第4.5話 勇者もお金は大事なのか
お金に価値があるのは常識で決まっているからである。電子データにしろ紙切れにしろコインにしろ貝殻にしろ、それらの価値が一般常識として定まっているからお金として使えるのである。逆に言えば、万人に価値があると認めさせられれば葉っぱや小石すらお金として通用することになる。
とはいえ新しい常識的な価値を広めることは難しく、信用に足る存在がそれらの価値を保証してくれることが求められるだろう。ただのゴミになる危険性が高いお金など、どこの誰も使わないのだから。
などとテキトーに語ってみたが、こういう経済的な話とは一生関わりたくないものである。難しいし面倒だし、勘弁してもらいものである。
ホント、勘弁してくれ……
いつもの部屋のいつものタタミのいつものコタツの上。そこに俺は魔王の部下に作らせた将棋盤を乗せた。
「ふふふふふ……」
木で作られた正方形の板の上、区切られた9×9マス。彫られた線には黒い塗料が綺麗に入っており、光沢感もいい具合である。
「うふふふふ……」
俺はさらに小さな木箱に入った木製の駒を取り出す。参考資料として渡した本の写真通り、縦長で底辺の広い5角形の駒たち。大きさも駒の種類ごとにしっかりと異なり、その表面に刻まれた文字も見事に再現されている。
40個の駒を並べ終えた後、俺は歩の駒を1つ摘み、将棋盤に向かって打つ。木と木のぶつかる、小気味良い音が指と耳に伝わる。
「これは……いいものだ!」
あまりの出来に思わず大声を出してしまった。まさかファンタジー世界でこれほどの将棋盤が手に入るとは……
「ふふふふ……ははははは!!」
喜びのあまり笑いながら適当に駒を動かす俺。
「ははは……」
ふと、この世界には自分以外将棋のルールを知っている者がいないことに気付く俺。
「…………」
冷静になってしまう俺。
「どうしたの悪魔さん。不気味気持ち悪い声あげて」
魔王が姫様を連れて部屋に入ってくる。その手には何やら気になる布袋が握られていた。
「……お前、将棋できる?」
「ショーギ?」
「……いや、なんでもない」
最悪、この魔王に教えよう。
「そんなことより悪魔さん、ついに完成したんだよ!」
そう言って魔王は布袋をコタツの上に落とした。正確には駒の並んだ将棋盤の上に落とした。
「うおぉっ!? 何すんだお前はっ!!」
俺は慌てて袋を持ち上げる。幸いにも駒や盤に傷は付いてなかった。付いてたらマジでこの世界に存在しちゃいけない武器を振り回してもいいぞ、俺は。
「ごめん、その木で出来た変なの大切なものだったの?」
「変なの言うな! 使い方は今度教えるから触るんじゃねぇ!!」
「はーい」
俺は片手に袋を持ったまま、駒と将棋盤を片づける。袋の中には金属が入っているようで、ずっしりとした重さが手首に伝わってくる。
「それで、なんだこりゃ」
袋の口をコタツの上に乗せ、俺は中身をぶちまける。袋の中から出てきたのは、光り輝く金銀の硬貨――とその表面に描かれた俺の顔。
「うおぉぉ!?」
予想外の物体に驚いてコタツから飛び出る俺。いつのまにかコタツに足を入れていた魔王と姫様は、そんな俺を見て楽しそうな顔をしていた。
微笑ましい光景なので魔王に向かってコタツの天板をひっくり返してやった。硬貨も一緒に散乱して大惨事だぞわぁい。
「……それで、説明させてもらうけど」
散らばった天板や硬貨を元に戻し、魔王が話し始める。俺の怒りが伝わったようでかなり大人しい。やったぜ。
「これは新しいお金なんだ」
「はあ」
「今までは人間の使っているお金をそのまま使っていたけど、魔王軍の中では今後このお金を使おうと思っているんだ」
「それはどうでもいい」
「え」
「なんで俺の顔が描かれているのかが聞きたい」
「せっかくの新しいお金なんだから、魔王軍の偉い人の顔が刻まれているのがいいかなって」
「だったらお前の顔を刻むべきだろ?」
「そんなの恥ずかしいよ~」
「……」
コタツの上の硬貨を1枚拾い上げ、魔王に向かって投げつける。
「あいたっ」
「それなら姫様の顔は?」
「姫も恥ずかしいでしょ?」
姫様はこくこくと2度、頷いた。
「だから悪魔さんの顔で行くことにしたんだ」
「俺も恥ずかしいぞ」
「あ、やっぱり?」
「……」
コタツの上の硬貨を1枚拾い上げ、魔王の額に向かって思いっきり投げ飛ばす。
「ぐはぁ!?」
命中! でもダメージ無いんだろ魔王だから。くそ。
「でも悪魔さんの顔もダメなら誰の顔を……」
「顔じゃなくてこれにしろ、これ」
俺は将棋の駒の中から金将を取り出し、「金」の文字を指差す。
「なにその……文字?」
「お金を意味する文字だ」
「1文字?」
「ああ」
漢字だからね。
「うーん、加工は簡単だけどあんまり面白くないんだよね……」
「お前は面白さ重視でわざわざ俺の顔を硬貨に刻むのか? 楽しいか? 楽しいのかそれは?」
「考えてみると不気味だよね」
ああ、姫様の前でなければぶん殴りたい……
「じゃあその文字を刻んでおくよ。別の世界の文字とか威厳あるしね」
「まぁ、そうだな」
「うん」
「……」
「……」
「……で、何の話をしてたんだっけ?」
「新しいお金にどんなものを刻むかについてでしょ?」
「違う。そもそもなんで新しいお金が必要なんだ?」
「そこから?」
全く説明してねぇじゃんお前。
「えーと、勇者が魔物を倒してお金を手に入れてる、ってのは覚えてるよね」
「前に聞いたな」
「魔物がお金を持っているのは光る物が好きなのと、知能の高い魔物が取引に使っているから、ってのも覚えてる?」
「ああ」
「それなら簡単でしょ? 人間と同じお金を使うより、魔物のためのお金を新しく使う方が良いんだよ」
「……」
俺は頭の中を整理する。まず、勇者は魔物からお金を手に入れるが、魔王としてはそれは防ぎたい。つまり、魔物に人間社会で通用するお金を持たせたくはない。一方、魔物は光り物や取引に利用できる物が大好きなようで、人間の金を集めているのもそれが理由のようだ。
ならばどうするか。光って取引に利用できて人間社会で通用しない物を代わりに持たせればいい。
「なるほど。人間の使う金とその新しい金を入れ替えるのか」
「そういうこと」
「上手く行くのか?」
「そこは色々と調査したんだよ」
そう言って魔王が手で合図をすると、姫様が地図をコタツの上に広げた。ちょっと有能な2人組に見えるのがくやしい。
「現在人間と取引している魔物は93名。この商業都市の付近が特に多いね」
魔王は地図上の都市を指差して言った。そのすぐ近くに、この世界で使用されている数字が書かれている。
「この数字がその人数か」
「うん。いくつかの地方に分けて人数を調べたんだ」
「で、この人間と取引している魔物をどうするんだ?」
「彼らを使って新しいお金を世界中の魔物に流通させるんだよ」
「どうやって?」
「まず、普通の魔物は人間のお金を持ってはいけない、っていう決まりを各地の魔物に徹底させる。その上で、人間と取引している魔物は例外として人間のお金を持っていいことにして、他の魔物の持っている人間のお金と新しいお金を交換する仕事も与える。これで人間のお金が、人間と取引してる魔物に集中することになるね」
「お金の両替をする役職に就かせるわけか」
「そういうことだね。人間のお金が欲しい彼らは積極的に仕事するだろうし、新しいお金は人間のお金よりキラキラしてるから、他の魔物も交換に応じると思うよ。しかも新しいお金の材料は安い金属だから、人間たちには何の価値も無いんだよね」
「でもその両替をする魔物が倒されたら勇者に金が渡らないか? それにそれ以外の魔物も、新しい金欲しさに人間の金を集め出すんじゃないか?」
「人間と取引するような魔物は賢いからね。勇者から逃げ隠れるのも得意だろうし、大量のお金をいつも持ち歩くようなこともしないよ。どこか誰にも見つからない場所に隠してるだろうね」
「ふむ」
「それ以外の魔物は逆にお金を肌身離さず持ち歩くのが多いだろうね。その場合は新しいお金がかさばるから、人間のお金を集めて持ち歩く余裕が無い」
「持てる金の量には限界があって、結局は全部新しい金になるってことか」
「うん。もちろんこの計画も完璧じゃないだろうし、多少は勇者に人間のお金が渡っちゃうと思う。それでも、今までよりはマシになると思うんだ」
「やらないよりはやった方が良い、か」
「そういう小さい積み重ねが大事だと思うんだよね」
魔王の言うセリフでは無さすぎる。
「そんなわけで、この新しいお金……名前は」
魔王が期待した目で俺を見つめる。姫様も俺を見つめる。また俺がネーミングですかそうですか。
「……キン」
「キン! それに決定だね!」
せめてゴールドにすべきだったか……!?
「まず人間のお金の代わりにキンを持つよう御触れを出して、同時に人間と取引している93名の魔物に特権といっぱいのキンを与える! 特権を与えられた魔物が人間のお金とキンの交換をすることでキンが流通して、特権を持った魔物が人間のお金を独占する! そのお金は結局人間の商人に渡るから、人間の商人との仲も良くなる! いいことばっかりだね!」
そんな上手く行くわけねぇだろと思いつつも代案なんて思いつかないから黙っておく。
「それじゃあさっそくキンに刻むものをこの文字に変えてもらってくるね!」
魔王はそう言って俺の将棋の駒、金将を握りしめた。
「じゃあ行ってくるよ!」
駆け足で部屋を出て行く魔王。残された俺と姫様、あと39枚の将棋の駒。
ちなみに将棋は駒が40枚無いと遊べない。
「…………ちょっと待ていぃ!?」
慌ててコタツから出て追いかける俺。追いつけ、駒が紛失するその前に!!
間に合わなかったよ……




