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第1話 「物語」の始まり



 サラ=プラムは困惑していた。

 サラが仕える侯爵令嬢・クレア=カサブランカが突然妙なことを言い出したからだ。


「えっと。お嬢様……お休みなさいますか?」

「ええ、ええ。お休みしたいところだけどね。正直前世オタクだった私としては、一世を風靡した『華姫フェアリーテイル』の大切な冒頭部分を見逃すわけにはいかないのよ」

「……かしこまりました」


そう言ってサラは一歩下がり、クレアの後ろに控えた。大切なクレアが突然言い出した事を、サラは未だに理解できずにいた。


ーー前世……とおっしゃっていましたが、突然どうされたのでしょう。


『おたく』も『華姫フェアリーテイル』もサラは聞いたことがない言葉だった。先程からクレアの様子がおかしいこともサラは気になっている。

 しかし、会場からものすごい歓声が響き渡った。

 先程のクレアの言葉を頭の中で悶々と考えていたサラも、わあ、と沸き起こる歓声に意識を取り戻した。

 華姫が会場に現れたのだ。

 ちらりとクレアの様子を伺ってみると、先程まで真っ青だった顔も、今では面影もない。頬を紅潮させ、キラキラした瞳で華姫を見つめている。なんだかとても楽しそうである。

 こんなに興奮した様子のクレアは初めて見た。

 いや。こんなにも感情豊かに表情に表すクレアを初めて見た。サラは先程までのクレアとは違うのだと改めて実感した。


「皆のもの、待たせたな」


この国の王・ローズ王の声が響き渡った。その一声で騒がしかった会場が一瞬で静まり返る。そして多くの民の熱い視線が国王と、そして王の後ろに隠れる華姫へと注がれた。

 サラも華姫の方へと視線を移した。

 濡羽色の美しい黒髪に、くりくりとした丸く青い瞳の、クレアお嬢様とは違う愛らしさを持った少女が、はにかんでいる。着飾った美しい衣装にも慣れていないようで、動きも少しぎこちない。


「紹介しよう。彼女はメアリ=ペアー。数十年ぶりにわが王国に誕生した華姫である」


貴族達は立ち上がって拍手を送り、沢山の花びらが空を舞う。クレアも他の貴族達に負けず劣らず盛大な拍手を送っている。

 むしろ興奮しきってきいる。

 会場の誰よりも盛大な拍手を送っている。

 サラはクレアが興奮しすぎて倒れてしまわないか不安になった。


「そして、華姫を守護する役割を我が息子・ロイドに一任する」


次はきゃあ、と黄色い歓声が響き渡った。国王の呼びかけで深紅の髪をした端正な顔立ちの王子が登場したのだ。

 愛想の良い笑みを浮かべ、会場に集まった貴族と民衆達に向けて手を振ってくる。

 ロイド=ローズ第二王子は、クレアの婚約者だ。といってもまだ正式な婚約者ではない。内々に決められてはいるものの、この国では婚約披露宴を経てようやく婚約者となる事ができる。クレアお嬢様は17歳になったら披露宴を行う事になっているので、あと半年は正式な婚約者ではない。しかしロイド殿下と見合う身分と年齢で釣り合うのはクレア=カサブランカ公爵令嬢しかいない。そのため周囲はクレアお嬢様を正式なロイド殿下の婚約者のように扱っていた。


「ロイドよ。華姫の警護、頼んだぞ」

「謹んでお受けいたします」


国王陛下は王家に伝わる宝剣をロイドに与えた。それは代々華姫を守護する騎士に与えられる宝剣であった。

 ロイド殿下は剣を掲げ、民衆を沸かせた。そんなロイド殿下のことを華姫もうっとりとした表情で見つめている。

 サラはうんざりした。

 華姫と守護騎士には多くの恋物語が伝わっている。これまでクレアの婚約者であったロイド。周囲も二人が結ばれると信じて疑わなかった。

 しかし、華姫の登場でその確固たる地位が揺らぎ始めた。

 国は何としても華姫を繋ぎ止めておきたい。そうするには婚姻を結ぶのが一番手っ取り早いのだ。そのため守護騎士には大抵王子が選ばれる。

 ここまでお膳立てされれば必然的に二人は恋に落ちるというわけである。

 そうなると、これまで婚約者であったクレアは邪魔になる。周囲からも捨てられた令嬢という不名誉なレッテルを貼られる。

 クレアのことを想うと、とても看過できない状況である。サラはため息を吐きつつ、クレアへと視線を戻す。

 クレアはこの世の終わりのような表情をしていた。小刻みに震え、何かに怯えるような異様な様子に、サラ眉間に皺を寄せたのだった。



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