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円卓の少女達  作者: 山梨明石
第三章
58/97

3-3

 オーラムの街を発った私達は一路、大陸の極東に向けて飛翔していた。

 まず四日程かけて大陸東部に位置する半犬人(ハーフドッグ)小国家ドーガスタを目指す。何故ならジャポ行豪華客船はドーガスタに停泊しているからだ。

 ドーガスタは海に面しており漁業が特に盛んで、グラン・アトルガム王国並びに近隣国家で食される干し魚の約七割がドーガスタのものだ。また、国土の西部には山間部が広がっており林業も盛んである。

 古くはドーガスタの伝統『ハチ』が示す様な"忠義の国"と言った堅苦しいイメージを持たれがちなドーガスタであったが、現在では第一次産業しか取り柄のないように思える小国家とは全く異なるもう一つの側面があった。

 それは何かといえば。


 ドーガスタでは夏は海水浴、冬はスキーが楽しめるのだ。――――――その上、食事は美味。


 とどのつまり、第三次産業の著しい発展における、風光明媚な観光小国家ドーガスタとしての一面である。

 ラミーは寝物語代わりにドーガスタという国についての詳細を、そう語ってくれた。


「毎日毎日、まるでお祭りみたいなんですよ。あちこちに出店があって、曲芸師がいて、週に一回は通りでパレードが起きるんです。海寄りの大きな街ではそれぐらいで済みますけれど、これが城下町ともなると文字通り街が寝ないんです。一日中街中が明るくて、夜中に一人で出歩いても怖くないくらい」


 観光地としての才を見出したのが何処の誰かは不明だが、過去にドーガスタをお忍びで訪れた大貴族がドーガスタの雄大な自然と食事の美味さにいたく感動し、その素晴らしさを口々に伝えまわった事が発端だとされている。

 ……されている。が、ちょっと今の一言は聞き捨てならない。


「なるほど。眠らない街東京ならぬ、眠らない国ドーガスタ、か……。でも、ラミー? ちょっといい?」

「はい? 何ですか師匠?」

「夜中に一人で出歩いたって、本当?」

「いっいえ! それは物の例えで本当に出歩いたわけじゃないですよ?」

「ほんとうに?」


 同じシーツに包まっている彼女の瞳を見つめながら問いかけると。


「ほんとうです」


 彼女は苦笑しながら答えた。私はほっと息をつく。


「……それならよかった。もしラミーが夜中に一人で出歩くなんて危ない事をしてたら、私は心配で心配で気が気じゃないよ」

「師匠ったら心配性なんですから……」

「心配性にもなるって。……な、なにせ、私の、大好きな子が、もしも誰かに襲われてしまったらって思うと、すごく心配になるし、怖いって思う。……うん、とても」


 二週間前の一件を思い出すと、今でも胸が張り裂けそうになる。

 あれ以来、私は絶対にラミーを二度とあんな目に遭わせてはなるものかと心に誓ったのだ。


「そう、ですね。ごめんなさい、師匠の言う通りですね」


 私の気持ちを察したラミーが申し訳なさそうに目を伏せた。

 心がちくりと痛む。あの件ではラミーに一切の非はない、謝るのはむしろこちらの方なのだから。


「ラミーが謝ることじゃないよ。私こそ、ごめん。もっと早くにラミーの異変に気が付いていてれば、ラミーにあんな怖い思いをさせる事も無かったんだから」


 もとい。『教団』の糞共をナライ法国の時点で()()()にすべきだった。

 ……とは言え、後悔先に立たず。予知能力なんて便利な代物でもあれば話は別だったのだろうが、未来を予測出来ない以上今のこの状況はきっとなるべくして成ったものなのだろう。

 それを否定する事は過去の私自身を否定する事になる。それだけは出来ない。

 何故なら、それは私の腕に抱かれる彼女の存在をも否定する事に繋がるからだ。


「…………」

「…………」


 会話が中断される。

 私の心音と彼女の心音。息遣い。それと静かな森の中の環境音。

 それだけしか聞こえない、この小さなテントの中。

 私はぽつりと呟いた。


「守るよ」

「…………」


 ラミーは何も言わず、ただ私をじっと見つめて次の言葉を待った。


「守る。ラミーを、この世の誰からも。決して、ラミーを傷つけさせたりなんてしない」

「…………街を飲み込んでしまうような、大きなドラゴンが現れても、ですか?」

「うん」


 ドラゴンなんて屁じゃない。そんなモノは蚊トンボのように撃ち落として悉く焼肉にして喰らってやる。


「エミル様のお話のような、恐ろしい悪魔が現れても、ですか?」

「うん」


 神も悪魔もあったものか。神に遭えば神を撃ち、悪魔に遭えば悪魔を撃ってみせる。


「――――――ミツルギさんが、両手に刀を持って押しかけてきても、ですか?」


 ………………………………………………。


「――――――うん」


 返答に間を要したが、きっとラミーを守って見せるとも。

 うん。

 おそらく。

 きっと。

 大丈夫だと思う。

 愛の力があれば、レベル差ぐらい覆して見せる筈だ。


「師匠…………」


 ラミーが私の胸元に顔を寄せた。


「こんなこと、口に出して言うのは恥ずかしいんですけれど」

「うん」


 私の胸元に顔をうずめながら、小さな声で言った。


「私……今、すごく幸せです。きっと、世界で一番、幸せです」

「…………そっ、か。それなら、よかった。私も、幸せだよ。ラミー」


 胸中が温かい物で満たされるような感覚があった。

 きっと今頃私たちの顔はリンゴのように赤色に染まっている事だろう。

 私も、彼女も、体温が上昇して汗ばんでいる気配があったからだ。

 ごまかすように彼女を抱きしめると、ラミーもまた、私の背に回した腕をきつく締めた。

 跳ね回る私の心臓が騒々しい。


「……師匠、心臓が凄くどきどきしてますよ……?」

「言わないでよ恥ずかしい……」


 そう言って、私とラミーはくすくすと笑いあった。


「ああ、このままじゃ寝付けないや。ねぇラミー、落ち着くまで、こうしてよっか?」

「いいですよ。けど……ちゃんと寝られますか? 朝までずっとどきどきしっぱなしでも、私は知りませんよ?」

「いいよ。その時はその時で、ラミーの寝顔を独占できたって事で良しとするから」

「……ふふっ」


 そうして会話が終わる。

 私とラミーはお互いを抱きしめあい、体温の温もりと、心音を子守歌に緩やかな眠りへと落ちていった。



 旅の初日、翌朝開口一番。





「―――砂糖を吐きそうだ。いや、確かにお前たちの関係も考慮してテントの距離も十分開けたし何をやってても感知はしないと言ったが、いかんせん()()は常人と異なり感覚が鋭い。つまり何が言いたいかと言うとお前達にとっては小声のつもりでも私達には丸聞こえだ。聞くつもりは無くても勝手に耳に飛び込んでくるんだ、すまんな山吹。後、そうだな、砂糖を吐きそうだ」

「いや、まあ、なんつーか、ごちそうさん。山吹お前すげえんだな……ある意味見直したわ。ちゃんと奥さんの事守ってやれよ?」


 御剣が未だかつて見せた事のない表情と共に、タタコさんは呆れとも尊敬ともとれる表情と共に、そう仰られたのでござ候。


「…………」


 なるほど。

 わたくしはしばしたびにでとうございまする。


「こらまて顔面赤熱化させたまま無言でこめかみにクロスボウをあてがうな!」

「まーまー死ぬほど恥ずかしいのはわかっけどよ、何も本当に死ぬこたーねえだろ山吹」

「いや、だめ、むり、はずかしすぎてしぬしかない、とめないでみつるぎ、たたこさん」

「百歩譲って死ぬのはいいがここでは蘇生が出来んだろう! ええい仕方ない、≪みねうち≫!」

「あぅっ」


 首筋に意識を刈り取るような一撃を受けるが、私の気絶抵抗力がダイスの六でも出してしまったのか辛うじて抵抗(レジスト)に成功し気絶判定を回避する。

 むしろこの場合してしまった、と言うべきかもしれないが。


「何? 私のみねうちを耐えるとは……腕を上げたな山吹。また今度一戦交えるか?」


 急に瞳が真剣みを帯びる御剣に。


「にしてもスゲーわ。初日からアクセル全開だなぁ、この調子じゃあ再来週の円卓会議は三時間やそこらじゃ帰して貰えないぜー山吹ー?」


 物見遊山を決め込んだタタコさんはニヤニヤしながら手ごろな岩に腰掛けている。

 そんな二人の前の私ときたら。


「どうして……どうして……せめてそういう事は聞こえてても黙っててくれればいいのに……どうして……どうして……」


 ≪みねうち≫の衝撃で手から転げ落ちたクロスボウを拾う余力すらなく。


「うううぅぅぅぅぅううぅぅぅ~~~」


 せめてもの抵抗に、両手で顔を覆い隠すしか出来かった。


 そしてそれは、遅ればせながら十数分後に目覚めたラミーがこちらの異変に気付くまで続けられた。


 なんだこれは。地獄か。


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