第37話 霊木の王は非才なのか
いつもの部屋のいつものタタミの上から地下深くの所にある、魔界への転送門。そこから魔界に移動した俺と魔王、そしてメアリは、魔界の鉄道を使って別の転送門へと向かう。
劫火の王と会う時にも使用した転送門。魔王城の地下に繋がっているものを城の転送門、水禍の王がいた島々に繋がっているものを海の転送門とするなら、陸の転送門といったところか。城の転送門が空の転送門だったら陸海空でバランスがいいな。もうこれは魔王城を空に浮かばせる研究をするべきなのでは。天空の城とかファンタジー世界っぽいし、防衛力も高そうだ。問題は最終的に誰も住まなくなる気がする点と、魔王がこっそり自爆用の魔術を仕込む予感がしてならないことくらいだな。
そのようなことを列車内で妄想している内に列車は乗換駅である大会議場前に到着し、俺たちは列車を乗り換える。さらに何時間か列車に揺られないといけないわけだが、それでも魔界を経由しないルートに比べると格段に移動時間は短いらしい。鉄道と馬車の速度差を考えれば分かる気もするが、それだけでは無いのだろう。
転送門。しっかりと調べたわけでは無いが、地上における転送門間の距離と魔界における転送門間の距離を比べると、魔界の方が転送門同士の距離は近いらしい。つまり転送門を使うことで亜空間を利用した距離短縮移動、いわばワープ航法と同じようなことをしているわけだ。
もしも魔王たち魔族に転送門を自由に作る力があったら、この世界の物流は俺の世界よりもずっと発達したかもしれない。だが魔王の話では転送門を作れたのは女神と力を抑え合う前の大魔王だけだったようで、魔族の中に転送魔法を使える者はいないらしい。俺も転送魔法に関する本は持ってないので、この世界の物流改革は諦めざるを得なかった。まぁ、現状でも十分なくらい輸送手段は発達しているので良しとしよう。あんまり急速な発展も疲れるしな!
そして列車は陸の転送門へと辿り着き、俺たちはそこから地上に戻った。列柱に囲まれた転送門の真ん中で、俺は地上の日光に目を細める。石の床に描かれた転送門の上には屋根が無いが、雨などで損傷しないのだろうか。いかん、気になる。
「なぁ、魔王」
「なに、悪魔さん?」
「この転送用の魔法陣、雨とか風とか、あと人の出入りとか、そういうので故障したりしないのか?」
「それについてはボクも色々調べたんだけど、どうも地面に見えてるのは魔法陣の本体じゃないみたいなんだ」
「そうなると、地下に本当の転送陣があるってことか?」
「そういうことだね。掘り返してみれば分かるかもしれないけど、そんなことして転送門が壊れちゃったら大変だから我慢してるよ」
「そうか……」
この世界の歴史について少しばかり勉強したせいか、ちょっとだけ興味が湧いてしまってる俺。古代の超技術を発掘するとか、すげぇ楽しそうじゃん。そんで触ると死んじゃう系の呪いがかかってて大騒ぎする。うん、やめとこう。
「それで、霊木の王と荒土の王はどこにいるんだ?」
「荒土の王はまだ来てないみたいだけど、霊木の王は西の農業試験場に滞在しているみたいだね」
「農業試験場?」
「魔界の植物を地上で育てたらどうなるかとか、似ている植物を掛け合わせたらどうなるかとか、そういうのを試している場所なんだ」
「なるほど。霊木の王はお前と同じ研究好きみたいだな」
「そんなに似てないよ。あっちの方が真面目にやってるしね」
つまりお前は遊び半分で人殺しのための魔法実験とかやってるわけですね!! ヤバいですね!
馬車に揺られて数十分。移動ばかりで疲れるが、こういう経験を通じて異世界の不便を実感し、それを改善する知識を与えるのも今の俺の仕事だ。そして仕事というのは、大抵嫌なものである。
要するに、もう移動するの飽きたわ!! 劫火の王の時も水禍の王の時もちょっと感じたけど、やっぱ交通機関が発達してない世界で長距離移動を楽しめるような性格してないわ俺!! 何が遠くの町を歩いてみたいだよ!! 近所を散歩するくらいで充分だわ!
馬車が進む道からは村らしき家々や農地、集会場や倉庫のようなものが見えた。魔族の居住地としてそれなりに整備され始めているようだが、魔王城の城下町レベルまで行くにはまだまだ時間がかかりそうだ。それとも、あくまで農地として土地を開拓する計画なのだろうか。転送門までの距離を考えると、魔界に都市を築き地上に食糧生産地を作るというのは物凄く効率的に思える。やっぱ凄えぜ……転送門!!
そして、馬車が動きを止める。どうやら目的地に着いたようだ。俺と魔王とメアリは馬車から降り、目の前の建物を見る。木造2階建ての館。かなり大きいため、恐らくは客人の宿泊を考えて建てられたものだろう。凝った外装から察するに、高貴な身分の魔族を対象としている可能性が高かった。
そんな館の1階部分。日光を遮る屋根が付いた、ベランダと言うべき場所。そこで揺り椅子に座って、1人の男が本を読んでいた。
霊木の王。眼鏡をかけた、魔王と同じく人間でいえば20歳前後の若者。彼は俺たちの到着に気付いたのか、本を閉じてこちらを見た。
「来たよ~、霊木の王~」
魔王が満面の笑みで挨拶をし、霊木の王があからさまに嫌そうな顔をする。そういえば中国の五行思想において木属性は金属性に弱いという話を聞いたことがあるが、もしかしたらこの2人もそんな関係なのかもしれない。本質的に相性悪いのだろうな。
「相変わらずうるさい奴だな」
「そっちは相変わらず真面目だよね。わざわざ外でボクたちを待っていてくれたんでしょ?」
「目の届かない所で何かされるのは嫌だからな。見張っておかないと危なっかしすぎる」
「そんなことないよ?」
そんなことあるわ!! 敵意や警戒心を抱いているようだが、霊木の王の対応は適切なものだと言えた。
「それで、僕に何の用だ」
「えっとね、一度でいいから、農業試験場を見せて欲しいんだ」
「断る」
「そんなぁ」
魔王ががっかりしたような表情を見せるが、恐らく断られるのは想定済みなのだろう。目的は霊木の王の思惑を聞き出すことであり、農業試験場の話はそのための切っ掛けに過ぎないはずだ。
「成果についてはある程度情報を共有しているだろ。それで我慢しろ」
「実際に見ないと分からないこともあると思って」
「だったら余計に、お前に見せるわけには行かないな。こっちが明かしたい情報以上のものを盗まれたら、たまったものじゃ無いからな」
「ボクは泥棒じゃないんだけどなぁ」
「似たようなものだろ」
「全然違うよ! ボクが何かを盗んだことなんてあった?」
俺の世界のアイデアとかネーミングとか盗みまくってるよね、お前。
「お前は知識に貪欲で、他人が隠したいと思っていることも暴こうとする臭いがするんだよ。それは泥棒の臭いと大差ない」
「そんな臭いするかなぁ」
魔王が自身の右腕を鼻の所まで持っていき、臭いを嗅ぐ。言いがかりのようだが、確かに魔王は情報収集によって他者の秘密を暴いている面がある。すぐ隣にいるメアリの過去も、魔王は調べてしまったのだから。
「お前は油断のならない奴だ。本当なら会いたくも無いが、王としてはそういうわけにも行かない」
「君は本当に真面目だよね。疲れない?」
「お前のような奴がいなければ、もう少し楽なんだけどな」
しかめっ面で悪態をつく霊木の王。どうもこのまま話を続けても嫌味を言われ続けるだけな気がしてきたわ。
「それじゃあさ、ボクじゃなくてメアリか悪魔さんのどっちかに農業試験場を見せてくれないかな」
「……それなら、悪魔の方だな」
霊木の王が、ほぼ即答した。これはまさか、この流れを予想していた……?
「良いの?」
言い出した本人である魔王が、逆に面食らって問い返す。
「ただし今すぐだ。相談なんかされちゃ困るからな」
そう言って霊木の王は立ち上がり、近くのテーブルの上にあった鈴のような物を鳴らした。すると館の中から従者らしき者が数人現れ、俺たちの近くに並んだ。
「これから僕は悪魔と一緒に試験場を見て来る。お前たちは金屑の王とその従者を丁重にもてなしてやれ」
その命令に恭しく頭を下げる従者たち。魔王の所のアホ連中と違って、かなり真面目に仕事をするようだ。やはり配下は主人に似るものなのか。
「長旅で疲れただろう。部屋を用意してあるから、ゆっくりと休んでくれ」
「う~ん……分かった、ゆっくりさせてもらうよ」
多少不満があるような様子だったが、魔王はそう答えた。
「くれぐれも、変な真似はするなよ。お前を止められるわけじゃ無いが、気付かれずに何か出来ると思うなよ」
「分かってるよ、もう。心配しすぎだよ」
「そのくらいが丁度いいんだよ、お前が相手だとな」
そして霊木の王の従者たちが俺たちの荷物を持って館の中に入り、魔王とメアリも従者に急かされるようにして館の入口に向かった。
「それじゃあ行ってらっしゃい、悪魔さん」
魔王が手を振りながら館の中に入っていく。そして外に残される、俺と霊木の王。神経質そうな顔のあんまり知らない男と二人きりって、相当嫌なんですけど!?
「それじゃあ行くか、悪魔」
「……ああ」
結局、俺が霊木の王から色々と聞き出さないといけないわけね。魔法の研究にばかり力を入れてないで優秀な外交官とか育成しとけや、魔王。
格子のように整えられた栽培区画を進む、俺と霊木の王。秋の農道を歩いているような感じだが、それならこのメガネさんじゃなくてヒメやマナと歩きたかったな……この世界で自然の趣を一緒に楽しめそうなの、あの2人くらいしかいないから。王妃は喋らないので緊張するし。緊張の秋。
そして、霊木の王も喋らないで先を進むばかりだった。どうも、俺から話しかけないといけない雰囲気だ。こういう時に躊躇してるから女性陣にヘタレ扱いされているんだろうな……という反省をしつつ、俺は声をかけた。
「なぁ、霊木の王」
「何だ」
「どうして俺を連れて来た?」
「お前なら興味を持たないと思ってな」
「どういうことだ?」
霊木の王は立ち止まり、じっと俺の顔を見た。若いのにホント気難しい顔してるわ。
「金屑の王はお前から得た知識で大魔王様と女神を倒した。つまり、お前の持つ知識は僕たち魔族よりも豊富だ」
「まぁ、そうだな」
「そんなお前が、僕たちの育てる作物に関心を示すとは思えない。だから連れて来たんだ」
「確かにそこまで関心は無いが、わざわざ連れて来なくても良かったんじゃ?」
「あまり無下に扱うのも、大人げないからな。心配の無い範囲で金屑の王の要求も受け入れたいんだ」
「敵対している、というわけじゃ無いんだな」
「あの男は嫌いだけど、能力は評価しないといけない。金屑の王はこの十数年、お前から手に入れた知識を様々な形で活かし、それによって僕の治める領地もそれなりに恩恵を得ている。感謝するつもりは無いが、邪魔するつもりも無いさ」
「個人的な感情と客観的の評価がかなり違うみたいだな。もどかしいだろ」
「ああ。もどかしいさ」
そう言って、霊木の王はゆっくりとした動作でしゃがみ込んだ。そして、道端に生えている雑草に触れた。
「そもそも僕は、王の器じゃない」
まるで自分自身が雑草のように面白味が無い存在であると言うように、霊木の王は雑草を撫でながら言葉を続ける。
「力強く、王に相応しい兄が金屑の王によって敗れ、僕は不本意ながら王になった。誰かが王にならなければ、金屑の王に領地を侵される。だけど兄の代わりなど誰も務めようとしなかった。兄を倒した金屑の王に、勝てるわけが無かったからな」
霊木の王の兄。爆縮魔力結晶兵器……だっけ? それによって遺体も残らず死んだ王。それに対する劣等感が、目の前の若者からひしひしと伝わって来る。
「だから僕は王となって、戦わない道を選んだ。それが領民を守る唯一の方法だったとしても、情けないものだ」
「情けない……のか?」
「情けないさ。それでも弱腰の王なりに僕はその役割を果たそうとして、だけどすぐに別の魔族が王座を奪うものだと考えていた。それが、もう十年以上になる。誰一人、僕を王の座から降ろそうとしなかったんだ」
「それは、アンタが王として優れているからじゃないのか?」
「そんな自信は無い。領地と領民が少しでも豊かになれるよう、やらなければいけないことをやっただけだ。きっと、誰でも出来た」
「だけどあのムカつくアホを冷静に認められるのは、アンタくらいだったんじゃないか?」
その言葉に霊木の王は俺の顔を見上げ、僅かに笑みを浮かべた。
「ムカつくアホ、か。お前もそう思うのか、悪魔」
「ああ。契約上協力はしているが、アイツはムカつくアホの金髪クソ野郎だよ」
「それにしては、随分と仲が良さそうに見えたぞ」
「腐れ縁だ。バカも2年付き合えば、慣れる」
「そうか……」
霊木の王は立ち上がり、眼鏡越しに俺を見据える。
「やっぱり、お前は僕に似ている所があるみたいだな」
えっ!? どこがっ!!?
「金屑の王の近くに、僕へ情報を流している者がいるのは知っているな」
「ああ。確かそんなこと話していたな」
「その者たちにお前のことも聞いたんだ。そうしたら、どう見てもただの冴えない男だという答えが全員から帰って来た」
「そいつらの顔と名前を紙に書いて後で送ってくれ」
「お前は、悪魔の中でも決して高い位にいるわけでは無いのだろう。きっと僕と同じくらい、平凡な能力しか持っていない」
「それを言われると否定できないが……面と向かって言われると少しイラっとするな」
「僕も同じことを言われたら、そう感じるだろう。僕もお前も、自分が特別な存在で無いことを受け入れている。もちろん、少し悔しいけどな」
「……そうだな」
「お前がそういう存在であることに、僕は安堵しているんだ。これ以上自分の才覚の無さを思い知らされるのは勘弁して欲しかったからな」
「気の小さい王だな。だが、気持ちは分からなくも無い。どんなにこっちの方が強い力を持っていても、変な奴らの相手は疲れる」
「そっちも苦労しているんだな。当然か。あの男の近くにいなきゃいけないんだからな」
「ああ」
あの男。今頃、館の部屋にあるベッドの上でピョンピョン跳ねてたりするのだろうか。やべぇ、想像したら殴りたくなってきた!
「もしあの男が変なことをしようとしたら、止めてくれよ」
「こっちに得が無ければ止めるつもりだ。ただし、期待はするな」
「大魔王様の時も止めなかったみたいだからな。精々、お前の獲物にならないように気を付けるさ」
そして、霊木の王は再び道を進み始める。目の前の卑屈で平凡な男の背中からは、王の風格を微塵も感じられない。だが、そういう王も良いのではないだろうか。強い王だけが、良い王とは限らないのだから。
秋の柔らかな日差し。風に揺れている植物の穂。魔王城では決して感じることの出来ない長閑な風景の中、俺も平凡に、歩き始めた。
勇者カウンター、残り9407人。




