表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/32

⑮舟で山に登ろう

 ナヴィス王国(このくに)には「舟で山に登る」という(ことわざ)があるのだよ。聞いたこと、ないかい?


 この諺ね、二つの意味を持ってるんだ。


 一つ目の意味は、「不適切な手段を取る」ということ。だって本来、舟は水のある場所、そう川や湖で使うものだからね。


 もう一つの意味は「ありえないほど、素晴らしいこと」を表すのさ。


 こっちの意味が生まれたのは、王国を縦に流れるフルメン川が、幾度も幾度も日照りと洪水を繰り返していた頃だね。


 ある年、長雨が続き、この辺一帯が水浸しになった。

 丘の上に住んでた年寄りが一人残されて、食べ物が尽きそうになったそんな時だったよ。


 一艘の舟が、川の流れに逆らうかのように、上流目指して進んで行った。

 それはそれは、不思議な光景だったろうねえ。

 ありえないだろう? 舟を漕いでいたのは、二人の子どもだったよ。


 舟は丘の上まで辿り着いて、無事に年寄りを救ったんだ。

 

 多分、彼らは今のあんたたちと、同じくらいの年齢だった。

 

 え、その話、もっと詳しく知りたいのかい?

 じゃあ、椅子を持っておいで……。


 



1. はじまりの川



 カロリーナの遊び場はいつも野原。彼女は領主エイガー伯の娘なので、王都に行けば令嬢だ。

 領地では単に「嬢ちゃん」と呼ばれている。


 エイガー伯の領地は、ナヴィス王国の真ん中に流れるフルメン川の西方にある。

 

「おおベルン、今日は川の機嫌が良いよ」

 

 邸を出て裏山に登り、カロリーナは目を細める。

 滔々と流れゆく川は、領民の生活の一部であり、神のようでもあり、時として悪魔にもなる。


「へえ、川に機嫌の良し悪しなんてあるの?」


 王都からやって来たばかりのベルンハルトが、真面目な顔で尋ねる。

 ベルンハルトはカロリーナより一歳ほど年上だが、体が弱いらしく背丈も低めだ。

 サラリとした水色の髪と琥珀色の瞳を持っている彼は、王族所縁の少年なのだろう。


「うん! 今日は川面が緑色でキラキラしてるから、川の神様の機嫌が良いよ」


 空は晴れて、雲も少ない。

 川原近くまで行っても大丈夫だと、カロリーナは判断する。

 カロリーナの瞳も新緑のように輝く。


「じゃ、じゃあさ。川の神様の機嫌が悪い時って、どんな感じなの?」


 恐る恐るといった体で、ベルンハルトがカロリーナを見る。


「まず川の水が濁るの。緑じゃなくて土の色に変わるわ。だいたい何日も雨が降ったりした後は、川の神様はご機嫌ナナメよ」


 ふと、ベルンハルトは指を舐め、空を指差す。

 風の向きは東からだ。

 天気の変化はないだろう。


「あれ、何してんの? ベルン」

「え、あ、ああ、何だろう……」


 ベルンハルト自身、何でそんなことをしたのかは分からない。

 

「まあいいや。ヨシ! 行こうベルン!」


 

 間もなく十一歳になるカロリーナは、ベルンハルトの手を取り駆け出した。

 領地育ちのカロリーナの足は速い。ベルンハルトはすぐに息が切れる。


(間もなく元服(げんぷく)だというのに、情けないことだ)


 自身の内なる声に、ベルンハルトは思わず咳き込む。

 

 げん、ぷく? 何だソレ。


「ベルン、大丈夫?」

「う、うん」


 カロリーナの心配顔に赤面しながら、ベルンハルトは頭を掻いた。

 


 エイガー伯の領地を流れているのは、フルメン川の支流の一つである。

 初夏の時期は水が少なく、支流の河原は良い遊び場だ。


 川原の葦が途切れる手前までは、遊んで良い場所だと教えられている。

 ところどころに水たまりがあり、溜まった水は川に向かってチロチロ流れていく。


 二人は、流線型の葉を折り曲げて、水たまりに浮かべる。

 葉っぱの舟は、くるくる旋回しながら、じきに下流へ向かう。


 くるくる回る葉っぱの舟……。


 くるくる、くるくると……。


 見ているうちに、ベルンハルトは意識が遠くなる。




『父上、公方様(くぼうさま)は何と?』

『農地への水を切らさぬよう、用水路の整備を仰せつかった』 



 くぼう、さま? 誰?

 父上って、我が父、ナヴィスアレックス三世のことではない、のか。


 僕が父上と、呼ばれていた?

 いつの話?


「ちょっと、ベルン! ベルンてば!」


 カロリーナの声にハッとして、ベルンハルトは体を起こした。

 気を失っていたようだ。


「あ、ご、ゴメン。僕、今どうしてた?」

「いきなり頭が下がって、コロンと横になっちゃった。もうビックリしたよ」

「どれくらい、倒れてた?」

「そうね、ほんのちょっとだけ」


 ベルンハルトの項が汗で濡れていた。

 渡っていく風が心地よい。


 徐々に覚醒しながら、ベルンハルトは自覚する。


 ここではない別の場所、異なる時代に、自分は生きていたことがあるのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 転生者の記憶が戻る描写が日常にじんわりとインクが落ちていくように描かれていて、こういう記憶の取り戻し方のほうがしっくりくるなぁと思いました。
[一言] まずタイトルがいいですね! 冒頭のことわざの成り立ちを話している部分と併せて、どんな内容なんだろうと想像をかきたてられます。 ベルンハルトくんの前世の知識も今後どう役立っていくのでしょう。 …
[良い点] 平易で流れるような地の文が心地よいです。 スッと物語世界に入っていけました。 物語舞台の考え方や文化の透けて見えるような出だしだと感じました。 大きな謎かけがひとつ見えたところですが、先が…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ