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円卓の少女達  作者: 山梨明石
第三章
60/97

3-5

 レトリーを発った私達は四匹の馬が引く馬車に揺られながらフントの街を目指す。


 街を出て直ぐの場所にはたくましい自然が生んだ地平線の果てまで続く底の深い渓谷と、そこに架かる長く丈夫な石造りの橋を見守る砦がある。

 この渓谷はあまりにも広大すぎる領土を持つ偉大なるグラン・アトルガム王国と小国家ドーガスタとを分かつ、天然の国境線だ。

 ドーガスタの重要な防衛拠点を担うこの場所は戦乱の無い今世においても、過去に刻まれた戦の跡を生々しいまでに遺している。

 馬車の窓から砦をよくよく観察してみれば、一番目立つ国境門の天辺に勇ましく剣を振りかぶる半犬人(ハーフドッグ)の偉丈夫の銅像が目に入った。

 昔、この世界がまだゲームだった頃にもあの銅像は目にした覚えがあるが……。はて、あの人物の名はなんと言ったのだろうか。


「ねえ、ラミー? あの人って誰か知ってる?」


 単純に気になったのでドーガスタに詳しいであろうラミーに気軽に質問すると―――彼女は外の景色を見る事も無く、淡々と答えた。


「……あの人は、ドーガスタの英雄"橋守りのキャバリア"です」

「……そうなんだ?」

「……そうです」


 たったそれだけだった。

 向かいの席に座るタタコさんが続けて問う。


「なんだ、他にはねーのか?」

「それ以外はあまり、詳しくはないので」

「ふーん」


 元々興味の薄かったであろうタタコさんはそれきり問いかけるのを止め、窓の景色を眺めにかかる。

 その一方でラミーはまるで砦には興味が無さそうに外界から目を逸らし、レトリーで購入した黄金リンゴのアップルパイを一口齧った。


「…………」


 ラミーらしくもない返答に、思わず面食らう。

 先ほどまでの彼女の態度を鑑みるに、きっとラミーは喜びながら、あるいは分からなくても分からないなりに私にあの銅像の事を教えようと奮闘する―――のではないか、という予想があったからだ。

 彼女は、一体何を考えているのだろう。

 憂いたような表情を浮かべる彼女の横顔に、私の心がちくりと痛んだ。

 何か、不快にさせるような事を言ってしまったのだろうか。

 もしそうだったとしても、今の問答のどこに彼女を不快にさせる要素があったのかは私では皆目見当がつかない。

 私の臆病な部分が心を徐々にざわめかせていく。

 彼女に嫌われたくなかった私は、何が悪いのかは分からなかったけれど、とにかく謝ろうとして口を開き―――。


「っあの、ラミ―――」

「―――失礼します。私はドーガスタ国境警備員です。入国許可証、あるいはそれに準ずる物の提示を願います」

「―――っ……」


 馬車の扉を開けた軽装鎧の国境警備員の良く通る声に押しつぶされ、二の句を告げる事が出来なかった。


「ん? 山吹、何か言いかけたか?」

「……ううん、何でもない」

「そうか。……そら、確認を頼む」


 御剣が腰のベルトに結いつけた横に長いポーチから一枚のチケットを取り出し国境警備兵へ手渡す。


「拝見いたします…………ほう、これはこれは」


 国境警備兵がチケットの表を一瞥する。彼が軽い驚きと共にチケットを裏返すと、そこには私達四名の直筆サインにドーガスタ国王の認証印があった。

 要はここに書かれた名の人物の通行を国王が許可した、という意味が込められているのである。


「それでは少々お待ちください。念の為に確認を取らせて頂きますので」

「ああ、なるべく早く頼むぞ」


 とにかく待つのは性に合わないせっかちな御剣が国境警備兵を急かす。

 ぱたぱたと砦へ引っ込んでいく国境警備兵の姿を見送りながら、謝罪のタイミングを逸した私は恐る恐るラミーの様子を盗み見た。


「……ふんふふーん、ふふーん」


 気持ちよさそうに鼻歌を歌う彼女は、普段通りの彼女だった。


「…………」


 今のは、私の勘違いか何かだろうか。

 軽く眉間を揉みしだく。

 それから彼女を改めて見返して見ても、ラミーにおかしなところは何もない。

 いつもの元気いっぱいの、私が大好きなラミーだ。

 そこには何もおかしなところなど一切無いのだが。

 私はどこか、釈然としない思いを抱えていた。





 かつては戦乱の折にこの場所で幾千と迫るアトルガム兵を次々と打ち負かし渓谷へと叩き落していった英雄"橋守りのキャバリア"。

 彼の血脈は今もなお脈々と受け継がれており、今日に至ってはドーガスタ随一の有力貴族たるキャバリア家として名を馳せているらしい。

 以上は国境警備兵から教えて貰った"橋守りのキャバリア"に関する簡単な逸話だ。

 ドーガスタに関する知識をまた一つ深めた私達はつつがなく国境を越え、整備された山間の街道を進んでいく。

 その間の私達はと言えば、他愛もない会話に花を咲かせていた。

 女三人寄らば姦しいと言う。ならばそれが四人なら、姦しいどころの騒ぎではないだろう。

 女の子らしく会話を楽しむ中、ラミーは普段通りに明るく元気で。


 私がつい先ほど感じた違和感は、直ぐに掻き消えていた。


 ―――ところで、他愛ない話といえばだが、こんな感じだった。


 王都では最近こんな事があった、だの。

 私とラミーの夜の生活について、だの。

 王都で流行りの高級喫茶店・メロウについて、だの。

 実は山吹の体にはとある弱点がある事について、だの。

 森の中で出会った畜生共(ユニコーン)に関する御剣の所見、だの。

 二人はいつ式を挙げる予定なのか? だの。

 ところで最近鍛冶組合の方は上手くいっているのか? だの。

 知り合いに()()()の類が得意な女が居るから、今後のアドバイスの為に紹介しようか? だの。

 貴様(きさん)らええ加減にせえよ。だの。

 だ。


 ……()()()()()話にコトが及ぶたび、ひたすらに、時にはあからさまに話題を変えようと奮闘した私の努力をどうか笑わないで頂きたい。

 もうたじたじである。

 たじたじなのである!

 ――――――ラミーも何とか言ってよ! なんでノリノリなのさ! もう!





 国境を抜け八時間に及ぶ道程を終えた私たちは、ドーガスタ最東の地であるフントへと辿り着いた。

 伊達に小国家と名乗るだけあって、あまり土地は広く無い。

 それでも馬車に八時間も揺られ続けた私たちは、もうへとへとだった。


「……視界が揺れる。さっさと宿を取って寝るぞ」

「うぃー……ちくしょー……俺は一杯やってからだ……」

「わ、私達はどうする……? ラミー……?」

「寝ましょう……もう限界です、ししょう……」


 そんなワケで宿屋へ直行である。

 深夜にもさしかかろうというのに流石は観光小国家ドーガスタ。

 元々チケットのツテで予約済みとはいえ、私達のような非常識な客であろうともスムーズに歓迎して頂ける運びとなった。

 本日の宿はそれなりの豪華さであり、普段なら気兼ねなく内装をチェックしたり旅の醍醐味として宿の探検や近場の名物を漁りに行くところなのだが、それらは全てキャンセルだ。


「じゃあ、おやすみ……」


 皆に手を振り、各員にあてがわれたシングルの部屋に入ろうとする。

 御剣、タタコさんが部屋の中に引っ込んだあたりで、後ろで様子を伺っていたラミーがついついと私の服の裾を引っ張った。


「……あの、ししょう」

「……うん?」


 上目遣いで見つめられる。いつものように。


「今日は、その……。一緒に、寝ないんですか?」

「…………う~~~~~ん…………」


 非常に。とても非常に。非常に過ぎるほど魅力的で蠱惑的な提案だった。

 しかし、四日前の御剣とタタコさんの発言が思い起こされる。

 この宿屋の防音設備は我が家程万全ではあるまい。

 十中八九、隣室で眠る彼女達には丸聞こえになる筈である。

 何が、とは言わないが。


「…………だめ、ですか?」

「…………今日は、だめ」


 断腸の思いの末の決断であった。

 申し訳ない限りに首を横に振ると、ラミーは。


「……じゃあ、仕方ないですね。……むぅ」


 愛らしく頬を膨らませて自らの部屋へと引っ込んでしまったのだった。


「ごめん、ごめんね、ラミー」


 謝るほかない。しかし許してほしい。

 私の声は、その、あれだ。

 切羽詰まると、結構な高音であるらしく。

 それはそれはもう、ちょっと薄い壁程度なら容易く貫通してしまいますので、はい。

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