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円卓の少女達  作者: 山梨明石
第二章・No.03
34/97

2-7

 それから結局一時間近くかけて襲撃者達の後始末を済ませると共に、職員の男を樹から下ろしてあげた。

 何かと入用になる事が多いのでアイテム・バッグの中にはまとめた縄が何束も入っているのだが、流石に十三人も締め上げるとなると数も長さも足りなくなってくる。その点はレッドアイゼンの体にくくり付けられていた縄を再利用する事でなんとかなった。

 気を失っているうちに襲撃者達の懐を漁ってみたものの、出てくるのは暗殺用の投げナイフに毒壺や怪しげな薬といった暗殺グッズばかりで、指令書のようなあからさまなアイテムは一つも見つからず仕舞い。

 変わりに携帯食料である粘土を固めて棒状にしたような《カロスティック》が出てきたので、念の為に鑑定を済ませた後これを夕食代わりに頂く事とする。


 ちなみに魔法はいつの間にか使えるようになっていた。

 魔封うんたらがアイテムなのかスキルなのかは結局不明なままだが、私が彼らを打ち倒す内にその効果が解除されたのだろう。

 詳細については襲撃者達を翌日たっぷりと絞り上げるつもりである。


「…………」


 ぱちぱちと焚き火のはぜる音が聞こえる中、アトルガム航空職員の男は焚き火の前で胡坐を掻いたまま無言を貫いていた。その目尻には薄らと涙が浮かんでいる。

 相棒たるレッドアイゼンの死に悲しんでいるのだろう。短い付き合いとは言え、九死に一生を得た(ともがら)である。月並みな言葉しか出てこないが、彼を慰めたい気持ちがあった。


「今回の事は、残念でした」

「…………」


 木の枝の先端に団子状にしてくっ付けた《カロスティック》を焚き火で炙る。

 《カロスティック》は高い栄養素と長期保存性から携帯食料として非常に優れているが、味が絶望的に不味い事で有名である。焼いた所でさして味も変わらないだろうが、やらないよりはマシだった。


「彼がクッションになってくれなければ、私達は確実に死んでいましたよ」

「……そう、ですね。今も生きているのが信じられないぐらいです」


 実際の所レッドアイゼンがクッションになろうがなるまいが、ポーションの力が無ければ私達は死んでいただろうが、それは口に出さない。世の中には吐いて良い嘘と言う物もある。

 それにあの空中劇で背中に叩きつけられた物が何なのか気づいているのか気づいていないのかは分からないが、言及されないのであればそれに越した事もないし。


「……とても良い相棒だったのですね。彼が抱いた主を思う気持ちが、きっと奇跡を呼び起こしたんですよ」

「………………」


 職員は声も上げずに頷いて、ただ黙って涙を流した。男泣きだった。


「明日、なんとかして彼を樹から下ろして埋葬してあげましょう。私達の英雄をあんな所に野ざらしにしておくわけにはいきませんし」


 絶望的な不味さから非常識的な不味さにランクアップした《カロスティック》を齧る。流し込む為の緑茶が欲しい所だが、生憎とそんな嗜好品は無く水しか無かった。

 無論のこと、その水は襲撃者達が持っていた物である。

 レッドアイゼンに括りつけていた食料らは墜落時の衝撃で行方不明となっていたのだ。


「……出来るんですか? 一体どうやって?」


 職員が目元を拭いながら問いかける。


「魔法の心得がありますので、なんとかなると思います」

「なんとかって、魔法一つでどうにかなるとは思えませんが……」


 たかが小娘一人に何が出来るという話だし、訝しげな職員の態度は当然のものだ。

 しかし嘘を吐いているわけではないので、このまま話を続ける。


「私を信じてください。としか言えませんね。まあ、全ては明日になってからにしましょう。まずは食事と睡眠を済ませて英気を養っておかないと、私達は今遭難中だという事を忘れてはいけませんし」

「……それもそうですね」


 職員も私と同じように《カロスティック》を齧る。


「……久々に食べましたが、やっぱり不味いですね」

「ですよねえ」


 二人して顔をしかめながら、粘土じみた物体をちびちびと齧りつつ水で流し込んでいく。

 半分程度食べ終わった頃に、未だに気絶している『教団』の襲撃者達に視線を向けた職員が、恐る恐るといった風に問いかけてきた。


「彼らは、その……一体何者ですか?」

「………………ちっ」


 小さく舌打ちをする。

 くっ、このままずっとスルーしていればいいものを。

 ここはそのまま翌朝にタイムシフトする場面でしょうよ。そうすれば私も面倒くさい説明を挟まずに済んだというのに。


「あの、何か舌打ちのような音が聞こえた気がしましたが」

「焚き火の音か何かと聞き間違えたんでしょう。それで、あー、彼らでしたっけ。彼らはそのですね、うーんと……」


 言葉に窮する。

 どうしたものか、こちらの事情を汲んでもらう為にもある程度の説明は必要かもしれないが、だからといって『教団』の事をぺらぺらと口走るわけにもいかない。

 仮にもこいつらはナライ法国の粉砕成功一歩手前まで行った極悪カルト教団だ。

 私達の耳にも入らない程秘密裏に活動していた事や今回の事といい、一般人が下手にその存在を知ってしまうと密かに消されてしまう恐れがある。

 掃除の済んだ法国の牢屋にブチ込んでやっと一安心かと思いきや、そこからも情報が漏れていたのだ。私達(・・)ならともかく、彼の場合は二日三日と持つまい。


「―――救助隊を装った山賊か何かでしょう。いやぁ、人の弱みに付け込むだなんてまるで悪魔のような連中ですね。親の顔が見てみたいものです」


 というわけで、答えられるのは嘘八百でしかなくなる。これもまた、吐いていい嘘の一つである。

 おお、なんという完璧な返答。イッツパーフェクトコミュニケーションというやつだ。

 しかし残念な事に、職員は私の答えが非常に納得が行かなかい様子だった。


「……それにしては来るのが早すぎますし、先ほど集めていた武器や格好を見るにどう考えてもただの山賊には見え―――」

「山賊ですよね? 職員さん」


 仕方がないので説得(きょうはく)を試みる。


「いえ、あの、ですから」

「どこからどうみても山賊でしたよね?」

「しかし―――」

「山賊でしたもんね?」

「でも」

「山賊だったって言えよ。知ったらヤバい奴らだって言われなきゃわかりませんか?」


 いい加減面倒臭くなったので職員のこめかみにクロスボウを突きつける。

 初めからこうすればよかった。


「は、はひぃ! なるほどよくわかりました山賊です! 彼らは山賊ですでした!」

「―――ああ、よかった。私達の見解が一致したようで何よりです。ささ、お互いの認識のすり合わせも済んだ事ですし、さっさと寝るとしましょうか?」

「そそ、そうですね。寝ましょうか、明日に備えて!」

「ええ」


 御剣の暴力的なクセが移って来ている気がするが気のせいだろう。

 ともかく職員にはこれでクギもさせた事だし恐らく大丈夫だ。

 万全を期すならこの場で襲撃者全員を消した方が話が早いのだが、それは私の為にもやらない(・・・・)。いつか私にも人を殺す日がやってくるのだろうが、それは少なくとも今日じゃない。


「よっと」


 脱いだコートをシーツ代わりに地面に敷いてその上に寝転ぶ。


「……本当甘ちゃんだ。人を殺すのはともかく、人に殺される経験は何回もしてる癖にね」


 口に出すと、この身を切り裂かれた時のあのえもいわれぬ感覚が蘇ってくるようだった。

 実を言えば私は御剣には片手で数える程。霧には二桁程殺されている。

 御剣は訓練中、模擬試合の結果として。霧には……まあそれはいい、今思い出す事じゃない。

 ともあれそれだけの回数殺されて、死ぬような―――というよりも実際に死に至ったレベルの苦痛を味わわされても尚彼女達に殺意や敵意を抱けないのは、一体どうしてなのだろう。

 単純に会長というセーブポイントがあるから、という問題じゃない。普通の人間は、殺されても生き返るからといって、一度殺された相手と気軽に会話しあまつさえ友好を結べるような精神構造をしていない。


 だから身も蓋もない言い方をしてしまえば、私は狂ってしまっている。

 反対を言えば、恐らく彼女達もそうだ。


 女に生まれ変わってしまったから? 強すぎる力を手にしたから? 何度も死を経験したから自身の命の価値が低くなってしまったから?

 全てが該当しそうで、全てが該当しなさそうだ。いつ考えても、この答えは出ない。


 ……これだけでも結構な問題なのだが、ソレに加えて私は人間に対する殺意が欠如しているらしいという事を、この世界に来てはっきりと自覚してしまった。


 モンスター相手ならたとえそれが生後間もない赤子であろうとも惨殺できる冷酷さはあると自覚している。

 しかしそれが人間相手となると話は別だ。殺そう、という気持ちは急速にしぼんでいく。

 それが普通の人間としては正常なのかもしれないが、どんな状況下でも相手を殺そうと思えないのは、それはそれで人として欠陥がある。

 相手に生命を脅かされる。その状況を脱する為の回答として、相手を殺害する、という防衛手段が人間相手だと選択肢に上がってこないのである。

 仮に殺す気でやったとしても、最後には必ず相手を生かしてしまう。

 強大な力に驕り不殺を貫いているだとか、そんな可愛い理由でもない。


 私はどうしてか、人を殺そうと思っても殺せないでいるのだ。


 ……そう。

 正確にはやらない(・・・・)んじゃない。やれない(・・・・)だけだ。

 越えちゃいけないラインなんて自分で線引きしているくせに、そもそもそのラインは超える事の出来ない届かぬ位置に引かれている。


 ……全くおかしな話だ。今更人一人殺したくらいで警察に捕まるわけでもなかろうに。何をそんなに恐れているのやら。

 殺されるほうがよっぽど痛くてよっぽど怖いというのに。

 ―――本当霧とかなぁ。あの子本当になぁ。どうしてあぁなのかなぁ。


「……はぁ。寝よ寝よ」


 答えの出ない考えを頭の中でループさせる事ほどつまらない物は無い。すぱっと頭の中を空っぽにして寝る準備に入る。

 一応安全策として寝る前にゴーレムを二体ほど茂みの中に召喚しておく。

 万が一の場合は彼らが自動的に私達の身を守ってくれるだろう。

 無詠唱なので効果時間が多少心配だが、どうせ寝られる時間は二時間も無い筈なのでそのままにしておく。


「おやすみなさい」


 誰に言うでもなく呟く。

 思った以上に疲れが溜まっていたのか、寝入りは早かった。



 がつん。という衝撃音に目が覚めた。


「がっ! があああっ! やめ、やめろっ! 痛い、放せっ! がああああああっ!!」

「クソっ、この、縄さえ解ければお前なぞ!」

「隊長! 隊長おおおお!」

「……もー、なんですか、うるさいな」


 全然寝た気がしないがあまりに周囲がうるさいのでやむなく起き上がる。

 音の出所を探ると、そこには私の呼び出したゴーレムに死なない程度にボコボコにされている、縄で縛られた襲撃者たちの姿があった。


「あー……」


 恐らく私達が寝てる間に縄を解いて脱出を図ろうとしたのだろう。

 それは私達への明確な敵対行動だ。故にゴーレムは自動防衛機能が働くがままに襲撃者を殴り続けているというわけである。

 アイテム・バッグの中から懐中時計を探り当てて、寝ぼけ眼のまま時刻を見ると、寝入った時から一時間ちょっとしか経っていなかった。

 まったく予想通りである。


「一体なんの……うおわっ、巨大な、ゴゴ、ゴーレム!?」


 職員の男も起きていたのかその目を大きく開いて驚愕している。


「……《さもん・あいあんめたるごーれむ》」


 起き抜けで気が抜けているせいか、少し形がいびつなゴーレムが三体出てきてしまう。

 しかしそれでも良し。設定を自動防衛にして、アイテム・バッグから高性能な耳栓を取り出して装着する。


「とくにもんだいないでしょう。わたしはねます。おやすみなさい」

「えっ。あのっ、ええっ……」


 呆然とした職員をよそに私は再び横になる。一時間程度じゃ睡眠のすの字にもならんのだ。今は彼らなんかよりも気持ちよく寝る方が大事である。


「なっ、さらに三体だとっ!? 合計五体もの多重召喚なぞ、もはや英雄の―――っぐああああああああっ!?」

「隊長おおおおおおおおっ!? くそっ、くそっ、ほどけえええええっ!」

「ぬおおおおお! せめて我が歯で食らいついて―――ひゃが、ひゃがほれはっ!」

「止めろ! お前たちも巻き込まれいたたたたたた折れる折れる折れる折れる!」

「大宗主イルドロンよ! 我らに力を!」


 何やらわあわあと騒いでいるらしいが、耳栓をした私からすれば彼らは無声映画の一コマが如し。

 呼んだゴーレムの一体が焚き火に薪を足す光景を最期に、私の意識は緩やかに夢の中に沈んでいった。



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