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第3話 奮闘開始



 あれは、5年前のこと。

 サラは大怪我を負って、冬の夜の路地裏で蹲っていた。ふう、と吐くか細い息さえも白い、夜の事だった。サラは動く元気も残っておらず、ただ体を小さく丸めてじっとしていた。

 今眠ってしまってはもうずっと起きれなくなりそうで、必死に目を開けていた。


「貴方、大丈夫!?」


シャラン、と金属が擦れる音がした。

視線を上げると、そこには煌びやかに着飾った少女が立っていた。逆光になっていて、顔はよく見えないが、来ているドレスからかなり高貴な身分の令嬢だと分かった。


「凄い怪我してるじゃない!」


その少女は慌てて駆け寄り、声をかけてくる。喋る元気なんて、ほとんど残っていないのに、答えないといつまでも耳元で叫ばれそうで、サラは絞り出すように答えた。


「だいじょう、ぶ」


サラの声を聞いた少女はほっと胸を撫で下ろした。


「うちに来なさい。手当てするから」


サラは目を丸くした。しかし、少女は手際良く従者を呼び、サラを運ばせた。動く元気もないサラは抱えられたまま馬車に乗せられ、少女の屋敷へと運ばれていった。


「安心して。カサブランカ家には優秀なお医者様がいるんだから」


 カサブランカ家。

 この王国の者なら誰もが耳にしたことのある大貴族の名前である。まさか、侯爵令嬢だとは思わず、サラは呆然としたものだ。


 この恩を、どうやったら返せるのだろう。

 サラに出来る事なんて、本当に少ない。

 だから。

 せめて、自分の忠誠心を彼女に捧げよう。


 サラはあの時、クレアに忠誠を誓ったのだ。


◆◆◆


「とにかく修道院への追放は嫌だわ」


クレアの目は真剣だった。あまりの真剣な表情に、サラも真剣に返した。


「修道院に行かれても私はついていきます」

「いやいや。問題はそこじゃないから。私は平和に平凡に暮らしたいのよ」


クレアはふう、とため息をついた。


「欲を言えば殿下と華姫様のラブストーリーを間近で観察し、見守りたいと思うの。実写版映画もばっちり見たけれど、やっぱりリアルでも見たいのよね」


社交会ではユリの花に例えられる美貌と完璧な教養で、多くの令嬢の見本となる存在であるクレアだが、今日はとても変である。


ーーじっしゃばんえいが?りある?また妙な聞き慣れない言葉を……。


サラにはクレアの言葉が理解できない事があった。こんな事今までなかったのだが、これは前世の記憶の影響なのだろうか、と思わず首を傾げた。


「サラ。私決めたわ」


何かを決心したような表情で、クレアはサラを見つめた。


「ひとまず、ロイド殿下と婚約破棄しようと思うの」

「大賛成です」


 サラは即答した。

 深く深く頷いて、前のめりになって同意する。そもそもサラはクレアとロイド殿下の婚約には反対だった。

 文武両道で容姿端麗な第二王子。女性にとってこれ以上ない相手であることは間違いない。

 クレアの婚約者としても今まではとても良好な関係を築いていた。クレアが心から幸せになるなら、サラにとっても何の問題もない。けれど、二人の関係はどう見ても政略結婚。互いの身分から最適な相手とビジネスライクな関係を築いているにすぎないように見えていた。クレアも親同士が決めた結婚だからロイドを受け入れているものの、恋愛対象としては見ていないようだった。


ーークレアお嬢様を一番に考えられない相手にクレアお嬢様は渡せません。


そもそもサラはクレアを何よりも大切にしてくれる存在と結ばれて欲しかった。だがそうはいかないのが貴族社会。本音は物足りないのだが、最善の相手には間違いないだろうと思っていた。

 だがそうはいかなくなってきた。

 これまでは良かったのだが、華姫が現れてその守護騎士にロイドが選ばれた。

 国民はロイドと華姫が結ばれる事を望むだろう。そうなるとクレアの立場は危うくなる。クレアが気にしていなくても、社交界の噂の的になるのは間違いない。

 それはどうしても避けたかった。

 だがそんなサラの気持ちなんて知らないクレアは、同意してもらえたことで嬉々とした様子で語り始めた。


「そもそもロイド殿下の婚約者だから華姫様の恋路の邪魔になるんだわ。ロイド殿下の恋路の邪魔にならないためにもさっさと婚約破棄してしまえば、私は追放から遠ざかると思わない?」

「おっしゃる通りです」


サラは何度も何度も頷いた。このままクレアから身を引く形になれば、被害も最小限になるだろうと思った。

 そんなサラの様子に満足したのか、クレアも嬉しそうに微笑んだ。


「まだ物語は始まったばかりだし、何とかなるわ!サラ!私、今から手紙を書くから、殿下に届けてちょうだい。」

「かしこまりました、お嬢様」


サラは笑顔で頷いた。


 こうしてクレアとサラの破滅回避の闘いが幕を開けたのだった。





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