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対峙

少女とカラスはしばらくの間そのまま対峙していた。

沈黙に耐えられなくなったのは、私だった。


「あ、あの……このままじゃなんだし……メリッサもほら、風邪をひいちゃうから早く服を……」


 その途端だった。


「アイリス! 口を出さないで!」

「そうよ、これはとても大事な話なのよ!」


 アネモネとメリッサ、二人が同時に叫ぶ。


「メリッサ、貴女がアイリスの女主人マスターで、その心臓の半分を永遠に分け合う者ですって……? 冗談もほどほどにしていただきたいものね」

 

 あれだけ弱々しかったアネモネの声に、今ははっきりとした険が含まれている。


「なッ、何よ! アネモネだか何だか知らないけど貴女どこに目を付けてんのよ!? どう見ても私こそがアイリスの女主人マスターでしょ!? それも分からないなんて貴女ホントに魔女なの!?」


 メリッサも負けない勢いだ。

 小さな身体全体に闘志を漲らせている----いや、だからアネモネは敵じゃないってば。


「あ……あの、二人とも……お、落ち着いて……それからメリッサ、アネモネは目が……」

「そんな事はどうでもいいのよ!」「アイリスは黙ってて!」


 再び怒られる私。

 え、私が悪いの?


「いや、でもその……私の話も聞いて……」


 しかしどちらも私の存在など忘れたかのように、互いに視線をぶつけ合っている。

 まるでバチバチという音でも出ていそうな勢いだ。


 そして私は、白いカラスと全裸の少女に挟まれて、ひたすらオロオロしているだけ。


(な、何なのよ!? 一体何が起きてるのよ!? っていうか……そもそもアネモネってこんな強気な性格だったっけ!?)


 アネモネがこの地下室に幽閉されていた間、私はベッドの上の彼女しか知らない。


 それも、ほとんど囁くような声で何かを告げる時の、もしも陽の光を浴びたならすぐに消え去ってしまいそうなくらいに儚げな様子の彼女しか----。


 なのに、この一触即発な状況は何なのだ。


 確かにアネモネはモルガナの姿のメリッサ(この表現、ややこしいけど)しか知らない。

 とはいえ、自分達魔女の女王でもある存在に対してここまで敵意を剥き出しにするのは不可解な話である。


(この二人、何か過去にあったっけ? って言ったって、ほとんど二人でいる所なんか見た事ないし……だいたいもう五百年だか六百年も前の記憶なんか残ってないっつーの……あぁ、本当に無駄な長生きしかしてない自分が呪わしいっていう……)


 それでも、早くこの事態を収拾しなければ更に面倒な事になる予感しかない。


「あ、あのねアネモネ……急に言われても信じられないかもしれないけど、このメリッサは色々あって今はこんな姿をしてるけど……本当に、私の女主人マスターなの」


 手の中から私を見上げている白いカラスに向かって、私は祈るような気持ちで伝える。


「私の女主人マスターで、そして、私の大事な……」


 意を決した肝心な一言は、念話で会話に乱入してきた初老の男に掻き消される。


『おい腐れ魔女ども! あと一分で全員出て来い! 来なけりゃ全員引っ張り出して並べてバーベキューにしてやるぞ!』

『まあ! それがか弱い女に対する言葉なの!? 相変わらずバチカンには悪趣味な狂信者しかいないのね!』


 ああああ、頭の中で喧嘩を始めるのはやめて----。


「ちょっと! 話はまだ終わってないわよ! アイリスは私の……」


 何が何だか自分でもよく分からないうちに、私は飛び付いてきたメリッサを片手で抱きかかえると咄嗟にキスをしていた。


(ごめん、もうちょっとだけ寝てて……!)


 それは半ば無意識の行動だった。

 いつもだったらメリッサとの食事の時は『与える』イメージでキスをする。

 その逆をやったのだ。


 ちょっとだけ。

 ほんの少しだけ、メリッサから活動のエネルギーを吸い上げるイメージで。


 そして本当に、少女は途端にゼンマイが切れた人形のように眠ってしまった。


「……今の、何?」


 アネモネの声が、若干引いている。

 見てはいけないものを見てしまった的な声だ。


「説明はあとでちゃんとするわ」


 法王との謁見に耐えうるだけの服(破れてないとかいうレベルの)を急いで着て、着せるのが簡単そうなワンピースをメリッサに選びながら、私は法王アンソニーに念話を繋ぐ。


『アンソニー、今から全員で上がるわ』


 よく眠った子供は重い。

ついさっきまで私の上に乗っかっていた時の重さとは全然違ってーーーーなんて、いやいやこんな時に何思い出してるのよ私。


 とにかく、しばらくはこのまま静かに寝ていてくれるとありがたいんだけど。


『念のため温室の前からは全員少し離れさせて……それとこの子、アネモネはかなり弱ってるわ。体力が奪われる可能性があるから封印は解除して欲しいの』


 無茶な要望だとは分かっているが、助けを求めてきた仲間を守れるのは私しかいないのだ。


(仲間、か……そうは言ってもアネモネはどう思っているのか分からないけど……)


『……何かあったら、その時は私が責任を取る』

『ほう、庭師の棟梁にして法王であるこの私に、魔女のお前が指示するのか……』


 法王は数秒の間思案していた。


『まぁいい、バーベキューになる前にとっとと出て来い』


 ありがとう。

 と、心の中だけで言って私はワンピースを着せたメリッサを担ぎ、手の中のカラスに「大丈夫?」と声をかける。


「ええ、大丈夫よ」


 そう答えて、白いカラスは私の肩にばさりと飛び乗った。


「それでは、行きましょうかアイリス」

「そうね」


 こうして三人に増えた私達魔女は、怒り心頭の法王の前に地下から恭しく登場する事となったのだった----。

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