第2部 勇者が不条理すぎてつらい
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第39話 荒土の王は拓き続けるのか

 霊木の王の館にて一泊した俺と魔王とメアリ。朝食後、霊木の王と女人草の少女に見送られ、俺たちは馬車で東へと出発した。

 あとどうでも良いんだけどさぁ、霊木の王は少女に優しすぎじゃないすかねぇ。いや本当にどうでも良いんだけど。ヒメの相手をしている時にちょくちょく冷静さを失う自分に比べて、霊木の王は余裕を持って少女と向き合ってることとか、全然気にしてないから。気にしてないからね。


「悪魔さん、何か気になることでもあるの?」

「断じて無い」


 魔王が何故だか知らんが尋ねてきたので、しっかりと否定する。女の子に弱い悪魔というイメージがこれ以上定着したら、魔族の歴史書に「悪魔は女の子に弱かった」とか書かれるかも知れないからな!


「いくら小さい女の子が好きだって霊木の王の」

「殺すぞ」


 殺意を込めた眼差しを魔王に向けた。少しは効き目があったのか、魔王が半笑いになる。


「俺の好みは18歳から20歳くらいだと言っているだろ!?」

「それって、人間の年齢でだよね」

「ああ」

「つまり、メアリくらいの見た目?」


 その言葉に、俺はメアリを見る。確かに、メアリの外見年齢は18歳くらいだ。その上、胸も大きい。ということは、俺の好みにクリーンヒットしてるはずなのだが……


「うーん……」

「な、なんでしょうか……」


 俺の舐めるような視線から逃れるように、目をそらすメアリ。でもそれが逆に色っぽくも見える!


「年齢的にはメアリなんだが……何か違う気がするな」

「どういう所が違うのかな?」

「上手く言えないが……壁があるように思うんだ」

「あー、なるほどね」


 魔王が納得した様子でうんうんと頷いた。


「メアリ、悪魔さんのこと苦手っぽいからね」

「え、嫌われてるの、俺」

「き、嫌いとまではいかないのですが……視線がちょっと、苦手……です」


 ああ、このいやらしい目ね。


「メアリって元々、男の人が少し苦手なんだっけ?」

「え、えっと、はい。そうだと思います。男の人って、ちょっと怖い印象があって……」

「まぁ、そういうことなら仕方ないか」


 俺は魔王から聞いた、メアリの生い立ちを思い出す。今も行方知れずの父親。もしかしたら父親と過ごす時間が短かった故に、男性への抵抗感が消えないのかもしれない。彼女には信頼を寄せることの出来る男性がいなかったのだろうか。仮にいるとしたら、それはこれから会う男に違いない。

 荒土の王。祖父である彼に、メアリは何を求めているのだろうか。そして荒土の王は、彼女の期待に応えてくれるのだろうか。

 無関係なくせに、俺は少々の不安を覚えてしまう。どうか、2人には穏やかな時間を過ごして欲しい。馬車に揺られながら、俺はそう願った。




 数時間後、俺は2人のことなんてどうでも良いからさっさと目的地に着いて欲しいと強く願っていた。

 かれこれ1時間以上、馬車の外に広がる穀物地帯を眺めながら代わり映えの無い風景にイライラを募らせている俺なわけですけど、まだ時間かかりそうですかね? もう、疑似人体の戦闘出力を発揮して俺だけ徒歩で進んでも良いですか? 今の疑似人体なら水の上を走れるくらいの速度は楽々出るらしいので、馬よりずっとはやーい!!


「もうすぐ着きそうだね」


 いつの間にか起きていた魔王がそう告げた。馬車の振動でどうにも眠れない俺を横目に、コイツはぐっすりと寝てやがったのである。


「ん……そろそろ、着くの……ですか?」


 色っぽい声を出して、メアリも眠りから目覚める。なんでこいつらは振動の中でも寝れるの? 魔族ってどこでも寝れるように訓練でも受けてるの?


「もうすぐ着くって、寝てたのによく分かるな」

「さっき看板があったでしょ? あそこに転送門からの距離が書いてあるんだ」


 ごめん、見てなかった。


「にしても、どうしてこんな遠くに荒土の王は来ているんだ?」

「転送門の近くは領地として安定してるけど、ここまで遠くになるとまだまだ開拓が必要だからね。地上の領土が欲しい荒土の王としては、問題が無いかをしっかりと視察したいんでしょ」

「なるほどな。勇者の件もあるし、境界となる場所に注意を払うのは当然か」


 だけど客人と会うならもっと近場で良いと思う! もう少しこっちに気を使って……いや待て。よく考えると荒土の王が魔界に帰る時は転送門を使うわけで、そうなると俺たちは転送門の近くで待っていれば良かったはずだ。つまり、こんなところまで来ることになった原因は……


「なぁ魔王」

「なに?」

「荒土の王に会うためだけに、ここまで来たわけじゃないんだろ?」

「もちろん。ボクも領土の開拓がどんな風に行われているか、興味があったんだ」

「それに付き合わされた結果、俺とメアリは馬車で何時間も揺さぶられる羽目になったわけだな」

「あれ? 悪魔さんって馬車で移動するの好きだったよね?」


 そんなこと一言もいってねぇよ!!


「同じ風景をずっと見せられて、正直退屈だったぞ……」

「だったら、寝ちゃえばいいのに」


 出来る奴はすぐそういうこと言う!! 出来ない人の気持ちも考えてください!!


「おっと、到着かな」


 馬車の速度が緩み、魔王が言った。ようやく長旅から解放か。ひきこもりにはキツイ時間だったぜ。


「それじゃあ悪魔さん、手筈通り行くからね」

「ああ」

「あの……何か、やるんですか?」


 メアリの顔に疑問符が浮かんでいた。


「特に何かするわけじゃないよ」

「役割分担をしっかりするだけだ」


 それらの言葉を聞き、余計表情に疑問符を増やすメアリ。別に伝えなくても危険が無いことなので、黙っておく。

 馬車が停止し、俺たちは地面に降りる。振動の無い地面、最高。揺るがない大地にここまで感謝したのは絶叫系のアトラクションに無理矢理乗せられた時以来かもしれない。

 俺は周囲を見渡す。馬車で移動してきた方角には道と穀物畑が見えるが、それ以外は草原と言うか牧草地が広がっており、森や山々はかなり遠くにあった。


「なかなか放牧に適している土地だね」

「みたいだな」


 牧草地の所々に、羊らしき動物の群れも見えた。この辺りにいる魔族が牧畜を行っているのだろう。


「荒土の王はどこかな?」

「あ、あの、あちらです」


 メアリが羊の近くに立っている数人の人影を指さす。ここからだと顔がよく分からないが、メアリが言うのならば荒土の王で間違いないと思われる。


「それじゃあ、挨拶に行こうか」

 

 魔王と俺、メアリは歩き出し、草を踏みしめる。長閑な風景だ。そして、メアリが後ろで転倒した。大丈夫、大自然の中なら転んでも気にならない。俺もローリングしながら移動するか。吐くわ。

 俺たちが近づいてきたことに、向こうの人々も気付いたようだ。その中にいる年配ながら壮健な顔付きの男。間違いなく、荒土の王だった。


「よく来たな、金屑の王よ」

「はい。長旅でした」


 相変わらず荒土の王にだけは敬語使うのなコイツ……あと長旅でもお前ほとんど寝てたんだからな。疲れてないんだからな!


「わざわざ境界の地に来たということは、何か目的があるのかな」

「領地開拓の最前線で何が行われているか、見ておいて損はありませんから」

「王としての務めだけでは無さそうだな。相変わらず、知的好奇心が旺盛なことだ」

「学ぶということは、己を高めることに繋がります。貴方から学ぶことで、王としての自分自身を高めることが出来るでしょう」

「良いだろう。存分に見て行くが良い」


 そう言って、荒土の王は俺とメアリを一瞥した。ほんの少しだが、その目つきが柔らかくなったように見えた。


「それで、私が案内をすべきかな?」

「いえ、それには及びません。何人か説明をしてくれる者を付けてくれれば、十分です」

「そうか」

「その代わりと言ってはなんですが、悪魔にはここに残ってもらいます」

「ほう……」


 興味深そうな眼差しで、荒土の王が俺を見た。ちょっと緊張するな。


「分かった。ならば、こちらの者たちと見て回るが良い」

「助かります」


 そして荒土の王の周囲にいた者たちが、羊と共に魔王とメアリを別の場所へと案内する。メアリは名残惜しそうな目で荒土の王を見たが、彼は何も応えなかった。


「……さて」


 魔王とメアリが遠ざかり、荒土の王が俺の方を向く。その顔からは穏やかさも感じられるが、それ以上に一種の覇気と言うべきだろうか、力強さが感じられた。


「金屑の王とどんな相談をしたのかな」

「大したことじゃ無いさ。俺と二人っきりにした方が、アンタの思惑を聞き出せるんじゃないかってだけだ」


 馬車の中で魔王と決めたのは、俺が荒土の王から真意を引き出し、魔王がメアリから荒土の王への思いを聞き出すという役割分担だった。大魔王を倒す原動力となった知識を持って来た俺に対し、荒土の王は興味を持っているはずである。それによって口を滑らすこともあるのではないか、というのが魔王の見解だった。

 メアリについては荒土の王への思いを整理してもらい、それを荒土の王に伝えることで彼の考えを引き出せるのでは無いか、という打算があった。人の気持ちを利用しているようで多少悪い気もするが、感情を整理することはメアリ自身にとっても大事なことであろうから黙認することにした。


「思惑か……君から見て、私はどんな思惑を抱えているように見えるかな?」

「何かしら、野望があるようには見えるな。だが、既にこっちの魔王よりも権力はあるようだし、これ以上何を求めているのかは正直わからない」

「確かに、今の私は魔族においてそれなりの発言力があるだろう。金屑の王も私に対しては敬意を払っているように見える。だが、それもいつかは消えてしまうだろう」

「こっちの魔王がそのうちアンタを倒す、ということか?」

「そうでは無い。歴史の上で描かれるかどうかの問題だ」


 荒土の王が、牧草地の果て、高い山々の方角を臨んだ。もし魔族の領地が広がったとしても、あの山を制することは難しいだろう。それくらい高く、険しそうな山岳であった。


「魔族の歴史において、名を残す価値のある王は7人しかいなかった」

「7人?」

「始祖である大魔王様、そして魔界を6つの領地として平定した初代の王たち。その7人だけが、歴史に刻まれるべき王だった。つい、十数年前までは」

「十数年前ということは……」


 ヒメが生まれる前。俺がこの世界にいた期間。その頃に魔界で起きた事変。


「金屑の王は、8人目だ。偉大なる大魔王様と初代の王たち。それらと並ぶほどの、歴史に名を残すべき王なのだ」

「確かにアイツは大魔王と女神を倒し、この世界を大きく変えた。だから歴史にも残ると?」

「その通りだ。魔族が途絶えぬ限り、金屑の王は人々に語り継がれる。大魔王様を倒し新たな時代を拓いた王として、彼は死後も残り続ける。勇者に倒される時間稼ぎの存在であると他の王が見くびっていた、そんな彼こそが偉大な存在であったのだ」

「偉大……まぁ、偉大ではある……のか?」


 普段の様子を見てると全くそうは感じないんだけどな!


「思えば大魔王様が金屑の王を地上に向かわせたのも、彼の秘められた素質を見抜いていたからなのだろう。彼は多くのことを学び、知識から力を得る。我々魔族には単純な力で勇者に立ち向かい、大きな犠牲を払った過去があった。そのため地上の情報に関心を持ちそれを力に変えられる金屑の王こそ、勇者と戦うのに相応しい王だったわけだな」


 大きな犠牲を払った過去。勇者との戦いによって、荒土の王は3人も息子を失った。そのことは、彼の心にどれほどの影響を与えているのだろうか。


「しかし、大魔王様を倒すほどの知識を得るとは想像も出来なかった。金屑の王は悪魔である君のおかげであると言っていたが、実際はどうなのだ」

「知識は渡したが、それをこの世界で使えたのは魔王が探究を続けたからだ。俺はただ、アイツと話をしていただけだ」


 女神と戦う時にちょっとだけ手助けをしてしまったが、それ以外は本を渡す以外ろくな協力をしていない。思い出すとゴロゴロしすぎじゃなかったか、前の俺!


「結局の所、金屑の王は己の力で魔界を変えたわけだな」

「ああ」

「ならば、私にも歴史に名を残せる可能性はあるのでは無いだろうか」

「……何?」

「少し、歩こうでは無いか」


 そう言って荒土の王は山の方角、遠くに羊の群れが見える草原を歩き出す。俺は彼の意図が掴めないまま、黙ってその後を付いて行った。




「この辺りが真の境界、魔族の支配が及ばない土地との境目になる」


 歩き始めて約10分。荒土の王が歩みを止め、そう口にした。


「こっから先は危険地帯ということか。それにしては、羊が近くにいるな。勇者や聖獣に襲われないのか?」


 俺は後ろを振り返り、羊の群れを見た。魔物にしては、どうも俺の知っている羊とよく似ている。でも二足歩行したりするんでしょ、想像付くわ!


「あの羊たちは地上の種だ。魔界のものでは無い」


 二足歩行はしないようである。


「金屑の王からの報告で、勇者は魔族や魔物以外を襲うことが無いと聞いている。たとえ聖獣であっても、獲物としない動物であれば襲うことは無いだろう。あの羊であれば、この境界の地で放牧しても問題は少ないはずだ」

「だけど、他の場所で育てた方がやっぱり安全じゃないか?」

「地上にはそこまでの土地は無い。あったとしても、農地として使う方が効率的だと言えるな」

「だからここで育てているわけか」

「羊と共に生きることは、常に新たな土地を求めることでもある。この境界もすぐに広がることだろう。羊が草を食い尽くした土地は農地として耕し、安定した領土となる。そうやってこの10年、我々は領地を広げて来たのだ」

「闇雲に領地を広げるのではなく、羊に合わせて土地を開拓していったわけだな」

「地道ではあるが、身の程に合った方法だと考えている。私は、絶対に失敗したくないのだから」

「失敗? 領土の拡張にか」

「その通りだよ」


 山の方、まだ魔族の領地となっていない草原を見つめながら、荒土の王は言葉を続ける。


「魔族にとって、今は変革の時だ。そしてそのような時代であるからこそ、名を残すことの出来る余地がある。私は地上での魔族の生存圏を開拓し、それによって歴史に刻まれたいのだよ」

「領土を広げた功績で語り継がれたい、ってわけか」

「魔界において領土の拡張は難しく、出来たとしても微々たるものだ。しかし、地上は違う。同じ魔族から奪う事無く、より多くの領土を得ることが出来る。そこから生まれる食料はより多くの魔族を育て、より多くの繁栄をもたらす。人々が認める程の繁栄をもたらすことが出来れば、私にも歴史に残る権利はあるのでは無いか」

「そういうことか。確かにそれが出来れば、歴史に残るかもしれないな」


 世界を変えた者が歴史に残るのであれば、荒土の王にもその資格がある。魔族が生きることの出来る土地を地上で拓き、魔界という世界から魔族を解き放つことが出来れば、それは歴史的な偉業であろう。彼に敬意を示す魔王や他の王、魔族の配下たちが老いて死んでいったとしても、荒土の王の偉業は残る。

 生命の一生という刹那から見れば、歴史というのはあまりに魅力的な永劫であるのだ。


「このような欲望など、とっくの昔に諦めたはずなのだが……金屑の王によって、蘇ってしまったのだ」

「良いんじゃないか。あんなバカだけが歴史に残るのは、魔族の沽券に関わる。それはなんか、悔しいだろ」

「悔しい、か。なるほど、それはそうかも知れない」


 荒土の王が、笑みを浮かべた。


「私は悔しいから、栄光が欲しいのだろう」


 死んでしまった息子たち。愚かなはずが偉業を成した魔王。忘れ去られる権力を抱える自分自身。荒土の王は、そんな世界が悔しいのかもしれない。だから彼は拓き続ける。土地を、繁栄を、未来を。

 草原を見つめる荒土の王の瞳は、後世に伝えるべき決意に満ちているように見えた。



 勇者カウンター、残り9352人以下。

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