10ページ目 ありがとね
あれだけ分裂しまくっていた啼雲は、一匹残らず全滅した。
こんな粗末なまとめ方で良かったのかな。まあいっか、おはぎだし。
にしてもこの刀、自分の体の一部のように馴染む。軽いのに強度もあるし、何より俺の能力にピッタリ。えげつない代物だ。一体誰が作ったんだ?
啼雲たちの姿がどんどんと小さくなっていき、白い球体に変わっていく。俺とヒメラはそれが空高くへと昇っていくのを、二人で眺めていた。
「あれが『良い魂』ってヤツか」
「うん。もう大丈夫。あの魂は天国に送られるよ。それよりも……その……良かったの?」
「あい? 何が?」
「アンタ、私のこと嫌いなんでしょ? 助けちゃっていいの? あのまま逃げれば、私を串刺しにできたかもなのに」
「なるほどその手があったか。まあ助けちまったもんは仕方ねえわな。次から気を付けるわ」
「…………むかつく…………」
「でも」
ヒメラがまたしても両手を俺の首に伸ばしてきたのを、間一髪で受け止める。
「でも…………確かにお前は生意気で毒舌で不器用で可愛げがないけど、目の前で死なれんのはさすがにちょっとばかし夢見が悪かったっていうのも、あったのかもしれない。それに、一応……ほんっっとに一応の話で、俺もまだ全然納得してねえが…………俺は、お前の兄ちゃんだからな」
「っ…………ふふっ、ほんと、変なやつ。だけど…………やっぱ面白いや、アンタ」
ヒメラが目を細め、ちょっぴり恥ずかしそうにはにかんだ。
「訂正するよ。アンタは逃げるしかできないチキン野郎なんかじゃない。ここぞってときにはちょびっとだけ役に立つ、私のパートナーよ」
「おおっ! はじめて褒めてくれたんじゃねえの? サカテくん嬉しいよ。これからよろしくな、相棒」
「まあ、私がアンタのこと大嫌いなのは変わらないけどね」
「そうか、俺たち両想いだな」
こうして俺の初めてのクエストは、輝かしい勝利で幕を閉じた。
と同時に、屋上のドアが乱暴に開けられ、教師軍団がドッサリと押し寄せてきた。
「お前らこんな所で何をやってる!! さっきの黒いモヤモヤは何だ!! なっ…………なんだ君は! 羽が生えてるじゃないか!! 屋上もメチャクチャだし、そっちの男は刀みたいなの持ってるし!! さっきの地震もお前らのせいなのか!? そもそも屋上は立ち入り禁止だし! 俺は安月給だし!!!」
まあ、学校全体にお騒がせしたらこうなりますわな。
例の舌打ち数学教師が先頭に立ってブチギレている。最後のも俺らのせいなの?
「あー、これはアレだよ先生。私の肩甲骨から羽が生えてるだけよ」
「事実を素っ裸で発射すんなってあんだけ言っただろバカタレ!!」
「うるさぁい!! お前ら二人とも職員室行きだぁっ!!」
これからみっちりお説教か…………悪を成敗したってのに世知辛いな。
あれ?二人?
「俺……いつの間にかいなくなってやがる……」
全校生徒を巻き込んだ移怪退治の影響で、俺たちはお日さまが沈むまでたっぷり詰問とお叱りを受けた。
俺の刀は念じたらすぐに消えたので『刀なんてどこにあるんですか?』とすっとぼけてやり過ごした。こんなんでいいのかい。
ヒメラの羽についてはコスプレであり、立ち入り禁止の屋上で、新作のコスプレを内緒で見てほしいという妹の願いを、お兄ちゃんの俺が仕方なく聞き入れたということにしてやり過ごした。こんなんでいいのかい。
そんで俺がコスプレを『似合わない』って言ったらヒメラがバカみたいに怒って、そんで屋上をメチャクチャにしてなんやかんやで地震も起きたってことにしてやり過ごした。こんなんでいいのかい。
啼雲については…………そもそも教師たちにも、生徒たちにも見えていなかったらしい。そういえばヒメラが『移怪は普通の人には見えない』とか言ってたっけ?
…………ん? なんだか違和感。
まあいいか。
とにかく、みんなに天使とか贄薙ぎとか移怪とか説明するわけにもいかないし、怪我人もなく警察沙汰にもならなかったから問題ナシってことで。
自分でもこういう言い訳というか、嘘を次々と平気な顔して産み出せるのが怖い。詐欺師として食っていけるかも。
「なあヒメラ、次からもっと人がいないところで戦わないか? さすがに移怪が出るたびにこんな面倒なことになるのはイヤなんだけど……」
教会への帰り道、げんなりした俺は、三歩ほど前を歩くヒメラに提案した。またあのカジュアルなファッションに戻ってる。いつ着替えたの?
「私だってイヤだよ。でも移怪がそんなの聞き入れてくれるわけないじゃん。ほっといたらもっと面倒なことになるんだから、できるだけ早く倒した方がいいんだよ」
『大事な話をしなくちゃいけないから』って言ったらちゃんと待ってくれたけどな。案外話が分かる奴らだと思うんだが……。
「つか……お前は俺の力も、発動条件も、全部わかってたんだな。だから俺に黒炎なんて名前をつけたんだろ? そもそも名前を変えさせたのも、もう一人の俺の存在を知ってたから……なんだよな?」
「まあね。ちょっと予定より早まっちゃったけど、相手が強かったから仕方ないよ」
コイツは俺の心も、能力も、何でもお見通しってわけかい。
もしかして、俺の過去も…………?
「それより」
前を歩いていたヒメラが振り返り、少しきまりが悪そうに切り出した。
「あのさ…………今日はアンタに助けられた。私一人だったら危なかったかもしれないから、だから…………」
ヒメラがモジモジしながらこちらを見ている。どう考えても『ありがとう』の流れ。
「おっ、ちゃんと人にお礼が言えるのか。えらいえら」
「かわいい妹を助けられたことをありがたく思ってね、お兄ちゃん?」
なんか道端に鈍器とか置いてないかな。『ご自由に天使をお殺りください』みたいな貼り紙とともに。
「こんなのが妹か…………もっと素直で天真爛漫で可愛らしい子が良かったよ」
「お兄ちゃん大嫌いなのだ。全速力の車に何往復も轢かれて骨という骨を全て折った後で死んでほしいのだ。きゃぴきゃぴっ」
「素直と率直を履き違えるな!! お兄ちゃんの死因をそんな生々しくオーダーする妹イヤだ!!」
俺のツッコミが夜道に響き渡ったのち、少しの静寂。
ツメをいじくりながらなにかを言いたそうに右へ左へ視線を移していたヒメラが、わずかに口を尖らして一言。
「…………ありがとね、サカテ」
「………………ん、どういたしまして」
今日みたいな戦闘が、これから幾度となく待っている。
終わりの見えない移怪退治の日々が、始まったんだ。
強く、ならないとな。
もう失うのはイヤなんだ。
もう?
もうって何だろう。俺は何かを、誰かを失ったのか?
記憶がないのは本当にモヤモヤする。
俺の心の奥底に、何か大事なものが眠っ
「ヘドロみたいなポエム吐き並べてないで帰るよ。教会の掃除しなくちゃだし。もちろんアンタ一人で」
…………俺の心の奥そ
「だから立ち止まってないでさっさと歩いてよ。おなか空いたんだけど。もうそういうのいいって。大事なこと忘れてるんですねー。思い出せたらいいですねー。はいおしまい。帰ろ帰ろ」
……………………………俺の心
「あと一文字でもポエムっぽいこと想像したらノド裂くよ」
帰ろう。




